38 / 39
百の器と指切り
しおりを挟むザァーザァー
波の音が心地よく、照りつける日差しは暑く、吹く風は潮の匂い、見つめる先は水平線。
隣に座る俺とはがねは一旦バーナーの火を落として手頃な岩に腰掛ける。
風がパタパタと彼女のスカートをはためかせ、被っている麦わら帽子がそよりと揺れる。
彼女を見ているだけでラーメン3杯は余裕で食べられそうだけど、今は彼女の話を聞こう。
「ソウジは覚えとらんかも知れんけどね。昔、ウチと約束したっちゃん」
言葉にした彼女は別のノートを鞄から取り出す。それはとてもボロボロで何年も前から使われているように見える。
「これは?」
「小学生の時の日記」
小学生……俺とはがねが出逢った時のだろうか。その予想は正しくて彼女がパラパラとページをめくる。
「えーっと……あった! ねぇ、ここ読んでみ?」
「……わかった」
俺は彼女から渡されたノートを恐る恐る手に取る。なんだか触れてはいけないような気がしたけど彼女から勧すすめられたら断れない。
「ふぅ」
ひとつ深呼吸をして、もう一人の自分と向き合うような感覚で目を落とす。
7月30日
『パパのたんじょうびがもうすぐ。くらいうみでないてたら、おとこの子がたすけてくれた。なまえはカラカラソウジくん』
「これって……」
「うん、ソウジと出逢った日。次見てみぃ?」
7月31日
『ソウジくんとソウジくんのパパがラーメンをたべにきた。おいしそうにたべるので、ウチもラーメンをつくってソウジくんにたべてほしい』
これはぼんやりとだが覚えている。
鉄左衛門さんと心さん……ココちゃんの匂いが懐かしいと感じたのはそのせいか。
8月1日
『パパにおねがいしてとっぴんぐだけやらせてもらった。ソウジくんはおいしそうにたべてくれた! えへへ。 いっぱいめ』
「……はがね」
「まだ、終わらんよ」
カタカタと震える手がノートを落としそうになる。だけど彼女の温もりが優しく包んでくれる。
8月2日
『きょうはヒカちゃんとふくつくんとなかよくなった。ソウジといっしょにとんこつヒーローになった。ウチのなかではソウジがいちばんのヒーローやけどね!』
不屈と惹さんの出逢いまで……
パラパラと読んでいくと善士や致との思い出や、ラーメン作りが進歩していく様子が面白おかしく書いてあった。
8月29日
『あさってでソウジとおわかれ。さみしい。そうだ! 山で花をとってプレゼントしよう。きっとソウジはよろこんでくれるはず』
そこで日記は終わっていた。
恐らくこの翌日に事故が起きたのだ。
「8月30日。ウチはみんなを誘って山へ向かった。午後から台風が来ると分かっていたのに」
「…………」
隣のはがねが言葉を続ける。彼女の名前を呼ぼうとするが口を挟むなと瞳で告げられる。
「帰ろうと言ってくれたヒカちゃんの言葉も聞かず、ウチはどんどん奥に入る」
いつもの博多弁ではなくとても流暢な標準語で語る彼女は無機質な機械のようだった。
「不屈くんが持ってきた地図を頼りに、立ち入り禁止区域に入った所で雨が降ってきた」
そこからは孤立無援。
「暗くなって場所も分からなくて泣いていた時、ウチの責任だと思ってひとりで先に進みすぎた」
そこで足を踏み外し転落しそうになった。伸ばした手は空を切り、いつかの暗い海を彷彿とさせる。
「バシャバシャと凄い勢いで迫ってくる影がウチの手を引いてくれた」
それが……俺か。
「そしてそのまま引き上げようとした時、彼もぬかるみに足を取られ落ちてゆく」
善士の話と繋がるのか。
「ウチを目一杯突き飛ばした彼は暗闇に消えてゆく。あの時の……顔は……」
途端に彼女の声が振るえ始めたので俺はギュッと抱きしめる。
「大丈夫だから……な? 俺はここにいるから」
「うん……」
嗚咽混じりの吐息は、あの時の後悔の塊。
「じゃあ、次の日記を見せてくれるか?」
「……うん」
少し泣いたら落ち着いた彼女と一緒に、肩を並べてノートを開く。それは俺が持ち帰ったもの。
4月23日
『ソウジが帰ってきた。めっちゃ嬉しい!
だけどいつかホントの事を話さなければいけない 』
「日記では標準語なのな……ウケる!」
「もうっ! からかわんとってよ!」
ちょっとくらいイジワル言ってもいいじゃないか。
4月24日
『デコちゃんとヒカちゃん達に頼んでウチの情報を流してもらった。後は想い出の味を作るだけ。筥崎はこざき先生に頼んだら調理室を使っていいと言ってくれた』
その事実は予想してなかった。
「えぇ! はがねの担任の先生まで巻き込んでたのかよ?」
「うん。恋せよ乙女って言われた」
「それにお前……俺が来てから学校で作り始めたのか?」
「まぁね」
そんなドヤ顔で言われても。てっきり1年生の頃から調理室を独占してたとばかり……やれやれ、驚きの連続だよ。
4月29日
『ソウジが初めて調理室に来てくれた。ヒカちゃん達の話で分かってたけど、やっぱりウチの事は覚えていない。やけど大丈夫……記憶は忘れても味は忘れんけん! このラーメンが23杯目』
ラーメン……23杯。
その数字を見てから段々と鼓動が早くなる。
4月30日
『昨日の夜はソウジに裸を見られた。鼻の下なんか伸ばしちゃって男の子だなぁ。まぁわざとなんだけどね。ウチの腕の包帯を見てもやっぱり気付かない。それにあの指切りをしても……覚えてなかった。はぁぁぁぁぁ……ばかっ』
「はがね……もしかして……」
「気付いた?」
その日付の文章を読んだ後、この学校で彼女と出逢った時を思い出す。
ラーメンを食べて……銭湯で裸を見て……確かにあの時腕に包帯を巻いていた。それにコーヒー牛乳を飲んだ後に妙におかしな約束をした。
『嘘ついたらラーメン100杯おーごる! バリカタでっ!』
あの指切りは……もしかして。
「ねぇソウジ……今まで食べたウチのラーメンの数覚えとう?」
「はがねの……ラーメン」
数なんてそんな。
それこそ数えられないくらい食べたのだ。覚えている訳……あっ!
「小学生の時に食べたラーメンが22杯……」
まさか
「そしてこっちに戻ってきて食べたラーメンが……77杯」
つまり
「今、ソウジの体は99杯のウチのラーメンでできとるんよ?」
彼女はずっと
「そしてこれから作るラーメンが……」
覚えていたのか
彼女の顔が近づき俺との距離が限りなくゼロになる。お互いのおでこが合わさって、彼女の吐息が俺の肺に吸い込まれる。
俺もまた真実にたどり着く……
「「100杯目」」
その言葉を聞いて、俺は伝えるべき時が来たのだと決意する。
0
あなたにおすすめの小説
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる