剣魔神の記

ギルマン

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第5章

84.『暁の勝利』

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 エイクが屋敷から出た時刻。既に市街地での争いにも決着がついていた。

 ヒエロニムが予想した通り、裏切った騎士たちは、何者かが“雷獣の牙”を攻撃したことを察知した後、とりあえず様子を見ようと考えて詰所に篭った。
 その数は30数人だ。

 それに対してヒエロニムは、反乱時に逃れていた騎士や兵士の内10人を糾合して、その者達と共に詰所の前に立った。
 ヒエロニムは、牢から逃れた後、使える伝手を最大限に使って、逃げ延びていた騎士や兵士と連絡をとり、その中の10人を味方として集める事に成功していたのである。

 エイクから傭兵達を攻撃する事を聞かされた後、ヒエロニムは己は単身でエイクの援護に向かい、味方となった騎士や兵士達は、市街の状況を注視しつつ待機させていた。
 その者達と改めて合流し、裏切者たちが籠る詰所の前に立ったのだ。

 反乱勃発の混乱の中、短期間のうちに10人の味方を集めたのは大したものではあるのだが、敵に対して3分の1以下でしかない。
 しかし、それでもヒエロニムには勝算があった。敵の中に内通者を得ていたからだ。

 もともと、この裏切りに参加する事になった騎士や兵士たちは、その全員が裏切りに同意していた訳ではない。
 ラモーシャズ家や“雷獣の牙”と通じて辺境伯家を裏切るという謀は、騎士団幹部の1人だったランクハルト・デニッツという男を中心に、近しい者達で進められており、それ以外の者は上官の命令に従って行動しただけだった。

 ランクハルトは、騎士団長が謀反を起こしたから、これを討つという口実で配下の者を動かした。
 多くの者は、それを信じたか、或いは、疑わしいと思っても上官に逆らうことが出来ずに、命令に従っただけだったのである。

 だが、今では、自分たちの行動が辺境伯家への謀反だった事は、既に明らかになっていた。
 そのような自覚がないまま行動してしまった者達の少なくとも一部は、この事態を受け、或いは動揺し、或いは怒り、相当に強い不安と不満を抱いた。
 ヒエロニムは、そのような者達を的確に見極め、密かに接触して内通させることに成功していたのである。

 その内通者たちも、謀反の首謀者たちと共に詰所に籠った。それどころか、首謀者達が詰所に籠るように誘導したのが、内通者たちだった。ヒエロニムが、内通者たちに対してそんな指示を出していたのである。

 つまり、詰所に立て籠もっている状況が、既にしてヒエロニムの策の内だったのだ。
 その上、エイクの働きによって、屋敷にいた傭兵団は壊滅するという最良の結果を得ている。ヒエロニムは相当の自信を持って詰所の前に立っていた。

 裏切者たちもヒエロニム達に気付き、窓際に集まる。
 首謀者であるランクハルトも詰所2階の窓際にやって来て、ヒエロニム達の様子を確認した。しかし、状況を直ぐには理解できず、咄嗟に対応が出来ない。
 裏切者達が動けないでいるうちに、ヒエロニムが口上を述べた。

「謀反人ランクハルト・デニッツよ。我々はベアトリクス様の命により謀反の鎮圧に動いている。そして、既に傭兵団“雷獣の牙”は打倒した! これを見よ」
 その声に合わせて、槍の穂先に括りつけられたゼキメルス・サルマイドの首が高く掲げられる。

 詰所に籠る者達から驚きの声が漏れた。彼らは皆、ゼキメルスこそが反乱者たちの中で最強であることを知っていたからだ。

「ま、まさか、本当に……」
 そうつぶやいたのは、他ならぬランクハルトだった。

 彼も激しく動揺していた。ゼキメルスの強さを最も理解し、それを頼りにしていたのは彼だったからだ。
 ランクハルトは、配下の者達を鎮めるために行動することが出来なかった。結果、詰所内に動揺が広がっていく。

 ヒエロニムは、その詰所内の状況を感じ取っていた。そして、時を見計らって言葉を続ける。

「ランクハルト、貴様の謀反は既に破れた。貴様は、最早極刑を免れぬ。
 だが、貴様が配下の者達を騙して、この謀反に巻き込んだ事も分かっている。
 巻き込まれてしまった者達よ、そなた達には、ベアトリクス様も寛恕をお示しくださるだろう。
 謀反の意思がなかった者は、『辺境伯家の為に』と声を上げよ。そして、真の謀反人共を捕え、己の潔白を証明せよ!」

「辺境伯家の為に!」
 即座に声が上がる。それは、予め内通していた者達の声だった。
 だが、直ぐにそれ以外の者達も追従する。
 そして、詰所1階の扉が開いた。これも内通者の行いだ。

「突入!」
 ヒエロニムはそう叫び、先頭に立って駆け、詰所に突入した。他の者達もこれに続く。

 その後は、あっけなく片が付いた。
 明白に謀反に加担していたランクハルトと近しい者達、そして目付け役としてランクハルトの近くにいた“雷獣の牙”の傭兵2名が捕らえられ、それ以外の者は全てヒエロニムに帰順したのである。

 ランクハルトらが縛り上げられて詰所から連れ出された時、ちょうど東から太陽が昇った。
 ヒエロニムは朝日の光を浴びながら勝鬨を上げる。

「謀反人共は全て捕らえた! 我らの勝利だ!」
「「「おお!」」」
 指揮下の者達もその言葉に答えて叫んだ。

 辺境伯の屋敷を出て詰所に向かっていたエイクは、ちょうどその場面を目にした。
 それは、随分と劇的に見えた。まるで物語の一場面のようだ。それを見て、エイクには思う事があった。

