21 / 39
鋼の心で受け止めて
しおりを挟む「落ち着いた?」
「ごめん……ありがとう」
隣から優しい声が聞こえる。
みっともない姿を見せたにも関わらず俺の背中を涙が流れ切るまで撫でてくれた。
「なんか飲む?」
「いや、俺が……」
そこまで言葉が出るがそれを制してゆっくりと首を振る彼女。
「じゃあ……ホットココアで」
「うん!」
少し弾んだ声で自販機に行くとガコガコと頼んだ物を買ってゆっくりと戻ってくる。
渡されたココアが暖かい。きっとこれは彼女の温もりそのものだ。本当は今日のデートの最後に言うつもりだったけど、言うなら今しかないと告げられた気がした。
「はがね……少し場所を変えないか?」
「うん。よかよ」
受け取った飲み物はそのままに腰を浮かそうとする俺。視界の端に彼女の柔らかな手が差し伸べられた。
「ありがとう」
「うん」
何度目かも分からないありがとう。
何度口にしてもいいありがとう。
………………
屋外へ通じる森のエリアを抜けて海が見渡せる場所へ出る。昨日徹夜で調べたので問題なく到着できた。
「……あのな、はがね」
「うん」
道中も静かなまま手を引いてくれた彼女。迷いなく進んでいたので、もしかしたらこの場所を知っていたのかもしれない。
「話したい事があるんだ」
「……わかった。じゃあ座ろっか」
「あぁ」
波の音が近くに感じられるベンチに腰掛ける。横並びの状態だけど、彼女は決して手を離しはしない。
「はがね……手」
「ずっと握っとくよ。離さんけん」
「うん……助かる」
彼女の好意に甘えるようにして俺は覚悟を決める。
「今から言う事……驚かないで聞いて欲しい」
手を握る力が強くなり心臓の鼓動も早くなる。ザァーザァーという規則正しい波の音でなんとか正気を保てるはず。
「俺さ……人の名前覚えるのが苦手なんだ」
「人の名前?」
「うん。正確には人の名前というか……出来事というか……その……記憶なんだけど」
「………………」
無言の彼女は何を考えているのだろう。だけど言ってしまった以上続けるしかない。
「これを見て欲しいんだ」
「これは?」
彼女の前にスマホを見せる。そこにははがねの名前の他に、前田や片原君、後神さんの名前もある。
「前田……おにぎりくれる。片原……腹痛持ち。後神……髪が綺麗」
メモを読み上げていくはがねの声音は無機質そのもの。
「これは最近のやつだ。そして……これ。俺が福岡に来る前のメモ帳なんだけど」
「…………」
無言の彼女は俺の瞳をじっと見つめて言葉にならない表情をしている。まるで最後の審判を待つ人のように。
「この名前の子……思い出せないんだよ」
言ってしまった真実の言葉。それは何を意味しているのかわからない彼女ではない。
「でも……ソウジ。ウチと調理室で会った時、引越し先を色々教えてくれたやん!」
「それは……その」
もちろんアレは嘘ではない。嘘ではないけど真実でもない。
「そういう風に答えるって決めてたんだ」
当たり障りのない会話。もしかしたら昔からそうやって乗り切っていたのかもしれない。
「藤江さんの話しだと、小さい頃に転んで頭打ったんだって。それでその時の事が原因で……」
「そんな……」
悲しませただろうか。そりゃそうだよな。あんなにラーメン食べさせてもらったのに、俺はその事を……彼女自身も忘れてしまうのだから。
だけど絶望ばかりではない。
「忘れるって言ったけど、断片的には覚えてるんだ」
「そう……なん?」
「うん。なんとなくだけど……印象的な事とか衝撃的な事とか……かな」
具体的な事はわからないけど時々ある。
「懐かしいなって思ったり、正夢を見たって感覚に近いのかな」
「……そっか」
恐る恐る語った内容だけど彼女は少し間を置いただけでそれ以上追求してこない。その事実が気遣いなのか驚きなのかわからないけど、俺は一番言いたかった事を口にする。
「……だから……あのな、はがね」
「うん?」
「俺……さ……もしかしたら、今日の事も……は、はが……はがね……の……事も……あれ?」
おかしいな、口が上手く回らないや。
なんだか視界がぼやけるし。
握った手も小刻みに震えている。
手というより……体全体か。
「ソウジ……それ以上言わんでいい……言わんでいいけん」
「……俺は」
肩を抱き寄せられた時、初めて彼女の顔を見る事ができた。
慈しみ、愛し、敬い……同い年の女の子なのにその表情は母性そのものを体現している。
フレームの中に映る自分がまた泣いているのだと教えてくれた。
情けないなぁ。好きな女の子の前で何回泣けばいいんだよ。
しばらく彼女の肩を借りてすすり泣いていた。今度はちゃんと言葉にしよう。
グッと下唇を噛み締め彼女の肩口から顔を離して向き合う。止められた言葉をもう一度解き放つ為に。
「俺は、はがねを忘れたくないっ!」
ちゃんと言えたかな……届いたらいいな。
刹那の時間が永遠に感じる。
これじゃあまるで告白みたいじゃないか。本当ならもっとロマンチックな場所でしっかりと向き合いたかったのに。
目を瞑る俺の頬に陽だまりの手が触れる。触れた傍から熱を持ち、俺はゆっくりと瞳を開く。
目の前には眼鏡を取った彼女の素顔。やっぱり近くで見ると瞳が大きい。なぜ眼鏡を取っているのか疑問に思う前に彼女の微笑みが更に近づく。
「……えっ? ちょっ! はがね?」
「んっ」
桃の香りが全身を駆け抜ける
……甘い口づけ
「……これならウチの事忘れんやろ?」
彼女の心は名前そのもの。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる