夕餉添えの贄

第六話

　社の中で寝転がって、俺はあの子供が持って来た花を指でくるくると回しながら眺めていた。

（あいつ、一体何だったんだろ。）

　人間なのに見た目が普通じゃない。だけど別にそんな事は如何だって良い。中には明らかに奇形な人間だっているから、見た目のどうこうは俺は気にならない。俺が気になるのはあいつが願った事だ。

「今日も村の皆が健康でありますように。今日も村の皆が平和でありますように。今日も村の皆が幸せでありますように。」

　三つとも自分がじゃなくて村の奴等がって願いだった。
　今まで俺が聞いた願いは全て誰かの不幸を、自分の幸福を望む願いだった。だから他人の為の願いなんて聞いた事が無かった。しかもその願いに嘘偽りが一切なかった。だから正直今相当困惑している。
　また聞こえて来た他人の不幸を願う願いを、俺は首を横に振って無視した。
　外に誰もいない事を確認してから、俺は社を出て散歩する事にした。

　見事なまでの青々とした木の葉を見て、あぁもうすぐ夏なんだなと思いながら森の中を歩いていた。
　途中で近くの川に出ると、俺は川沿いに腰を降ろした。

「はー、眠い。」

　最近酷い願いが多いせいで大分疲れた。
　水を片手で掬って投げたりしていると、後ろから足音が聞こえて振り返った。其処にいたのはあの時の子供だった。

「あ。」
「あ、えっと。」

　困惑した様子の子供を暫く見て気付いたが、最後に見た時と比べて大分成長してる。

（あ、そうか。）

　俺としては数日の感覚だったのに、本当は結構な時間が経ってたんだ。花がまだ枯れて無いのは社の中ってのは大分特殊な空間だったから。だから気付かなかったんだ。
　結構な時間が経ってるって事は、人じゃない存在の俺の事は忘れてるんだろうな。
　俺は立ち上がって帰ろうとした。

「あの時、社の近くにいた人ですよね?」

　その言葉を聞いて俺は驚愕した。だって俺みたいな奴は人間と少し会ってないだけで忘れられるんだ。なのにこいつは俺の事を覚えていた。
　俺が頷くとそいつは少し嬉しそうに笑った。

「やっぱり。不思議な髪の色だったからすぐに分かりました。」

　如何してこいつは俺の事を覚えているのか。そう思って俺は暫くそいつを見た。それで気が付いた事があった。

(魂が欠けてる。）

　魂が欠けてる奴は他の人間と比べて俺等みたいな奴等に少し近い。だからそのせいで俺の事を覚えていたんだと思う。

「お前こんな所で何やってんだ?」
「木の実を採っていたんです、私の御飯ですから。」

　そう言ってそいつは笑った。
　自分の飯を自分で採るのは良いだろうけど、こいつ家族は如何してるんだ?

「それでは私は失礼します。」

　それだけ言ってそいつは足早に帰って行った。確かに足早だったが、それでも何処か重い足取りに、何かあるんだろうなとすぐに分かった。