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第4章
15.処刑人と呼ばれる女
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「はは、これは、彼女も物騒なあだ名をつけられたものですな」
アルターは苦笑しつつそう答える。
セレナが少し顔をしかめながら返した。
「冗談ではないわ。彼女の手で何人殺されていると思っているの?」
「待ってくれ、俺はそのクリスティナという者を知らない。どういう者なんだ」
エイクが話に割って入って、アルターに向かってそう聞いた。
「これは失礼をいたしました。炎獅子隊の副隊長の1人。ティナと名乗っている女性の事です」
「副隊長のティナ?平民で優秀な人物だ、としか知らないが?」
「確かに今は平民になっています。しかしその身の上については少々特殊な事情があります。
彼女の元の名はクリスティナ・バーミオン。外務大臣バーミオン侯爵の1人娘です。
そうですな、考えてみればあれはエイク様が生まれる何年も前の事。当時は大いに世を騒がせた事件だったですが、エイク様がご存じないのも無理はありませんな」
「知っていることがあるなら教えてくれ」
「畏まりました。
あれは……、そう、もう21年も前の事になります。
当時15歳だったクリスティナ・バーミオン嬢は、貴族社会で評判になるほどの美しい令嬢でした。
ところが、奇禍に襲われてしまいます。
ある凶悪な犯罪者に誘拐されてしまったのです。
彼女は2日後にバーミオン侯爵家の手の者によって救出されました。
侯爵家は、クリスティナ嬢は何の危害も受けておらず、完全に無事だったと主張しました。しかし、それを信じる者は誰もいませんでした。
当時進んでいた縁談は破談となり、好奇の的となった彼女は貴族社会においては無価値、それどころか有害な存在となってしまったのです。
そのような、何らかの醜聞を受けてしまったご令嬢は、修道女にでもなるのが一般的なのですが、クリスティナ嬢は違いました。
実家から籍を抜き平民となった彼女は、事件の1年後に衛兵隊への入隊を希望したのです。
よほど強い決意があったのでしょう。その時には彼女は並みの衛兵などよりもよほど強くなっていたと聞いています。
父であるバーミオン侯爵も納得の上だったようで、彼女の入隊を拒む理由は何もありませんでした。
以来20年、彼女は並々ならぬ熱意を持って犯罪捜査にあたり、更に腕を上げ、実力で炎獅子隊の副隊長にまでなりました。
平民の男性と結ばれていて、今では3人の子もいますが、犯罪を憎む気持ちは些かも衰えてはいないようで、変わらぬ態度で、断固として犯罪に対応しているのです」
セレナが不快気な様子で付け足した。
「なんだか、いい話のようにまとめているけれど、その犯罪捜査に対する並々ならぬ熱意、とやらのおかげで、随分な人死にが出ているということも説明する必要があるのではないかしら?
彼女の捜査や尋問の過程で、何人もの人間が死んでいるわ。そのどれもこれもが凶悪な犯罪者。彼女はまず間違いなく私刑を行っている。
そうしてついたあだ名が、処刑人というわけよ」
「そういう噂は確かにありました。ですが凶悪犯の捕縛は生死を問わずが基本ですからな。大して問題にはなっていません」
「それにクリスティナが普通ではないのはそれだけではないわ。情報収集能力が並ではない。とても一介の衛兵や炎獅子隊員のものとは思えない」
「ええ、それも炎獅子隊では有名な話でした。
主に犯罪捜査に当たる衛兵などが、独自の情報収集の伝手を得るのは良くある話ですが、彼女が集めてくる情報の量と質は他とは桁が違います。それも、衛兵になった直後からずっとそれを維持しています。
炎獅子隊や衛兵隊では、父であるバーミオン侯爵が支援しているのだろうと噂されていました。
家から籍を抜いたとはいえ、バーミオン侯爵もクリスティナ嬢を嫌ったわけではありませんからな。それどころか、随分と娘に同情的だったと聞き及びます。支援を惜しむことはないでしょう。
と言っても、バーミオン侯爵もそれほど裕福というわけでもありませんから、大量の人員を動員しているとは思えません。恐らく、侯爵家に仕える腕利きの密偵のような存在がおり、その者がクリスティナ嬢を助けているのだと思われます。
バーミオン侯爵家は建国以来続く名門。そのような者を抱え込んでいてもおかしくはありません」
「多分そうでしょうね。
盗賊の側では、彼女に情報を売っている同業者がいるんじゃあないかと思って、いろいろなギルドが、随分詳しく調べたらしいのよ。ところが、そんな者は1人も見つかっていない。
もちろん、ちょっとした情報のやり取りをしたことがある者くらいはいたようよ。官憲と盗賊ギルドが多少馴れ合うなんて、日常的に起こっていることだから、その程度は普通のことよ。特に穏健な“黒翼鳥”は、比較的彼女との接触機会が多かったみたいね。
でも、重要な情報を流していた者は見つからなかった。20年間でただの1人もよ。
彼女はまず間違いなく、盗賊から情報を買う以外の、かなり優れた情報収集の手段を持っている」
「……バーミオン侯爵といえば、確か中立派の有力貴族だったな」
アルターとセレナの話を聞いていたエイクがそう確認し、アルターがそれに答えた。
「左様です。ルファス公爵派にもその反対派にも属さない貴族達の中で、最も有力な者がバーミオン侯爵です。
そして、クリスティナ嬢自身の思惑がどうだったとしても、彼女を助けて情報収集を行っている者は、バーミオン侯爵にも情報を上げていることでしょう」
「つまり今は、ルファス派、反ルファス派、中立派、それぞれの意を汲んだ者達が、少なくとも名目上は“虎使い”の調査として、各々盛んに動きまわっているわけか……」
「そういうことよ。“虎使い”がどんな立場の者だったとしても、この状況ではさすがに動き難いでしょうね」
「それが事実なら好都合だな。こちらはいろいろと動きやすくなる」
エイクは呟くようにそう言った
「そうね。それに、クリスティナは盗賊にとっては厄介きわまりない相手だけれど、彼女が動いていることは、ボスには有利に働くかもしれないわね」
「どういうことだ?」
「バーミオン侯爵がどんな考えを持っているかは分からないけれど、クリスティナ自身が凶悪犯を酷く憎んでいるのは確実よ。
中でも、ゴルブロのような者こそが、彼女が最も嫌うタイプの犯罪者だったはず。
そのゴルブロを倒したのだから、彼女はボスに対してよい印象を持っていると思うわ。
上手くすれば味方につけることが出来るのではないかしら」
「……だといいな」
エイクはセレナの言葉にそう答えたが、そんなことはありえないと確信していた。
自分が多くの女達に対して行っていることについて、ある程度の自覚を持っていたからだ。
(この件については、多分セレナは基準がおかしくなっている。
自分が余りにも酷い目にあったせいで、俺がやっている程度のことは、それほどの悪事ではないと思ってしまっているんだろう。
だが、普通に考えれば、俺の行いを知っている女が、俺に良い印象を持つ筈がない。むしろ強い嫌悪感を持つのが当然だ。
そしてクリスティナという女が俺の行いを知らないはずがない。間違いなく俺のことを相当強く嫌っているだろう。面倒なことになりそうだな)
エイクかそう思って小さく嘆息した。
(まあ、自業自得というやつだ仕方がない)
エイクはそう考えをまとめ、話を次に移そうとした。
状況の整理は概ね済んだので、改めて今後の行動方針をまとめようと思ったのだ。
そのとき、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
アルターがエイクへ視線を向ける。エイクは軽くうなずいた。
それを確認したアルターが立ち上がって扉へ向かい、扉越しに声をかけた。
「どうしました」
「申し訳ありません。エイク様のお屋敷から使いの方がおいでになっています。
エイク様にお伝えすることがあるとのことです」
アルターが扉を開けると、そこにはロアンに仕える使用人の男がおり、その後ろにはエイクに仕える使用人であるエミリオがいた。
「エミリオ、何用ですか?」
「はい、アルター様。エイク様に至急会いたいというお客様が屋敷においでになっています」
「分かりました。エイク様に直接ご説明なさい」
アルターはそう言ってエミリオを室内に招き入れ、ロアンの使用人を下がらせた。
「客というのは、サルゴサの街の官憲か?」
室内に入って来たエミリオに向かってエイクがそう聞いた。
エミリオの先の発言はエイクにも聞こえていた。
そして、近いうちに迷宮都市サルゴサの官憲の訪問を受けるだろうということを予想していたエイクは、訪問があったら、午前中なら“大樹の学舎”へ、午後ならこの“精霊の泉”に連絡に走るように予め命じていたのである。
「はい、その通りです。お二人で来られていて、用件はエイク様がロウダーたち“叡智への光”を討ち取った件について、話を聞きたいということです」
その用件もエイクが予想していた通りのものだった。
ゴルブロ一味に、というよりもシャルシャーラに唆されてエイクを迷宮に誘き寄せて襲い、そして返り討ちにあった冒険者パーティ“叡智への光”。
彼らについては、冒涜神ゼーイムの信者で犯罪者だったことが既に発覚している。
だがら、この件に関してエイクが罰せられることはない。
だが、サルゴサの街でも有数の冒険者パーティと思われており、その実、凶悪な犯罪を犯していた者達が討たれたという重大事件なのだから、事実関係は詳しく調べられるはずである。その者達を討ち取ったエイクに話を聞こうとするのは当然のことだ。
