剣魔神の記

ギルマン

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第5章

60.ワレイザ砦攻撃②

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 迅速に4人の見張りを倒したエイクは、状況を確認する。
 主城の屋上にある3つのオドに目立った動きはない。城門周辺の異変に気付いていないのだろう。そしてエイクは、その理由を推測する事も出来た。
 今しがた倒した4人の男たちは、いずれも酒の匂いを漂わせていたからだ。

(酒盛りから交代で抜けて見張りについているんだろう。だから、相当気が緩んでいるし注意も散漫になっている。屋上にいる連中はここよりも更にひどい状況かも知れない)
 そしてそう考えた。
 エイクがオド感知で探った限りでは、先ほどからずっと、屋上にいる3人の者達は動き回っておらず一か所にとどまっていたからだ。しかも、寝そべったり座ったりしている。
 ちょっとした休憩と考えるには少々長すぎる時間だった。

(大方、酒を持ち込んで、酒盛りの続きでもしているな。
 ここまで気を抜いているという事は、辺境伯家騎士団の生き残りは相当少ないんだろう。少なくとも、真面な指揮官は誰も生き残っていないとみるべきだ)
 確かに、辺境伯騎士団がそれなりに生き残っており、反撃を試みて砦を襲撃してくる可能性があるなら、これほど気を緩めてしまうとは考えにくい。
 だとすると、ベアトリクスが健在であることを示しても参集してくる味方は少ないという事になる。憂慮すべき事態というべきだろう。

(しかし、この砦を落とす事だけを考えるなら、敵が緩んでいるのは好都合だ、気づかれないうちに出来るだけ削らせてもらおう)
 エイクはそう考えると、予定通り城壁の上で巡回している達へと向かった。



 巡回の者達を討つのはあっけなく成功した。
 彼らは背後から近づくエイクに気づかず、やはり一言も発する間もなく討たれてしまった。
 それでもなお、主城の屋上のオドが何からの動きを示す事はなかった。これでは全く見張りの体をなしていない。実際、主城の中のオドにも気になる動きはない。
 ちなみに巡回の者達は、やはり黄色と赤色を使った上着を身に着けていた。門の前に居た見張りの着衣も同じものだった。全員が傭兵団“雷獣の牙”の一員だったのだろう。

(見張りや巡回を全て傭兵の押し付けているのか? それとも、そもそも今この砦に居るのは傭兵たちだけなのかも知れない)
 エイクはそんなことを考察した。だが、すべきことに変わりはない。情け容赦なく攻撃するだけだ。むしろ戦意が高まるほどだった。
 そして、今や砦内の人間大のオドは全て中央の主城にある。

(オド感知に引っかからない存在がまだ外にいる可能性もあるが、そんな存在を探し回るよりも確実にいる者への対処する方が優先順位は高い)
 エイクはそう判断した。
 次の標的は主城の屋上にいる者達だ。

 エイクは主城の中に感知したオドの内2つだけが3階にある事に注目していた。
 それは、その2つが特別な存在である可能性を示している。或いは、そのどちらかが敵の指揮官なのかも知れない。
 そんな推測をしたエイクは、このまま敵に気付かれずに行動できるなら、まず屋上にいる者達を討ち、屋上から3階に降りて、先に3階にいる者を倒すつもりだった。
 そう思い定めたエイクは、城壁を内側に向かって降りると、速やかに主城へと向かった。



 エイクは、主城の壁をまた魔法のブーツの力を用いて登った。
 そして、屋上近くまで登ったところで、見張り達は酒盛りをしているのだろう、という自分の推測が間違いだったことに気づいた。
 屋上から男たちの笑い声と共に、他の声が聞こえたからだ。

「ん! あッ、う! うぅ、ああぁ」
 それは、喘ぎとも呻きとも聞こえる女の声だった。
 つまり、屋上で行われている事は酒盛りなどではない。
 エイクは思わず顔をゆがめた。

 胸壁まで登りつめたエイクは、慎重に屋上の様子窺う。
 予想通り、そこでは2人の男が1人の女を嬲っていた。
 2人の男は、一応上着は着ている。その上着の柄を見ても2人が傭兵団員なのは間違いないだろう。

