13 / 51
第二章
実家で攻防(6)
しおりを挟む
「よっ……よ、よ……用が済んだの……で、帰り、ます。は、放して……くださいっ」
「……は……? 用が済んだ……って、どういう……今、オレになにしたんだよ……?!」
号泣女子の顔が歪む。目尻にたたえた涙が、今にも零れそうにふるえている。
「うっ……うっ、うぅぅっ、け、検っ、検査っ……綿棒で、こすった、だけっ……」
「検査……?! 検査って……今のが? 綿棒ごときで……なんの検査をっ」
「い、いい遺伝子っ……」
「い、遺伝子……?! オレの……? そんなもん……調べて、どうすんだ」
「さ……さ、昨日、申し上げた通り……あなたが、あの新薬を必要とする人間かどうか、調べるため、です」
そんな話、昨日してたか? 確か、条件がある、とは言って気がするけど……
「……てか……勝手に検査されても、困るから。オレ、検査費とか……払いませんから。その……新薬、っていうのも……買いません。はっきり、言います。あんたたちに払う金なんて……一円だって、ねえよ!」
「か、金……? そんなもの、わ、我々は一円も請求しません」
「うそつけよ、詐欺師。新薬とかいう変な薬を売りつけるために……オレにつきまとってるくせに。拉致まで……してさ」
チャンネルが切り替わるように、彼女の顔付きが急激に変わった。
澱んでいた瞳に生気が戻る。そして腕をふりかぶり、
「こ……この、勘違い男……!」
と叫んで、オレの頬及び首のあたりを手のひらで打った。
悶えるほど痛かったわけではない。にも関わらず、オレは一番やってはいけないことをしでかした。殴られたこと自体に動揺してしまい、詐欺師の手を離してしまったのだ。
彼女は素早く立ち上がり、廊下へと続くふすまを開ける。その陰に隠れ、逃げ腰な体勢をとりつつも、柳眉を立てた。
「な……なにも知らないくせに、なんて失礼な……! 社長の作った薬は、変な薬ではありません! あなたを助ける可能性を持った、素晴らしい新薬です!」
オレはゆっくりと体を起こした。身体の不調はまだ改善していない。寝たままでいたいのはやまやまだけど、収まらない怒りが湧いてくる。
少しでも顔を上げ、正面を切って言ってやらなければ気がすまない。
「それが……胡散臭いって、言ってんだろ?! 助ける、助けるって、簡単に言いやがって……医者でも治せないのに、いい加減なこと言うな! オレを……弄ぶな! オレは真剣に、この身体をっ……治したいんだよ!」
「わたしだって、真剣にあなたを治したいです!」
即刻返された思いがけない言葉に、息が詰まる。
医者が言ってくれたならば、感涙してしまいかねない心強い言葉だった。
オレは元来、気楽な質だ。真剣だと口説かれれば、信じて飛び付いてしまいたくもなるけれど……
ただ、相手が詐欺師だからな。そんなわけにもいかないだろ。
睨み合ったまま、お互い肩で息をする。
「……わたしは、社長の夢を叶えたいのです。彼が苦労して開発した新薬を、誰かの役に立てるという夢を」
詐欺師の目はまだ赤いものの、顔つきは完全にサイボーグに戻っていた。
「お約束いたします。我々は、新薬を提供するにあたり、そのすべてにかかる費用を一切風音寺さんからはいただきません。また、今後一切、風音寺さんご本人の合意を得られない行為は、いかなることも致しません」
「だ……だからなんだよ。そんなことして……あんたたちに、なんの得があるっていうんだ。それも……どうせ、うそ、なんだろ?」
「我々は真剣です。風音寺さんも真剣だというなら、自分を治せる可能性のある新薬を、頭ごなしに否定するのはあまりに浅はかだと思いませんか。自らチャンスを逃していると気付きませんか。我々の話を聞き、正しい知識を得て、それから決断をなさるのが賢明かと思いますが」
オレは口をつぐんだ。
オレの身体を治せる、可能性。
それを見出すことは、今の自分が切望してやまないものだ。
でも……だからって、こんなわけのわからん相手を信じるなんて危険すぎるだろうが。
「あなたの、ためです」
やめろよ、その強い眼。強い言葉。
「あなたの、ためです」
オレはそんなに強くない。女子にも弱い。つけ込まれる隙なんていくらでもある。
万が一でも、性懲りもなく、また期待したくなったらどうしてくれる。すがりたくなったらどうしてくれる。
「……それでは、検査の結果が出たのち、またこちらにおうかがいします。結果次第ですが……新薬についての詳しい説明は、その時わが社にてさせていただきますので」
「えっ……?! 待って、オレはまだなにもっ」
詐欺師ではないと言い張る女性は、ポケットから黒い小さな四角い物を取り出した。
「風音寺さん。本日、ここでの会話はすべて録音させていただきました。婦女暴行未遂、警察、裁判所……みなまで言いませんが、なにが言いたいかはおわかりいただけますよね」
復活したサイボーグは、薄い笑いを浮かべる。
「あなたが我々の協力者となることを、願っています。くれぐれも、口外はしないで下さいね」
そう言い残し、わが家から一円玉ひとつ盗むことなく帰っていった。
横開きの玄関のドアが閉まる音が聞こえ、オレは仰向けで倒れ込む。
よかった。この家を守れた。よかった。
よかったけど………………これから、オレはどうすればいいんだ?