(出来るだけ早くシャムロック商会へ連絡を入れた方がいいな)
エイクはそう考えた。サルゴサの街の官憲と話をする事は、シャムロック商会の利害にも影響が出るからだった。
エイクがゴルブロと戦っていた際に、シャムロック商会はエイクに味方する行動をとった。
この事を受けてエイクは、礼の代わりとして、サルゴサの迷宮の未発見区域に関する情報の一部をシャムロック商会に提供した。シャムロック商会ならば、そのような情報も有効に使えるだろうと考えたからだ。そして、これを機にシャムロック商会との関係を強化しても良いと思ったからでもあった。
だが、サルゴサの街の官憲と“叡智への光”を討った事について話すとなると、必然的に未発見区域に関する事も伝える事になる。何しろ、“叡智への光”を倒したその場所が、既に未発見区域だったからだ。
そうなると、シャムロック商会に提供した情報の価値は下がってしまう。
実をいうと、サルゴサの街の官憲の調査を受ける事を予想していたエイクは、未発見区域に関する情報は遠からず公せざるを得ないと考えていた。
むしろだからこそ、せめて少しでも有効に活用しようと考えて、公にするよりも前にシャムロック商会に提供して、少しでも恩を売ろうと考えていたのだった。
エイクは、近いうちに情報が公になるという事も、予めシャムロック商会に伝えていた。だから、実際に公にしたからといって恨まれる事にはならない。
だが、公になる時期が明らかになったなら、その時期を出来るだけ早く伝えた方が、よりシャムロック商会に便宜を図る事になるだろう。
エイクはそう考えた結果、シャムロック商会に出来るだけ早く連絡をするべきだと考えたのだった。
「ありがとうエミリオ。悪いがそのまま少し待っていてくれ」
エイクは、エミリオにそう労いの言葉をかけた。
そして、他の者達にも声をかける。
「すまないが、手紙を書く必要ができた。会議は少し中断だ。
ちょうどいいから少し休憩にしよう。今まで話した内容を、それぞれまとめておいてくれ」
エイクはそう言うと、ロアンに便箋やペンなどを用意させ、実際に手紙を書き始めた。
アルターは苦笑しつつそう答える。
セレナが少し顔をしかめながら返した。
「冗談ではないわ。彼女の手で何人殺されていると思っているの?」
「待ってくれ、俺はそのクリスティナという者を知らない。どういう者なんだ」
エイクが話に割って入って、アルターに向かってそう聞いた。
「これは失礼をいたしました。炎獅子隊の副隊長の1人。ティナと名乗っている女性の事です」
「副隊長のティナ?平民で優秀な人物だ、としか知らないが?」
「確かに今は平民になっています。しかしその身の上については少々特殊な事情があります。
彼女の元の名はクリスティナ・バーミオン。外務大臣バーミオン侯爵の1人娘です。
そうですな、考えてみればあれはエイク様が生まれる何年も前の事。当時は大いに世を騒がせた事件だったですが、エイク様がご存じないのも無理はありませんな」
「知っていることがあるなら教えてくれ」
「畏まりました。
あれは……、そう、もう21年も前の事になります。
当時15歳だったクリスティナ・バーミオン嬢は、貴族社会で評判になるほどの美しい令嬢でした。
ところが、奇禍に襲われてしまいます。
ある凶悪な犯罪者に誘拐されてしまったのです。
彼女は2日後にバーミオン侯爵家の手の者によって救出されました。
侯爵家は、クリスティナ嬢は何の危害も受けておらず、完全に無事だったと主張しました。しかし、それを信じる者は誰もいませんでした。
当時進んでいた縁談は破談となり、好奇の的となった彼女は貴族社会においては無価値、それどころか有害な存在となってしまったのです。
そのような、何らかの醜聞を受けてしまったご令嬢は、修道女にでもなるのが一般的なのですが、クリスティナ嬢は違いました。
実家から籍を抜き平民となった彼女は、事件の1年後に衛兵隊への入隊を希望したのです。
よほど強い決意があったのでしょう。その時には彼女は並みの衛兵などよりもよほど強くなっていたと聞いています。
父であるバーミオン侯爵も納得の上だったようで、彼女の入隊を拒む理由は何もありませんでした。
以来20年、彼女は並々ならぬ熱意を持って犯罪捜査にあたり、更に腕を上げ、実力で炎獅子隊の副隊長にまでなりました。
平民の男性と結ばれていて、今では3人の子もいますが、犯罪を憎む気持ちは些かも衰えてはいないようで、変わらぬ態度で、断固として犯罪に対応しているのです」
セレナが不快気な様子で付け足した。
「なんだか、いい話のようにまとめているけれど、その犯罪捜査に対する並々ならぬ熱意、とやらのおかげで、随分な人死にが出ているということも説明する必要があるのではないかしら?
彼女の捜査や尋問の過程で、何人もの人間が死んでいるわ。そのどれもこれもが凶悪な犯罪者。彼女はまず間違いなく私刑を行っている。
そうしてついたあだ名が、処刑人というわけよ」
「そういう噂は確かにありました。ですが凶悪犯の捕縛は生死を問わずが基本ですからな。大して問題にはなっていません」
「それにクリスティナが普通ではないのはそれだけではないわ。情報収集能力が並ではない。とても一介の衛兵や炎獅子隊員のものとは思えない」
「ええ、それも炎獅子隊では有名な話でした。
主に犯罪捜査に当たる衛兵などが、独自の情報収集の伝手を得るのは良くある話ですが、彼女が集めてくる情報の量と質は他とは桁が違います。それも、衛兵になった直後からずっとそれを維持しています。
炎獅子隊や衛兵隊では、父であるバーミオン侯爵が支援しているのだろうと噂されていました。
家から籍を抜いたとはいえ、バーミオン侯爵もクリスティナ嬢を嫌ったわけではありませんからな。それどころか、随分と娘に同情的だったと聞き及びます。支援を惜しむことはないでしょう。
と言っても、バーミオン侯爵もそれほど裕福というわけでもありませんから、大量の人員を動員しているとは思えません。恐らく、侯爵家に仕える腕利きの密偵のような存在がおり、その者がクリスティナ嬢を助けているのだと思われます。
バーミオン侯爵家は建国以来続く名門。そのような者を抱え込んでいてもおかしくはありません」
「多分そうでしょうね。
盗賊の側では、彼女に情報を売っている同業者がいるんじゃあないかと思って、いろいろなギルドが、随分詳しく調べたらしいのよ。ところが、そんな者は1人も見つかっていない。
もちろん、ちょっとした情報のやり取りをしたことがある者くらいはいたようよ。官憲と盗賊ギルドが多少馴れ合うなんて、日常的に起こっていることだから、その程度は普通のことよ。特に穏健な“黒翼鳥”は、比較的彼女との接触機会が多かったみたいね。
でも、重要な情報を流していた者は見つからなかった。20年間でただの1人もよ。
彼女はまず間違いなく、盗賊から情報を買う以外の、かなり優れた情報収集の手段を持っている」
「……バーミオン侯爵といえば、確か中立派の有力貴族だったな」
アルターとセレナの話を聞いていたエイクがそう確認し、アルターがそれに答えた。
「左様です。ルファス公爵派にもその反対派にも属さない貴族達の中で、最も有力な者がバーミオン侯爵です。
そして、クリスティナ嬢自身の思惑がどうだったとしても、彼女を助けて情報収集を行っている者は、バーミオン侯爵にも情報を上げていることでしょう」
「つまり今は、ルファス派、反ルファス派、中立派、それぞれの意を汲んだ者達が、少なくとも名目上は“虎使い”の調査として、各々盛んに動きまわっているわけか……」
「そういうことよ。“虎使い”がどんな立場の者だったとしても、この状況ではさすがに動き難いでしょうね」
「それが事実なら好都合だな。こちらはいろいろと動きやすくなる」
エイクは呟くようにそう言った
「そうね。それに、クリスティナは盗賊にとっては厄介きわまりない相手だけれど、彼女が動いていることは、ボスには有利に働くかもしれないわね」
「どういうことだ?」
「バーミオン侯爵がどんな考えを持っているかは分からないけれど、クリスティナ自身が凶悪犯を酷く憎んでいるのは確実よ。
中でも、ゴルブロのような者こそが、彼女が最も嫌うタイプの犯罪者だったはず。
そのゴルブロを倒したのだから、彼女はボスに対してよい印象を持っていると思うわ。
上手くすれば味方につけることが出来るのではないかしら」
「……だといいな」
エイクはセレナの言葉にそう答えたが、そんなことはありえないと確信していた。
自分が多くの女達に対して行っていることについて、ある程度の自覚を持っていたからだ。
(この件については、多分セレナは基準がおかしくなっている。
自分が余りにも酷い目にあったせいで、俺がやっている程度のことは、それほどの悪事ではないと思ってしまっているんだろう。
だが、普通に考えれば、俺の行いを知っている女が、俺に良い印象を持つ筈がない。むしろ強い嫌悪感を持つのが当然だ。
そしてクリスティナという女が俺の行いを知らないはずがない。間違いなく俺のことを相当強く嫌っているだろう。面倒なことになりそうだな)
エイクかそう思って小さく嘆息した。
