剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
116 / 373
第3章

26.名を売るために

しおりを挟む
 ヘルハウンドの炎を受けた馬車は、扉付近が焼け焦げ外見上は随分哀れな有様になっていた。しかし幸いにも延焼は車輪や車軸には及んでおらず、そのまま動かす事ができた。
 そして、その後更に何かが起こることはなく、エイクら一行はその日の夕刻前に王都に帰着したのだった。

 エイクはマルギットと連れ立って“イフリートの宴亭”に赴き、依頼の完了を確認。後金を受け取った。

 そしてマルギットは改めてエイクに感謝の意を伝える。
「エイク様。本当にありがとうございました。
 私はこれから主と王国政府に事の顛末を報告させていただきます。
 持ち帰った首については、外壁の外の目立つところに暫らくの間置いておくようにして、エイク様の功績を広く知らしめることが出来るように掛け合うつもりです。
 それではまたご連絡をさせていただきますので、何卒よろしくお願いします」
 そう告げて、もう一度頭を下げてからマルギットは“イフリートの宴亭”を辞した。

 最後によろしくお願いすると言ったのは、ケルベロスとヘルハウンドの襲撃を内密にするということについて念を押したのだろう。そして、連絡するというのは、そのことへの対価の支払いについてのことだと思われた。

 エイクはマルギットを見送った後、カウンターに居たガゼックに声をかけた。
「今回も冒険の成功を祝って、今晩他の冒険者に食事を振舞うことにする。今いる冒険者達や帰って来た者たちに伝えておいてくれ」
「承知しました。エイク様」
 ガゼックの対応は完全に上位者に対するものだった。

「俺は一旦家に戻る。適当に準備しておいてくれ」
 エイクはそう告げると、再度了承の意を口にするガゼックを背に、自分の屋敷へ向かった。
 彼は昨日今日の実戦の経験を踏まえて、間を置かずに鍛錬を行って更なる強さを身に付けたいと考えていたのだ。

 それに、仇からの攻撃を受けたことで生じている動揺と混乱を、いつもの鍛錬をこなす事で落ち着けたいとも思っていた。




 その日の夜。
 “イフリートの宴亭”ではエイクが意図したとおり宴が開かれた。
 今回の宴にも多くの冒険者が参加した。

 ちなみにエイクは、“イフリートの宴亭”に来る前に“精霊の泉”へ赴きフィントリッドと面会していた。
 屋敷に帰って鍛錬を始めたあたりで、ケルベロスやヘルハウンドによる襲撃はダグダロア信者が関わっている可能性が高く、フィントリッドへ報告すべき案件だと、遅ればせながら気が付いたからだ。

 エイクの話を聞いたフィントリッドは、ダグダロア信者達の目標はアストゥーリア王国である可能性がかなり高まったが、絶対とはいえないから当面現在の関係を継続したいとの意向を示した。
 どうやらフィントリッドは、エイクが襲撃を受けたことで、以前から持っていたエイクへの興味をより強くしているようだった。

 エイクはその後フィントリッドと若干の意見交換を行い、今回の襲撃について更なる疑念を持つようになっていた。そして、宴を楽しむような気分ではなくなっていた。
 
 だが、今更主催者が欠席するわけにもいかないし、エイクはこの宴にもう一つの目的を持っていたため、当然ながら“イフリートの宴亭”へと急いで宴に参加した。
 エイクの目的というのは、テティス達4人の顔見せを行う事だ。
 
 エイクはこの宴に、新たにこの店に属する冒険者としたテティスたち4人を参加させ、そして彼女達を自身の周りに侍らせた。
 彼女達の顔見せを行うのと同時に、自分との関係を悟らせ、彼女達にちょっかいをかけてくる者が居なくなるようにするためだ。
 だが、宴が始まって暫らくしたところで彼女達は帰らせた。

 彼女達は早速肩慣らし程度の魔物討伐依頼を受けており、明日出発することになっていたからだ。
 だが、同時に何人もの美女を侍らせて酒盛りをして、酒に酔った者に絡まれても面倒だと思ったからでもある。
 そして代わりに今はマーニャに酌をさせている。
 エイクは彼女に、この後の相手をすることも命じていた。

