剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
323 / 373
第5章

42.森の中の逃亡者②

しおりを挟む
 オスグリアは、己を睨むベアトリクスを嘲笑を込めた目で見返す。
 そしてまた声をあげた。
「ああ、そうだ。お嬢様に土産があった。折角だから忠臣と再会させてやろう」
 そして、傍らに居た板金鎧の男に目配せをする。
 その男は腰に括り付けていた大きな袋の口を開き、中のものを取り出す。
 それは、女の生首だった。

「ッ!!」
 ベアトリクスは、大きく目を見開き、絶句した。その無残な姿となった女は、昨日までベアトリクスとともに逃げていた侍女だったのである。
 男がベアトリクスの方に生首を投げる。

 ベアトリクスは、思わずナイフを手放し、直ぐ近くの地面に転がった侍女の首を拾う。そして、強くかき抱いた。その瞳に涙が滲むのを抑える事は出来なかった。

「健気に囮にまでなってくれたのだろう? 労ってやったらどうだ?」
 オスグリアがそう告げる。
 
 昨日までベアトリクスには共に逃げる者達がいた。無残な遺骸となったこの侍女と他にもう2人の騎士である。
 だが、このままでは逃げ切れないと悟った騎士の1人が、ベアトリクスだけでも逃がす為に自分達が囮になる事を提案した。
 服を交換して侍女がベアトリクスに成りすまし、騎士2人も侍女と共に行動する。そして、その間にベアトリクスは1人で侍女達と逆の方向に逃げるのだ。

 ベアトリクスは最初その案を拒否した。
 しかし、侍女から、大恩ある辺境伯家とベアトリクスの為ならば喜んで身代わりになる。と告げられ、騎士達からも当主と嫡男が殺された今、ヴェスヴィア辺境伯家の血を絶やさないのが最優先である。と説かれて、結局その言葉に従った。
 ベアトリクスが侍女の服を着てたった一人でいたのはそういう理由だ。

「もっとも、大して役には立たなかったがな」
 オスグリアがそう続ける。
 囮になった者達は、比較的早く追いつかれてしまったのだろう。結局自分の周りに追っ手が迫って来たことから、ベアトリクスもそう察していた。
 そして、追いつかれたならば侍女たちが殺されてしまっただろうという事も。
 しかし、察してはいても、やはりその無残な遺骸を見せ付けられた衝撃は計り知れないものだった。

 それでも、ベアトリクスは気持ちを折られることなく、オスグリアを再び強く睨みつける。そして、気丈に告げた。
「外道共が。殺すなら私も殺すがいい。だが、いつか必ず貴様らも報いを受ける事になるだろう」

 ベアトリクスを囲む兵士達は、その言葉を聞くと一様にいやらしい笑みを浮かべた。
「へへ」「はは」
 などと笑い声を漏らす者もいる。

 ベアトリクスは兵士達の不穏な様子に気付かず、オスグリアを睨み続けた。
 オスグリアは若干不快そうな様子で言葉を返す。
「相変わらず、生意気な女だ……」

 オスグリアの言葉がしばし途切れたところで、ベアトリクスを囲む兵士の1人がオスグリアに向かって告げた。
「隊長。まだ話し合いが必要ですかね?」

 オスグリアは、その兵士の方に顔を向ける。そして、邪悪な笑みを浮かべて言った。
「ああ、そうだったな。偽者は楽しむ暇がなかったから、本物を捕まえたらお前達にくれてやる約束だったな。いいだろう。約束どおり、この女はお前達のものだ。存分に楽しむがいい」

「ありがとうございます。隊長」
「隊長のような、理解がある方に仕えられて俺たちは幸運です」
 兵士達は、口々にそんな軽口を叩くと、手にした剣を地面に突き立て、ベアトリクスの方へとにじり寄る。

 ベアトリクスも、兵士達の様子に気付いた。兵士達が一様に欲望を込めたいやらしい目で自分を見て、にやにやと笑っている事に。
「ッ!」
 兵士達の意図を察したベアトリクスは、息を飲み身を縮めた。だが、兵士達は四方から迫る。逃げる場所などなかった。

 兵士達は、直ぐにベアトリクスの間際にまで迫る。
 直ぐ近くまで迫って自分を取り囲む5人の男に、ほとんど真上から見下ろされ、ベアトリクスの身体が震えはじめる。死をも覚悟していた彼女だが、何人もの男達の凶悪な欲望に晒されては平静でいられなかった。

 オスグリアが兵士達に向かって注意事項を述べる。
「久しぶりに死ぬまで好きにしていい女を手に入れたからといって、無茶な犯し方をして簡単に殺してしまわないように注意しろ。
 他の者達にも楽しませてやる約束だったからな。殺すのは、全員が満足してからだぞ」
「了解しました。隊長」
 兵士の1人が場違いなほど明るい声でそう告げると、兵士達はいよいよベアトリクスに手を伸ばした。

「やめなさい!」
 ベアトリクスはそう言いながら懸命に抵抗しようとした。だが、容易く組み伏せられてしまう。
 そして、上着が引き裂かれた。

「嫌! いやぁ! さわらないで! やめて!!」
 ベアトリクスが悲痛な叫びをあげる。だが、兵士達はむしろ邪な笑みを深めた。

 と、その時、辺りに若い男の声が響いた。
「そこまでに、しておいてもらおう」

 その場に居た者達が皆、思わず声がした方を向く。
 ベアトリクス達から少し離れた木々の間に、黒色に彩色したスケイルメイルを身に着け、抜き身のクレイモアを腰だめに構えた若い男が立っていた。
 長めに伸ばした鮮やかな金髪を後ろで束ね、碧眼を鋭く細めてオスグリアを睨みつけている。
 その男は、エイク・ファインドだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...