王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第6章

スカウト係の悲劇(5)

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 反射的、とでもいうのだろうか。あたしはナナシの前に飛び出し、両手を広げていた。考えてしたことじゃない。本能が、そうさせたのだと思う。

「――なにするつもりですか……?! たとえナナシが悪魔女の子供でも、ナナシは悪魔女本人じゃありません。ナナシはナナシですよ!」

 目の前で、鈍く光る矢の切っ先。今さら、足がすくむ。退け、と大臣に言われたけれど、動けない。

 と、こちらに向いていた狙撃手の目が、上に向く。
 その視線をたどると、座っていたはずのナナシの身体が、大きく飛び上がっていた。さっきまで自分を捕らえていた警備隊員の肩を踏み台に、巨大ラジーの上に降り立つ。両腕を天に伸ばし、大あくびだ。

「なっ……! なんで縄がっ……?!」

 大臣は焦りの色を浮かべたものの、すぐに「0170、決行!」と叫んだ。
 今度は、止める間もない。ナナシに向かって、狙撃手が矢を放つ。

 しかし、ナナシが上手だった。大臣が指示を出したのと同じタイミングで、体がすっぽり隠れるほど大きなフライパンを出現させていたのだ。矢はそれに弾かれ、なにも射止めることができずに地に落ちた。

 あたしは心底、ほっとする。
 慌てふためく大人たちをよそに、レオッカは鼻歌を歌いはじめた。さっきまでナナシが座っていたあたりで腰を折り、なにかを拾う仕草を見せる。身体を翻してこちらを向くと、その手には銀色に輝く鋭利な物体が握られていた。

「甘いなあ、警備隊も。後手でもあの魔法は使えるんだから、指を縛っておかなきゃ」
「え……じゃあそれ、まさかナナシが……?!」
「バカのわりには、よくできましたって感じだよね。寝たふりしながら、こっそりナイフを魔法で出して、縄を切ってた、なんてさ」

 対面していたあたしですら、全く気がつかなかった。座っていたナナシの背後には巨大なラジーが鎮座していたため、その一部始終を目撃できる者はいなかったのだ。
 縛ったことで安堵し、うっかり話に夢中になった者たちの負けということである。

 ナナシは指で半円を描き、空中に水の塊をいくつか出現させた。もう、手慣れたものだ。ひとの頭ほどの大きさのそれは、すべてが隊員たちに向かって落下し、ずぶ濡れにさせる。

 続けて、底のない大きな鉄の箱が現れた。ボイドさんを含め、隊員たちみんなを閉じ込める形で、落下する。全員が巨大ラジーの下に群がっていたため、一網打尽だ。
 地面に腰を下ろした箱の中から、ダン、ダン、と鉄板を叩くような音が響く。

「安心しろよ、空気の穴は開けといたから」

 ラジーから飛び降り、ナナシは再び魔法を使った。出てきたのは、天井まで届く螺旋状の白い階段だ。持ち主はそれを駆け上がり、天井に近い段に座って「にやり」とする。
 大臣が真っ赤な顔で、ナナシに向かって声を荒げた。

「いい加減にしないか! 目的はなんだ! どうして小賢しい態度ばかりとる?!」
「何怒ってんだよ、オレを殺そうとしたくせに」
「人聞きの悪いことを言うな! あれは弓式の麻酔弾、眠らせるだけだ!」
「バーカ! 自分の作戦ばらしてどーすんの?」

 いたずらっ子はメイドイン魔法のパンケーキを頬張りながら、けらけら笑っている。
 よほど悔しいのか、大臣は右足で思い切り地面を踏みつけた。
 あたしは慌てて、螺旋階段の頂上にいるナナシの真下に急ぐ。

「……ナナシ、聞いて! 魔法を使えるようになって浮かれる気持ちはわかるけど、力をそんなふうに使っちゃダメよ!」
「マトリ……」

 ナナシはパンケーキを貪る手を止め、きょとんとした顔であたしを見下ろした。幼さの残るその表情は、出会った頃と同じものに見える。

「思い出して! あなたはこんなことをする為に、レフドのご両親と離れてここに来たわけじゃないでしょ?!」

 口いっぱいに入っていたパンケーキを、ナナシはごくんと飲み込んだ。数秒、目線を天に泳がせ、ふう、と大きく息を吐く。

「……あ、そっか。オレ王子になりに来たんだ。そんで、王様になるんだっけ?」
「そうよ! そうなったら、レフドのおばあさんもうれしいって言ってたでしょ? だから、もう悪戯みたいなことはやめて!」

 ナナシは勢いよく立ち上がると、駆け足で階段を降りてくる。
 よかった、思いが通じた――……!

