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第5章
81.不意の戸惑い
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エイクは、間近まで来たそのオドが、あの時話したヒエロニムと名乗る男のオドと同じほどの強さだと感じていた。だから当人なのではないかと予想していたのである。
エイクはヒエロニムに告げた。
「確か、出来る限りの援護をしてくれと頼んでいたはずだが、貴方にとっての『出来る限りの援護』っていうのは、盗み見をすることなのか?」
「いえ、盗み見ではなく、後詰の役を担おうとしていたのです。
現状で最良の結果は、ルキセイク殿が敵を全て倒してくれる事。次点で、敵に打撃を与えるか人質になる使用人を開放していただいた上で、ルキセイク殿に生き残っていただくことです。
であるならば、私がするべきことは、そうなるように支援すること。そして、その為には、ルキセイク殿の状況を確認できる場所にいる必要があります。
当然、敵にばれる訳にもいきませんから、少し離れたところで様子を窺っていました。
誓って申し上げますが、もしもルキセイク殿が危険になったなら助けに入りました。結果としてその必要はなかったわけですが」
その説明はエイクにも理解できるものだった。
少なくとも、ここでこの男を敵と断ずる根拠はない。
「分かった。その言葉を信じる。
とりあえず、この傭兵共を皆殺しにするべきだと思うが、手伝ってもらえるだろうか?」
エイクは未だに麻痺したまま倒れている傭兵達を指し示しながら告げた。
「畏まりました」
ヒエロニムは、そう答えると腰に佩いていたブロードソードを引き抜く。
そして、傭兵達の下まで歩き、容赦なく傭兵の1人の首筋にブロードソードを突きさす。躊躇いなど全く感じられない行動だった。
エイクもまた、クレイモアを傭兵達に突き立て始める。
「ぐッ、あぁ」
麻痺が解けない傭兵達は、そんな声を上げる事しかできない。
だが、憎しみを込めた目でエイクを睨みつける。
その程度の事で今更動揺するエイクではなかったが、若干の憐れみは感じていた。この傭兵達の中には、団長のゼキメルスを救おうとした者もいたからだ。
それなのに、そのゼキメルスの無差別攻撃を受けてしまい、今や身動きも出来ず、なすすべもなく殺されていく。
助けようとした相手から、手酷い裏切りを受けたということだ。確かに哀れな状況ではあった。
(哀れだが、同時に愚かでもある。こいつらは、ゼキメルスが負けた時点で直ぐに逃げるべきだった。そうすれば命は助かった可能性はあった。
こいつらとゼキメルスの関係がどんなものだったか知らないが、所詮は他人だ。他人の為に己の命を投げ出すなどあり得ない。
俺なら間違いなく見捨てて逃げた。他人に価値などないのだから、伝道師さんが言っていたとおり――)
と、そこで、エイクの動きが止まった。
もしも、殺されそうになったのが“伝道師”だったなら、自分はどうするだろうか。という仮定を思いついてしまったからだ。
“伝道師”が相手だったとしても、見捨てて逃げるのか? と己に問いかける。
(……俺は、きっと、逃げない。
伝道師さんを助ける為なら、俺は命を懸ける。死んでも助けようとする。それだけじゃあない。仮に、この傭兵たちと同じように裏切られたとしても、それでも、相手が伝道師さんなら、俺は本望だ)
それが偽らざる思いだった。
“伝道師”の存在は、エイクの中でそれほど大きくなっている。
あの、自分を救ってくれた、自分を認めてくれた、そして自分を導いてくれた、美しく聡明な、愛おしい人を、見捨てるなどあり得ない。
逆にあの人がそれを望むなら、自分が裏切られ見捨てられても、それでも構わない。とまで思った。
しかし、その思いは他ならぬ“伝道師”の教えに、エイクが指針としているその教えに、大きく反するものでもある。
たとえ自分が裏切られ、見捨てられるとしても、それでも命を投げ捨てて他者に尽くす。完全なる無私の奉仕。そんな考えを、“伝道師”は唾棄し、全否定する事だろう。そんな考えは、“伝道師”の思想の真逆だ。
だが、だからといって自分の思いを否定する事も出来ない。
自分の命を犠牲にして“伝道師”を助けるか、“伝道師”を犠牲にして自分が助かるか、その両者を比べたなら、前者を選ぶ。それもまたエイク自身から生じた思い。ある意味自然な欲求である。
自分が自然に抱く思いが、自分が正しいと考えている思想と相いれない。そんな精神的な問題にエイクは戸惑った。
自分の思いと思想の齟齬を、論理的に解釈し合理化することが出来なかったのだ。
(……いや、今はそんなことを考えている時じゃあない)
エイクはそう考えて、その問題を棚上げにする。
実際、長々と物思いにふけっている場合ではないのも事実ではあった。
エイクは、傭兵達に止めをさす行為を再開した。
ただ、今まで程無感情には行えなかった。自分も、この者達を同じような馬鹿な事をする可能性があると自覚したからだ。
エイクはそんな思いを抱きつつも、黙々とクレイモアを振るい、傭兵達を次々と屠った。
どちらにしても、傭兵達を皆殺しにするという方針に変わりはない。
エイクはヒエロニムに告げた。
「確か、出来る限りの援護をしてくれと頼んでいたはずだが、貴方にとっての『出来る限りの援護』っていうのは、盗み見をすることなのか?」
「いえ、盗み見ではなく、後詰の役を担おうとしていたのです。
現状で最良の結果は、ルキセイク殿が敵を全て倒してくれる事。次点で、敵に打撃を与えるか人質になる使用人を開放していただいた上で、ルキセイク殿に生き残っていただくことです。
であるならば、私がするべきことは、そうなるように支援すること。そして、その為には、ルキセイク殿の状況を確認できる場所にいる必要があります。
当然、敵にばれる訳にもいきませんから、少し離れたところで様子を窺っていました。
誓って申し上げますが、もしもルキセイク殿が危険になったなら助けに入りました。結果としてその必要はなかったわけですが」
その説明はエイクにも理解できるものだった。
少なくとも、ここでこの男を敵と断ずる根拠はない。
「分かった。その言葉を信じる。
とりあえず、この傭兵共を皆殺しにするべきだと思うが、手伝ってもらえるだろうか?」
エイクは未だに麻痺したまま倒れている傭兵達を指し示しながら告げた。
「畏まりました」
ヒエロニムは、そう答えると腰に佩いていたブロードソードを引き抜く。
そして、傭兵達の下まで歩き、容赦なく傭兵の1人の首筋にブロードソードを突きさす。躊躇いなど全く感じられない行動だった。
エイクもまた、クレイモアを傭兵達に突き立て始める。
「ぐッ、あぁ」
麻痺が解けない傭兵達は、そんな声を上げる事しかできない。
だが、憎しみを込めた目でエイクを睨みつける。
その程度の事で今更動揺するエイクではなかったが、若干の憐れみは感じていた。この傭兵達の中には、団長のゼキメルスを救おうとした者もいたからだ。
それなのに、そのゼキメルスの無差別攻撃を受けてしまい、今や身動きも出来ず、なすすべもなく殺されていく。
助けようとした相手から、手酷い裏切りを受けたということだ。確かに哀れな状況ではあった。
(哀れだが、同時に愚かでもある。こいつらは、ゼキメルスが負けた時点で直ぐに逃げるべきだった。そうすれば命は助かった可能性はあった。
こいつらとゼキメルスの関係がどんなものだったか知らないが、所詮は他人だ。他人の為に己の命を投げ出すなどあり得ない。
俺なら間違いなく見捨てて逃げた。他人に価値などないのだから、伝道師さんが言っていたとおり――)
と、そこで、エイクの動きが止まった。
もしも、殺されそうになったのが“伝道師”だったなら、自分はどうするだろうか。という仮定を思いついてしまったからだ。
“伝道師”が相手だったとしても、見捨てて逃げるのか? と己に問いかける。
(……俺は、きっと、逃げない。
伝道師さんを助ける為なら、俺は命を懸ける。死んでも助けようとする。それだけじゃあない。仮に、この傭兵たちと同じように裏切られたとしても、それでも、相手が伝道師さんなら、俺は本望だ)
それが偽らざる思いだった。
“伝道師”の存在は、エイクの中でそれほど大きくなっている。
あの、自分を救ってくれた、自分を認めてくれた、そして自分を導いてくれた、美しく聡明な、愛おしい人を、見捨てるなどあり得ない。
逆にあの人がそれを望むなら、自分が裏切られ見捨てられても、それでも構わない。とまで思った。
しかし、その思いは他ならぬ“伝道師”の教えに、エイクが指針としているその教えに、大きく反するものでもある。
たとえ自分が裏切られ、見捨てられるとしても、それでも命を投げ捨てて他者に尽くす。完全なる無私の奉仕。そんな考えを、“伝道師”は唾棄し、全否定する事だろう。そんな考えは、“伝道師”の思想の真逆だ。
だが、だからといって自分の思いを否定する事も出来ない。
自分の命を犠牲にして“伝道師”を助けるか、“伝道師”を犠牲にして自分が助かるか、その両者を比べたなら、前者を選ぶ。それもまたエイク自身から生じた思い。ある意味自然な欲求である。
自分が自然に抱く思いが、自分が正しいと考えている思想と相いれない。そんな精神的な問題にエイクは戸惑った。
自分の思いと思想の齟齬を、論理的に解釈し合理化することが出来なかったのだ。
(……いや、今はそんなことを考えている時じゃあない)
エイクはそう考えて、その問題を棚上げにする。
実際、長々と物思いにふけっている場合ではないのも事実ではあった。
エイクは、傭兵達に止めをさす行為を再開した。
ただ、今まで程無感情には行えなかった。自分も、この者達を同じような馬鹿な事をする可能性があると自覚したからだ。
エイクはそんな思いを抱きつつも、黙々とクレイモアを振るい、傭兵達を次々と屠った。
どちらにしても、傭兵達を皆殺しにするという方針に変わりはない。
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