(……まあいい、注意を散漫にしている事に変わりはない)
 そう考えると、エイクは気配を消し、慎重に胸壁を乗り越え、静かに男たちの方へ進んだ。

 エイクが間近まで近づいても、男たちはエイクに気づく気配もない。
 エイクはクレイモアを素早く2回振るい、2人の男の首を切り飛ばした。男達の死体が女に被さるように倒れる。
 それでも、女はほとんど反応を示さなかった。
 仰向けの体勢だったので、己にのしかかる男たちが惨殺されるところもはっきりと見たはずなのにだ。
 そんな状況でも真面に反応できないほど精神が摩耗しているのである。

 これは、エイクにとっては幸運と言ってよいことだ。もしも女が悲鳴でも上げたなら、エイクの行動が他の敵に知られてしまったかも知れないのだから。

 しかし、エイクはこれを幸運と考えて喜ぶことが出来なかった。無残な有様の女に憐れみを感じてしまったからだ。
 そして、ほぼ同時に自己嫌悪も抱いていた。何人もの女を犯している自分が、他の男に犯された被害者を憐れむなど、我が身を省みない恥知らずな行いだと思ったからである。

(前にも似たようなことを考えたことがあったな。我ながら進歩がないことだ。しかしまあ、放っておくわけにはいかないか)
 そう考えたエイクは、男達の死体をどけると女に声をかけた。

「私は、ヴェスヴィア辺境伯家のベアトリクス様に雇われた冒険者です。この砦の敵を討ちに来ました」
 女はエイクの方に顔を向けた。しかし、それ以上の反応は示さない。

 エイクは現在黒い布で顔を覆い素顔を隠している。不審者としか言いようがない風体だ。しかし、女にはそのことを気にする様子がない。というよりも、まだ真面な意識が戻って来てはいないようだ。
 エイクは構わず言葉を続けた。

「とりあえず、回復薬をお渡しします」
 そして、実際に荷物袋から1瓶の回復薬を取り出す。
 同時にエイクは、心中で言い訳じみた事を考えていた。

(これは、憐れみとかとは関係がない。雇い主の気持ちを考えればこの女を助けるのは当然だ。だから、仕事の一環として助けるだけだ。慈悲の心とか、そういうのは関係がない)
 エイクは慈悲をかけるという行為に抵抗を感じていたのである。かつて“伝道師”に、慈悲などという感情は不要なものだと教えられていたからだ。

(ベアトリクスとの契約を誠実に果たせば、結局は俺の利益になり、ひいては俺が強くなることにもつながる。つまり、ここでこの女を助ける事も、広い目で見れば俺が強くなるための手段の一環ともいえる。
 だから、これは適切な行いなんだ。伝道師さんの考えに反する行為ではない)
 そんな風にも考えを進めた。まるで心中で“伝道師”に対して言い訳をしているかのようだった。

 そんな益体もないことを考えつつ回復薬を取り出したエイクは、女の傍らにその回復薬を置いた。
 回復薬は直接体に振り掛けても効果があるが、いきなりそんなことをすれば女が驚き叫んだりするかも知れない。
 女は体中の至る所に傷を負っており大分酷い有様ではあったが、とりあえず命に別条はなさそうだ。だから、多少なりとも落ち着いてから、自分の意志で服用した方が良いだろう。エイクはそう考えていた。

「ここに回復薬を置いておきます。落ち着いたら飲んでください。私はこの後、下にいる敵を討ちます。その間は、この場で身を隠していてください」
 そう説明したが、女はやはり反応を示さない。

 エイクは、出来るだけゆっくりと落ち着いた口調でもう一度話しかけた。
「ここに置いた回復薬を飲んで、近くに身を隠していてください。いいですか?」

 女はわずかに顔を動かしうなずいた。
 本当に理解したのか、とりあえず反応しただけなのか分からなかったが、これ以上時間をかけるわけにもいかない。
 そう判断したエイクは立ち上がり、女に向かってもう一度告げた。
「私は、敵を倒してきます」
 女は、もう一度うなずいた。
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