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第一幕 ゲームスタート
2 託宣
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誰でもそうだと思うけど、うち――塚森キミカは真夜中に突然、叩き起こされるのが嫌いだ。特に髪の毛を思いっきり引っぱられて起こされると最悪の気分になる。
「痛い痛い! ちょっと止めてや! ……分かったって! 起きるから!」
ちょっと枯れた声で文句を言いながら、だるく重たい上半身を起こす。
片手で顔をぬぐい、何とかうちが目を見開くと案の定、うちのベッドのかたわらにたたずんでいたのは小さな子供――多分、男の子――だった。
年齢は小学校の低学年ぐらい。女性も羨むような長い黒髪の上に奇妙なオブジェが施された金細工の冠を乗せ、純白の衣と袴で身を包んでいる。
呪文のような赤い文字がビッシリと書き込まれた布を頭に巻き、それで右目を覆っている。
その稚児のような姿は蛍の光のように静かに明滅し、身体の向こうが透けて見えていた。
うちが初めてこの子と出会ったのは六年前のこと。
稚児はその頃と寸分違わない姿をしていた。
「やっぱり、あんたか。いくら神様でも女の子の部屋にいきなり出現せんといて欲しいわ……」
そう言って少し待つが、反応はない。
黙ったまま、稚児はうちを凝視していた。
大きくてつぶらな、キラキラとよく光る綺麗な瞳で。
それが逆に居心地が悪くて、うちは言葉を続ける。
「……それで何の用? 悪いけど、明日は日曜日で――、うち、ユカリ達と夢ノ宮まで遊びに行く約束してんねんけど?」
と、出しぬけに稚児がうちに何かを手渡して来る。
反射的にうちが受け取ったそれはヌイグルミだった。
手のひらサイズのウサギのヌイグルミ。ピンク色の派手な毛並みには見覚えがあった。確か、国民的人気を誇る某テーマパークのマスコットキャラクターだ。世の女の子達からの人気が高く、入手するのはなかなか困難だと聞いている。
だけど、それがうちへのプレゼントというわけではなさそうだ。
なぜなら、そのヌイグルミの右半身は黒く焼き焦げていたから。
「な、何これ……?」
思わず顔がひきつった。
「真夜中にこんなエグいもん、見せんといてぇや!」
「――全くもって仰る通りでございます。ご就寝のところ、このような見苦しい姿をお見せしてしまいお詫びのしようがございません」
聞き慣れない声がした。落ち着きのある、年配女性と思しき声。
その声を発したのはヌイグルミだった。よく見ると崩れかけた頭部が微かに動いている。
あ、これって夢の中なんやとうちは納得する。
夢の中ならウサギのヌイグルミが女の人の声で喋ったとしても不思議じゃない。
「お嬢さん」
また、ウサギのヌイグルミが言った。
「不躾で大変申し訳ないのですが、助けてはいただけませんでしょうか? 実はわたくしの主人が――」
そこでヌイグルミの言葉が途切れた。
頭をガックリと項垂れさせ、そのまま動かなくなる。
エネルギー切れ……。うちの脳裏をよぎったのはそんな言葉だった。
そう的外れでもないかも知れない。 あちら側の人達からうちらに接触したり、何かを伝えるためには莫大なエネルギーが必要だってお父さんも言ってたし……。
だけど、これでは肝心なことが聞けないままだ。
助け舟を求めるつもりでうちは稚児を見る。
チッ、と微かな音が聞こえた。
「いや、チッて……。あんた、今――」
舌打ちしたやろ、と言いかけた時だった。
ぐわぁん、ぐわぁんと。
真っ暗な部屋が重々しい音を立てて回転を始める。
まるで巨大なメリーゴーランドのように部屋全体が。
それは次第に速度を上げてゆき――、うちは振り落とされないよう、ベッドの縁にしっかりとしがみつかなければならなかった。
ぎゃああ、と悲鳴をあげながらも、うちの胸の内に込み上げてくるのは怒りだった。
なんで、こんな目に遭うん?
うち、何か神様を怒らせるようなことした?
お父さんがいない間だって、毎日、朝夕のお参りとお供え物、欠かしたことないやん?
