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ローブラウン侯爵家に生まれたその子は銀の髪と淡い緑の瞳をもって生まれてきた。
産声はか細く誰しもがその行く末を不安に思ったが、そんな不安を払拭するように赤子はすくすくと育ちあがった。
銀糸だと思われた髪は歳を重ねるごとに鈍色に変化していったが、侯爵家総出で慈しんで愛した。
名を、リディアルという。
「僕も兄上たちや父上のように銀糸だったら良かったのに」
「リディ、見かけじゃない。心だよ」
耳下で切り揃えた髪はまっすぐで、よく手入れがなされているので触り心地はとても良く、陽の光の下だと淡く輝くような面も見せるリディアルの髪。
「それに、リディは母上に似てとても可愛らしい」
「兄上たちのようにキリリとした顔が良かった」
「リディはないものねだりだなぁ」
くしゃりと髪をかき混ぜられてもするすると落ちていく。
「ほら、もう支度をしないと。今日は殿下と茶会だろう?」
「はい」
侯爵家当主である父の執務室の隣の応接間、父の仕事を手伝う長兄はリディアルがいつ伺っても嫌な顔をしない。
楽しんでおいで、と穏やかな笑みを浮かべる長兄にリディアルも同じように笑みを返す。
弟の幸せを心から願っている顔、それがよくわかる。
わかるからこそリディアルもとっておきの笑みを見せるのだ。
そんなものはないと知っているのに。
その優しい兄が、悪に手を染めないように今日も笑顔を見せる。
王城から長い回廊の先にある離宮、そこある第二王子殿下の庭は殿下の為に造られた殿下だけの庭。
許可の無い者は立ち入れないそこは、小さな小川が流れていて野花のような小さく可憐な花が咲き誇ってる。
無秩序なようで計算され尽くされた、質素なようで贅を凝らしたそんな庭。
離宮への回廊を挟んだ向こう側、そこは第一王子殿下の庭だ。
華々しく咲き乱れる大輪の花たち、風に揺れているのはラナンキュラスだろうか。
「参られるまでお待ちくださいませ」
白いクロスのかかった丸いテーブル、その席に座して待つ。
膝の上で揃えた指先は爪の先まで手入れが成されていて、それをじっと見て待つ。
濃い金髪に王族だけに許された紫瞳をもつ第二王子殿下、初めての顔合わせは齢十二の時、同じ歳なのに背丈の高い彼がすごく大人びて見えた。
「リディアル、仲良くしようね」
「はい」
大人びている彼が笑った顔は無邪気で無垢でまるで幼子のようで、この時にいっぺんに恋に落ちたのだ。
剣の稽古に懸命でいずれこの国の王となる兄を、この国を護る為に将来は騎士になると言っていた。
彼の為ならばどんなことでも耐えられた。
王城での厳しい礼儀作法も、臣籍降下した際に賜る領地の勉強もそれを経営する手腕も、なにもかもが殿下の支えになると思えば苦ではなかった。
リディと愛称で呼ぶ声が、殿下の瞳に映る自分が、なにもかもが好きだった。
その隣に立てるはずもないのに。
「リディ」
呼ばれた声にふっと意識が浮上する。
立ち上がり、目を伏せて礼をとる。
「殿下におかれましては本日もご機嫌麗しくお目にかかれたこと至極光栄にございます」
リディアルの伏せた視線の先に見えるのは磨かれた靴の爪先だけだ。
「リディ、お茶にしよう」
「はい」
座る殿下の向こう側、華美な庭に咲き誇る鮮やかなラナンキュラスを見ながら話を聞き時に相槌を打つ。
頬を撫でる風は優しく、茶は甘く添えられたショコラは苦い。
「教師が褒めていたよ、リディは優秀だと」
「はい。ますます精進して参ります」
「そうではない。根を詰めてはいないかい?」
「そんなことはありません」
リディアルはそっと微笑みかける、微かに揺らぐ薄桃のラナンキュラスに向かって。
「リディ、どこを見ている?」
「私は殿下しか見ておりません」
「何度言っても名を呼んではくれないのだな」
「今の私は一臣下にすぎませんので」
そうか、と言う彼がどんな表情をしているのかわからない。
伏せた目線の先にあるのは美しい白磁の茶器だから。
一度目の時、フレデリックと呼んでと言われ舞い上がりフレデリック様と呼んでいた。
そして、忌々しげに名を呼ぶなと後に言われるのだ。
「じきに学院へ入学するが」
「はい」
「共に学べることを楽しみにしている」
「はい」
私もです、と笑んだ目は殿下を見ているように見えただろうか。
その日の茶会はそれまでで、リディアルは去って行く第二王子殿下が見えなくなるまでその背中を見つめていた。
どうして繰り返すのだろう。
どんなに悲惨な末路を、どんなに無慈悲な死を迎えても舞い戻ると殿下に恋をしている。
心の中にあるのは殿下だけ、好きで好きでたまらない御方。
それは定められた運命のように、抗えない宿命のように愛しいのは殿下ただお一人。
それが醜悪なものになると知っているのになおも止められない殿下への恋心。
殿下の為ならばどんなことでも耐えられた、たったそれだけのこと。
たったそれだけのことに疲れてしまったのだ。
殿下の為だけに生きていくことに。
目に止まった大輪のラナンキュラス、第一王子殿下の豪勢な庭。
ハル、貴方が戻られるのをお待ちしています。