 そのエイクに、1人の冒険者が話しかけてきた。
「エイクさん、エイクさんは先月下水道跡でアンデッドを退治する仕事を受けていましたよね。その仕事で、本当は何と戦ったのか教えてもらえませんか?」
「ゾンビドッグ1匹だけだよ」
 エイクはそっけなく答えたが、内心で自分の功績を広める為のセレナの工作が上手くいっているようだと思った。

 セレナは、下水道跡でのアンデッド退治の仕事もエイクの名声に結びつけようと試みていた。
 その為にセレナが考えた作戦は、強大な魔物を倒したと直接主張するのではなく、強大な魔物を倒したが、何らかの理由でそれを隠しているらしいという噂を、それとなく広めるというものだった。

 確たる証拠もないのに強大な魔物を倒したと主張しても、他人を信じさせるのは難しい。
 だが、何かを隠していると思えば真実を知りたくなるのが人情だ。そして、自分で探った結果ならば、確たる証拠がなくても信じるようになるだろう。それがセレナの意見だった。
 そして、そうなるように噂を流すというわけだ。
 
 エイクが、あえてゾンビドッグしか倒していないと答えたのもその作戦の一環である。

 実際、その冒険者はエイクの答えに納得せず更にエイクに話しかけた。
「でもエイクさん、エイクさんが下水道跡から出て来て直ぐに、ハイファ神殿で“呪い祓い”の魔法をかけてもらったって話しを聞いたんですよ。
 ゾンビドック相手にそんな魔法は必要ないでしょう」
「俺がハイファ神殿でかけてらったのは“呪い祓い”じゃあなくて“清潔化”だよ。神殿に行って聞いてみれば直ぐに分かる」
「だとしてもおかしいじゃあないですか、アークデーモンやドラゴ・キマイラも倒すエイクさんがゾンビドッグ相手に魔法を使うほど汚れるなんて……」
「誰でも雑魚相手に不覚を取ることはあるし、転ぶこともある。どっちにしろ、雑魚一匹を倒した話しを長くしたくはないな」
 エイクは若干語気を強めてそう言った。

「す、すみません」
 エイクの答えを受けその冒険者はそう言って引き下がった。

(今の俺の態度は、何かを隠そうとしているようにみえたんじゃあないかな)
 エイクはそう考えていた。



 やがて宴をお開きにした後、エイクはマーニャを伴って2階の部屋の一つに入った。
 宴が終わったといっても、全ての冒険者が眠ったわけではない。2階に部屋をとっている冒険者の中には自室でまだ起きている者もいるはずだ。
 これからエイクが行うことは、それらの冒険者に察せられてしまう事になるだろう。
 だがエイクはそれで構わないと思っていた。

 彼がこの“イフリートの宴亭”に対して特異な地位を築いているのは紛れもない事実だ。エイクは、その事をある程度は他の冒険者にも知らしめておくべきだと考えたのだった。
 その結果エイクに反感も抱く冒険者も現れるかもしれないが、隠していてばれた方が反感は大きくなるだろうし、いつまでも意図的に隠しておくのも面倒だ。
 それなら無理に隠さない方がいいとエイクは考えていた。

(それに、多少反感を抱いたところで、店から離れるだの、俺を攻撃するだのといった行動までする者はいないだろう)
 エイクはそう判断していた。

 元々この“イフリートの宴亭”では最有力冒険者だった“夜明けの翼”がかなり横暴な行動をとっていたし、店長のガゼックも彼らを優遇していた。
 これに対して他の冒険者達の多くは特に気にせずに無視していたし、幾人かの者達は率先して“夜明けの翼”に追従していた。

 エイクが“夜明けの翼”以上に横暴になったり、他の冒険者達に具体的な被害をもたらしたりしない限りは、冒険者達の態度もその頃と特に変わることはないだろう。
 実際、既にエイクに阿るような態度をとる冒険者も出てきている。

 以上を踏まえ、エイクはマーニャに対しても遠慮なく行動する事を決めたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...