剣魔神の記

ギルマン

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第4章

25.大商会への情報提供

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 翌朝、エイクはシャムロック商会に向かった。
 予め手配していた馬車に乗り、使用人の1人であるファビオを従者として連れている。出来るだけ礼を失しないようにする為だ。
 服装もいつもの竜燐のスケイルメイル姿ではなく、比較的整った平服を着ていた。
 竜燐のスケイルメイルは、他の使用人達をつかって予定通り修理の為に防具屋に持ち込ませている。

 ちなみに、ゴルブロが身に着けていた魔法の品々は戦利品としてエイクのものとなっていた。しかし、そのうち神獣の皮鎧はエイクとの激しい戦いによる損傷が大きく、魔法の力を失っていた。
 だが、それでも使われている素材だけでも上質の物である為、スケイルメイルを修理する材料にすることにして、一緒に防具屋に持ち込んでいる。



 エイクがシャムロック商会の屋敷に着くと、会長のルーベン・シャムロックが自ら出迎えた。
「よくお出でくださいました、エイク殿」
「こちらこそ時間をとっていただき感謝します」
 そんな会話を交わしつつ、ルーベンはエイクを応接室へと案内した。

「この度は貴重な情報をご提供いただきまして、誠にありがとうございます」
 応接室のテーブルに着き、随分と質が良さそうな紅茶や茶菓子が用意されたところで、ルーベンがそう切り出した。
「いえ、昨日連絡したとおり、サルゴサの街の官憲に伝える事になってしまいましたので、もう貴重な情報とは言えません。
 私の疑いを晴らす為に動いていただいた事への恩返しとしては、まるで足りないと思っています」
 シャムロック商会はサルゴサの街の官憲を動かして、ゴルブロらが広めたエイクの悪評が事実無根である事を速やかに確認し、それを公表していた。エイクは改めてそのことに対して感謝を示したのである。

「いえ、いえ、数日だろうとも、早く情報を知るということは非常に重要です。そして、それ以上に、私どもに気を使っていただいた事をとても嬉しく思っております。
 それに、あの盗賊共の一件については、ただ単に事実を世に知らしめただけのこと。エイク殿に感謝していただくほどの事でもありません」
 ルーベンは笑顔でそう答えた。そして、若干おどけた調子で言葉を続ける。
「まあ、もしも、エイク殿に何か非があって、それを私共が誤魔化したというなら、感謝していただきたいところでしたが」
 
(今のは、俺が多少の悪事を働いても、関係を切るつもりはないという意思表示だろうな)
 ルーベンの言葉を聞き、エイクはそう判断した。
 冗談めかした口調ではあったが、エイクに非がある場合でも庇うつもりがあるという主旨の発言だったからだ。
(多分、俺が裏社会と深く関わっている事も承知していると見るべきだろう。やはり、もう一手打っても良さそうだ)
 エイクはそう考えつつ言葉を返した。

「私もルーベン殿と良い関係を築いて行きたいと考えています。出来る限りの便宜を図らせていただくのは当然です。
 実は今日も、お伝えしたい事があります。
 ルーベン殿は、この者達をご存知ですか」
 そう言って、エイクは2枚折にした紙をポケットから取り出すとテーブルに置き、ルーベンの方に差し出した。

「失礼をいたします」
 そう告げつつ、ルーベンは紙を受け取って開く。
 そこには、2つの人名が書かれていた。
 1つは財務局に勤めるそれなりの地位にある官僚の。もう1つは、商都セレビアに本店を構える大商会の、王都支店における幹部の名だった。

「見知った名前ではありますな」
 ルーベンはそう告げた。
「実はハイファ神殿の闇信仰審問部が、その者達を秘かに調査しているという情報を入手しました。何か急な変事が生じない限り、来月早々にも捕縛される見込みです」
「ほう、それは重大事ですな」
 そう答えるルーベンの表情は真剣なものになっている。

 その2人は、重要人物というほどではないが、王都において多少の影響力を有している。そんな者達が、闇信仰審問官の手によって捕縛されるとなれば、確かに大事だ。
 ルーベンのような立場の者が、その情報を事前に知ることが出来れば大きな利益につなげることも出来るだろう。

 その2人が闇信仰審問部によって捕らえられる情勢になったのは、エイクの行動の結果である。彼らはレイダーの手引きによって残虐行為を働いていた者達だったのだ。
 レイダーは、“呑み干すもの”の教主グロチウスの配下だった頃から、グロチウスにも隠して、婦女子を虐待することを楽しむ異常な性癖を持つ者達に女を提供していた。
 そのような者との伝手を得て、何かと利用しようとしていたからだ。そして、いざとなれば脅迫する事も想定して、そのための証拠も押さえていた。

 そのような相手は3人おり、その中の1人であるザンクロフト伯爵は、実際にレイダーに脅され隠れ家を提供させられていた。
 今、エイクがルーベンに示したのは、ザンクロフト伯爵以外の2名の名だった。
 レイダーを徹底的に尋問したセレナは、その者達の名と残虐行為の証拠となる品を全て押さえていたのである。

 この情報を得たエイクは、その者達を脅して自分が直接利用する事も考えた。しかし、直ぐにその案を却下した。
 罪もない婦女子を直接的に虐待し、身体を損壊して死にまで至らしめる。そのような事をする者を使う気にはなれなかったからだ。
 エイクは自分の事を悪人だと認識していたが、さすがにそのような事を行う者と同列ではないと思っていたし、そこまで落ちるつもりはなかった。

