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第4章
魔女のヒモ(6)
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「レ、レオッカ、もう頭を上げて。事情も分かったし、通行証のことはもういいから。そのかわり……ひとつだけ聞かせて。レオッカは、人間にも魔法は使えると思う?」
「え……? それに答えることが、僕の罰になるの?」
「罰……とかそういうわけじゃなくて……でも、どうしても聞きたいの」
「ふうん……そっちにもなんか事情があるってこと?」
あたしの答えを待たずに、レオッカはにやりと笑う。
「んふふっ、マトリは素直だね。顔に思いっきり『そうです』書いてあるよ。えっと……なんだっけ。人間が魔法を……魔法が使える人間……? オッケー、ちょっと待ってて」
レオッカはコートの中から紙とペンを取り出すと、机に向かって一心不乱に何かを書きはじめた。
「えー、まず人間と魔法使いを調合すれば魔法使いになる。これを基本に作るよ。人間プラス魔法使いイコール、魔法使い。イコール、人間は魔法使いに打ち消される。混ぜちゃダメ。とりあえず、人間をベースとする。人間と魔草、人間と魔薬……ダメ、弱い。じゃあ人間と……魔獣でどう? 魔獣は魔法は使えないけど、人間と交われば科学反応で……いや、ないないない。それなら魔獣から魔だけ抽出。だったら、むしろ魔法使いから魔法を抽出。魔法……魔……魔魂? 魔魂だ! ああん、なんでもっと早く思いつかなかったの僕のうっかり屋さん! 人間×魔魂。ああダメだ、人間には魔魂の入れ物がない。じゃ、人間に器を作る。いや、体内にスペースを作る……それか、魔魂を乾燥させて粉末に。水溶、点滴。人間が1、乾燥魔魂大さじ55ないし60を溶かした水2000リットル、おまけに魔含石の粉末を小さじ1、中和剤としてアルディゾン液を10000……いや、1500! これで、どう!」
ペン先が、机を激しく叩いた。
レオッカは息を切らしながら頭を上げ、あたしに紙を差し出す。その瞳は輝いている。
「おまたせ。これが、魔法を使える人間の調合レシピだよ。材料がないから今は調合できないけど、我ながら上出来だと思うな」
「え……っと……つまり……レオッカは、人間にも魔法は使えると思うってこと?」
ぽかんとするあたしに、レオッカが満ち足りた笑みを向ける。そして、
「マトリ。頭で考えるより、まず混ぜてごらん。そこからだよ」
輝く瞳が、ウインクを放った。
――きゅぅぅぅん……っ!
あたしの身体は綿毛のように軽く浮き上がり、ぱったりとテーブルに倒れ込む。
う、嘘でしょ?! この子、今ウインクしたんですけど!
昔のアイドルでもないのに、会話の最後に臆さず照れもせずウインクを決められるなんて! 信じられない、なかなかいないでしょこのテイスト。そんなことをごく自然にあたしにやってのけたのは、あたしの知ってる実在の人物の中ではただひとり。
あの時のエミルドさんだけ……!
はじめて会ったあの日の、あのウインク。あれから、あたしのエミルドさん愛が芽生えたの!
はあ、レオッカのおかげで、エミルドさんとの思い出が鮮明に甦っちゃった。
質問の答えはよく分からなかったけど、もう満足。
あたしはレオッカを、エミルドさんっぽさを持つ人物だと認定しますっ!
「しっかりして、マトリ。でも、分かるよ。調合の素晴らしさに感動して、思わず倒れ込みたくなる気持ち」
レオッカはくすりと笑い、あたしの腕を掴んで身体を起こしてくれた。
「あ、ありがとう……ねえ、レオッカ。あたしと一緒にミグハルド城にきてくれない? 王子様候補として、あなたをスカウトしたいの」
「え……」
「あなたは豊かな薬学の知識だけじゃなくて、潔さも忍耐強さも持ってるわ。きっとあなたなら、国民の気持ちがわかる王様になってくれると思うの」
「ありがと。活動区域がエンド区限定の王子様の募集があったらぜひ教えて。応募するから」
「レオッカ、あたしは本気よ。あなたが王子候補になれば、通行証なんてなくてもエンドから出られるわ。あたしが大臣に連絡すれば、すぐに手続きをしてくれる。ナナシもシロクさんも、そうやってエンドに入ったの。あたしは国王様から命を受けてここに来てるって話したでしょ? 国王の使いなのよ」
茶化すようににやついていたレオッカの顔が、一瞬にして強張る。
「レオッカ、行ってきな! 今すぐ行くんだ、今しかないよ!」
ドナさんが突然椅子から立ち上がり、杖をふり回した。
「ド、ドナさん落ちついて下さい。今しかない……って、どういうことですか?」
「メイラールドがこの子から目を放すのは、自室に引きこもってる時だけなんだ。心のバランスを崩しちまってるメイラールドはね、一日に一度は必ず、何かに落ち込んで自室に引きこもるんだよ。レオッカがこの家に来るのは、いつだってそういう時さ。今だって、そうなんだろう? レオッカ」
「う、うん。さっき外が騒がしかったから、僕が庭に様子を見に行って、マトリたちに会って……そこまではメッちゃんも窓から見てたんだけど、自分の姿をみんなに目撃されたのにびっくりしちゃったみたいで、今は多分自分の部屋に……」
「じゃあ、早く行きな! 相手は仮にも魔女だ。魔魂がないとはいえ、もし見つかればどうなるかわからないだろ?!」
ドナさんはレオッカの両腕をつかんで身体をゆすった。レオッカは眉を下げ、困ったような顔で黙っている。なんせ、急なことだ。決めかねるのは、当然かもしれない。でも、事情を知った今、あたしはどうしようもなく、彼の背中を押したいという衝動に駆られた。
「あのぅ、レオッカ……あたしは無理やり連れて行くのは嫌だから、あなたの好きにしていいのよ。でも……夢があるなら、なおさらだと思うの。王子様になればフロンド区に住むことになるし、お休みの日にはきっと旅だってできるわ」
「マトリ……」
意を決したように、レオッカが頷いた。コートから出した紙になにか文字を書き、それを二つ折りにして、ドナさんに差し出す。
「ドナさん……これをメッちゃんに渡してくれる?」
ドナさんは紙を受け取ると、レオッカと抱擁を交わした。きつく閉じられたその眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「気をつけて行くんだよ。落ち着いたら手紙でもおくれ」
「うん。ありがとう。ドナさんも元気でね」
スカウト旅に出てから、別れを目にするのはこれで三度目だ。
三者三様、形は違うものの、そこに惜別の思いがあることは共通している。
あたしが別れをもたらしてしまったことを、申し訳なくも思いつつ。
身近な存在に愛される人物なら、きっと国民にも愛される王子様になってくれるはずだと、密かに確信をする。
四人でメイラールドさんの家の敷地を出ると、相変わらずブリザードが吹き荒れていた。
「え……? それに答えることが、僕の罰になるの?」
「罰……とかそういうわけじゃなくて……でも、どうしても聞きたいの」
「ふうん……そっちにもなんか事情があるってこと?」
あたしの答えを待たずに、レオッカはにやりと笑う。
「んふふっ、マトリは素直だね。顔に思いっきり『そうです』書いてあるよ。えっと……なんだっけ。人間が魔法を……魔法が使える人間……? オッケー、ちょっと待ってて」
レオッカはコートの中から紙とペンを取り出すと、机に向かって一心不乱に何かを書きはじめた。
「えー、まず人間と魔法使いを調合すれば魔法使いになる。これを基本に作るよ。人間プラス魔法使いイコール、魔法使い。イコール、人間は魔法使いに打ち消される。混ぜちゃダメ。とりあえず、人間をベースとする。人間と魔草、人間と魔薬……ダメ、弱い。じゃあ人間と……魔獣でどう? 魔獣は魔法は使えないけど、人間と交われば科学反応で……いや、ないないない。それなら魔獣から魔だけ抽出。だったら、むしろ魔法使いから魔法を抽出。魔法……魔……魔魂? 魔魂だ! ああん、なんでもっと早く思いつかなかったの僕のうっかり屋さん! 人間×魔魂。ああダメだ、人間には魔魂の入れ物がない。じゃ、人間に器を作る。いや、体内にスペースを作る……それか、魔魂を乾燥させて粉末に。水溶、点滴。人間が1、乾燥魔魂大さじ55ないし60を溶かした水2000リットル、おまけに魔含石の粉末を小さじ1、中和剤としてアルディゾン液を10000……いや、1500! これで、どう!」
ペン先が、机を激しく叩いた。
レオッカは息を切らしながら頭を上げ、あたしに紙を差し出す。その瞳は輝いている。
「おまたせ。これが、魔法を使える人間の調合レシピだよ。材料がないから今は調合できないけど、我ながら上出来だと思うな」
「え……っと……つまり……レオッカは、人間にも魔法は使えると思うってこと?」
ぽかんとするあたしに、レオッカが満ち足りた笑みを向ける。そして、
「マトリ。頭で考えるより、まず混ぜてごらん。そこからだよ」
輝く瞳が、ウインクを放った。
――きゅぅぅぅん……っ!