産声はか細く誰しもがその行く末を不安に思ったが、そんな不安を払拭するように赤子はすくすくと育ちあがった。
銀糸だと思われた髪は歳を重ねるごとに鈍色に変化していったが、侯爵家総出で慈しんで愛した。
名を、リディアルという。
「僕も兄上たちや父上のように銀糸だったら良かったのに」
「リディ、見かけじゃない。心だよ」
耳下で切り揃えた髪はまっすぐで、よく手入れがなされているので触り心地はとても良く、陽の光の下だと淡く輝くような面も見せるリディアルの髪。
「それに、リディは母上に似てとても可愛らしい」
「兄上たちのようにキリリとした顔が良かった」
「リディはないものねだりだなぁ」
くしゃりと髪をかき混ぜられてもするすると落ちていく。
「ほら、もう支度をしないと。今日は殿下と茶会だろう?」
「はい」
侯爵家当主である父の執務室の隣の応接間、父の仕事を手伝う長兄はリディアルがいつ伺っても嫌な顔をしない。
楽しんでおいで、と穏やかな笑みを浮かべる長兄にリディアルも同じように笑みを返す。
弟の幸せを心から願っている顔、それがよくわかる。
わかるからこそリディアルもとっておきの笑みを見せるのだ。
そんなものはないと知っているのに。
その優しい兄が、悪に手を染めないように今日も笑顔を見せる。
王城から長い回廊の先にある離宮、そこある第二王子殿下の庭は殿下の為に造られた殿下だけの庭。
許可の無い者は立ち入れないそこは、小さな小川が流れていて野花のような小さく可憐な花が咲き誇ってる。
無秩序なようで計算され尽くされた、質素なようで贅を凝らしたそんな庭。
離宮への回廊を挟んだ向こう側、そこは第一王子殿下の庭だ。
華々しく咲き乱れる大輪の花たち、風に揺れているのはラナンキュラスだろうか。
「参られるまでお待ちくださいませ」
白いクロスのかかった丸いテーブル、その席に座して待つ。
膝の上で揃えた指先は爪の先まで手入れが成されていて、それをじっと見て待つ。
濃い金髪に王族だけに許された紫瞳をもつ第二王子殿下、初めての顔合わせは齢十二の時、同じ歳なのに背丈の高い彼がすごく大人びて見えた。
「リディアル、仲良くしようね」
「はい」
大人びている彼が笑った顔は無邪気で無垢でまるで幼子のようで、この時にいっぺんに恋に落ちたのだ。
剣の稽古に懸命でいずれこの国の王となる兄を、この国を護る為に将来は騎士になると言っていた。
彼の為ならばどんなことでも耐えられた。
王城での厳しい礼儀作法も、臣籍降下した際に賜る領地の勉強もそれを経営する手腕も、なにもかもが殿下の支えになると思えば苦ではなかった。
リディと愛称で呼ぶ声が、殿下の瞳に映る自分が、なにもかもが好きだった。
その隣に立てるはずもないのに。
「リディ」
呼ばれた声にふっと意識が浮上する。
立ち上がり、目を伏せて礼をとる。
「殿下におかれましては本日もご機嫌麗しくお目にかかれたこと至極光栄にございます」
リディアルの伏せた視線の先に見えるのは磨かれた靴の爪先だけだ。
「リディ、お茶にしよう」
「はい」
座る殿下の向こう側、華美な庭に咲き誇る鮮やかなラナンキュラスを見ながら話を聞き時に相槌を打つ。
頬を撫でる風は優しく、茶は甘く添えられたショコラは苦い。
「教師が褒めていたよ、リディは優秀だと」
「はい。ますます精進して参ります」
「そうではない。根を詰めてはいないかい?」
「そんなことはありません」
リディアルはそっと微笑みかける、微かに揺らぐ薄桃のラナンキュラスに向かって。
「リディ、どこを見ている?」
「私は殿下しか見ておりません」
「何度言っても名を呼んではくれないのだな」
「今の私は一臣下にすぎませんので」
そうか、と言う彼がどんな表情をしているのかわからない。
伏せた目線の先にあるのは美しい白磁の茶器だから。
一度目の時、フレデリックと呼んでと言われ舞い上がりフレデリック様と呼んでいた。
そして、忌々しげに名を呼ぶなと後に言われるのだ。
「じきに学院へ入学するが」
「はい」
「共に学べることを楽しみにしている」
「はい」
私もです、と笑んだ目は殿下を見ているように見えただろうか。
その日の茶会はそれまでで、リディアルは去って行く第二王子殿下が見えなくなるまでその背中を見つめていた。
どうして繰り返すのだろう。
どんなに悲惨な末路を、どんなに無慈悲な死を迎えても舞い戻ると殿下に恋をしている。
心の中にあるのは殿下だけ、好きで好きでたまらない御方。
それは定められた運命のように、抗えない宿命のように愛しいのは殿下ただお一人。
それが醜悪なものになると知っているのになおも止められない殿下への恋心。
殿下の為ならばどんなことでも耐えられた、たったそれだけのこと。
たったそれだけのことに疲れてしまったのだ。
殿下の為だけに生きていくことに。
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ハル、貴方が戻られるのをお待ちしています。
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