つーか、今度は脅されてない……?!
「……は……? 用が済んだ……って、どういう……今、オレになにしたんだよ……?!」
号泣女子の顔が歪む。目尻にたたえた涙が、今にも零れそうにふるえている。
「うっ……うっ、うぅぅっ、け、検っ、検査っ……綿棒で、こすった、だけっ……」
「検査……?! 検査って……今のが? 綿棒ごときで……なんの検査をっ」
「い、いい遺伝子っ……」
「い、遺伝子……?! オレの……? そんなもん……調べて、どうすんだ」
「さ……さ、昨日、申し上げた通り……あなたが、あの新薬を必要とする人間かどうか、調べるため、です」
そんな話、昨日してたか? 確か、条件がある、とは言って気がするけど……
「……てか……勝手に検査されても、困るから。オレ、検査費とか……払いませんから。その……新薬、っていうのも……買いません。はっきり、言います。あんたたちに払う金なんて……一円だって、ねえよ!」
「か、金……? そんなもの、わ、我々は一円も請求しません」
「うそつけよ、詐欺師。新薬とかいう変な薬を売りつけるために……オレにつきまとってるくせに。拉致まで……してさ」
チャンネルが切り替わるように、彼女の顔付きが急激に変わった。
澱んでいた瞳に生気が戻る。そして腕をふりかぶり、
「こ……この、勘違い男……!」
と叫んで、オレの頬及び首のあたりを手のひらで打った。
悶えるほど痛かったわけではない。にも関わらず、オレは一番やってはいけないことをしでかした。殴られたこと自体に動揺してしまい、詐欺師の手を離してしまったのだ。
彼女は素早く立ち上がり、廊下へと続くふすまを開ける。その陰に隠れ、逃げ腰な体勢をとりつつも、柳眉を立てた。
「な……なにも知らないくせに、なんて失礼な……! 社長の作った薬は、変な薬ではありません! あなたを助ける可能性を持った、素晴らしい新薬です!」
オレはゆっくりと体を起こした。身体の不調はまだ改善していない。寝たままでいたいのはやまやまだけど、収まらない怒りが湧いてくる。
少しでも顔を上げ、正面を切って言ってやらなければ気がすまない。
「それが……胡散臭いって、言ってんだろ?! 助ける、助けるって、簡単に言いやがって……医者でも治せないのに、いい加減なこと言うな! オレを……弄ぶな! オレは真剣に、この身体をっ……治したいんだよ!」
「わたしだって、真剣にあなたを治したいです!」
即刻返された思いがけない言葉に、息が詰まる。
医者が言ってくれたならば、感涙してしまいかねない心強い言葉だった。
オレは元来、気楽な質だ。真剣だと口説かれれば、信じて飛び付いてしまいたくもなるけれど……
ただ、相手が詐欺師だからな。そんなわけにもいかないだろ。
睨み合ったまま、お互い肩で息をする。
「……わたしは、社長の夢を叶えたいのです。彼が苦労して開発した新薬を、誰かの役に立てるという夢を」
詐欺師の目はまだ赤いものの、顔つきは完全にサイボーグに戻っていた。
「お約束いたします。我々は、新薬を提供するにあたり、そのすべてにかかる費用を一切風音寺さんからはいただきません。また、今後一切、風音寺さんご本人の合意を得られない行為は、いかなることも致しません」
「だ……だからなんだよ。そんなことして……あんたたちに、なんの得があるっていうんだ。それも……どうせ、うそ、なんだろ?」
「我々は真剣です。風音寺さんも真剣だというなら、自分を治せる可能性のある新薬を、頭ごなしに否定するのはあまりに浅はかだと思いませんか。自らチャンスを逃していると気付きませんか。我々の話を聞き、正しい知識を得て、それから決断をなさるのが賢明かと思いますが」
オレは口をつぐんだ。
オレの身体を治せる、可能性。
それを見出すことは、今の自分が切望してやまないものだ。
でも……だからって、こんなわけのわからん相手を信じるなんて危険すぎるだろうが。
「あなたの、ためです」
やめろよ、その強い眼。強い言葉。
「あなたの、ためです」
オレはそんなに強くない。女子にも弱い。つけ込まれる隙なんていくらでもある。
万が一でも、性懲りもなく、また期待したくなったらどうしてくれる。すがりたくなったらどうしてくれる。
「……それでは、検査の結果が出たのち、またこちらにおうかがいします。結果次第ですが……新薬についての詳しい説明は、その時わが社にてさせていただきますので」
「えっ……?! 待って、オレはまだなにもっ」
詐欺師ではないと言い張る女性は、ポケットから黒い小さな四角い物を取り出した。
「風音寺さん。本日、ここでの会話はすべて録音させていただきました。婦女暴行未遂、警察、裁判所……みなまで言いませんが、なにが言いたいかはおわかりいただけますよね」
復活したサイボーグは、薄い笑いを浮かべる。
「あなたが我々の協力者となることを、願っています。くれぐれも、口外はしないで下さいね」
そう言い残し、わが家から一円玉ひとつ盗むことなく帰っていった。
横開きの玄関のドアが閉まる音が聞こえ、オレは仰向けで倒れ込む。
よかった。この家を守れた。よかった。
よかったけど………………これから、オレはどうすればいいんだ?
つーか、今度は脅されてない……?!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる