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第2章
37.シャムロック商会
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エイクは一旦家に戻って身支度を整えた後、シャムロック商会の本館へと向かった。
シャムロック商会は、王都アイラナでも有数の大商会で、主に食料品を扱っている。
アイラナは往時に比べて大幅に減少したとはいえ、約2万の人口を擁している。
しかも、地理的に辺境に位置し、周辺の農業生産力はさほど高くない為、遠方から食料品を運び込む必要があるのだ。
特に北方都市連合領からは、塩漬けや酢漬け、或いは干物等に加工された魚を大量に輸入しており、シャムロック商店はこれを扱う最大手だった。
また、王都から北へ徒歩で2日の距離にある、迷宮都市サルゴサにも大きな支店を構え、迷宮から得られる魔石や古代魔法王国の品物も扱っていた。
この点で、シャムロック商会は比較的冒険者と近しい関係にある商会だといえる。
迷宮に潜り、古代魔法王国の産品を持ち帰るのは主に冒険者達だからだ。
ちなみに、古代魔法帝国時代の迷宮は魔石の供給源として重要で、それなりの規模の迷宮には隣接して街が発展する事が多く、そのような街は一般的に迷宮都市と呼ばれる。
これは“鉱山都市”や“港湾都市”などと同じような使われ方で、大陸中に迷宮都市と呼ばれる街は幾つも存在していた。
シャムロック商会を訪問するにあたり、エイクはスケイルメイルではなく、普通の服装をしていた。それは昨日の内にリーリアと新たに雇った者達の内セシリーが見繕って購入したもので、古着だが、それなりには見栄えがした。
シャムロック商会の使いは、服装等には一切気にする必要はないと言っていたが、流石に大商人に招かれた昼食に、鎧姿で行くのもいかがなものかと思ったし、今後も使う機会はあるだろうと考えたので、そういった服も買っておくことにしたのだった。
武器も携帯していたが、それは無骨なクレイモアではなく、ミスリル銀製のブロードソードだった。
これも見栄えを配慮したからだ。
エイクは基本的には常に最大限の武装を装備していたいと思っていたが、王都でも名の知れた大商人が、昼食の場でいきなり攻撃してくる可能性は低いと考え、今回は見栄えを優先していた。
商会の本館に着くと、さほど待たされることもなく商会長が現れ、「始めまして。当商会の長を務めるルーベン・シャムロックです」と名乗った。
ルーベンは小柄だががっしりとした体格の50歳代の男だった。
エイクが自己紹介を済ませると、既に用意は整っているので、早速食事でも、という運びとなった。
ルーベンは、エイクが長く時間を取られたくないと思っていることを、察しているようだ。
振舞われた食事は、流石に一級品で、エイクが今まで食べた中で最も高級な料理なのは間違いなかった。
しかし、最も旨い料理とは言えなかった。
エイクにとって最も美味しい料理は、子供の頃に“伝道師”が作ってくれた、あの香辛料が効いたスープだった。あれ以上の食べ物は彼には存在しない。
食事をしつつ、ルーベンは、アークデーモンを倒して王都に被害が及ぶのを防いだエイクの武勇を褒め称え、エイクもシャムロック商会の繁栄と、王国への貢献を賞賛するなど、当たり障りのない会話を続けた。
なお、エイクは食事のマナーなどは全く分からず、この点は容赦を願った。
エイクは魔物や魔法、罠、毒物など冒険に役立つ事柄に関しては、深い知識を身に着けていた。しかし、その中に行儀作法は含まれていない。
今後の事を考えれば、最低限の行儀作法を知っておくことも必要かと思ったが、そこまでは手が回っていなかったのだ。
ルーベンは全く気にしないと答え、事実気にも留めていないようだった。
食事が済んでから、ルーベンは改めてエイクに語り始めた。
「実は随分前のことになるのですが、私はサルゴサの街で父君ガイゼイク様に助けていただいた事がありました。ガイゼイク様にとっては、数ある武功の一つに過ぎなかったでしょうが、私はずっと感謝しておりました。
それで、親しくお付き合いさせていただこうかとも思っていたのです。
率直に言えば、軍の要職にも就くお父様とお近づきになることは、商人として有益でもありますからな」
エイクは怪訝に思った。
生前の父がシャムロック商会を親しくしていたなどという事実はない。
しかし、シャムロック商会からそのような申し出があったならば、父が断るとは思えなかった。
そんなエイクの考えを察したのか、ルーベンが続けた。
「思ってはいましたが、実際には止めて起きました。
商人の目で見ると、ガイゼイク様と親しく付き合うには、懸念もあったからです。
あなたのことです。エイク様。
出来の悪い息子に大金を投じるというのは、褒められた行いとは思えません。
物を買ってくれるお客様としてだけお付き合いさせてもらう分にはともかく、深く付き合うべきではないと思ったのです」
「随分はっきりと言いますね」
エイクは苦笑をもらしつつそう答えた。
ルーベンの言う事は全くその通りなのだろう。だが、何も本人を目の前にして言うべき事ではないはずだ。
「エイク様の信頼を得る為には、その方がいいと思いましたので」
「どういうことです?」
エイクはいぶかしんでそう聞いた。信頼を得るために相手を悪く言う、などという道理はないだろう。
「エイク様の境遇を考えれば、簡単に他人を信じることは難しいでしょう。そういう方から信頼を得ようと思ったなら、こちらが考えていることを、隠さずに伝えてしまった方が良い。
少なくともエイク様にはその方が効果的だと思ったのです。
だからこそ、エイク様と良い関係を築きたいと考えている今、かつてはよくない印象を持っていたという事実も、包み隠さず申し上げた、というわけです」
「なるほど」
それは確かにエイクに対しては有効な行為なのかも知れなかった。実際エイクはルーベンのあけすけな言い方に悪い印象を持ってはいなかった。
だからこそ、エイクも率直に自分の考えを伝えることにした。
「それでは、私もはっきり申し上げておきます。
父の代わりに私と親しくしていただいても、私は父の代わりにはなりません」
ルーベンは軍の要職に就く者と親しくなるのは有意義だと述べた。或いはエイクと良い関係を築く目的は、それかも知れない。
今は無位無官のエイクだが、エイクがその気になれば実力主義の軍において、驚くべき早さで出世する事も不可能ではないだろう。
何しろ今のエイクの実力が国でも有数といえるほど高いのは確かで、英雄ガイゼイクの息子という出自もしっかりしているからだ。
だが、エイクが軍で出世する事はありえない。
エイクはその理由をはっきりと告げた。
「私は軍に仕官するつもりはありません」
「左様ですか」
だが、ルーベンはさほど驚いた様子も示さずに続けた。
「ですが、軍や政府に属さずとも、既にエイク様はこの街の重要人物だ」
意味が変わらず僅かに首をかしげるエイクに、ルーベンは更に続ける。
「“精霊の泉”のロアン殿。彼は今エイク様に仕える立場だとか。
彼は王都でも特に重要な商売人の1人です。
彼の経営する“精霊の泉”は場末の売春宿とは訳が違う。
金持ち達は驚くほどの金を払って、最高の女達と夢のような一夜を楽しむ。
裕福だがそこまでの金は用意できない者達にとっても、多少は無理をしてでも十分に満足を得られるような女達もそろっているし、多くの者に美しい女性と飲食を楽しむ場も提供している。
それに別棟では、手っ取り早く性欲を満たしたいだけの者相手の商売も、そつなくこなしている。
あの店の顧客層は非常に幅広くて多い。
他の街からこの街に訪れる者で、あの店で遊ぶ事を楽しみにしている者も少なくありません。
彼が、以前から随分危険な連中と付き合いがあることは知っていましたが、私はむしろ彼がそのような連中を操っているのかと思っていました。
まさかそれが幻惑神ネメトの教団で、彼が支配される立場とは思わなかった。
これは私の不明を恥じるしかありません。
ですが、逆に言えば、彼はそのような不自由極まりない状況で、それだけの稼ぎをしていた事になります。今後はもっと活躍できるでしょう。
その彼を影響下に置くという事は、あなた自身が既にこの街の有力者の1人だということです」
エイクは、ルーベンのロアンに対する思いがけない高評価に驚いた。
だが考えてみれば、ロアンがエイクに提供するといっている金は、ただの商人が簡単に稼げる額ではない。彼が有能な商売人だということは、それだけでも分かろうというものだ。
ルーベンは更にエイク自身に対する評価を続けた。
「加えてエイク様は、ご自身でも冒険者としてご活躍なさるでしょう。
本当に成功した最上位の冒険者は、英雄とも勇者とも称えられるもの。私はエイク様も遠からずそのような一人になると考えています。今の内からお近づきになりたいと、本心から思っておりますよ。
少なくとも、エイク様にとって有益な情報が得られればご提供しましょう。他にもご要望があれば仰ってください。何でも応じるとは申し上げられませんが、ご相談にはのりましょう。
逆に、こちらからエイク様にお願いしたい事は、今のところありません。今は、私がエイク様と親しくお付き合いしたいと思っていることだけ、お心に留め置いてください」
それが、ルーベンの申出だった。
エイクはとりあえず納得しておく事にした。
そして、早速だが可能なら頼みたい事もあった。彼はそのことを口にした。
「大変ありがたい事だと思います。私もシャムロック様ほどの方からそのように言っていただけるのは、名誉なことだと思います。
それで、早速で恐縮なのですが、シャムロック様には、ローリンゲン侯爵家と接触する事は可能でしょうか」
「おお、なるほど。フェルナン・ローリンゲン新侯爵様ですか。
正直、難しいですな。
あの方は随分貴族意識が高い方のようで、私どもの事も魚屋風情とお考えのご様子です。あの方とどう付き合うかは、私どもにとっても課題となっています。ですが、何か良い話があれば、そのこともご連絡しましょう」
エイクは落胆したが、新ローリンゲン侯爵に関する情報が一つ得られた、と前向きに解釈しておく事にした。
「さて、お名残惜しい気もしますが、エイク様のお時間をこれ以上いただくのも恐縮です。今日のところは、ひとまずここまでといたしましょう」
「そうですね。大変有意義な時間を過ごせたと思います。今後ともよろしくお願いします」
そう言ってエイクとルーベンは立ち上がり、握手を交わした。
少なくともエイクが有意義だったと思っているのは事実だった。
シャムロック商会は、王都アイラナでも有数の大商会で、主に食料品を扱っている。
アイラナは往時に比べて大幅に減少したとはいえ、約2万の人口を擁している。
しかも、地理的に辺境に位置し、周辺の農業生産力はさほど高くない為、遠方から食料品を運び込む必要があるのだ。
特に北方都市連合領からは、塩漬けや酢漬け、或いは干物等に加工された魚を大量に輸入しており、シャムロック商店はこれを扱う最大手だった。
また、王都から北へ徒歩で2日の距離にある、迷宮都市サルゴサにも大きな支店を構え、迷宮から得られる魔石や古代魔法王国の品物も扱っていた。
この点で、シャムロック商会は比較的冒険者と近しい関係にある商会だといえる。
迷宮に潜り、古代魔法王国の産品を持ち帰るのは主に冒険者達だからだ。
ちなみに、古代魔法帝国時代の迷宮は魔石の供給源として重要で、それなりの規模の迷宮には隣接して街が発展する事が多く、そのような街は一般的に迷宮都市と呼ばれる。
これは“鉱山都市”や“港湾都市”などと同じような使われ方で、大陸中に迷宮都市と呼ばれる街は幾つも存在していた。
シャムロック商会を訪問するにあたり、エイクはスケイルメイルではなく、普通の服装をしていた。それは昨日の内にリーリアと新たに雇った者達の内セシリーが見繕って購入したもので、古着だが、それなりには見栄えがした。
シャムロック商会の使いは、服装等には一切気にする必要はないと言っていたが、流石に大商人に招かれた昼食に、鎧姿で行くのもいかがなものかと思ったし、今後も使う機会はあるだろうと考えたので、そういった服も買っておくことにしたのだった。
武器も携帯していたが、それは無骨なクレイモアではなく、ミスリル銀製のブロードソードだった。
これも見栄えを配慮したからだ。
エイクは基本的には常に最大限の武装を装備していたいと思っていたが、王都でも名の知れた大商人が、昼食の場でいきなり攻撃してくる可能性は低いと考え、今回は見栄えを優先していた。
