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ドキドキの昼下がり
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竹田家の庭にはミニトマトの鉢植えがあり武尊が世話をしている。
仏間には武尊の私物が置いてあり、半ば武尊の私室のようになっていたが一緒に暮らしているわけではない。
オメガ三人が暮らす家にアルファが混じって暮らせない。
武尊としては周平が大好きだし、周平以外のフェロモンに惑わされることもないと自信をもって言えるがそれはそれこれはこれだ。
早く出て行かないかなぁ、などと自分勝手なことを考えていたりもする。
松竹梅+一人の日常は可も不可もなく流れ、季節は夏真っ盛りである。
大和の刺繍作品への雑誌掲載の依頼があってからここまで、やっと待ち侘びたその日がやってきた。
こたつの上には『Mignon』が一冊、高木から送られてきたそれ。
表紙は人気モデルのHIROで、巻頭は夏のメイク術が特集されていた。
松竹梅はワクワクドキドキとその表紙を眺めて、大和がパラリと表紙を捲った。
「HIRO綺麗だね」
「年齢不詳なんだろ?」
「十代じゃないよね」
「お色気すごいもんな」
松竹梅がアレコレ言うのを、武尊は周平のたぬき顔の方が何倍も良いと思いながら見ていた。
大和の『刺繍の世界』は中特集で、大和以外にもプロと呼ばれる刺繍作家も掲載されていた。
中でも大和の目を引いたのはウェディングドレスに刺繍を施す職人だ。
白い生地に色味の違う同じ白で刺繍を施していく。
光の加減、見える角度で全く違う顔を見せる刺繍に大和は魅せられた。
「すごい」
「やまちもできるだろ?」
「できないよ。でも、いつかこんな風に素敵な刺繍を刺してみたい」
「では、シュウの花婿衣装は大和くんにお願いしましょう」
「武さんはちょっと黙ってようか」
はい、と周平から自由帳と鉛筆を渡されて武尊はそこに早速衣装のデザインを描き始めた。
「でも俺はやまちのやつが一番好き」
「それはさ、身内贔屓っていうか」
「いいじゃん、身内贔屓。俺たちにとってはやまちの刺繍が一番だ」
「パッチワークもな」
大和の刺繍作品の扱いは一番小さかった。
『松花院撫子』と名があり、略歴や性別などには一切触れられていなかった。
インタビューもたくさん話した気がするが、小さくまとめられていて大和はほんのちょっぴり残念な気がした。
「せっかくこうやって載ったのに肝心の在庫がないのは悔しいな」
「今だったら絶対売れるのに」
周平も侑も悔しがったが、こればかりはどうしようもない。
大和は決して手が早いわけではないし、買いたいという人に売らないわけにはいかなかった。
そして最大の問題が、出来上がった作品を消臭剤の入った密封容器で保管することだった。
ずっと大和が触れていたもの、それには大和のオメガとしての匂い移りがしている。
消臭スプレーはかけたくない、という大和は作品を二週間かけて消臭する。
「もっと短くてもいいんじゃない?」
「ダメだよ、どんな人が買うかわかんないんだからこういうのは慎重にいかなきゃ」
「でもさー」
「もしだよ?誰かにプレゼントとして買ったものに匂い移りがあるのって嫌じゃない?」
一品だけ出すのも見栄えが悪く、この匂い対策に時間がかかるので再売り出しは早くても初冬になるだろう。
せっかくのチャンスなのに、との思いは皆一緒だがこればかりはどうしようもないのだ。
なんとなく沈んでしまった空気を変えるように、よしっと侑が立ち上がった。
「爺にやまちの記事見せてきてやろ」
「喧嘩しないでよ」
自慢してくるー、と雑誌を取り上げた侑はそのまま縁側へ行きサンダルを履いていつものブロック塀へと向かう。
黄色のビールケースをひっくり返したものに乗って、おーいと声をかけた。
「爺ー!いいもん見せてやるから出てこいよー」
隣家はしんと静まりかえっていて、おかしいなと侑は首を傾げた。
いつもならすぐさま、気軽に呼ぶな!と出てくるのに。
ビールケースの上で背伸びをして、目を凝らして耳を澄ませても隣家からはコトリとも聞こえない。
ぴっちりと閉じられた縁側の掃き出し窓が気になって、侑はビールケースに雑誌を置いてブロック塀を飛び越えた。
殺風景な庭、割れた植木鉢が転がっていてそれを横目に侑は掃き出し窓に張り付いた。
「…足、の裏?」
ためらいは一瞬で侑は割れた植木鉢を掃き出し窓に叩きつけた。
窓はビリビリと震えたが割れない、鉢がまた細かく割れた。
足の裏はピクリとも動かない。
今度こそ侑は手頃な石を拾い上げて思い切り振り下ろした。
ガチャン!と大きな音を立てて割れた所から手を入れて鍵を開ける。
「爺!」
茶の間に倒れていたのは口煩い爺で、ピクリとも動かないのはいつも喧嘩する爺で、近所と関わりをもとうとしない爺で、歯に衣着せぬ爺との掛け合いは嫌いじゃなかった。
ガチャンと聞こえた音に反応して出てきた大和は、塀の向こう側の惨状をみて驚いた。
植木鉢も窓も割れて、開け放たれた掃き出し窓から見えるのは横たわる爺とへたりこんでいる侑。
「あっくん!なにしたの!?」
「…救急車」
「え?」
「救急車呼んで!!」
