上 下
7 / 82

日常は続くよ、どこまでも

しおりを挟む
K駅前を侑と大和が疾走していた頃、マナベのレジカウンターの中で周平はスマホを見ながら首を傾げていた。
勤務中にスマホなんて大手コンビニチェーンならご法度だが、マナベでは大抵のことは許される。

「ペーちゃん、どうしたの?」
「あ、つる婆」
「難しい顔しちゃってまぁ、栗羊羹食べるかい?」
「食べる」

熱々のほうじ茶と栗羊羹をつる婆と共にいただく、もちろんレジカウンターの中で。
マナベでは大抵のことは許されるのだ。

「で、どうしたの?」
「ん、これ見て」

スマホの画面をつる婆に見せると、つる婆は画面に近づいたり遠のいたりして首を振った。

「ちっさい字だねぇ」
「これね、ホームパーティーのお誘いって書いてあんの」
「ペーちゃんがよく行ってたあれかい?」
「お見合いパーティー?」

違うよ、と言おうとした時ガタガタと音をたてて自動ドアが開いた。

「いらっしゃいませー」
「いらっしゃい」

今日も今日とて眠さんは『眠眠破壊』を買っていく。
髪に隠した眼光鋭く、千円を出してお釣りを貰うのも変わらない。
変わったのはお釣りを渡すと一瞬間が開くこと。
ただほんの一瞬なので、いつも通り無言で帰っていくのをただ見送るだけだ。

「で?ペーちゃんお見合いパーテー行くの?」
「いや、だから・・・お?やまちからメッセージだ」

つる婆に説明する前に大和からメッセージが届いた。
今日二人は大和の作品を持って高木とかいう編集者に会ってるはずだ。

──バイト終わったら『Freyフレイ』に来て

顔合わせ終わんの早くない?と周平は裃姿のたぬきが御意と言っているスタンプをひとつ押す。

「そのたぬき、ほんとペーちゃんにそっくりねぇ」
「スタンプは見えるんか?」
「絵はわかるわよぅ。やまとくんどうしたの?」
「さあ・・・つか、つる婆、やまちの作ったもん本に載るんだぜ」
「あらー、おめでたいわぁ。巻き寿司作ろうかしら」

お花にしようかねぇ、とつる婆はカウンター裏の長暖簾の先へ消えていった。



Freyフレイ』は駅からほど近い所にある喫茶店だ。
店全体が蔦で覆われていて、大きな木が年がら年中濃い緑の葉をざわざわと揺らしている。
チリンと鈴を鳴らして店に入ると侑と大和がカウンターから同時に振り向いた。

「いらっしゃい。松竹梅揃ったな」

カウンターから声をかけてくるのはマスターで、近所で評判のいい男だ。
おしぼりを渡されながら、いつものでいいか?と問われ頷いて大和の隣に腰掛けた。

「やまち、今日どうだった?」
「あっくんが・・・」
「俺は悪くない!」
「なるほど、あっくんがまたいらんことしたんだな?」
「してねぇっ!」

思わず立ち上がる侑をまぁまぁとマスターが宥めて、周平の前に桃のクリームソーダを置いた。
侑の前には生クリームたっぷりのアイスココア、大和の前にはいちごミルクシェイクが置いてある。
松竹梅は甘味が大好物だった。

「あっくんね、食い逃げしたんだよ」
「やまちもだろ!?」
「あっくんが強引に連れ出したんじゃないか」
「なんでそんなことなったんだよ」

だってさぁ!と憤りながら侑は顛末を語った。

「どうせ、あの編集の奴が払ってるよ」
「それならそれで、ごめんなさいしてお礼しなくちゃ。いい人だよ、きっと」
「なんでわかるんだよ!見た目でやまちじゃないって判断したんだぞ」
「だって!あの人、僕が作ったヘアゴムしてた!あれは、あのくるみ釦の四葉の刺繍は一番最初に売れたやつだもん・・・」

それにほら、と大和が見せてきたスマホの画面には高木からの謝罪が綴られていた。

「やまち、詫びの席とか、編集長とか書いてあるけど」
「ゔぅぅ、そうなんだよ。なんか大事おおごとになってるんだよ。あっくん一人で行ってきてよ」
「なんでだよ」
「悪いのあっくんでしょ!」
「落ち着け、二人とも」

はぁとひと息吐いた周平が、三人で行くぞとひとまずその場を治めた。
その様子をマスターはくすくすと笑いながら見守り、うちでは食い逃げすんなよと笑ってない目で念押しするのであった。


くる寿司食べようぜ、という侑を無視してマルトミスーパーへ行く。
木曜日はたまごの日だ、おひとり様一パックを三パック買う。
ほうれん草も安かったので買って夕飯はポパイ焼きに決定した。
大和手作りのエコバッグに食材を大量に買い込んで、帰りはをして帰った。

「ジャーンケーンぽん!」
「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!」
「ジャーンケーンぽん!」
「グーリーコ!」

夕焼け小焼けのチャイムが鳴る中三人の影は跳ねて笑って、あと一歩で帰りつくその既のところで通りすがりの黒いバンに水溜まりの水を浴びせられた。

「ふざけんな!ちくしょう!」

侑の本日二度目の怒声がご近所に響きわたり、隣の爺が飛び出してくるまであと数秒後。
丸い月はその姿を見せ始め、遠くでワオーンと犬が鳴く。
松竹梅は、今日も元気です。




※松竹梅のポパイ焼き→とんぺい焼きにほうれん草をぶち込んだもの
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,549pt お気に入り:852

雪国の姫君(男)、大国の皇帝に見初められたので嫁ぎます。

BL / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:1,777

副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

BL / 連載中 24h.ポイント:3,205pt お気に入り:30

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,075pt お気に入り:9,825

皇太子殿下の愛奴隷【第一部完結】

BL / 連載中 24h.ポイント:1,015pt お気に入り:453

代わりでいいから俺だけを見て抱いて

BL / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:16

九年セフレ

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:847

処理中です...