商会の本館に着くと、さほど待たされることもなく商会長が現れ、「始めまして。当商会の長を務めるルーベン・シャムロックです」と名乗った。
ルーベンは小柄だががっしりとした体格の50歳代の男だった。
エイクが自己紹介を済ませると、既に用意は整っているので、早速食事でも、という運びとなった。
ルーベンは、エイクが長く時間を取られたくないと思っていることを、察しているようだ。
振舞われた食事は、流石に一級品で、エイクが今まで食べた中で最も高級な料理なのは間違いなかった。
しかし、最も旨い料理とは言えなかった。
エイクにとって最も美味しい料理は、子供の頃に“伝道師”が作ってくれた、あの香辛料が効いたスープだった。あれ以上の食べ物は彼には存在しない。
食事をしつつ、ルーベンは、アークデーモンを倒して王都に被害が及ぶのを防いだエイクの武勇を褒め称え、エイクもシャムロック商会の繁栄と、王国への貢献を賞賛するなど、当たり障りのない会話を続けた。
なお、エイクは食事のマナーなどは全く分からず、この点は容赦を願った。
エイクは魔物や魔法、罠、毒物など冒険に役立つ事柄に関しては、深い知識を身に着けていた。しかし、その中に行儀作法は含まれていない。
今後の事を考えれば、最低限の行儀作法を知っておくことも必要かと思ったが、そこまでは手が回っていなかったのだ。
ルーベンは全く気にしないと答え、事実気にも留めていないようだった。
食事が済んでから、ルーベンは改めてエイクに語り始めた。
「実は随分前のことになるのですが、私はサルゴサの街で父君ガイゼイク様に助けていただいた事がありました。ガイゼイク様にとっては、数ある武功の一つに過ぎなかったでしょうが、私はずっと感謝しておりました。
それで、親しくお付き合いさせていただこうかとも思っていたのです。
率直に言えば、軍の要職にも就くお父様とお近づきになることは、商人として有益でもありますからな」
エイクは怪訝に思った。
生前の父がシャムロック商会を親しくしていたなどという事実はない。
しかし、シャムロック商会からそのような申し出があったならば、父が断るとは思えなかった。
そんなエイクの考えを察したのか、ルーベンが続けた。
「思ってはいましたが、実際には止めて起きました。
商人の目で見ると、ガイゼイク様と親しく付き合うには、懸念もあったからです。
あなたのことです。エイク様。
出来の悪い息子に大金を投じるというのは、褒められた行いとは思えません。
物を買ってくれるお客様としてだけお付き合いさせてもらう分にはともかく、深く付き合うべきではないと思ったのです」
「随分はっきりと言いますね」
エイクは苦笑をもらしつつそう答えた。
ルーベンの言う事は全くその通りなのだろう。だが、何も本人を目の前にして言うべき事ではないはずだ。
「エイク様の信頼を得る為には、その方がいいと思いましたので」
「どういうことです?」
エイクはいぶかしんでそう聞いた。信頼を得るために相手を悪く言う、などという道理はないだろう。
「エイク様の境遇を考えれば、簡単に他人を信じることは難しいでしょう。そういう方から信頼を得ようと思ったなら、こちらが考えていることを、隠さずに伝えてしまった方が良い。
少なくともエイク様にはその方が効果的だと思ったのです。
だからこそ、エイク様と良い関係を築きたいと考えている今、かつてはよくない印象を持っていたという事実も、包み隠さず申し上げた、というわけです」
「なるほど」
それは確かにエイクに対しては有効な行為なのかも知れなかった。実際エイクはルーベンのあけすけな言い方に悪い印象を持ってはいなかった。
だからこそ、エイクも率直に自分の考えを伝えることにした。
「それでは、私もはっきり申し上げておきます。
父の代わりに私と親しくしていただいても、私は父の代わりにはなりません」
ルーベンは軍の要職に就く者と親しくなるのは有意義だと述べた。或いはエイクと良い関係を築く目的は、それかも知れない。
今は無位無官のエイクだが、エイクがその気になれば実力主義の軍において、驚くべき早さで出世する事も不可能ではないだろう。
