毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第二章

実家で攻防(6)

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「よっ……よ、よ……用が済んだの……で、帰り、ます。は、放して……くださいっ」
「……は……? 用が済んだ……って、どういう……今、オレになにしたんだよ……?!」

 号泣女子の顔が歪む。目尻にたたえた涙が、今にも零れそうにふるえている。

「うっ……うっ、うぅぅっ、け、検っ、検査っ……綿棒で、こすった、だけっ……」
「検査……?! 検査って……今のが? 綿棒ごときで……なんの検査をっ」
「い、いい遺伝子っ……」
「い、遺伝子……?! オレの……? そんなもん……調べて、どうすんだ」
「さ……さ、昨日、申し上げた通り……あなたが、あの新薬を必要とする人間かどうか、調べるため、です」

 そんな話、昨日してたか? 確か、条件がある、とは言って気がするけど……

「……てか……勝手に検査されても、困るから。オレ、検査費とか……払いませんから。その……新薬、っていうのも……買いません。はっきり、言います。あんたたちに払う金なんて……一円だって、ねえよ!」
「か、金……? そんなもの、わ、我々は一円も請求しません」
「うそつけよ、詐欺師。新薬とかいう変な薬を売りつけるために……オレにつきまとってるくせに。拉致まで……してさ」

 チャンネルが切り替わるように、彼女の顔付きが急激に変わった。
 澱んでいた瞳に生気が戻る。そして腕をふりかぶり、
「こ……この、勘違い男……!」
 と叫んで、オレの頬及び首のあたりを手のひらで打った。

 悶えるほど痛かったわけではない。にも関わらず、オレは一番やってはいけないことをしでかした。殴られたこと自体に動揺してしまい、詐欺師の手を離してしまったのだ。

 彼女は素早く立ち上がり、廊下へと続くふすまを開ける。その陰に隠れ、逃げ腰な体勢をとりつつも、柳眉を立てた。

「な……なにも知らないくせに、なんて失礼な……! 社長の作った薬は、変な薬ではありません! あなたを助ける可能性を持った、素晴らしい新薬です!」

 オレはゆっくりと体を起こした。身体の不調はまだ改善していない。寝たままでいたいのはやまやまだけど、収まらない怒りが湧いてくる。
 少しでも顔を上げ、正面を切って言ってやらなければ気がすまない。

「それが……胡散臭いって、言ってんだろ?! 助ける、助けるって、簡単に言いやがって……医者でも治せないのに、いい加減なこと言うな! オレを……弄ぶな! オレは真剣に、この身体をっ……治したいんだよ!」
「わたしだって、真剣にあなたを治したいです!」

 即刻返された思いがけない言葉に、息が詰まる。
 医者が言ってくれたならば、感涙してしまいかねない心強い言葉だった。

 オレは元来、気楽な質だ。真剣だと口説かれれば、信じて飛び付いてしまいたくもなるけれど……
 ただ、相手が詐欺師だからな。そんなわけにもいかないだろ。

 睨み合ったまま、お互い肩で息をする。

「……わたしは、社長の夢を叶えたいのです。彼が苦労して開発した新薬を、誰かの役に立てるという夢を」

 詐欺師の目はまだ赤いものの、顔つきは完全にサイボーグに戻っていた。

「お約束いたします。我々は、新薬を提供するにあたり、そのすべてにかかる費用を一切風音寺さんからはいただきません。また、今後一切、風音寺さんご本人の合意を得られない行為は、いかなることも致しません」
「だ……だからなんだよ。そんなことして……あんたたちに、なんの得があるっていうんだ。それも……どうせ、うそ、なんだろ?」
「我々は真剣です。風音寺さんも真剣だというなら、自分を治せる可能性のある新薬を、頭ごなしに否定するのはあまりに浅はかだと思いませんか。自らチャンスを逃していると気付きませんか。我々の話を聞き、正しい知識を得て、それから決断をなさるのが賢明かと思いますが」

 オレは口をつぐんだ。
 オレの身体を治せる、可能性。
 それを見出すことは、今の自分が切望してやまないものだ。

 でも……だからって、こんなわけのわからん相手を信じるなんて危険すぎるだろうが。

「あなたの、ためです」

 やめろよ、その強い眼。強い言葉。

「あなたの、ためです」

 オレはそんなに強くない。女子にも弱い。つけ込まれる隙なんていくらでもある。
 万が一でも、性懲りもなく、また期待したくなったらどうしてくれる。すがりたくなったらどうしてくれる。

「……それでは、検査の結果が出たのち、またこちらにおうかがいします。結果次第ですが……新薬についての詳しい説明は、その時わが社にてさせていただきますので」
「えっ……?! 待って、オレはまだなにもっ」

 詐欺師ではないと言い張る女性は、ポケットから黒い小さな四角い物を取り出した。

「風音寺さん。本日、ここでの会話はすべて録音させていただきました。婦女暴行未遂、警察、裁判所……みなまで言いませんが、なにが言いたいかはおわかりいただけますよね」

 復活したサイボーグは、薄い笑いを浮かべる。

「あなたが我々の協力者となることを、願っています。くれぐれも、口外はしないで下さいね」

 そう言い残し、わが家から一円玉ひとつ盗むことなく帰っていった。
 横開きの玄関のドアが閉まる音が聞こえ、オレは仰向けで倒れ込む。

 よかった。この家を守れた。よかった。

 よかったけど………………これから、オレはどうすればいいんだ?
 つーか、今度は脅されてない……?!
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