あたしの身体は綿毛のように軽く浮き上がり、ぱったりとテーブルに倒れ込む。
う、嘘でしょ?! この子、今ウインクしたんですけど!
昔のアイドルでもないのに、会話の最後に臆さず照れもせずウインクを決められるなんて! 信じられない、なかなかいないでしょこのテイスト。そんなことをごく自然にあたしにやってのけたのは、あたしの知ってる実在の人物の中ではただひとり。
あの時のエミルドさんだけ……!
はじめて会ったあの日の、あのウインク。あれから、あたしのエミルドさん愛が芽生えたの!
はあ、レオッカのおかげで、エミルドさんとの思い出が鮮明に甦っちゃった。
質問の答えはよく分からなかったけど、もう満足。
あたしはレオッカを、エミルドさんっぽさを持つ人物だと認定しますっ!
「しっかりして、マトリ。でも、分かるよ。調合の素晴らしさに感動して、思わず倒れ込みたくなる気持ち」
レオッカはくすりと笑い、あたしの腕を掴んで身体を起こしてくれた。
「あ、ありがとう……ねえ、レオッカ。あたしと一緒にミグハルド城にきてくれない? 王子様候補として、あなたをスカウトしたいの」
「え……」
「あなたは豊かな薬学の知識だけじゃなくて、潔さも忍耐強さも持ってるわ。きっとあなたなら、国民の気持ちがわかる王様になってくれると思うの」
「ありがと。活動区域がエンド区限定の王子様の募集があったらぜひ教えて。応募するから」
「レオッカ、あたしは本気よ。あなたが王子候補になれば、通行証なんてなくてもエンドから出られるわ。あたしが大臣に連絡すれば、すぐに手続きをしてくれる。ナナシもシロクさんも、そうやってエンドに入ったの。あたしは国王様から命を受けてここに来てるって話したでしょ? 国王の使いなのよ」
茶化すようににやついていたレオッカの顔が、一瞬にして強張る。
「レオッカ、行ってきな! 今すぐ行くんだ、今しかないよ!」
ドナさんが突然椅子から立ち上がり、杖をふり回した。
「ド、ドナさん落ちついて下さい。今しかない……って、どういうことですか?」
「メイラールドがこの子から目を放すのは、自室に引きこもってる時だけなんだ。心のバランスを崩しちまってるメイラールドはね、一日に一度は必ず、何かに落ち込んで自室に引きこもるんだよ。レオッカがこの家に来るのは、いつだってそういう時さ。今だって、そうなんだろう? レオッカ」
「う、うん。さっき外が騒がしかったから、僕が庭に様子を見に行って、マトリたちに会って……そこまではメッちゃんも窓から見てたんだけど、自分の姿をみんなに目撃されたのにびっくりしちゃったみたいで、今は多分自分の部屋に……」
「じゃあ、早く行きな! 相手は仮にも魔女だ。魔魂がないとはいえ、もし見つかればどうなるかわからないだろ?!」
ドナさんはレオッカの両腕をつかんで身体をゆすった。レオッカは眉を下げ、困ったような顔で黙っている。なんせ、急なことだ。決めかねるのは、当然かもしれない。でも、事情を知った今、あたしはどうしようもなく、彼の背中を押したいという衝動に駆られた。
「あのぅ、レオッカ……あたしは無理やり連れて行くのは嫌だから、あなたの好きにしていいのよ。でも……夢があるなら、なおさらだと思うの。王子様になればフロンド区に住むことになるし、お休みの日にはきっと旅だってできるわ」
「マトリ……」
意を決したように、レオッカが頷いた。コートから出した紙になにか文字を書き、それを二つ折りにして、ドナさんに差し出す。
「ドナさん……これをメッちゃんに渡してくれる?」
ドナさんは紙を受け取ると、レオッカと抱擁を交わした。きつく閉じられたその眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「気をつけて行くんだよ。落ち着いたら手紙でもおくれ」
「うん。ありがとう。ドナさんも元気でね」
スカウト旅に出てから、別れを目にするのはこれで三度目だ。
三者三様、形は違うものの、そこに惜別の思いがあることは共通している。
あたしが別れをもたらしてしまったことを、申し訳なくも思いつつ。
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