王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第4章

魔女のヒモ(5)

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「で、話は僕が子供の時に遡るんだけど……実は僕、小さな時に身よりがなくなって、ひとりぼっちになったんだ。それを助けてくれたのが、エンドの聖魔女、メっちゃんなんだよ。でも、面倒をみるかわりに、将来結婚して欲しいって彼女に頼まれて……そういうわけで、婚約することになって、そのときから今日までずっと一緒にいるんだ」
「そ、そうなんだ、そんなことが……ずっと、って、レオッカがいくつの時から?」
「うーん、4歳……5歳だったかな」
「えっ?! ごっ、5歳って……そんなの、まだ分別のつかない子供じゃない!」
「そうなんだよねえ。あの頃の僕は若すぎて、愛の本質も知らずに気軽に受け入れてしまったんだよ。おいしいケーキ、食べさせてくれたし」
「ケ、ケーキ……そっか、それはあたしでもしちゃうだろうな。5歳じゃね……」

 レオッカは左手の薬指を触った。そこには、銀色の細いシンプルな指輪が輝いている。レオッカの指と指輪の間には若干の隙間があり、彼にはサイズが大きいようにも見えた。

「僕が大人になったとき……この指輪が薬指に入らなくなったとき、結婚するっていう約束になってるんだ。きっと、数年後……もうすぐだよ。日に日に、自分が成長しているのがわかるから。見て、この手。細いけど、骨っぽくてもう男のそれでしょ」

 言われてみれば、その通りだった。華奢だと思っていたレオッカの手は、関節や手首がややごつごつしていて男性的だ。あたしの小さな手と並べて見比べると、なおさらよくわかる。
 十四歳という彼の年齢を考えれば、これからもっと男性らしく成長することだろう。

 ドナさんが大きくため息を吐いた。

「この子は魔女に助けられて以来、エンド区はおろか、魔女の家の敷地内から一歩も出たことがないんだよ。魔女は一日のほとんどの時間、レオッカをそばで見張ってるんだ。家のなかで見張られて一生を過ごすなんて、こんなひどいことがあるかね。わたしなら気が狂っちまうよ!」
「そんな生活を?! 確かに、それはひどいですね」

 レオッカがどんなに窮屈な生活をしてきたのか、言葉だけでは計り知れない。
 けれど、見張られているのがもし自分だったら……想像してみれば、少しはその辛さがわかる気がした。
 お手製のエミルドさん人形を相手に会話をしているのも、一緒に寝ているのも、写真に唇を押し付けているのも、その他いろいろをすべてが見られて……は、恥ずかしすぎる……! それに、外に出られないなら、エミルドさんに出会うこともできなかったはず。そ、そんなの有り得ないよ!

「まあ、見張られてるっていっても、僕が好き勝手に生活してるのを……主に調合してるのを、メっちゃんが見てるだけなんだけどね。あの家は薬品がいっぱいあって使い放題だし、僕はそこまで苦ではないよ」 
「そ、そうなの……? ねえ、でも待って。メイラールドさんって、聖の属性でしょ? なんで聖魔女が、ひとりの区民を縛り付けるようなことをするの? 聖魔女は、優しい良い魔女だって……魔法を皆のために使うような区民の味方だって、学校ではそう習ったのに」

 ドナさんが深く頷いた。

「そうさ。わたしの若い頃は、メイラールドはよく街に出てきてね、魔法で区民の手助けをしてくれたよ。わたしがここに住むようになったのも、メイラールドが場所を提供してくれたからなんだ。木の育ちにくいエンドの地に生まれてしまったわたしのために、わざわざブリザードの吹かない土地を創り出して、植樹してくれてね……昔は本当に優しい魔女だったのに、結局欲にかられちまったのさ。わたしもショックだったよ」
「よ、欲……?」

