剣魔神の記

ギルマン

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第5章

27.女剣士の考え

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 その後エイクは、もう少しオルリグ少年との手合わせを続けてから“大樹の学舎”を辞して、今度こそ自分の屋敷に戻った。
 そして、新たに“黄昏の蛇”に加わった女剣士のサリカと、自室で2人で会うことにした。サリカが述べていた恩返し云々について話すためだ。

「恩返しとか気にしないでくれていい。頼まれた訳でもないのに、俺が勝手に駆けつけて戦いに加わっただけのことだ」
 サリカから感謝の言葉と恩を返したいという言い分を改めて聞いたエイクは、そう告げた。

 サリカは反論する。
「そんなわけにはまいりません。エイク様に助けていただけなければ、私はあの場で間違いなく死んでいたのですから。
 それに、目覚めた後に、あの時一緒にいた姉弟の方たちと話す機会があり、エイク様が私も守ろうとしてくれていたと聞いています。ご恩を受けていないとは到底いえません」

「それなら、“黄昏の蛇”の一員として誠実に働いてくれ。そうすれば俺の利益にもなる。
 後、あなたの取り分ということにした戦利品が多すぎるとも言っていたが、それもパーティの共有財産ということにしておいてくれ。それで十分だ」

「……それでは、私も他の方々と同じくエイク様の配下として務めさせていただきたいと思います。
 私にも目的があるのでいつまでもとは言えませんが、その時までは誠心誠意仕えさせていただきます。どうぞ私の事を部下としてお使いください」
「分かった。その、お前の目的というのは兄を探しているという話だったな」

「はい。この国に居るらしいという話を聞いたのですが、確かな情報ではないので、冒険者として働きながら気長に探すつもりです。
 ですから、恐縮ですが、兄について確かな情報が得られたならパーティから外して頂きたいと思っています」
「ああ、それで構わない」

「ありがとうございます。
 ……それで、とりあえず、今は何かご命令はございますか?」
「いや、特には無い。他のメンバーと仲良くできるように親睦でも深めておいてくれ」
「……畏まりました。それでは失礼します」

 サリカはそう言ってエイクの部屋から去った。
 エイクはそのサリカの後姿を、若干の疑いが篭った目で見ていた。



 チムル村でサリカと再会し、恩返しをしたいと聞かされた時、エイクは後で落ち着いたら身体を要求しようかと考えた。
 サルゴサの地下迷宮で共に戦った時から、サリカの事を魅力的に感じていたし、命を救った対価として身体を要求する事は、エイクの中では正当な行いだったからだ。
 そんな要求をして断られた場合、随分と気まずい事になってしまうが、別にその程度は構うまいと思っていたのである。

 しかし、実際にはそのような要求はすることを止めた。シャルシャーラからサリカが本物の女サムライだと聞いたからだ。
 ひょっとして、父ガイゼイクがかつて討ったサムライの縁者で、何らかの思惑を持っているのではないかとの疑ったのである。もしそうなら、安易に関係を深めるべきではない。

(父さんがサムライ武将を討ったのは5年も前だから、その事と直接関係があるとも思えない。
 それにあのサルゴサの迷宮で出会ったのは偶然だろう。だが、この国に来たこと自体は偶然ではないかもしれない。どちらにしろ、用心しておくに越した事はない)
 エイクはそう思っていた。



 エイクの部屋を出たサリカは大きく息を吐いた。
(エイク様のことを誤解してしまっていたようですね。失礼な事をしてしまいました)
 そして、心中でそう呟き己を恥じた。
 エイクと2人で話すと聞いて。身体を要求されるかも知れないと思っていたからだ。

 サリカはエイクの父ガイゼイクに討たれたサムライ、ハクタリ・モノベの娘だった。エイクの疑念は正しかったのである。
 だが、その目的が兄を探す事だというのは嘘ではない。最近兄がアストゥーリア王国にいるかもしれないという情報を得てこの国までやって来たのも事実だ。

 彼女がエイクに近づこうと思ったのは、父と因縁があるエイクに兄が接触してくるかも知れないと思い、エイクの近くにいた方が兄に会える可能性が僅かばかりでも上がるかもしれないと考えたからだった。
 そう考えた時、エイクが女好きだという話を聞き知っていたサリカは、近くにいれば身体を要求されるかも知れないとも考えた。

 兄の情報が得られるかも知れない、その程度の不確かな可能性の為だけに我が身を捧げる気にはなれなかったが、それ以前にエイクは命の恩人だ。
 恩を返すのは当然の事。しかし、命の恩を返すに足るものなどサリカは持ち合わせていない。あえて言えば我が身を捧げる事くらいしか思いつかなかった。
 未だ男を知らないサリカは、自分からそんな提案をする事はどうしても出来なかったのだが、望まれたならば断れないとも思っていた。

 また、サリカは、チムル村で会った時も、今2人で話している間も、エイクが欲望を帯びた目で自分を見ている事に気付いていた。
 サリカは男からそのような目で見られた経験が今までに何度もあり、エイクがそのような男たちと同様に自分に欲望を懐いている事を半ば確信していた。
 それに、“黄昏の蛇”のメンバーがエイクの女であり、随分と激しい行為を受けている事も聞かされていた。
 その為、これはやはり覚悟が必要かと思っていたのだが、結局最後までエイクからはそのような要求は無かった。

(エイク様は、そんな事を要求される方ではなかった。ということですね。それとも、私の自意識過剰か。どちらにしても恥ずべき事を考えてしまいました)
 サリカはそう思った。

 いずれにしても、サリカの恩返しはパーティの一員として誠実に働くという、当然の事を行うだけになってしまった。それでは恩を返しているとはいえない。サリカはそう考え心苦しく思っていた。
 パーティの仲間たちと共に行動するのに、特段の苦痛が無かったから尚更だ。

 サリカは、テティスからパーティへの加入を誘われた時に、エイクの身近にいるためには好都合と考えて、喜んでその申し出を受けた。だが、懸念もあった。“黄昏の蛇”に属する女達のうち、3人が元犯罪者だという事を知っていたからだ。

 サリカは相手が元犯罪者だからといって、それだけで拒絶するつもりはなかった。しかし、それなりに警戒もしていた。改心していない可能性も考えられるからだ。まして内2人は凶悪な犯罪を行っていた闇教団に関わっていたというのだから尚更である。
 だが、実際に付き合ってみると、彼女らはそれほど凶悪な者達ではなかった。少なくともサリカはそう思った。

 まず、客観的に見て最も危険な人物は、元闇司祭にして闇教団の幹部だったルイーザだろう。
 だが、サリカが見る限りではルイーザはむしろ被害者だ。
 育てられていた孤児院から、ものの善悪も分からないうちにグロチウスに引き取られ、その歪んだ思想を教え込まれた。
 しかも類稀な才能を示したが故に、幼いといって良い歳の内に教団の幹部として扱われるようになってしまった。

 そんな経歴を考えれば、グロチウスによって人生を狂わされてしまったといえる。
 実際、若干世間の常識に疎いところがあるし、目上の者の言う事に従順過ぎる面もあるが、基本的には普通の娘のように見える。いや、普通の娘というよりも、とても可愛らしい娘というべきだろう。

 また、サリカはジュディアの事も悪人とは思えなかった。チムル村で共に妖魔の大軍と戦った時、ジュディアは邪悪な妖魔を討って民を守るために全力で戦っているように見えたからだ。
 それはあるべき騎士の姿のように思えた。

 ジュディアが、呪いによって弱かった頃のエイクへの虐待行為に参加していた事も、徒党を組んで、毒まで使ってエイクを襲った事も聞いたが、サリカは、それは何かの事情があったからなのではないかと思っていた。
 物事を力で解決しようとする傾向があるのは事実であり、その点は要注意だが、根は悪人ではない。というのが、サリカのジュディアに対する評価だ。

 最も庇う余地がないのはカテリーナだろう。彼女は分別が付くはずの年齢に達していながら闇教団と深い関りを持ち、その一員として活動していたのだから。
 だがそれも、どうやら主体的に関わろうと思った結果ではなかったらしい。付き合っていた男に引きずられるようにして悪の道に踏み込んでしまったようだ。
 実際サリカも、カテリーナから小狡さや小心さを感じる事はあっても、邪悪さを感じる事はなかった。
 積極的に仲良くなろうとは思わないが、絶対に関わりたくないというほどでもない。

 最後に、パーティの実質的なリーダーであるテティスだが、サリカはテティスには真の主がおり、その者とエイクとの間に結ばれた協定に従ってエイクに仕えているという事情を、テティス自身から聞かされていた。
 主の正体は言えないが、自分はその主に絶対的な服従を誓っているとも教えられている。
 それは、主の意向次第では敵になる可能性もあるという事を意味している。しかし、そんな事をわざわざ教えてくれるというのは誠実な行いといえるだろう。
 そして、パーティリーダーとして手腕は申し分ない。

 サリカは、総じてこの“黄昏の蛇”というパーティの一員となる事に、問題はないと思っていた。
 それに、メンバーの実力は皆高く、バランスもいい。かなり上の依頼も問題なくこなせるだろう。そう考えれば、むしろサリカにとってはメリットの方が大きい。
 ならば、そのパーティの為に誠実に働くのは当たり前の事だ。

(やはり、恩を返しているとは、到底言えないですね)
 サリカはそう考え、罪悪感すら抱いていた。
 だが、やはり、自分から我が身を捧げると言い出す踏ん切りは付かないし、他に恩を返す方法も思いつかない。
 サリカの心苦しさはしばらく解消されそうになかった。
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