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再会
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「・・・ひどい」
「うん、ごめん」
「こんなのってない」
「うん、まさか俺もこんな所で出会うなんて思わなくて」
「もう戻れないの?」
「・・・ごめん。もう戻れる気がしない」
「ほんとにひどい」
稔と一穂は向かい合わせでふかふかの座布団に正座している。
二人揃って視線をさ迷わせている。
そして、この場にはもう一人。
芳醇でそれでいてどこか上品で、人の欲求が腹の中で暴れ出すような香り。
一穂の唇はてらてらと光っており、それをペロリと舌で舐める。
それを見た稔の喉がゴクリとなる。
「・・・先程のお肉追加しましょうか?追加料金いただきますけど」
「「 お願いします!! 」」
地元と限られた名店にしか卸さない短角牛。
そのフルコースを稔と一穂は堪能していた。
女将自ら給仕し、絶妙な焼き加減で肉を焼いてくれる。
口直しに大根と柚の酢漬けを口に入れる。
日本酒を舐めるようにチビりと飲む。
「どうしてくれるの、もう普通のロースには戻れない」
「そうだな。まさかこんな所で人生最高の牛に出会うとは」
綺麗なサシの入った赤身の肉を食べる。
慣れない日本酒に動悸が早くなる。
全ての部位を喰らい尽くしたのでは?と思えるほどの美味い肉を食す。
赤ら顔で口の中で蕩けて消えて、味わい深い余韻を残す希少な肉を夜通し愉しむ。
解けて絡まって、溶かして混じって、そして朝を迎える。
白壁の塀を横目に手を繋いで歩く。
すれ違う人もまばらな閑静な歩道を歩く。
繋いだ手に力が籠る。
「緊張してる?」
「うん」
「傍にいる?」
ふるふると横に首を振るのを一穂は緩く抱きしめ髪を梳く。
待ってるから、と鼻筋のへこんだ所にキスを二度落とす。
待ってて、消え入りそうな掠れた声にキスを贈る。
「頑張れ」
ひらひらと手を振るのに合わせて、首にかけただけの黄色のマフラーも揺れる。
優しい眼差しに頷きを返して顔を上げて門扉の監視カメラを見る。
短くない玄関までのアプローチを進み、ドアベルを鳴らす。
「ただいま、田崎さん」
「・・・っ稔坊ちゃん!」
「それは、中学入学の時にやめたでしょ?」
稔が産まれる以前から家政婦として勤める田崎は大粒の涙をこぼしその場にくず折れた。
稔の足にしがみつき、おいおい泣く田崎。
玄関での異変に気づいたのだろう、奥からパタパタと足音がする。
「母さん、ただいま」
驚愕の表情で見つめる母に稔は微笑んだ。
言葉もなくよろよろと歩くその人を両手を広げて迎える。
「おかえり、稔」
「うん」
ぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。
田崎の大きな泣き声と、母の声を殺した泣き声、稔は小さくなってしまった母の背を撫でた。
「旦那様にお知らせ致します」
グズグズと流れる涙をエプロンで拭いながら田崎は下がり、稔は母の肩を抱いて応接間へ向かう。
ソファに座らせ手を握る。
「元気だった?」
「うん」
「辛い目には合ってない?」
「うん」
「・・・良かった」
掻き抱くように抱きしめられ、良かったと何度も何度も言う。
顔をよく見せて、と両頬を包まれ覗き込まれる。
前髪をサイドに流され、顔の隅々までじっくり見られる。
涙に濡れた瞳には稔だけが映っている。
「・・・少し太った?」
「うん」
「稔を太らせる人がいるんだね?」
「うん」
流れる涙はそのままに頬をすりすりと撫でられる。
頭を背中を、腕を手を肩を確かめるように触れ、また抱きしめられる。
「心配かけてごめんなさい」
頬を涙が伝う。
コトリという音に顔を上げれば、赤い目の田崎が笑っている。
「旦那様、じきに戻ってらっしゃいますよ」
泣くと喉が乾きますので、と置かれたのはアイスティー。
そうだね、と三人で笑い泣く。
「うん、ごめん」
「こんなのってない」
「うん、まさか俺もこんな所で出会うなんて思わなくて」
「もう戻れないの?」
「・・・ごめん。もう戻れる気がしない」
「ほんとにひどい」
稔と一穂は向かい合わせでふかふかの座布団に正座している。
二人揃って視線をさ迷わせている。
そして、この場にはもう一人。
芳醇でそれでいてどこか上品で、人の欲求が腹の中で暴れ出すような香り。
一穂の唇はてらてらと光っており、それをペロリと舌で舐める。
それを見た稔の喉がゴクリとなる。
「・・・先程のお肉追加しましょうか?追加料金いただきますけど」
「「 お願いします!! 」」
地元と限られた名店にしか卸さない短角牛。
そのフルコースを稔と一穂は堪能していた。
女将自ら給仕し、絶妙な焼き加減で肉を焼いてくれる。
口直しに大根と柚の酢漬けを口に入れる。
日本酒を舐めるようにチビりと飲む。
「どうしてくれるの、もう普通のロースには戻れない」
「そうだな。まさかこんな所で人生最高の牛に出会うとは」
綺麗なサシの入った赤身の肉を食べる。
慣れない日本酒に動悸が早くなる。
全ての部位を喰らい尽くしたのでは?と思えるほどの美味い肉を食す。
赤ら顔で口の中で蕩けて消えて、味わい深い余韻を残す希少な肉を夜通し愉しむ。
解けて絡まって、溶かして混じって、そして朝を迎える。
白壁の塀を横目に手を繋いで歩く。
すれ違う人もまばらな閑静な歩道を歩く。
繋いだ手に力が籠る。
「緊張してる?」
「うん」
「傍にいる?」
ふるふると横に首を振るのを一穂は緩く抱きしめ髪を梳く。
待ってるから、と鼻筋のへこんだ所にキスを二度落とす。
待ってて、消え入りそうな掠れた声にキスを贈る。
「頑張れ」
ひらひらと手を振るのに合わせて、首にかけただけの黄色のマフラーも揺れる。
優しい眼差しに頷きを返して顔を上げて門扉の監視カメラを見る。
短くない玄関までのアプローチを進み、ドアベルを鳴らす。
「ただいま、田崎さん」
「・・・っ稔坊ちゃん!」
「それは、中学入学の時にやめたでしょ?」
稔が産まれる以前から家政婦として勤める田崎は大粒の涙をこぼしその場にくず折れた。
稔の足にしがみつき、おいおい泣く田崎。
玄関での異変に気づいたのだろう、奥からパタパタと足音がする。
「母さん、ただいま」
驚愕の表情で見つめる母に稔は微笑んだ。
言葉もなくよろよろと歩くその人を両手を広げて迎える。
「おかえり、稔」
「うん」
ぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。
田崎の大きな泣き声と、母の声を殺した泣き声、稔は小さくなってしまった母の背を撫でた。
「旦那様にお知らせ致します」
グズグズと流れる涙をエプロンで拭いながら田崎は下がり、稔は母の肩を抱いて応接間へ向かう。
ソファに座らせ手を握る。
「元気だった?」
「うん」
「辛い目には合ってない?」
「うん」
「・・・良かった」
掻き抱くように抱きしめられ、良かったと何度も何度も言う。
顔をよく見せて、と両頬を包まれ覗き込まれる。
前髪をサイドに流され、顔の隅々までじっくり見られる。
涙に濡れた瞳には稔だけが映っている。
「・・・少し太った?」
「うん」
「稔を太らせる人がいるんだね?」
「うん」
流れる涙はそのままに頬をすりすりと撫でられる。
頭を背中を、腕を手を肩を確かめるように触れ、また抱きしめられる。
「心配かけてごめんなさい」
頬を涙が伝う。
コトリという音に顔を上げれば、赤い目の田崎が笑っている。
「旦那様、じきに戻ってらっしゃいますよ」
泣くと喉が乾きますので、と置かれたのはアイスティー。
そうだね、と三人で笑い泣く。
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