一息遅れてビールケースに足をかけた周平はその声を聞いてすぐさま家に戻り、大和は塀を乗り超え小さく震える侑に駆け寄り抱きしめた。
仏間には武尊の私物が置いてあり、半ば武尊の私室のようになっていたが一緒に暮らしているわけではない。
オメガ三人が暮らす家にアルファが混じって暮らせない。
武尊としては周平が大好きだし、周平以外のフェロモンに惑わされることもないと自信をもって言えるがそれはそれこれはこれだ。
早く出て行かないかなぁ、などと自分勝手なことを考えていたりもする。
松竹梅+一人の日常は可も不可もなく流れ、季節は夏真っ盛りである。
大和の刺繍作品への雑誌掲載の依頼があってからここまで、やっと待ち侘びたその日がやってきた。
こたつの上には『Mignon』が一冊、高木から送られてきたそれ。
表紙は人気モデルのHIROで、巻頭は夏のメイク術が特集されていた。
松竹梅はワクワクドキドキとその表紙を眺めて、大和がパラリと表紙を捲った。
「HIRO綺麗だね」
「年齢不詳なんだろ?」
「十代じゃないよね」
「お色気すごいもんな」
松竹梅がアレコレ言うのを、武尊は周平のたぬき顔の方が何倍も良いと思いながら見ていた。
大和の『刺繍の世界』は中特集で、大和以外にもプロと呼ばれる刺繍作家も掲載されていた。
中でも大和の目を引いたのはウェディングドレスに刺繍を施す職人だ。
白い生地に色味の違う同じ白で刺繍を施していく。
光の加減、見える角度で全く違う顔を見せる刺繍に大和は魅せられた。
「すごい」
「やまちもできるだろ?」
「できないよ。でも、いつかこんな風に素敵な刺繍を刺してみたい」
「では、シュウの花婿衣装は大和くんにお願いしましょう」
「武さんはちょっと黙ってようか」
はい、と周平から自由帳と鉛筆を渡されて武尊はそこに早速衣装のデザインを描き始めた。
「でも俺はやまちのやつが一番好き」
「それはさ、身内贔屓っていうか」
「いいじゃん、身内贔屓。俺たちにとってはやまちの刺繍が一番だ」
「パッチワークもな」
大和の刺繍作品の扱いは一番小さかった。
『松花院撫子』と名があり、略歴や性別などには一切触れられていなかった。
インタビューもたくさん話した気がするが、小さくまとめられていて大和はほんのちょっぴり残念な気がした。
「せっかくこうやって載ったのに肝心の在庫がないのは悔しいな」
「今だったら絶対売れるのに」
周平も侑も悔しがったが、こればかりはどうしようもない。
大和は決して手が早いわけではないし、買いたいという人に売らないわけにはいかなかった。
そして最大の問題が、出来上がった作品を消臭剤の入った密封容器で保管することだった。
ずっと大和が触れていたもの、それには大和のオメガとしての匂い移りがしている。
消臭スプレーはかけたくない、という大和は作品を二週間かけて消臭する。
「もっと短くてもいいんじゃない?」
「ダメだよ、どんな人が買うかわかんないんだからこういうのは慎重にいかなきゃ」
「でもさー」
「もしだよ?誰かにプレゼントとして買ったものに匂い移りがあるのって嫌じゃない?」
一品だけ出すのも見栄えが悪く、この匂い対策に時間がかかるので再売り出しは早くても初冬になるだろう。
せっかくのチャンスなのに、との思いは皆一緒だがこればかりはどうしようもないのだ。
なんとなく沈んでしまった空気を変えるように、よしっと侑が立ち上がった。
「爺にやまちの記事見せてきてやろ」
「喧嘩しないでよ」
自慢してくるー、と雑誌を取り上げた侑はそのまま縁側へ行きサンダルを履いていつものブロック塀へと向かう。
黄色のビールケースをひっくり返したものに乗って、おーいと声をかけた。
「爺ー!いいもん見せてやるから出てこいよー」
隣家はしんと静まりかえっていて、おかしいなと侑は首を傾げた。
いつもならすぐさま、気軽に呼ぶな!と出てくるのに。
ビールケースの上で背伸びをして、目を凝らして耳を澄ませても隣家からはコトリとも聞こえない。
ぴっちりと閉じられた縁側の掃き出し窓が気になって、侑はビールケースに雑誌を置いてブロック塀を飛び越えた。
殺風景な庭、割れた植木鉢が転がっていてそれを横目に侑は掃き出し窓に張り付いた。
「…足、の裏?」
ためらいは一瞬で侑は割れた植木鉢を掃き出し窓に叩きつけた。
窓はビリビリと震えたが割れない、鉢がまた細かく割れた。
足の裏はピクリとも動かない。
今度こそ侑は手頃な石を拾い上げて思い切り振り下ろした。
ガチャン!と大きな音を立てて割れた所から手を入れて鍵を開ける。
「爺!」
茶の間に倒れていたのは口煩い爺で、ピクリとも動かないのはいつも喧嘩する爺で、近所と関わりをもとうとしない爺で、歯に衣着せぬ爺との掛け合いは嫌いじゃなかった。
ガチャンと聞こえた音に反応して出てきた大和は、塀の向こう側の惨状をみて驚いた。
植木鉢も窓も割れて、開け放たれた掃き出し窓から見えるのは横たわる爺とへたりこんでいる侑。
「あっくん!なにしたの!?」
「…救急車」
「え?」
「救急車呼んで!!」
一息遅れてビールケースに足をかけた周平はその声を聞いてすぐさま家に戻り、大和は塀を乗り超え小さく震える侑に駆け寄り抱きしめた。
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