夕餉添えの贄

第弐拾九話

　此処から逃げる様に俺がどれだけ説得しても氷柱は首を横にしか振らなかった。

「氷柱、頼むから。」
「嫌です。」
「……………………………」

　如何して。
　人間ってのは怖かったら、嫌だったらそれを他人に押し付けて逃げるもんだろうが。如何してそう言う所までお前は夜露と似てるんだ。止めてくれ。今まるで夜露がいる様な気分だ。あの時の過ちを真っ向から突き付けられてる気分だ。

「暁光さん?」
「逃げろよ………………お前は何でそうやって自分一人で抱え込むんだよ…………………如何してそんな所まであいつと似てるんだよ……………………………」

　本当にあの日の様な、そんな気分だ。

「…………………私は、そんなに夜露さんと似てますか?」
「お前、何で夜露を……………………」
「瑞光さんから聞きました。暁光さんの昔の事も、夜露さんが私と見た目がそっくりだって事も。全部。」

　瑞光、あいつ何勝手な事してんだよ。
　あぁそうだ、お前は本当に夜露と似てる、見た目もそうだが自分一人が不幸になれば良いって、そう考える所なんかそっくりだ。

「そんなに似てるなら、如何して私に『夜露』と名付けなかったんですか?」
「え?」
「今でも暁光さんが私の事を夜露さんと重ねているのなら、如何して暁光さんはあの時私に『氷柱』と名付けたんですか?」

　何でって、何でってそりゃ、俺がお前を見た時に真っ先に出て来た名前が『氷柱』だったから。『夜露』とは出て来なかったから。
　だけど何でだ?
　見た目もそっくりなのに、なのに如何して出て来なかった?

「暁光さんは如何して私を逃がそうとしてるんですか。」
「もう嫌だからだ。二回も大切な奴を失う事が、それが何よりも嫌だからだ!!!」

　あの時見たいな思いはもうしたくないから。だから俺は氷柱を逃がしたいんだ。

「…………暁光さんは今私をどっちで見てるんですか?氷柱ですか?夜露さんですか?」
「どっちって、どっちってそりゃ…………………」

　あれ、どっちだ?
　俺は今目の前の奴をどっちだと思って話してる?誰だと思って話してる?いや、何考えてるんだ俺は。目の前にいるのは氷柱だろ。夜露がいる訳が無いんだ。分かってる。そんな事分かってるだろ。

「暁光さん、私は暁光さんが自分で答えを見付けるまで、絶対に首を縦には振りません。それに、私は今から瑞光さんの所に行くんです。」
「お前、何言って…………………」
「瑞光さんと交渉します。私が此処にいる代わりに暁光さんは自由にしてあげてくださいと。」
「馬鹿かお前!!!そんな事したって何の意味も無いだろうが!!!」
「今の暁光さんみたいにウジウジしてるより意味があります!!!」
「!!」

　初めて氷柱が俺に向かって怒鳴った。泣きながら。
　氷柱が牢屋から飛び出して行っても、俺は追い駆ける事が出来なかった。いや、俺に氷柱を追い駆けて止める権利が無い。