その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
178 / 190

由々しい

しおりを挟む
ハルフォード商会を出て表通り、広場を抜けて裏通りへ。
ナルシュはほてほてと歩いていた。
頭にあるのはエルドリッジが怒られたらどうしよう、そればかりだった。
そんなもんだったから、自分がどこに向かって一体誰と歩いているのか?を深く考えていなかった。

こちらへ、と案内されたのは小さな宿屋で受付には腰の曲がった婆が杖を支えに一人腰掛けていた。
うとうとと船を漕いでいるのか、はたまたお辞儀をしているのかぺこぺこと下がる頭を通り過ぎて二階へ向かう。
狭いけれど埃もなく、手入れが行き届いた部屋で年季の入った丸いテーブルに椅子が二脚あった。

「自己紹介が遅れましたな。私は、ブ・・・ラックと申します」
「ナルシュです。あ、ナルシュ・コックスヒル、コックスヒル伯爵家の次男です」
「伯爵家の・・・」
「はい。あの、皇女・・・様は?」
「あぁ、すぐに参られます」

ラックがニコリと笑ったと同時に、ほとほとと扉が叩かれた。
来た!ナルシュは思いきりよく立ち上がり、平伏する勢いで腰を折り曲げた。

「まぁまぁ、ご丁寧に」

おほほと笑いながら受付の婆がゆっくりと入ってきた。
片手に杖、片手に盆を持ちその上には湯気の上がったカップが二つ。

「起きてたのか・・・」
「いやですよ、ちゃんと婆の目は開いておりますよ」

婆から盆を受け取ったラックはそれをテーブルに置くと、婆を戸口までエスコートした。
洗練されたその所作にラックは只者ではないんじゃないか?とナルシュに疑念が湧いた。

「あの時・・・」
「あの時?」
「護衛の一人が血相を変えてパン屋へ走りましたな?なにがあったので?」

ふうふうとカップを冷ましながらラックは聞いた。
ナルシュはカップに口をつけようとして、はたと考える。
そういえばなんであんな慌てて来たんだろう?

「・・・ずっと見てた、から?よくわかりません」
「何を?」
「エルが平民服着てたから、なにかの任務なのかなって。あと護衛も隠れて五人いたから偉い人がいるのかなぁって」

ラックの小指がピクと動いて、五人?と確かめる。

「ラックが一番上手でした」

ずずずと音をたてて茶を飲んだナルシュは、あ、音たてちゃった、と慌ててカップを置いた。
礼儀がなってない、と減点されるかなとそろっと目の前のラックを窺うと意外にも笑った顔があった。

「どうして私が内密に控えていると?」
「大人しくベンチに座ってる風でしたけど、時々視線が他の護衛を追っていたから。あと、膝の本の頁を捲ってなかったから足音を聞いてるのかなって。あとはなんか、景色に溶け込むようにしてるっていうか・・・気配を上手く隠してる感じ?」

うーん、と空を見つめながらナルシュは思い出す。
カカカと快活に笑ったラックにナルシュの肩が跳ねた。

「五人いたと言うのは皇女に伝えたかい?」
「はい・・・駄目、でしたか?バレたら怒られちゃいますか?」

しおしおと縮こまるナルシュにラックはニタリと笑った。



その頃、事務員はナルシュを訪ねてきた客について語っていた。

「普通のおじさんです。レッドブラウンの髪の子はいるか?って。うちにレッドブラウンの髪はナルちゃんしかいないから、ナルちゃん?って聞いたらそうだって」
「それで?」
「そこで二人で話してたけど、そのうち外に出ていいきました」
「どっちへ?」
「それはわからないけど・・・あ、そのおじさん指輪してました。ナルちゃんもしてるけど、おじさんの指輪なんて珍しいからよく覚えてる」

青っぽい紫みたいな石がついていた、と言う事務員に皇女は舌打ちをした。

「知ってるのか?」
「あぁ、よく知ってる」

ありがとう、礼を言い皇女はバタンと古びた扉を開けた。
何故かその背中には闘気がみなぎっていて、エルドリッジはゴクリと息を飲んだ。

「エルドリッジ、探すぞ」
「そりゃ、もちろん」

エルドリッジに威圧するな、と言った皇女が今度はただならぬ雰囲気をだしている。
ネイサンとリヤの顔も真剣で、一体なにが起きてるんだとエルドリッジの内に不安が渦巻いた。



一方、ナルシュは宿屋の二階で婆が焼いたというチェリーパイを頬張っていた。

「こーんな、こーんな大きいんだって!ありゃ、大将だと思う」
「そりゃ、すごい。それでどうしたのだ?」
「こうさ、俺の師匠がさ木のてっぺんから飛び降り様に斬りつけたのよ」
「あらあら、怖いこと」
「脳天目掛けて斬りつけたけどさ、既でかわされちゃって・・・」

ラックと婆相手にマーナハンの山で出会った大熊との格闘の話に花を咲かせていた。

しおりを挟む
感想 185

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...