(まあ、自業自得というやつだ仕方がない)
エイクはそう考えをまとめ、話を次に移そうとした。
状況の整理は概ね済んだので、改めて今後の行動方針をまとめようと思ったのだ。
そのとき、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
アルターがエイクへ視線を向ける。エイクは軽くうなずいた。
それを確認したアルターが立ち上がって扉へ向かい、扉越しに声をかけた。
「どうしました」
「申し訳ありません。エイク様のお屋敷から使いの方がおいでになっています。
エイク様にお伝えすることがあるとのことです」
アルターが扉を開けると、そこにはロアンに仕える使用人の男がおり、その後ろにはエイクに仕える使用人であるエミリオがいた。
「エミリオ、何用ですか?」
「はい、アルター様。エイク様に至急会いたいというお客様が屋敷においでになっています」
「分かりました。エイク様に直接ご説明なさい」
アルターはそう言ってエミリオを室内に招き入れ、ロアンの使用人を下がらせた。
「客というのは、サルゴサの街の官憲か?」
室内に入って来たエミリオに向かってエイクがそう聞いた。
エミリオの先の発言はエイクにも聞こえていた。
そして、近いうちに迷宮都市サルゴサの官憲の訪問を受けるだろうということを予想していたエイクは、訪問があったら、午前中なら“大樹の学舎”へ、午後ならこの“精霊の泉”に連絡に走るように予め命じていたのである。
「はい、その通りです。お二人で来られていて、用件はエイク様がロウダーたち“叡智への光”を討ち取った件について、話を聞きたいということです」
その用件もエイクが予想していた通りのものだった。
ゴルブロ一味に、というよりもシャルシャーラに唆されてエイクを迷宮に誘き寄せて襲い、そして返り討ちにあった冒険者パーティ“叡智への光”。
彼らについては、冒涜神ゼーイムの信者で犯罪者だったことが既に発覚している。
だがら、この件に関してエイクが罰せられることはない。
だが、サルゴサの街でも有数の冒険者パーティと思われており、その実、凶悪な犯罪を犯していた者達が討たれたという重大事件なのだから、事実関係は詳しく調べられるはずである。その者達を討ち取ったエイクに話を聞こうとするのは当然のことだ。
(出来るだけ早くシャムロック商会へ連絡を入れた方がいいな)
エイクはそう考えた。サルゴサの街の官憲と話をする事は、シャムロック商会の利害にも影響が出るからだった。
エイクがゴルブロと戦っていた際に、シャムロック商会はエイクに味方する行動をとった。
この事を受けてエイクは、礼の代わりとして、サルゴサの迷宮の未発見区域に関する情報の一部をシャムロック商会に提供した。シャムロック商会ならば、そのような情報も有効に使えるだろうと考えたからだ。そして、これを機にシャムロック商会との関係を強化しても良いと思ったからでもあった。
だが、サルゴサの街の官憲と“叡智への光”を討った事について話すとなると、必然的に未発見区域に関する事も伝える事になる。何しろ、“叡智への光”を倒したその場所が、既に未発見区域だったからだ。
そうなると、シャムロック商会に提供した情報の価値は下がってしまう。
実をいうと、サルゴサの街の官憲の調査を受ける事を予想していたエイクは、未発見区域に関する情報は遠からず公せざるを得ないと考えていた。
むしろだからこそ、せめて少しでも有効に活用しようと考えて、公にするよりも前にシャムロック商会に提供して、少しでも恩を売ろうと考えていたのだった。
エイクは、近いうちに情報が公になるという事も、予めシャムロック商会に伝えていた。だから、実際に公にしたからといって恨まれる事にはならない。
だが、公になる時期が明らかになったなら、その時期を出来るだけ早く伝えた方が、よりシャムロック商会に便宜を図る事になるだろう。
エイクはそう考えた結果、シャムロック商会に出来るだけ早く連絡をするべきだと考えたのだった。
「ありがとうエミリオ。悪いがそのまま少し待っていてくれ」
エイクは、エミリオにそう労いの言葉をかけた。
そして、他の者達にも声をかける。
「すまないが、手紙を書く必要ができた。会議は少し中断だ。
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