53 / 63
再開
しおりを挟む
バタバタと足音が聞こえ、次いでバタンと乱暴に応接間の扉が開かれる。
いつもは隙なく着こなしてるスーツは首元が少し乱れ、髪も乱れている。
母の手を離し思わず立ち上がってしまう。
大きく広い胸に抱きしめられる。
「少し太ったか?」
「父さんは少し痩せた?」
髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられて、額に頬に肩に腕に、存在を確かめるように触られる。
「心配かけやがって」
「ごめんなさい」
赤くなった目元を親指でそっと撫でられる。
両親に挟まれてソファに座り、ニコニコ笑う田崎が新しくアイスティーを置いて下がっていく。
「・・・すまなかった」
「父さんが謝ることなんてひとつもないよ」
三人で肩を寄せあってポツリポツリと話す。
Ωとしての息子を守りたかったこと、家だけでなく会社も繋がればいざという時に役だつと思ったこと、そこに野心がないか?と問われれば無いとは言いきれないこと、自分達が見合いでも幸せだったこと、何不自由なく幸せになってほしかったこと、息子可愛さに囲い込みすぎてしまったこと。
「うん、全部知ってる、わかってる。それをわかってて逃げてしまったのは僕の弱さだ」
「それは違う。俺らが思う幸せのレールってやつに無理やり乗せようとした。そこにお前の意思があるかどうか考えが足りなかった。俺らはもっと稔を信じて見守らなきゃいけなかったんだ・・・今、お前を守ってるそのフェロモンの奴みたいにな」
「・・・そうなの?」
「あぁ、お前が愛しい、守りたいと優しくお前を包んでるよ」
顔を覆う指の隙間から涙が溢れる。
会わせてくれるか?と優しく頭を撫でられて頷く。
「多分、どこかその辺にいると思う」
「・・・その辺」
母が呟き、父が吹き出し三人で笑ってしまった。
どこかその辺にいると思われるその人に連絡すると、うろうろしすぎて迷ってしまった、と返ってきた。
「稔、そいつは大丈夫なのか?」
「・・・多分」
久しぶりの自室は出て行った時のままだった。
埃っぽくないのは田崎が毎日掃除してくれているのだろう。
父から渡されたスマホを起動する。
メッセージアプリには、大事な幼馴染二人からのメッセージで溢れていた。
既読のつかないそれに毎日一言づつメッセージが届いている。
──今日はとてもいい天気だよ。みぃちゃんも同じ空を見てる?
──今日、初めて自力でひとつ契約が取れたよ。稔、祝ってくれるか?
喉元にこみ上げる塊を飲み下し、窓を開ける。
見下ろすと来た時とは全く違う方向から、コートに手を突っ込み黄色のマフラーを揺らしながら歩くその人。
「一穂!」
キョロキョロと辺りを見回し、見上げて相好を崩しながら手を振る。
駆け出し、転げるように階段を走り抜け靴を履くのももどかしく踵を踏んで玄関を抜ける。
開いたままになっている門扉の傍にへらりと笑って立つその人に向かって走って、飛びつくようにその大きな胸に収まる。
「おお!熱烈な歓迎だな」
上手くいった?と頭のてっぺんにチュッと音を立ててキスをされる。
胸元にグリグリと頭を押し付けながら、ありがとうと告げる。
「俺、なんもしてないけど」
ハハハ、と笑いながら抱きしめ合う。
肩をポンポンと叩かれ振り向くと両親、その奥には既にエプロンで涙を拭っている田崎がいた。
「僕の大切な人」
大輪の花が咲くように笑う稔に呆気にとられる両親。
一穂は稔の背後で、楢崎に向かって人差し指を唇にそっと当てた。
「初めまして、遠山一穂です」
微笑みながらペコリと頭を下げるのを振り返って稔はまた笑った。
手を繋いで何やら楽しそうに会話しながら歩く後ろ姿を見送る。
下位αが台頭してきている。
そう聞いて驚いた事をよく覚えている。
最初は小さいゲーム会社、そこから裾野を伸ばして貪欲に会社を広げていく。
上位に食い込んであわよくば食らってやろう、そんな気概をもつ男。
上位に運命を奪われたと噂に聞いた時には、なるほどと思った。
上位はフェロモンでもなんでも真っ向から対峙するが、奴はヘラヘラ笑って躱す、笑う瞳の奥には仄暗い何かを飼っていて、躱しながら刺してくる。
一年ほど前に消えた、と聞いていたが生きていたのか。
「行かせて良かったの?」
「ん?これからはいつでも会えるしな」
何年か前のパーティで一度挨拶しただけだったが、そうか、俺の事を覚えていたのか。
稔に向けて笑いかけるその顔が素なんだろう。
あの時の笑顔に隠されたゾッとするような暗い影はどこにも見当たらない。
「優しそうな人だったね」
「・・・そうだな」
あれは全身全霊をかけて稔を守るだろう。
彼が縛られていた何かから解き放たれていればいい、そう思いながら楢崎は最愛の息子を見送った。
いつもは隙なく着こなしてるスーツは首元が少し乱れ、髪も乱れている。
母の手を離し思わず立ち上がってしまう。
大きく広い胸に抱きしめられる。
「少し太ったか?」
「父さんは少し痩せた?」
髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられて、額に頬に肩に腕に、存在を確かめるように触られる。
「心配かけやがって」
「ごめんなさい」
赤くなった目元を親指でそっと撫でられる。
両親に挟まれてソファに座り、ニコニコ笑う田崎が新しくアイスティーを置いて下がっていく。
「・・・すまなかった」
「父さんが謝ることなんてひとつもないよ」
三人で肩を寄せあってポツリポツリと話す。
Ωとしての息子を守りたかったこと、家だけでなく会社も繋がればいざという時に役だつと思ったこと、そこに野心がないか?と問われれば無いとは言いきれないこと、自分達が見合いでも幸せだったこと、何不自由なく幸せになってほしかったこと、息子可愛さに囲い込みすぎてしまったこと。
「うん、全部知ってる、わかってる。それをわかってて逃げてしまったのは僕の弱さだ」
「それは違う。俺らが思う幸せのレールってやつに無理やり乗せようとした。そこにお前の意思があるかどうか考えが足りなかった。俺らはもっと稔を信じて見守らなきゃいけなかったんだ・・・今、お前を守ってるそのフェロモンの奴みたいにな」
「・・・そうなの?」
「あぁ、お前が愛しい、守りたいと優しくお前を包んでるよ」
顔を覆う指の隙間から涙が溢れる。
会わせてくれるか?と優しく頭を撫でられて頷く。
「多分、どこかその辺にいると思う」
「・・・その辺」
母が呟き、父が吹き出し三人で笑ってしまった。
どこかその辺にいると思われるその人に連絡すると、うろうろしすぎて迷ってしまった、と返ってきた。
「稔、そいつは大丈夫なのか?」
「・・・多分」
久しぶりの自室は出て行った時のままだった。
埃っぽくないのは田崎が毎日掃除してくれているのだろう。
父から渡されたスマホを起動する。
メッセージアプリには、大事な幼馴染二人からのメッセージで溢れていた。
既読のつかないそれに毎日一言づつメッセージが届いている。
──今日はとてもいい天気だよ。みぃちゃんも同じ空を見てる?
──今日、初めて自力でひとつ契約が取れたよ。稔、祝ってくれるか?
喉元にこみ上げる塊を飲み下し、窓を開ける。
見下ろすと来た時とは全く違う方向から、コートに手を突っ込み黄色のマフラーを揺らしながら歩くその人。
「一穂!」
キョロキョロと辺りを見回し、見上げて相好を崩しながら手を振る。
駆け出し、転げるように階段を走り抜け靴を履くのももどかしく踵を踏んで玄関を抜ける。
開いたままになっている門扉の傍にへらりと笑って立つその人に向かって走って、飛びつくようにその大きな胸に収まる。
「おお!熱烈な歓迎だな」
上手くいった?と頭のてっぺんにチュッと音を立ててキスをされる。
胸元にグリグリと頭を押し付けながら、ありがとうと告げる。
「俺、なんもしてないけど」
ハハハ、と笑いながら抱きしめ合う。
肩をポンポンと叩かれ振り向くと両親、その奥には既にエプロンで涙を拭っている田崎がいた。
「僕の大切な人」
大輪の花が咲くように笑う稔に呆気にとられる両親。
一穂は稔の背後で、楢崎に向かって人差し指を唇にそっと当てた。
「初めまして、遠山一穂です」
微笑みながらペコリと頭を下げるのを振り返って稔はまた笑った。
手を繋いで何やら楽しそうに会話しながら歩く後ろ姿を見送る。
下位αが台頭してきている。
そう聞いて驚いた事をよく覚えている。
最初は小さいゲーム会社、そこから裾野を伸ばして貪欲に会社を広げていく。
上位に食い込んであわよくば食らってやろう、そんな気概をもつ男。
上位に運命を奪われたと噂に聞いた時には、なるほどと思った。
上位はフェロモンでもなんでも真っ向から対峙するが、奴はヘラヘラ笑って躱す、笑う瞳の奥には仄暗い何かを飼っていて、躱しながら刺してくる。
一年ほど前に消えた、と聞いていたが生きていたのか。
「行かせて良かったの?」
「ん?これからはいつでも会えるしな」
何年か前のパーティで一度挨拶しただけだったが、そうか、俺の事を覚えていたのか。
稔に向けて笑いかけるその顔が素なんだろう。
あの時の笑顔に隠されたゾッとするような暗い影はどこにも見当たらない。
「優しそうな人だったね」
「・・・そうだな」
あれは全身全霊をかけて稔を守るだろう。
彼が縛られていた何かから解き放たれていればいい、そう思いながら楢崎は最愛の息子を見送った。
751
あなたにおすすめの小説
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで
水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。
身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。
人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。
記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。
しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。
彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。
記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。
身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。
それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
エリートαとして追放されましたが、実は抑制剤で隠されたΩでした。辺境で出会った無骨な農夫は訳あり最強αで、私の運命の番らしいです。
水凪しおん
BL
エリートαとして完璧な人生を歩むはずだった公爵令息アレクシス。しかし、身に覚えのない罪で婚約者である王子から婚約破棄と国外追放を宣告される。すべてを奪われ、魔獣が跋扈する辺境の地に捨てられた彼を待っていたのは、絶望と死の淵だった。
雨に打たれ、泥にまみれたプライドも砕け散ったその時、彼を救ったのは一人の無骨な男、カイ。ぶっきらぼうだが温かいスープを差し出す彼との出会いが、アレクシスの運命を根底から覆していく。
畑を耕し、土に触れる日々の中で、アレクシスは自らの体に隠された大きな秘密と、抗いがたい魂の引力に気づき始める。
――これは、偽りのαとして生きてきた青年が、運命の番と出会い、本当の自分を取り戻す物語。追放から始まる、愛と再生の成り上がりファンタジー。
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる