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手遅れ
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ゆさゆさと体の揺れる感覚にふと目を覚ました周平がまず最初に思ったことは、甘いなということだった。
次に思ったのはまだ薄暗いということ。
何時だろうと壁の時計に視線を巡らそうとした時、頬を両手で挟まれた。
「シュウ、余所見はダメだよ?」
ばちゅんと一際強く突き上げられ、ひゅっと息が詰まった。
囲い込まれるように覆いかぶさってくる武尊から甘い匂いがする。
「これ、武さんの匂い?」
「ん?違うよ、シュウの匂いだよ」
「え?」
覚えてないの?と武尊はちゅっちゅっとキスの雨を降らせた。
項を噛まれて、それからどうしたんだっけ。
すごく嬉しくてふわふわと夢見心地のままストンと落ちたような気がする。
「項を噛んだらね、シュウの匂いが濃くなったんだよ。もう爆発するみたいに」
ぶわわわって、と言う武尊はうっとりと恍惚の表情を浮かべて項を撫でてきた。
「でも、武さんから匂いがするよ?」
「うん、シュウの匂いに塗り替えられたんだと思う」
「ん?」
「僕は無臭だから」
わかんない?と問われてもわかるわけがない。
言葉を交わしてる間も腹にはみっちりと質量も重量もあるものが埋め込まれているし、甘い匂いに酔ったみたいになってしまう。
「もう他のオメガを惑わすことはないよ、多分ね」
それは素直に嬉しい、理屈は全くわからないが。
わからないことだらけで混乱するが、続けていい?と腰を揺すられたらいいよとしか言えない。
にんまりと浮かべた笑みに早まったかもしれないと思ったが、それはもう口にはできなかった。
一方、時間をうんと遡ったとある喫茶店。
たらりと汗を一筋流した男がいた。
「・・・え?」
「ん?違うんですか?」
「いや・・・違わない、けど、え?なんで?」
「さっき見ました」
あっち、と大和が指差したのは卯花出版のビルである。
ストンと力が抜けた卯花が椅子に腰掛けたのを見計らってお冷が運ばれてきた。
ゴッゴッと喉を鳴らしてそれを飲み干す様を大和は、ぽかんと見るしかない。
「・・・なんで気づいたの?」
「卯花さんとよく似た人と一緒でしたけど」
「あ、あぁ、なるほど」
小さくジャズが流れる中、卯花は固まっていた。
元恋人の話題はやっぱりよくなかったかなぁ、と大和もなんだか落ち着かない。
別になにか意図があって言ったわけじゃないと思う、多分と大和は視線を下げた。
綺麗な顔してるのに気は強いんだなとか、自分は運命に出会ったのに卯花を縛り付けていたのは性格が悪いなとか・・・自分にしたようにあの人にもしたんだなとか。
できるだけフラットな気持ちで会おう、そう思っていたのにそんなもの顔を見たら無理な話だった。
はぁ、と知れず吐いた溜息は奇しくも卯花と同じタイミングだった。
卯花は卯花でこちらもぐるぐると考えていた。
もぞもぞとなにか落ち着かなさそうな大和、もしかしてとじくじくと胸が痛んだ。
また兄の方が良いと言われてしまうのだろうか、と。
ずっとずっと二番手だった過去が蘇る。
そんな思いは大和に出会って払拭できたと思っていたのに、またじわりじわりと込み上げる思いがあった。
それに兄はもう結婚もしているのだ、けれど大和が兄の方がいいなら自分はその身代わりでも、顔も似てるし・・・。
「嫌だ!」
「え?」
「嫌だ、駄目だ、大和・・・」
「はい」
縋るように手をとられ、小刻みに首を振る卯花にドキリと心臓が跳ねた。
なんで泣きそうなんだろう。
「あ、兄を見てどう思った?」
「お兄さん?似てるなぁって」
「どっち?どっちがいい?」
どっちって比べる材料もなにもないけど、と握った手を祈るように額に押し当てる卯花を見て思う。
「卯花さんですけど」
「どっちの!?」
勢いに押されてひぃっと大和は仰け反ったが、あぁと思い当たった。
「敬二さんが一番です」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「ほんとにほんとに?」
「ほんとにほんとに」
「ほんとにほんとにほん・・・」
「しつこいです」
良かった良かった、と涙を浮かべる顔を見て笑ってしまう。
元恋人に嫉妬してしまった自分が馬鹿らしい。
「僕も焼きもちを妬いたんですけど」
「え?」
「まさかモデルのHIROだと思わなくて」
「あぁ、無い無い。仕事でも顔を合わせないようにスケジュール管理してるから」
涙を引っ込めてあっけらかんと言い放つその姿に、それはそれでどうなのかと思った。
それに今はそれで良くても兄のパートナーならもう会わないという選択肢は無いのでは?とも思う。
「卯花の名前を捨ててもいい。松下の籍に入る」
「・・・重い」
「否定はしない」
これはとんでもないアルファを捕まえてしまったのでは?
真剣な眼差しのそれに一瞬、血の気がひいたがもう後の祭りだった。
愛しいと思った気持ちは誰にも、自分自身でさえ止めることはできないのだから。
次に思ったのはまだ薄暗いということ。
何時だろうと壁の時計に視線を巡らそうとした時、頬を両手で挟まれた。
「シュウ、余所見はダメだよ?」
ばちゅんと一際強く突き上げられ、ひゅっと息が詰まった。
囲い込まれるように覆いかぶさってくる武尊から甘い匂いがする。
「これ、武さんの匂い?」
「ん?違うよ、シュウの匂いだよ」
「え?」
覚えてないの?と武尊はちゅっちゅっとキスの雨を降らせた。
項を噛まれて、それからどうしたんだっけ。
すごく嬉しくてふわふわと夢見心地のままストンと落ちたような気がする。
「項を噛んだらね、シュウの匂いが濃くなったんだよ。もう爆発するみたいに」
ぶわわわって、と言う武尊はうっとりと恍惚の表情を浮かべて項を撫でてきた。
「でも、武さんから匂いがするよ?」
「うん、シュウの匂いに塗り替えられたんだと思う」
「ん?」
「僕は無臭だから」
わかんない?と問われてもわかるわけがない。
言葉を交わしてる間も腹にはみっちりと質量も重量もあるものが埋め込まれているし、甘い匂いに酔ったみたいになってしまう。
「もう他のオメガを惑わすことはないよ、多分ね」
それは素直に嬉しい、理屈は全くわからないが。
わからないことだらけで混乱するが、続けていい?と腰を揺すられたらいいよとしか言えない。
にんまりと浮かべた笑みに早まったかもしれないと思ったが、それはもう口にはできなかった。
一方、時間をうんと遡ったとある喫茶店。
たらりと汗を一筋流した男がいた。
「・・・え?」
「ん?違うんですか?」
「いや・・・違わない、けど、え?なんで?」
「さっき見ました」
あっち、と大和が指差したのは卯花出版のビルである。
ストンと力が抜けた卯花が椅子に腰掛けたのを見計らってお冷が運ばれてきた。
ゴッゴッと喉を鳴らしてそれを飲み干す様を大和は、ぽかんと見るしかない。
「・・・なんで気づいたの?」
「卯花さんとよく似た人と一緒でしたけど」
「あ、あぁ、なるほど」
小さくジャズが流れる中、卯花は固まっていた。
元恋人の話題はやっぱりよくなかったかなぁ、と大和もなんだか落ち着かない。
別になにか意図があって言ったわけじゃないと思う、多分と大和は視線を下げた。
綺麗な顔してるのに気は強いんだなとか、自分は運命に出会ったのに卯花を縛り付けていたのは性格が悪いなとか・・・自分にしたようにあの人にもしたんだなとか。
できるだけフラットな気持ちで会おう、そう思っていたのにそんなもの顔を見たら無理な話だった。
はぁ、と知れず吐いた溜息は奇しくも卯花と同じタイミングだった。
卯花は卯花でこちらもぐるぐると考えていた。
もぞもぞとなにか落ち着かなさそうな大和、もしかしてとじくじくと胸が痛んだ。
また兄の方が良いと言われてしまうのだろうか、と。
ずっとずっと二番手だった過去が蘇る。
そんな思いは大和に出会って払拭できたと思っていたのに、またじわりじわりと込み上げる思いがあった。
それに兄はもう結婚もしているのだ、けれど大和が兄の方がいいなら自分はその身代わりでも、顔も似てるし・・・。
「嫌だ!」
「え?」
「嫌だ、駄目だ、大和・・・」
「はい」
縋るように手をとられ、小刻みに首を振る卯花にドキリと心臓が跳ねた。
なんで泣きそうなんだろう。
「あ、兄を見てどう思った?」
「お兄さん?似てるなぁって」
「どっち?どっちがいい?」
どっちって比べる材料もなにもないけど、と握った手を祈るように額に押し当てる卯花を見て思う。
「卯花さんですけど」
「どっちの!?」
勢いに押されてひぃっと大和は仰け反ったが、あぁと思い当たった。
「敬二さんが一番です」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「ほんとにほんとに?」
「ほんとにほんとに」
「ほんとにほんとにほん・・・」
「しつこいです」
良かった良かった、と涙を浮かべる顔を見て笑ってしまう。
元恋人に嫉妬してしまった自分が馬鹿らしい。
「僕も焼きもちを妬いたんですけど」
「え?」
「まさかモデルのHIROだと思わなくて」
「あぁ、無い無い。仕事でも顔を合わせないようにスケジュール管理してるから」
涙を引っ込めてあっけらかんと言い放つその姿に、それはそれでどうなのかと思った。
それに今はそれで良くても兄のパートナーならもう会わないという選択肢は無いのでは?とも思う。
「卯花の名前を捨ててもいい。松下の籍に入る」
「・・・重い」
「否定はしない」
これはとんでもないアルファを捕まえてしまったのでは?
真剣な眼差しのそれに一瞬、血の気がひいたがもう後の祭りだった。
愛しいと思った気持ちは誰にも、自分自身でさえ止めることはできないのだから。
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