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何が起こるんだろ

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 鈴原 舞がなぜ若返り薬と老化薬を持っていたのか?

 その話は舞が8歳の時まで遡り、何の変哲もない長閑《のどか》な日に、恋心を抱いている男の子を、人気のない公園に呼び出した所から始まる。

「和也。突然、ごめんね」
「大丈夫だよ」

 和也と舞は10歳差と離れているが、今までずっと呼び捨てにされても、気にする様子は見せてこなかった。

 舞の家庭環境が複雑なのを知り、小さい頃から一緒に遊んできたから、家族のように思っている部分もあるのかもしれない。

「ところで話って何?」
「とりあえずベンチに座ろうよ」
「あぁ、そうだね」

 二人は公園内を歩き、木製の古くなったベンチの前に立つと、ゆっくり座る。

「このベンチ、壊れそうで怖いね」
「そうだね。いつもビクビクしながら座る」
「舞も」

 話が途切れ、沈黙が続く。
 舞は落ち着かない様子で、俯きながら足をブラブラと動かしていた。

「あのね、話のことなんだけど」

 舞がようやく話を切り出し、足を止める。
 真っ直ぐ芝生の方を見つめていた和也は、舞の方に顔を向けた。

「舞ね――」

 舞は和也の方を向くと、子供らしい屈託のない笑顔を見せる。

「和也のこと大好きだよ」
 
 舞は飾り気なく、純粋に和也への気持ちを伝えた。
 和也はニッコリと微笑む。

「僕もだよ。舞ちゃんと一緒に遊んでいると楽しいし、落ち着く」

 舞は一瞬、パっと明るい表情を浮かべるが、自分が思う好きと、和也が感じ取った好きが違う事を感じ取ったようで、すぐに頬を膨らます。

「違う。そうじゃない」
「え?」
「友達として好きって事じゃないの!」

 和也は突然の告白に、眉を顰めて、困った表情を浮かべる。
 何と言って良いのか分からない様子で、沈黙が続く。
 和也は舞から視線を逸らすと、口を開いた。

「えっと――ごめん」

 和也の返事に、舞は表情を曇らせる。

「舞の事は好きだよ。でも年齢が離れているし、小さい頃からずっと身近な存在だったから、そういう風に見ることが無くて、どうやって答えたらいいのか、分からない」

 和也が真剣に言葉を選んで出した答えが、舞にとっては少し難しかったようで、舞は首を傾げる。

「それってどういうこと? 駄目ってこと?」
「駄目っていうか……分からないって事」
「じゃあ、可能性はあるってこと?」

「そうだね。もう少し、時間が経てばあるかもね」
「もう少しって、どれくらい?」
「それは分からない」
「もう! 分からないばかりね」

 舞はそう言って、頬を膨らませる。
 そんな舞の表情をみて、和也はクスッと笑った。

「ごめんね」

 舞は膨れた頬を戻すと、二コリと微笑む。

「まぁ、いいか。駄目じゃないって分かったし。話を聞いてくれて、ありがとう」
「うん。これからどうする? 少し遊んでいく?」
「うぅん、そんな気にはなれないかな」
「そう……じゃあ帰ろうか」

 和也はそう言って、スッと立ち上がり、舞の方を向く。
 舞はまだ座ったままだった。

「どうしたの?」
「先に帰っていいよ。私は少しここで考え事したい」
「分かった。じゃあ、またね」
「うん、またね」

 二人は笑顔で手を振り、別れた。

「時間が経てば……か。出来れば直ぐに知りたいな」

 和也が居なくなり、数分経った頃、舞は不満を呟く。
 そこへ20代ぐらいの白のブラウスを着た若い女性が、ゆっくり近づいていく。
 足音に気付いた舞は女性の方に視線を向ける。
 女性は舞の前で立ち止まった。

「こんにちは」

 女性は舞に挨拶すると、ニッコリと微笑む。

「こんにちは」

 舞は見知らぬ女性に、いきなり挨拶され、怯えた様子で挨拶を返す。
 
「怖がらせてしまったみたいで、ごめんなさい。通りかかった時に、あなた達の会話が聞こえて、気になったから、話しかけてしまったの。隣、座っても大丈夫?」
「うん」

 女性はまだ警戒を解いていない舞を見て、少し間を空けて座った。

「私の名前は、理恵って言うの。あなたの名前は?」
「舞」

「可愛い名前ね。ところでさっきの話の事だけど、年齢がもっと近くなれば、そんなに待たなくても、結果が分かるかもしれないわよ?」
「え? そんなの無理でしょ? 子供の私でもそれぐらい分かるよ」
「普通ならね。でも私はその方法を知っている」
「え!? 本当?」

 舞は話に興味を持ち、目を輝かせながら、前のめりになって女性に近づく。

「まだ試作段階だけどね」
「試作?」
「完全じゃないってこと」

「そんなの大丈夫なの?」
「うん、何度か試してはいるから、具合が悪くなったりしないはずよ」

 理恵はそう答えると、腕時計を見る。

「ねぇ、舞ちゃん」
「なに?」

「明日の夕方4時、ここに来られる?」
「うん。多分、大丈夫だよ」

「分かった。さっき言った年齢が近くなる方法だけど、ちょっと信じられないような事が起きるから、あなたに信じて貰うために、いま私が実際に、使ってみるね」

 理恵は赤色のショルダーバッグから、350mlのペットボトルの水と、透明の小瓶を取り出す。
 舞は瓶の中身を見て、顔を歪めた。

「それを飲むの?」

 理恵はニッコリと微笑む。

「そうよ。ちょっと苦いけど、飲んでも大丈夫。風邪薬を飲むのと一緒よ」

 理恵はペットボトルをベンチに置き、瓶の蓋を開ける。
 少量口に含むと、瓶をベンチに置いた。
 ペットボトルを手に取り、蓋を開けると、水をゴクゴクと飲んでいく。
 舞はそれを心配そうな表情を浮かべ見守っていた。

 理恵は水を半分ぐらい飲むと、蓋をする。

「もういいの?」
「えぇ」
「何か変わったようには見えないけど?」

「うん。すぐには効かないの」
「あ、だから明日、ここに来られる? って聞いたのね」
「そう言う事。舞ちゃん、私をよく覚えておいてね」

 理恵はそう言いながら、小瓶とペットボトルをバッグにしまい始める。

「なんで?」
「覚えてないと、変化に気付けないから」
「ふーん……分かった!」

 舞は元気よく返事をする。
 理恵はニッコリと微笑むと、スッと立ち上がった。

「じゃあ、忘れずに来てね」
「うん、分かった」

 理恵は返事を聞くと、舞に手を振り去って行った。
 舞は理恵を見送ると、スッと立ち上がる。

「明日、何が起こるんだろ」
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