 代わりにエイクは、その者たちを、セレナが得ているハイファ神殿の伝手をより強いものにするために利用する事にした。
 セレナが接触している審問官に情報を提供して、彼らを捕らえさせることにしたのである。
 正確にいうと、彼らは闇教団“呑み干すもの”と関係があったわけではない。だが、レイダーは闇教団の幹部でもあった男なので、その者の手引きで残虐行為を行っていたということになれば、審問官が動く理由としては十分だ。
 そしてまた、更に恩を売ろうとも考えて、ルーベンにその事を伝えたのだった。
 ルーベンの様子を見る限りでは、この考えも成功だったようだ。

 ちなみに、レイダーを匿っていたザンクロフト伯爵は、既にその罪がばれており、王国政府に拘束されている。恐らく、己の行いを悔いて自害した、ということにして処刑される事だろう。
 しかし、ザンクロフト伯爵は自分と同じ行いをしていた者の存在を知らなかったので、そこから情報が漏れる事もない。

 しばらく何事か考えていたルーベンが、改めて口を開いた。
「このような貴重なお話しを提供していただけるとは、感謝の念に耐えません。
 是非ともご返礼をさせていただきたい。私どもでお力になれることがあれば、何でもおっしゃってください」
 ルーベンは真剣な表情のままそう告げた。

 エイクは見返りとして要望しようと、予め考えていた事を伝える。
「それではお言葉に甘えて、サルゴサの街で武器や防具を買う場合の保証人になっていただけないでしょうか。
 サルゴサに行くついでに武器などを見繕おうと思っているのですが、手持ちの金では買えない品物もあるかも知れません。
 そんな時に、一介の冒険者では分割払いには応じては貰えないでしょう。ですから、そんな場合の保証をお願いしたいのです」
「お安い御用です。直ぐにでも、その旨書きしたためた紹介状を用意しましょう。
 ついでに、当商会と関わりがある店のリストもお渡しします。それらの店ではよりいっそう融通が効く様になるはずです。是非ともお使いください」
「お心使いに感謝します」

 その後は、差障りがない会話をしばらく続け、紹介状の用意が出来たところで、今回の会談はお開きとなり、エイクは速やかにシャムロック商会を辞した。
 本来ならばもう少し時間をとって、会話や食事を楽しむのが礼儀だろう。しかし、ルーベンはエイクが出来るだけ手短に要件を終わらせたいと思っていることを承知しており、その意を汲んでいるようだった。



 自分の屋敷に戻ったエイクは、早々に昼食を採るとサルゴサの街に向かう為の身支度を整えた。
 まず、新たに入手した真新しいハードレザーアーマーを身につける。かなり上質の物だ。それは、竜燐のスケイルメイルの修理が終わるまでの間使うために購入した品だった。
 つまり数日程度しか使用しない予定だったが、エイクは装備に関しては最善をつくすべきだと考え、あえて上質の物を買っていた。

 次に剣帯を用いて左腰にクレイモアを装備する。かなり剣身が長い剣だが、さほど邪魔にならないように装備して、素早く抜き放つことがエイクには可能だ。
 そして、予備の武器であるミスリル銀製のブロードソードを、柄が右腰の少し上に出る形で背中に装備した。
 
 なお、ゴルブロが用いていた魔法のコピスも戦利品としてエイクのものとなっていたが、エイクは普段はそれを使わない事にしていた。特異な形状故に普通の剣を扱うほど上手く扱えなかったからだ。
 しかし、魔法の武器が必要になることもあるかも知れない。そう考えたエイクは、魔法の荷物袋の中に入れて持ち歩く事にしている。

 その魔法の荷物袋の中には、子供の頃から使っているスティレットも入れてある。
 他に武装としては、遠距離攻撃用に10本の投げナイフも入っていた。
 やはりゴルブロからの戦利品である魔法の盾は、左腕に直接装着する形になっており、エイクの戦闘スタイルにはあわない品物だった。このため、携帯はしないことにして屋敷に保管している。

 ちなみに、魔石や回復薬などの消耗品も新たに入手しようともしたのだが、極端な品薄になっていて満足に買うことが出来なかった。
 炎獅子隊と衛兵隊が大規模な妖魔討伐に備える為に買い占めてしまったらしい。
 辛うじて回復薬を5本入手することが出来ただけだった。

 そのような準備を整え、新しい鎧に慣れるために体を動かしていると、サルゴサの街の官憲が馬車でやって来た。
 だが、その人数は1人だけだ。
「もう1人の方はどうされたのですか?」
 そのエイクの質問に官憲が答える。

「彼には昨日の内にサルゴサに向かってもらっている。エイク殿が着いたなら速やかに現地確認をしてもらえるように準備する為だ。
 エイク殿にあまり時間をかけさせては悪いからな」
「それは、お心遣いいただき、ありがとうございます」

 エイクはそう答えたが、本当はエイクの為ではなく、未発見区域に関する情報を一刻も早くサルゴサの街に伝えるのがその目的だろう。
 官憲たちがエイクから話を聞いたのは、昨日の、もう日も暮れようという時間帯だった。つまり、昨日の内にサルゴサに向かったという事は、夜を徹して動いたということなのだろう。
 照明用の魔道具等は数多く普及しているので、夜中に移動することも不可能ではないが、如何にも忙しい話である。
 そこまでするほど、大規模な未発見区域の情報は重要だと、この官憲たちは考えたという事だ。

「気にしてもらう必要はないが、出来るだけ早く出発したい。準備はいいだろうか」
「問題ありません」
 先をせかす官憲に、エイクはそう答えた。
 ただ、馬車には同乗せず、自分の馬に乗っていくことにした。その方が帰りの馬車を手配しないで済むと考えたからだ。そして、折角買った馬を有効に使いたいとの思いもあったからでもある。
 こうして、エイクは再び迷宮都市サルゴサへと向かう事になったのだった。
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