剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
353 / 373
第5章

72.残った者達の対応②

しおりを挟む
 アメリアは、街の中の親しい者と接触をとる事に成功すると、一旦街の外に戻ってベアトリクスたちと合流。街の中の状況を皆に伝えた。
 そして、ベアトリクスらと共に改めて街に侵入して来ていたのである。

 その上で、代官のロータルが拘束されていない事を知って、直接会う事を試みた。
 ベアトリクスはその場に同席する事を望んだ。相手から信用を得ようとするなら、己が身を晒すのが最も効果的だと考えたからだ。

 ベアトリクスの考えは正しかった。
 ベアトリクスの顔を見たロータルの反応は劇的だった。即座に片膝を折って頭を垂れ服従の意思を示したのだ。そして、恭しく告げる。

「ベアトリクス様、知らぬこととは言えご無礼をどうぞお許しください。ご尊顔を拝しお言葉を賜りましたこと、光栄の至りと存じます。
 御身のご無事をお慶び申し上げます。
 ベアトリクス様のお言葉があるならば、もはや一片の疑念もごさいません。正義と正当は全て御身と共にあり。この臣ロータル・ソルトス、身命を賭して御身にお仕えいたします」

 その忠誠の言葉はベアトリクスが大仰と思うほどのものだった。
(大げさな事だ)
 そう思ったベアトリクスは、つい意地悪な質問をした。

「随分私の事を信頼してくれているようだが、私が父に対して謀反した可能性もあり得るのではないか?」

 ロータルは淀みなく答えを返す。
「誠に恐れ多いことながら、臣なりに辺境伯家のあり様を拝察しておりました。辺境伯家において、誰よりも真摯に民の事を思い行動しておられるのはベアトリクス様に他なりません。
 ベアトリクス様ならば、如何なる事であろうと民の為にならざる事はなさらない。そう確信しております。
 臣は何があろうともベアトリクス様に忠誠を誓います」

 それは、もしもベアトリクスが父である辺境伯に謀反を起こしたとしてもベアトリクスに味方するとの宣言に等しい言葉だった。
 ベアトリクスは流石に驚いたが、ともかく話を進める事にした。

「そうか、ありがたく思う。
 ではまず、この街にいる謀反人共を討つのに尽力して欲しい」
「畏まりました。
 あの者らは、何ら警戒する事もなく、無理に侍女などを侍らせて酒宴に興じ、今は部屋に入って寝ているはずです。
 今ならば不意を討つことも出来ましょう」

 アメリアがロータルに聞く。
「その奴らが寝ているという部屋について詳しく教えて欲しい」
「はい。オズワルド・ボージュは1人で一部屋を使っておりまして、配下の者達はその両隣の部屋に2人ずつ入っています。場所は……」



 ロータルと話した少し後、アメリアはオズワルドが寝ているという部屋の前にいた。手にはハルバードを持っている。その直ぐ後ろにランタンを手にした女兵士が続いている。
 また、両隣の部屋の前には、配下の女たちがそれぞれ3人ずつ屯していた。
 状況を確認した結果、アメリアたちは直ぐに襲撃をかける事に決めたのだ。

 扉の外から慎重に室内の様子をうかがうと、かすかな寝息が聞こえる。
 アメリアはロータルから提供された鍵を使って錠前を解いた。少し力を入れ、扉が動く事も確認する。扉が開かなくなるような細工はされていないという事だ。
 警戒心に乏しくなっている証拠とも言えるだろう。

 アメリアは、扉を引き開けて室内に踏み込む。一応注意していたが罠などもなかった。
 ランタンの光に照らされて、寝台で眠っている男が見えた。確かにオズワルドだった。

「あ? んぁ?」
 オズワルドはそんな声を上げる。物音に気付いて目覚めたものの、まだ寝ぼけているようだ。

 アメリアは、ハルバードの先端の槍部分をオズワルドに突きつけると口上を述べた。
「オズワルド・ボージュ、謀反の咎で貴様を討つ。何か申し開きする事はあるか!」
「は!? な、なんだ? 何で? いや」

 オズワルドは咄嗟に抗弁の言葉が出てこなかった。
 そうこうしている内に、両隣からも喧騒が聞こえてくる。アメリアが踏み込んだ直後に彼女の部下たちもそれぞれ受持った部屋に突入したのである。
 これ以上時間をかけるべきではない。そう判断したアメリアはオズワルドの言葉を待たずにハルバードを突き出した。

 オズワルドは必死に身をよじって逃れようとしたが、左肩に刺突を受ける。
「ぎゃぁぁ!!」
 そして、痛みの余り叫び声をあげた。

 アメリアがハルバードを引き抜くと、オズワルドは無様にもアメリアに背を向けた。窓から逃げようとしたらしい。だがそれは、致命的な隙を見せる行為だった。
 アメリアはハルバードを右に振りかぶり、渾身の力を汲めて振りぬく。
 ハルバードの斧部分が、オズワルドの首に食い込み、その半ば以上を断った。

「ごほっ」
 そんな空気が漏れるような声を発してオズワルドは死んだ。
 アメリアは更に一撃を加えてオズワルドがもはや何の反応も示さない事を確認すると、後ろにいた女兵士に告げた。

「お前は左の部屋の援護を!」
「はい」
 女兵士はそう答えて、命令どおり左隣の部屋へと向かう。
 アメリア自身は右の部屋に踏み込んだ。

 その部屋では、アメリア配下の3人の女達が2人の男を相手に優勢に戦っていた。
 そこにアメリアが加勢に入り、男たちはなす術もなく倒された。
 アメリアは速やかに最後に残った部屋へと向かう。

