夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

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夢見の末路

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 奇襲とは相手の不意をつき思いがけない方法で攻撃することをいう。フィルは最初、「燃やすか」そう言って手のひらにボッと炎を出した。

「大尉、それでは姫さまも被害にあいます」
「大丈夫だ。その前に助け出す…ヒューゴが」
「…大尉、枷を付けられてるんですよ?」

 フィルの顔がこの上なく歪む。枷、それがなにより許せない。

「引きちぎればいい」

 できるかな、金だったよ?のヒューゴの思いは口にすることは出来なかった。

 フィル班、アトレー班の二班に別れてそれぞれ目当ての宮に夜の闇に紛れて忍び込もうという今回の作戦は凡そ奇襲のそれとは呼べない。
 そういう意味では、相手は全く油断も隙もなく当然不意などつけるわけもなくフィル達は呆気なくお縄になった。お縄になったといっても捕らえられたわけではなく、「来ると思ってました」と応接室に通された。

「ミュウがここにいると聞いた」

 神職についているような装いの男はミュウの話に出てきた。確か名はケイレブだったはず…

「眠っておられますよ」
「どこだっ、どこで!?」

 血相を変えたフィルを見て、ケイレブは僅かに目を見張った。

「大丈夫、夢は見ていませんよ」
「見て、いない?」
「えぇ、悪戯に寿命を縮めることはありません」

 至極落ち着いた様子のケイレブに、フィルは気が抜けてストンとまた腰をおろした。

「どうしてそれを…」
「彼は。彼と私は初対面のはずなのに」

 ゴクリと喉の鳴る音が思いのほか響いて、ドクドクと鼓動が早くなる。

と。私はね、先祖返りというものをずっと研究してきた。だから、夢という言葉に心当たりがあった。夢を通して世界のあらゆる事象を見ることのできる者がいる。あぁ、彼がそうなのかと思った。腑に落ちたよ、遠見の予見が外れたことに」
「遠見?それは…」
「知っているかい?我が国にいるんだよ、美しく脆弱なお方だ」

 ケイレブはそう言って暗闇が覆う窓の外を見やった。視線を追えば、遠くほのかに白く光る明かりを見ていた。



 ──フィルとケイレブが話し込んでいたその頃、アトレーもまた花畑に囲まれた宮の応接室に招き入れられていた。

「お久しぶりです。オーウェン殿下」
「まぁまぁ、そんな堅苦しい挨拶はよさないか。お茶でも淹れさせよう」

 穏やかに、和やかに、オーウェンはその笑みを崩さずにパンとひとつ手を打った。その合図にリンがティーワゴンと共に入室し、てきぱきと茶の用意をしてまた静かに下がっていった。ローテーブルには湯気を立てたお茶、お茶請けには花を型どった小さなビスケットが添えられていた。

「まるで私が訪れるのがわかっていたようだ」
「君に特別な力があるだろう?王家の人間だけに現れる他者を圧倒する力。それを以て建国した、と」

 どうぞ、と手を上に向けてオーウェンは自分もカップを手にした。歴史の研究家だというオーウェン、自国だけでなく他国にもその範囲は及ぶのかとアトレーは勧められるままに腰を落ち着けた。父と外交で訪れジュリアンと気が合い、それから幾度となくこの国を訪れたが、このオーウェンと差し向かいで話すのは初めてのことだ。

「…ジュリアンに会わせてもらえないだろうか」
「君はどこまで知っている?あの夢見は」
「泣いていたと、そう言っていた」
「驚いた、どんな原理なんだろうね」

 オーウェンは落ち着き払ってビスケットを口に入れる。サクサクと咀嚼音を立てながら、君もどうぞと勧められる。お茶会をしに来たわけではない、アトレーの心にイライラが募り、それは膝に置いた指先に現れた。僅かに揺れる指先、抑えていた気持ちが爆発しそうになる。

「そんなことより、ジュリアンは…」
「会いたいか?」
「当然だ」
「弟がどんな姿であっても?」
「あぁ」
「そうか、信じられないな。見てみないとわからない、そう言われた方がまだ納得できるね」

 そう言ってオーウェンはまたビスケットをつまみ、アトレーにもまた勧めた。美味しいよ、そう言って。あまりに勧めるものだから、アトレーもそのビスケットを口に入れた。バターの香り、ほのかな甘みの中に胡麻の香ばしい味がした。

「──これ」
「なんだ、わかっちゃったのか」
「ジュリアンが…」

 私の負けだ、オーウェンは降参するかのように手を挙げた。

「どういうことだ?」
「賭けに負けたんだよ、ねぇ?ジュリアン」

オーウェンが振り返ったその先の扉がカチャと小さな音を立ててゆっくり開いた。

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