(この場面に名を付けるなら、『暁の勝利』と言ったところかな? もしも俺が本当に“運命のかけら”に導かれた“主人公役”だったなら、朝日に照らされながら勝鬨を上げていたのは、本来は俺だったのかも知れないな)
 と、そんなことを考えたのである。

 だが、エイクは、自分がその役を演じられなかったことを残念に思ってはいない。自分の柄ではないと理解していたからだ。

(俺は、自分の都合で正体を隠し、しかも女の身体目当てで戦う悪人だ。光の中で栄光に輝くような人間じゃあない。それが俺だ。俺は自ら望んでそうなった。それを選んだ。
 俺が選んだのは、ひたすらに剣を振るいながら、聖ではなく魔へと進む道。暗黒の道だ)
 エイクは、特に感慨にふけるでもなく、平静な心でそう思った。彼にとって、それは既に自明の事だったからだ。

 そして、ヒエロニムたちの方へと歩みを進める。ヒエロニムと相談した上でまだやらなければならないことがあった。

 エイクが向かってくるのに気付いた者達は、若干動揺した。覆面で顔を隠し黒ずくめの服装を身に着けた怪しい男と思ったからだ。
 ヒエロニムは、まずその雰囲気を感じ、次いでエイクの接近に気付いた。そして、直ぐに取りなすように声を上げた。

「おお、ルキセイク殿!」
 そして、周りの者達に告げる。
「あの方こそベアトリクス様の命を受け傭兵団長を討った勇者、ルキセイク殿だ」

 その上で、エイクの方に歩み寄る。
 そうやって、エイクが味方であることを、言葉と態度で示したのである。

 エイクは近づいてきたヒエロニムに告げた。
「どうやら、そちらも上手くいったようですね」

 その声音は友好的なものだった。このような状況になったことで、流石にエイクもヒエロニムの事を味方と認識していた。

「ルキセイク殿の働きあったればこそです」
 ヒエロニムもまた、親し気な様子で声を返す。

 エイクは早速話を進めた。
「屋敷の中の様子を確認してきましたが、ラモーシャズ家当主とその身内と思われる者がまだ生きていました。直ぐに死ぬ事はないと思いますが、適切な罰を与えるまで死なないようにしておくべきでしょう」
「分かりました。そのように処置します。ベアトリクス様もそれを望まれるでしょう」

「私は、このまま直ぐにリーンツの街に向かいます。リーンツを奪還しなければ敵を討ち倒したとは言えません」

 確かに、リーンツの街は未だに“雷獣の牙”の傭兵達と裏切った元騎士団員に制圧されている。
 ベアトリクスとの契約を誠実に履行するならば、速やかにその者達も倒して、リーンツを開放すべきである。

 だが、同時にエイクは、個人的な感情としても早くリーンツに向かいたかった。“雷獣の牙”の傭兵達を、文字通り皆殺しにしたいと考えていたからだ。
 エイクは、かつて亡父ガイゼイクが皆殺しにしたいと思った傭兵団を、自分が代わりに皆殺しにする事に意義を見出していたのである。

 そして、捕虜の中に2人の傭兵がいる事にも気づいていた。
 エイクがワレイザ砦で傭兵達を尋問して得た情報によると、領都トゥーランに残っていた傭兵達の数は全部で67人。この2人を含めれば、その全てを倒すか捕らえた事になる。

(捕虜たちも遠からず処刑される。後は、リーンツにいる傭兵共を全部殺せば、文字通り皆殺しだ)
 エイクはそのように考えていた。
 そして、領都の状況を知って逃げ出したりする前に駆けつけて、全員殺したいと思っていたのである。 

 ヒエロニムは気づかわしげに問いかけた。
「直ぐに、ですか? 少しは休まれた方が良いのでは?」
 ヒエロニムは、エイクが昨日からずっと戦闘と移動を繰り返して殆ど休んでいない事を、ベアトリクスの書状で知っていた。

「いえ、問題はありません。私はまだ十分に戦えます。もたもたしている内にリーンツの被害が増えてはいけません。
 それに、今から最大限に急げば、リーンツの謀反人共が領都の様子を知る前に着けるかも知れません。そうすれば、かなり有利に戦えるはずです」

「……分かりました。それでは、共に連れて行って欲しい者がいます」
 ヒエロニムはそう言って1人の騎士を呼んだ。

「この者は、騙されて心ならずもですが、謀反に参加していました。ですから、傭兵共は味方と思っています。
 今の領都の様子をまだ知らなければ、リーンツの謀反人共はこの者を味方と考え、城門を開けるかも知れません。そうすれば、一息に敵を制することが出来るでしょう」

 エイクはこの提案には抵抗を感じた。ほんの少し前まで敵だった者と共に行動したくはないと思ったのである。
 エイクの心情を察したのか、ヒエロニムが言葉を続けた。

「この者は、真実を理解すると真っ先にこちらの味方に付きました。その衷心に疑いはありません。
 それに、もしもこの者が利によって動くような者だったとしても、まさか今の状況で敵に着くはずがありません」

(確かに、そのとおりかもしれないな)
 エイクはそんな感想を持った。

 実際、団長のゼキメルスを始め、“雷獣の牙”の主だった傭兵は既に倒されており、情勢はこちら側が圧倒的に有利になっている。この状況で今更敵に付くとは思えない。

 そう判断したエイクは、ヒエロニムの申し出を受ける事にした。
「分かりました。同行してください。ただし、時間をかけるわけにはいきません。今すぐに出発しましょう」

「ええ。直ぐに馬を用意します。2人だけで行動しているのは不自然なので、他にも数人同行者をつけましょう」

 ヒエロニムはそう答えて、迅速に人選と馬の準備を整える。
 数分後には、エイクは5人の騎士や兵士たちと共に馬でリーンツへと向かっていた。
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