 その部屋での戦いは既に終わっていた。
 床に1人の男の死体が転がり、3人の女兵士達がその死体を、繰り返し、繰り返し剣で突いている。
 もう1人の男は生きており、寝台の上で身を縮ませ振るえていた。女兵士の1人が、その男に剣を突きつけている。

「止めなさい。既に死んでいる」
 アメリアはそう告げて、女たちの無意味な死体への攻撃を止める。
 そして、生きている男を指差して聞いた。

「あの者は、どうしたのか?」
 男に剣を突きつけていた女兵士がアメリアに向き直る。その女兵士は、砦でアメリアに励まされていたメイアという者だった。

「はい、あの男は、私達が踏み込んで謀反人を討つと告げると、直ぐに降伏すると叫び、許しを請い、反乱に加担するつもりはなかったと主張しました。
 その言葉が正しいかどうかは分かりませんが、それでも問答無用に殺すべきではないと考え手を出さなかったのです」

「そうか。分った。それは適切な行動だ。
 とりあえず、縛りつけておくように。事情は後で聞くことにしよう」
 アメリアはそう指示した。実際メイアらの行いを適切なものだと思っていた。

(私は、彼女たちの憎悪と怒りを煽って戦いへと駆り立てた。憎い敵を殺したいと思っているはずだ。だが、それでも降伏を申し出た者の命は助けた。怒りと憎悪の中にあっても規律は守ったのだ。
 兵士たる者はそうあるべきだ)
 そう考え、自身の部下たちの事を誇らしく思った。



 オズワルドらを制圧した後、ベアトリクスはアメリアとロータルの2人と共に改めて今後の対応を協議した。
 まず、ロータルによると、迷宮から大量の魔物が出てくる可能性は低いらしい。
 ロータルがワレイザの街に赴任したのは迷宮が枯れた後だったが、それでも過去の事例等を確認していた。それに則して考える限り、いきなり魔物が外に出てくるとは思えないとの事だ。

 しかし、それでもロータルは街の住民を遠くに避難させるべきと述べた。彼も、枯れた迷宮が復活するという今までに知られていない事態が起こった以上、過去の情報は役に立たないかも知れないと考えたのである。
 そして、それ以上の危惧したのは領都に残る傭兵達の動向だった。

「その冒険者のルキセイク殿が、傭兵共を打倒出来るとは限りません。それに、傭兵たちは領都を略奪した後に、直ぐに国を出るだろうという予想も、ある意味では希望的な観測と言えます。
 真に最悪の事態は、傭兵らがこの街も襲う事です。その時、この街にまとまっていては、民は皆殺しにされてしまいます」

 アメリアが賛意を示した。
「確かに、その通りだろう」

 ロータルが言葉を続ける。
「私といたしましては、住民を分散して辺境の村々に避難させるべきだと考えます。
 辺境の村ならば、堀や塀で防備を固めていますし、小なりとは言え自警団を抱えています。少なくともこの街よりは守りやすいでしょう。無論、傭兵団に総力を挙げて攻撃されればひとたまりもありませんが、時間稼ぎにはなります。
 いくつもの辺境の村に分散すれば標的を増やす事にもなりますので、一撃で全滅とはなりません。やはり、時間は稼げるでしょう」

 これについても、異論は出なかった。
 ワレイザの街は辺境伯領でも西の端近くにある為、近隣にいくつもの辺境の村があった。街の住民を避難させることは不可能ではない。

 ちなみに、辺境の村の自警団を参集させるという事は誰も考えなかった。
 辺境の村から自警団がいなくなれば、小規模な妖魔の群れすら簡単に人の領域に入り込み、無防備な村が襲われるなど甚大な被害が生じる事が容易に想像できるからである。
 このような事情がある為、この世界では、辺境の村の自警団は動員しないという事が常識化している。
 特に今回の場合は、例え自警団を動員したところで、防備の薄いワレイザの街で戦っては、本職の傭兵相手に太刀打ちできないと予想されるので、猶更自警団を集めるという発想にはならなかった。

 ベアトリクスがロータルに告げる。
「分かった。そなたの案に従おう。避難の準備を進めてくれ。
 それから、近隣の村々へ事態を伝える手配も頼む」

「畏まりました。
 では、私は少数の者と共に街に残り、領都との連絡や迷宮の状況確認に勤めます。
 ベアトリクス様はアメリア様たちと共にいずれかの辺境の村に退避してください。最も安全と思われる村は――」
「それは出来ない」

 ベアトリクスがロータルの言葉をさえぎって告げた。
「私もこの街に残る。私は状況を最も早くに知るべきだ。
 今やヴェスヴィア辺境伯領における責任者は私であり、私は出来る限り早く正確な情報を知り、決断しなければならない。その為にはこの街に留まる必要がある。
 苦労をかけるが従って欲しい」

 アメリアが直ぐに応じた。
「ベアトリクス様のお言葉に従います。身命を賭して御身をお守りいたします」

 ベアトリクスの言葉から強い決意を感じ取ったロータルもまた、若干の逡巡の後に答えた。
「……承りました。御意思に従います」

 そして、一息大きく呼吸してから言葉を続ける。
「それでは、早速準備に取り掛かります」

「苦労をかけるが、よろしく頼む」
 ベアトリクスがそう返した。実際、この後最も忙しくなるのは間違いなくロータルである。

「ベアトリクス様と民の為と考えれば、労など惜しみません」
 ロータルはそう告げ、微かな笑みを見せながら言葉を続けた。
「まあ、最も良いのは冒険者のルキセイク殿が、1人で全て片付けてくださり、私の働きが全て徒労に終わる事ですが」

「確かに、その通りだな」
 ベアトリクスはそう答えながら、今も領都トゥーランに向かって急いでいるだろうエイクの事を思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...