 淡い期待を抱いたのもつかの間、彼は最後の一段で足を止め、右の人差し指を立てた。半円を描いた次の瞬間。現れたのは、長距離運搬用のトラック級に大きな農耕車だ。
 狭い白の地の半分――あたしたちがいる場所とは反対側が、車で埋まる。

「ああああああ危ない! アアアアアアアーチがっ、アーチがぁっ……!」

 アーチに接触するすれすれに出現した巨大車に、大臣は大口を開けて狼狽える。
 混乱に身を隠し、ナナシは車に乗り込んだ。上唇をぺろりと舐め、あたしに視線を送る。

「待ってろ、マトリ。今すぐ、オレが王様になってやるよ」

 ナナシは素早く発車させ、壁に向かって突進した。けたたましい衝突音が響く。しかし、僅かに煙が立ち、ぱらぱらと小石が散ったものの、壁は壊れない。
 ルルダ様が、後ろによろける。

「そ、外に出ようとしておるのか?! も、もしや……国王を襲いに行くつもりでは……」
「マトリシュマイルズ! なんて余計なことをっ……!」

 自分を責める大臣の声に、言い返せる言葉はなかった。
 あたしとの会話がきっかけで、ナナシは行動を起こした。望郷の念を抱いてほしかったのに、完全に裏目に出た。それは事実なのだ。

 車が後退をはじめる。これが「勢いをつけ、もう一度突進するための過程」だということは、誰の目に見ても明らかだった。

「ボイド! ……は、箱の中か! ちっ」

 大臣は大きく舌打ちをすると、胸元から小型の銃を取り出し、構える。

 ドォォォォンッ……!

 大臣の銃口が火を吹くよりも、壁に穴が開く方が僅かに早かった。

 暗い室内に、突如として眩い光が差し込む。顏をしかめ、目をつぶる。無理やり瞼をこじ開けると、壁には地面から高さ数メートルに渡り、ぽっかりと出口ができていた。

 金髪の王子候補が乗った車は、第二の裏門を破壊してすでに裏庭まで進んでいる。
 進行方向にそびえるのは――我が国の最高権力者が在中する建造物だ。

 再び、轟音が響く。
 音の出どころに目を向けると、鉄の箱がひっくり返っていた。中から、隊員たちが溢れ出てくる。どうやら全員で同じ側面に向かって突進し、箱を押し倒したらしい。

「あの車を追え! ナナシくんの目標は、ミグハルド城本館だ!」

 大臣の命令を受けたボイドさんは、警備隊員を率いて、白の地を飛び出す。
 残ったのは、あたしとレオッカ、ルルダ様、そして大臣の四人だけだった。

 魔法。狙撃。銃。穴の開いた壁。ナナシの行方。

 目の前で起きていることが信じられなくて、あたしは呆然と立ち尽くす。
 エミルドさん……これって現実ですか?
 はっと目が覚めて、実はまだお城に向かう高級車の中でした、なんてオチは……

「情けない……老体のわしには、無事を祈ることしかできんのか……」

 ルルダ様は目を閉じ、体をふるわせた。
 通信機を取り出し、大臣が誰かと小声で会話をしている。彼はこちらに戻ってくると、あたしの腕を強引に掴んだ。そしてそこに、細い幅のバングルのようなものを付ける。

「こ、これ、何をしておる?! それは、発信機ではないのか?」
「ええ、ルルダ様。彼女はナナシくんの共謀者の疑いがあります。後々、裁判になるでしょうから、逃がすわけにはいきません。急場しのぎでこんなものしかありませんが、今、応援も呼びました。間もなく、到着します。レオッカくん、きみも参考人として拘束させてもらう」

 レオッカの腕にも発信機を付けると、大臣は背筋を伸ばした。

「ルルダ様。申し訳ありませんが、応援が来るまで彼女たちの監視をお願いできますか。わたしは所用ができましたので失礼します」

 大臣はあたしの前を通り過ぎようとして、ふと立ち止まる。

「わたしには分かっていたことだが……やはり、きみに王子候補のスカウトを任せたことは、大きな間違いだったようだな」

 凍った瞳でそう吐き捨て、彼は荒れ果てた白の地から去った。

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