剣魔神の記

ギルマン

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第4章

17.過去の事件

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 約5年前、エーミール・ルファス軍務大臣は、策を巡らしてレシア王国の大軍を誘き出して、これに大勝した。それが、ボルドー河畔の戦いと呼ばれる戦いである。
 この戦いで、レシア王国軍を指揮していたのは、ヨセフス・フオーレル侯爵という有力貴族だったのだが、一族の多くをこの戦いで亡くし、更に敗戦の責めを負って本人は後に刑死。侯爵家も廃絶の憂き目を見た。
 そして、レシア王国軍は、敗走中に国境付近で大規模な妖魔の襲撃を受け、更に被害を増していたのである。
 この結果、軍に甚大に被害を被ったレシア王国は、アストゥーリア王国との間に和平条約を結ばざるを得なくなっていた。
 アルターが言っているのは、この妖魔による襲撃の事だ。

 アルターは説明を続けた。
「当時は私も、妖魔を操る者がいるなどとは思っていませんでした。ですから、妖魔の襲撃が意図的なものとは考えてもいませんでした。
 しかし、国境付近の妖魔たちが、ダグダロアの預言者によって集められていたとなれば話が違ってきます。
 あの襲撃は、預言者が意図したものと考えざるを得ないでしょう」

「当然そうなるな。つまり、預言者がルファス大臣に有利なように動いたということか」
「直接的にはそうです。しかし、レシア王国は長年にわたる敵国。我が国の有力者ならば誰でも、レシア王国の勢力が衰えることを喜ぶでしょう。たとえ反ルファス派でもです」
「それもそうか、結局ははっきりしないな」
「如何にも。しかし、少なくとも5年前の時点では、預言者は我が国に利するつもりがあったとみてよいでしょう。
 これも重要な情報といえます」

「その通りだな……」
 エイクはそう呟きながら、南方のレシア王国との国境付近に巣くう妖魔たちについて、自身で調べたいと考えていた。
 野伏としての腕にかなりの自信を持っているエイクは、自分が最も力を振るえるのは、都市内や迷宮内ではなく、野外においてだと思っていたからだ。
 そして、国境付近の妖魔が父の仇と関わりがある可能性もあるし、そうでなくても強大な力を持つと予想される、預言者の動きを探るのは意義がある。

 更に言えば、南方の国境地帯に巣くう妖魔たちが、近いうちに大規模な動きを見せる可能性はかなり高い。
 もう直ぐ停戦期間が終わるからだ。
 国境付近の妖魔たちは、直近5年間は戦の影響を受けずにいた。だが、停戦期間が終われば、国境付近は戦場となる公算がかなり高い。それが妖魔たちに影響を与えないはずがない。
 むしろ情勢が変わるのは確実なのだから、その前になんからの動きを見せるかもしれない。
 その動きを捉えれば、預言者について何らかの情報を得る事も期待できる。
 加えて、そんな情勢になれば、強敵との実戦経験を積む機会に恵まれる可能性も高いだろう。

(本当に今“虎使い”が動き難い状況にあるなら、その間に南に行ってみたい)
 エイクは、そのように考えていた。

 アルターは次の事件について話を進めた。
「昨年末のルファス大臣の暗殺未遂事件も重要な出来事です。
 いうまでもなくルファス大臣に関するものですからな。当然この事件も重大な意味を持ちます」
 それは、王都から商都セレビアに向かっていたルファス大臣の一行が、十数人の賊に襲われたが、護衛の者達が撃退したという事件だった。

「確かレシア王国の陰謀ではないかとが疑われたが、証拠が揃わず、レシアを責めるまでは出来なかったというやつだな?」
 エイクがそう確認した。
「左様です。
 レシア王国の関与が疑われた理由は、賊の中にレシア王国と二重王国に縁のある者が少なくとも3人いたことが確認されたからです。
 1人はギョーム・ジョサント、元レシア王国の男爵です。
 ジョサント男爵家は代々フオーレル侯爵家仕えていた家でしたが、ギョームはフオーレル侯爵家廃絶の後に実の息子によって捕縛され、罪人としてレシア王国政府に引き渡されています。王国政府の決定に異を唱える言動をしたというのが、その理由です。
 レシア王国はその言い分を認め、ジョサント男爵位を息子に継がせ、ギョームは男爵家とは関係ない者として、国外追放とされました。
 実際その通りの事があったのかも知れませんし、どうしても主の復仇を果たしたいと考えたギョームが、己の行動の類が家や家族に及ばないようにするために、息子と諮って予めそのような体裁を整えたのかも知れません。
 いずれにしても、ルファス大臣を深く怨んでいたことは想像に難くありません。
 もう1人は、ラースロー・ハンファ。二重王国軍において名の知れた武人でした。この者もランセス丘陵の戦いで親族をなくしており、我が国との和睦に反対して軍を抜け野に下っていました」

 レシア王国が侵攻して来た際、これと連携してクミル・ヴィント二重王国もアストゥーリア王国に軍を進めた。
 ボルドー河畔の戦いでレシア王国軍に大勝したルファス大臣は、二重王国軍へ向かって急行し、これも撃破している。それがランセス丘陵の戦いである。
 その後、二重王国もアストゥーリア王国と和睦することになったが、この和睦に反対の者もいたのである。

「そしてもう1人。ガンザン・シロコトというサムライもレシア王国に縁があると言える者でした」
「親父に討たれたサムライ武将の弟子だったという男だな」
「はい。ボルドー河畔の戦いに客将として参加し、ガイゼイク様と戦って敗死したサムライ、ハクタリ・モノベ。その一番弟子と言われていた男が、ガンザン・シロコトです。
 ハクタリ・モノベの死後、その一族郎党は東方に戻ったと思われていました。しかし、ガンザンは残っており、ルファス大臣襲撃に参加したのです」

(父さんに殺された者の縁者か。そいつにとっては俺も仇の身内ということになるな)
 エイクはそんなことを考えたが、特に大きく心を動かされる事はなかった。
 生前の父が多くの者を殺している事などエイクは百も承知しており、その者達の縁者からみれば、父や自分が仇になることくらいとっくに理解していたからだ。

 アルターは説明を続けた。
「ハクタリ・モノベはヨセフス・フオーレル侯爵の下に客人として滞在していました。ガンザンがルファス大臣の襲撃に参加しのたは、この縁によるものと思われます。
 しかし、レシア王国や二重王国が背後にいたことを証明することは出来ませんでした。
 襲撃者達は、数人が逃走した他は、全て戦死するか自害しており、生き証人を得る事が出来なかったからです。
 さきほど述べた3人も全員が戦死しており、遺骸を調べた結果身元が判明しています。
 実際、この3人は何年も前に出国したり下野したりしており、しかも個人としてルファス大臣に恨みを持っていてもおかしくない人物であったため、国の意向とは関係なく大臣を襲った可能性も否定できません。

 ただ、確実にいえることは、この襲撃者達が相当強い信念を持ってルファス大臣を狙ったということです。捕虜になるくらいなら自死するなど、簡単に出来ることではありませんからな。
 例えば、レシア王国やフオーレル侯爵家とそれほど縁が深くはないはずのガンザンも、仲間を逃がす為に追っ手の前に立ちはだかり、壮絶な戦死を遂げたとのこと。よほどの強い信念の下に動いていたのでしょう。
 それほど強い意志を持って、ルファス大臣を殺したいを思っている者もいるという事です。
 そして、この事件に関しては、逃走した数名の襲撃者の足取りが全くつかめていないという点にも注意する必要があります。
 このことは、彼らを支援する者の存在を強く示唆しています。
 ルファス大臣に関しては、これらの出来事も念頭において調査する必要があるでしょう」

「分かった。皆も承知しておいてくれ。
 他には何かないか?」
 エイクの問いかけに対して声は上がらなかった。
「よし、それじゃあ、今日の会議はこれまでにしよう」
 エイクはそう告げて席を立った。
 他の者たちもそれに従う。
 長い会議が、ようやく終わった。
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