何しろ今のエイクの実力が国でも有数といえるほど高いのは確かで、英雄ガイゼイクの息子という出自もしっかりしているからだ。
だが、エイクが軍で出世する事はありえない。
エイクはその理由をはっきりと告げた。
「私は軍に仕官するつもりはありません」
「左様ですか」
だが、ルーベンはさほど驚いた様子も示さずに続けた。
「ですが、軍や政府に属さずとも、既にエイク様はこの街の重要人物だ」
意味が変わらず僅かに首をかしげるエイクに、ルーベンは更に続ける。
「“精霊の泉”のロアン殿。彼は今エイク様に仕える立場だとか。
彼は王都でも特に重要な商売人の1人です。
彼の経営する“精霊の泉”は場末の売春宿とは訳が違う。
金持ち達は驚くほどの金を払って、最高の女達と夢のような一夜を楽しむ。
裕福だがそこまでの金は用意できない者達にとっても、多少は無理をしてでも十分に満足を得られるような女達もそろっているし、多くの者に美しい女性と飲食を楽しむ場も提供している。
それに別棟では、手っ取り早く性欲を満たしたいだけの者相手の商売も、そつなくこなしている。
あの店の顧客層は非常に幅広くて多い。
他の街からこの街に訪れる者で、あの店で遊ぶ事を楽しみにしている者も少なくありません。
彼が、以前から随分危険な連中と付き合いがあることは知っていましたが、私はむしろ彼がそのような連中を操っているのかと思っていました。
まさかそれが幻惑神ネメトの教団で、彼が支配される立場とは思わなかった。
これは私の不明を恥じるしかありません。
ですが、逆に言えば、彼はそのような不自由極まりない状況で、それだけの稼ぎをしていた事になります。今後はもっと活躍できるでしょう。
その彼を影響下に置くという事は、あなた自身が既にこの街の有力者の1人だということです」
エイクは、ルーベンのロアンに対する思いがけない高評価に驚いた。
だが考えてみれば、ロアンがエイクに提供するといっている金は、ただの商人が簡単に稼げる額ではない。彼が有能な商売人だということは、それだけでも分かろうというものだ。
ルーベンは更にエイク自身に対する評価を続けた。
「加えてエイク様は、ご自身でも冒険者としてご活躍なさるでしょう。
本当に成功した最上位の冒険者は、英雄とも勇者とも称えられるもの。私はエイク様も遠からずそのような一人になると考えています。今の内からお近づきになりたいと、本心から思っておりますよ。
少なくとも、エイク様にとって有益な情報が得られればご提供しましょう。他にもご要望があれば仰ってください。何でも応じるとは申し上げられませんが、ご相談にはのりましょう。
逆に、こちらからエイク様にお願いしたい事は、今のところありません。今は、私がエイク様と親しくお付き合いしたいと思っていることだけ、お心に留め置いてください」
それが、ルーベンの申出だった。
エイクはとりあえず納得しておく事にした。
そして、早速だが可能なら頼みたい事もあった。彼はそのことを口にした。
「大変ありがたい事だと思います。私もシャムロック様ほどの方からそのように言っていただけるのは、名誉なことだと思います。
それで、早速で恐縮なのですが、シャムロック様には、ローリンゲン侯爵家と接触する事は可能でしょうか」
「おお、なるほど。フェルナン・ローリンゲン新侯爵様ですか。
正直、難しいですな。
あの方は随分貴族意識が高い方のようで、私どもの事も魚屋風情とお考えのご様子です。あの方とどう付き合うかは、私どもにとっても課題となっています。ですが、何か良い話があれば、そのこともご連絡しましょう」
エイクは落胆したが、新ローリンゲン侯爵に関する情報が一つ得られた、と前向きに解釈しておく事にした。
「さて、お名残惜しい気もしますが、エイク様のお時間をこれ以上いただくのも恐縮です。今日のところは、ひとまずここまでといたしましょう」
「そうですね。大変有意義な時間を過ごせたと思います。今後ともよろしくお願いします」
そう言ってエイクとルーベンは立ち上がり、握手を交わした。
少なくともエイクが有意義だったと思っているのは事実だった。
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