 レオッカが頷く。

「メッちゃん本人から聞いた話だけど、ある時突然、他人のために魔法を使うのが嫌になったらしいよ。理由はね、魔女という立場の自分が誰からも恋愛対象として見られてないって気付いたからなんだって。魔法使いや魔女って、元々恋人とか結婚とかそういう概念はないらしいけど、長い間ひとと一緒に過ごしてきたから、影響を受けちゃったみたいだね。自分は誰からも愛されない。そう感じて以来、ふさぎ込んで、それまで親交のあったエンド区の住民とも関係を持つことをやめて家に引きこもってたんだ。で、そこに都合よく現れたのが僕ってわけ。はるかに歳の離れた僕と婚約するのには相当な葛藤もあったけど、結婚適齢期を過ぎた女のなりふり構ってられない焦りが道徳心に勝ってしまったって、メっちゃん本人が言ってたよ」
「へ、へえ……守護者のかたにも、そんな事情が……」

 レオッカの瞳が、ふいに憂いを帯びる。

「それに……メッちゃんは僕を助けるのに魔魂マギーゼーレを使い切っちゃったんだって」
「魔魂……? 魔魂って、魔法使いが持ってるっていう……アレ?」
「うん。魔女や魔法使いが持っている魔力の源ね。人間や神族、獣人は、ひととしての魂を持っているでしょ? 魔女や魔法使いは、ひととしての魂に加えて、魔魂を持っているんだ。魔魂は魔術を使うたびに少しずつ小さくなっていって、魔魂を使い切った魔女や魔法使いはただの『ひと』になる。そしてひととしての寿命をまっとうしたのち、死に至るんだよ。今のメッちゃんはもう魔魂がないから魔法も使えなくて、ひとと同じなんだって」
「そうだったんだ……じゃあ、さっきの門やドア……あ! あと、この土地を守ってるのは、昔かけた魔法が残ってるってこと?」
「そ。んふふ、マトリは理解力があるね。話しやすくて嬉しいよ」
「エへへ……実は魔法には興味があって……でも、レオッカを助ける為って、なにがあったの?」
「うーん、正直僕はよく覚えてないんだけど、とにかく日々いろいろあったみたい。子供を養うのって、毎日魔法を使ってなんとかしたくなっちゃうくらい大変らしいよ」
「そ、そっか……確かに、そうかも……命の責任者になるってことでもあるもんね」

 なんとなく、あたしの中にメイラールドさんへの同情心が芽生える。それを吹き飛ばすように、ドナさんが勢いよく鼻から息を抜いた。

「はん! どんな理由があるにせよ、助けた子供に見返りを求めるなんて聖魔女の風上にも置けないよ! いくら面倒をみてもらったとはいえ、レオッカはこれ以上あの魔女の言いなりになることはないさ。これまでずっと一緒にいてやったんだから、もう十分じゃないか。いい加減、我慢するのはおよし。あんたが自由になったって、誰も責めやしないよ」
「ありがとう、ドナさん。まあでも……だからって僕が罪を犯していい理由にはならないよね」

 レオッカは肩をすくめると、あたしの目を見た。

「マトリ、正直に言うよ。きみが通行証を持っていると聞いたとき、行動にこそ起こさなかったけど、僕も奪ってしまいたい衝動にかられたんだ。メッちゃんとの結婚がどうとかじゃなくて、僕は5歳のときからずっと……自分と外の世界とが混ざり合うことを夢見てきたから」

 あたしはわずかに視線を落とした。いや、背けた、と言うべきか。

 夢を語るにしては、あまりにも力ない笑みを浮かべるレオッカに胸が詰まったのだ。
 あたしがこうして仕事で旅をしていることも、レオッカから見れば叶わない夢の話。

「運命なんじゃない?」というレオッカの言葉が、今頃重く響いてくる。

 レオッカは席を立ち、あたしに頭を下げた。

「僕のことは、どうしてくれたっていい。警察に連れて行っても、メっちゃんに言い付けてもいいよ。だけど、ドナさんのことは許してください。お願いします」

 その潔さに、面食らう。これまでの彼がひょうひょうとしていた分、今の姿とのギャップの大きい。そこに、真剣さが現れている気がした。
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