夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

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夢見の末路

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 ミュウがケイレブによって命を落としそうになった時、割って入ったのはやはりオーウェンだった。けれどその目を見ればそれが慈悲の心なんかじゃないということがよくわかる。
 ケイレブは礼をとり、オーウェンはミュウのいるベッドの上に腰掛けた。

「さて、ケイレブ。彼はなんだ?」
「湖の訛りがあります。なので辺境の子でしょう」

 それと、とケイレブは縮こまるミュウを見やった。眼差しはどこまでも冷たい。

「私をと申しておりました」
「夢で?」
「ええ、告げていないのに私の名を言い当てました」
「そうか、では直々に聞こうか」

 ───君は何者だ?

 喉にペタリと膜が張ってあるように声が出ない。ただただ怖かった。自分がしたことはケイレブやオーウェンにとって非常にまずいことなのだ。だから、二人とも憤っている。

「答えられないか?」
「僕は、ラックスベルの…ミューロイヒ」

 実際は「ぼぼぼぼ僕はララララララ…」とかなり覚束無い言葉になった。それでもオーウェンは大きく頷き、次に胸元からハンカチを取り出した。縁にレースをあしらった薄水色のハンカチ、折り畳まれたそれを手の上でそっと開く。

「─っあ…」

 ミュウは慌てて自分の胸ポケットを探ったが、目当てのものはない。ポケットの口を開いて見てもやっぱりない、空っぽだった。

「これは何かな?」

 オーウェンの手のひらの上、そこにはローザの鱗があった。息を飲んだのはミュウだけではない、ケイレブもゴクリと喉を鳴らしわなわなと震える手をその鱗に伸ばした。

「殿下、これは…」
「残念ながら、千年ものではない」
「それでも、それでも…素晴らしい!」

 爛々と目を輝かせるケイレブとは反対にオーウェンは顰め面で、しかし指先で鱗に触れる様はまるで慈しむようだった。
 深海のような深い青、この世の全ての青の頂点にあるような美しさ。とても忌み子と呼ばれ蔑まれ不幸になった少女の証だとは思えない。

「これをどこで?君の住む湖にはこのような長寿の蛇がいるのか?この鱗の持ち主はまだ生きているのか?どこへ行けば会える?」

 そう問うてくるオーウェンの声は切羽詰まっているように聞こえた。切なさの滲んだその目にミュウはゆっくりと口を開いた。




 ──その頃、ミュウを失ったフィルは荒れていた。山狩りをする!と言い放ち、前線で草臥れている部下を使おうとしたところでアトレーにぼこぼこに殴られた。もちろん、フィルもやり返したが、それも最大級のものにはフィルも敵わず今は引っ括られていた。

「フィランダー、なぜあいつがここに来たんだ?まずその説明からだろう?」

 アトレーは今回の戦の大将として直々に指揮をとっている。王都に近い南の砦がその拠点だ。

「私を助けに来たんだと思われます」
「…また夢か?」
「…ミュウが言うには私が倒れることは最初から決まっていた、と」

 ぽつぽつとフィルは話した。事のあらましを、イーハンもそれを知っていることを、知っていてそれを無視したことを。

「…だから、作戦を変更したのか」
「はい、私はミュウが大切です。なにもなくても心が揺さぶられたのはミュウただ一人、私のヴェルタです。まだ知らない力を持った者と結ばれると言われてもそれを飲み込むことは…」

 アトレーの拳がフィルの頬にめり込み、それ以上口が利けなくなった。

「その癒しの力があればジュリアンの先祖返りはなんとかなったんじゃないのか?こちらに夢見がいるようにあちらにも未来を視る者がいるのかもしれない。お前が犠牲になれば、ジュリアンは助かったんじゃないのか!?おいっ、なんとか言え!!」

 そうかもしれない、そうじゃないかもしれない。それでジュリアンが助かるのかどうかもわからない。フィルは口を閉ざし、アトレーの目からは涙がぼろぼろと溢れ嗚咽が漏れた。

 ──世界が誰を求めていたとしても私が求めるのはただ一人、それを世界が望まなくても。それが世の秩序を乱すことだとしても。瞼の裏にはいつだってミュウがいる。

皆誰かを想っている、フィルはミュウを、アトレーはジュリアンを、ミュウはフィルを。その想う誰かは自分で決めたい。ミュウのいうというものに強制されたくはない。



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