と、その時だった。
混乱し、悲鳴をあげ続けるうちをただ静かに眺めていた稚児がスッと片手で天井を指し示し、一言、こう告げる。
「――見よ」
それと同時、プロジェクターで投影されたかのような、ノイズ交じりの画質の悪い映像が天井全体を覆った。
最初に映し出されたのは、大きな建物。ヨーロッパのおとぎ話に登場する城のような外観。
それから映像は暗く荒廃した長い廊下へと切り替わり、やがて、鮮血のように赤く滲む夕空を見渡すことのできる屋上に辿り着く。
カメラはそのまま、半ば朽ちかけたフェンスを乗り越え、そして――落ちた。頭から。
その瞬間、凄まじい音が響き渡るのをうちは聞いた。
その音にうちは覚えがある。
人間が、高所から叩きつけられ――ただの肉へと変わる音。
そこでうちは目を覚ましていた。
布団の中、全身冷や汗でビッショリになって。
何事もなかったように部屋は静かだった。
ベッドの足元では、またいつものようにマルチーズのココロがいつの間にか潜り込んで来ていて、身体を丸め、スース―小さな寝息を立てている。
と、机の上でデジタル時計が起床時間を告げるBGMを奏で始めた。
横眼で見てみると、窓を覆うカーテンの隙間から明るい陽射しが漏れていた。
数分の間、あるいはそれより長く――身動き一つ取れないまま、うちはベッドの上に横たわっていた。
だけど、ようやく心が決まり、枕元に置いたスマホを手に取る。大きなため息を一つつき、うちは声で読み上げながらメッセージを書き始めた。
「――ごめん、ユカリ。今日、みんなで映画観に行く約束やったけど用事ができてしもうた……」
「痛い痛い! ちょっと止めてや! ……分かったって! 起きるから!」
ちょっと枯れた声で文句を言いながら、だるく重たい上半身を起こす。
片手で顔をぬぐい、何とかうちが目を見開くと案の定、うちのベッドのかたわらにたたずんでいたのは小さな子供――多分、男の子――だった。
年齢は小学校の低学年ぐらい。女性も羨むような長い黒髪の上に奇妙なオブジェが施された金細工の冠を乗せ、純白の衣と袴で身を包んでいる。
呪文のような赤い文字がビッシリと書き込まれた布を頭に巻き、それで右目を覆っている。
その稚児のような姿は蛍の光のように静かに明滅し、身体の向こうが透けて見えていた。
うちが初めてこの子と出会ったのは六年前のこと。
稚児はその頃と寸分違わない姿をしていた。
「やっぱり、あんたか。いくら神様でも女の子の部屋にいきなり出現せんといて欲しいわ……」
そう言って少し待つが、反応はない。
黙ったまま、稚児はうちを凝視していた。
大きくてつぶらな、キラキラとよく光る綺麗な瞳で。
それが逆に居心地が悪くて、うちは言葉を続ける。
「……それで何の用? 悪いけど、明日は日曜日で――、うち、ユカリ達と夢ノ宮まで遊びに行く約束してんねんけど?」
と、出しぬけに稚児がうちに何かを手渡して来る。
反射的にうちが受け取ったそれはヌイグルミだった。
手のひらサイズのウサギのヌイグルミ。ピンク色の派手な毛並みには見覚えがあった。確か、国民的人気を誇る某テーマパークのマスコットキャラクターだ。世の女の子達からの人気が高く、入手するのはなかなか困難だと聞いている。
だけど、それがうちへのプレゼントというわけではなさそうだ。
なぜなら、そのヌイグルミの右半身は黒く焼き焦げていたから。
「な、何これ……?」
思わず顔がひきつった。
「真夜中にこんなエグいもん、見せんといてぇや!」
「――全くもって仰る通りでございます。ご就寝のところ、このような見苦しい姿をお見せしてしまいお詫びのしようがございません」
聞き慣れない声がした。落ち着きのある、年配女性と思しき声。
その声を発したのはヌイグルミだった。よく見ると崩れかけた頭部が微かに動いている。
あ、これって夢の中なんやとうちは納得する。
夢の中ならウサギのヌイグルミが女の人の声で喋ったとしても不思議じゃない。
「お嬢さん」
また、ウサギのヌイグルミが言った。
「不躾で大変申し訳ないのですが、助けてはいただけませんでしょうか? 実はわたくしの主人が――」
そこでヌイグルミの言葉が途切れた。
頭をガックリと項垂れさせ、そのまま動かなくなる。
エネルギー切れ……。うちの脳裏をよぎったのはそんな言葉だった。
そう的外れでもないかも知れない。 あちら側の人達からうちらに接触したり、何かを伝えるためには莫大なエネルギーが必要だってお父さんも言ってたし……。
だけど、これでは肝心なことが聞けないままだ。
助け舟を求めるつもりでうちは稚児を見る。
チッ、と微かな音が聞こえた。
「いや、チッて……。あんた、今――」
舌打ちしたやろ、と言いかけた時だった。
ぐわぁん、ぐわぁんと。
真っ暗な部屋が重々しい音を立てて回転を始める。
まるで巨大なメリーゴーランドのように部屋全体が。
それは次第に速度を上げてゆき――、うちは振り落とされないよう、ベッドの縁にしっかりとしがみつかなければならなかった。
ぎゃああ、と悲鳴をあげながらも、うちの胸の内に込み上げてくるのは怒りだった。
なんで、こんな目に遭うん?
うち、何か神様を怒らせるようなことした?
お父さんがいない間だって、毎日、朝夕のお参りとお供え物、欠かしたことないやん?
と、その時だった。
混乱し、悲鳴をあげ続けるうちをただ静かに眺めていた稚児がスッと片手で天井を指し示し、一言、こう告げる。
「――見よ」
それと同時、プロジェクターで投影されたかのような、ノイズ交じりの画質の悪い映像が天井全体を覆った。
最初に映し出されたのは、大きな建物。ヨーロッパのおとぎ話に登場する城のような外観。
それから映像は暗く荒廃した長い廊下へと切り替わり、やがて、鮮血のように赤く滲む夕空を見渡すことのできる屋上に辿り着く。
カメラはそのまま、半ば朽ちかけたフェンスを乗り越え、そして――落ちた。頭から。
その瞬間、凄まじい音が響き渡るのをうちは聞いた。
その音にうちは覚えがある。
人間が、高所から叩きつけられ――ただの肉へと変わる音。
そこでうちは目を覚ましていた。
布団の中、全身冷や汗でビッショリになって。
何事もなかったように部屋は静かだった。
ベッドの足元では、またいつものようにマルチーズのココロがいつの間にか潜り込んで来ていて、身体を丸め、スース―小さな寝息を立てている。
と、机の上でデジタル時計が起床時間を告げるBGMを奏で始めた。
横眼で見てみると、窓を覆うカーテンの隙間から明るい陽射しが漏れていた。
数分の間、あるいはそれより長く――身動き一つ取れないまま、うちはベッドの上に横たわっていた。
だけど、ようやく心が決まり、枕元に置いたスマホを手に取る。大きなため息を一つつき、うちは声で読み上げながらメッセージを書き始めた。
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