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第弐話
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久方ぶりに友人である狼の早瀬と会えたのだが、実に驚いた事があった。
外に連れ出されて私はすぐに早瀬に質問をした。
「早瀬、あの子は一体如何言う事だ。」
(勿論、私の子供の一人よ。)
早瀬には確かに子供がいる。だけどもう既に独り立ちをしているのが殆どだった筈だ。だけど何と言うかその。
「あの子は人間じゃないのか?」
あの姿形に気配、それは間違い無く人間の物だった。
(何年か前に森で拾ったのよ。)
如何して森で、と質問しようとして声が出なかった。そんな質問無意味だ。何故なら私はあの子の姿をしかと見たのだから。漆黒の髪にまるで炭を擦り付けたような黒い肌。明らかにこの国の人間とは思えない風体をしていて、人間達があの子を受け入れる訳が無い。
私は色々な言葉をぶつけたくなったが、それ等全てを飲み込んで、早瀬に冗談を言ってみた。
「だけど、森の中でも相当な人間嫌いの早瀬が、如何して殺さずに我が子として育てているんだい?」
私がそう問い掛けると、早瀬は暫く黙った。
(確かに人間は嫌い、だけどね、生まれて間もない幼子には何の罪も無いの。)
そう言って再び黙った。
そんなに長い時間話していた訳では無いが、あの子が心配になって外に出て来た。相変わらず私に警戒している様子だった。
(恵風、あの子は自分が人間だと思っていないの。このままで良いとは思っていないけれど、今はまだあの子に真実を言う様な事はしないで。)
そう言って早瀬はあの子の所へと歩いて行った。
二人は何かを話すと、あの子は随分と驚いた顔をして、それから早瀬は私を見た。
(暫く私達の家に居なさいな、下手に動き回って人間に見付かってまた怪我をしたくないでしょう。)
成程、確かにほとぼりが冷めるまでは、大人しくしていた方が身の為。いや、この森の生き物達の為だろうか。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
私は再び早瀬の寝床に入ると、あの子はずっと早瀬の後ろに隠れたままだった。うん、警戒と言うか、嫌われているのだろうか。まぁ仕方ない、心の声を聞く限り、この子も相当な人間嫌いだ、人間の姿形をしている私に心を開かないのは、至極当然な事だろう。
「あぁそうだ、なぁ早瀬、この子の名前は何と言うんだい?」
(名前、そう言えば付けていなかったわね。)
それを聞いて私は小さく、え、と声を漏らした。まさか、いやまぁ確かに早瀬はそう言う奴だ。事実、彼女は自分の子供達に名前を付けていなかった。いやまぁ子供達に名前はあったが、それは彼女の夫が付けていた物で、更に言うなら早瀬と言う彼女の名前も、元々は私が付けた物だ。
早瀬はあの子の服を噛んで自分の前に連れ出すと、私はその子の前でしゃがんだ。両手を地面に付け、凄まじい形相で睨んで威嚇してくる。うん、確かに人間らしくはないし、自分が人間とも思っていなさそうだ。
(また名前を考えてくれるの?)
「この森に居る動物達にだって、名前はあるだろう?」
(勿論よ。)
それでも名前に執着が無い早瀬は、いやはや何と言うか、やはり『森の長』と言う大役には打って付けなのかもしれない。
(ほら、今から恵風が貴方の名前を考えてくれるんだから、そう威嚇しない。)
(母さん…………)
その子は酷く不満そうだったが、唸り声を上げるのは止めてくれた。
それにしても凄い姿だなぁ。一見した見た目は先程も言ったが、実に黒い。それに獣の様に一切手入れされていない髪の毛は、随分と統一性の無い方向ばかりを向いている。せめて今手元に櫛があるのなら、私は今すぐにこの子の髪を解かしてあげると言うのに。それにもう少し服らしい服を着せてあげたいところだ。
(貴方、今お節介な事ばかりを考えていたでしょう。)
うん、流石早瀬、私の友人だ。私が考えている事を読心術が無くとも読んでしまうのだから。
だが、そろそろ真剣に名前を考えてあげよう。名前というのは実に大切な物だから。あぁそう言えば今は夏だった。そうだなぁ、夏にちなんだ名前を考えようか。
森の長の子供で、恐らく森の動物達にとってもこの子は特別だろう。そう、特別と言えば何だろうか。
「…………炎陽。」
(炎陽、とは如何言う意味なの?)
「太陽だよ、夏の太陽。空に悠然と浮かぶ命の源。生きとし生ける物達に力を与える存在さ。」
太陽は大切だ。確かに夏の日照りは相当厳しい物かもしれない。だけれど考えてほしい、冬ならば無ければ生き物は皆凍えてしまうだろう。だがそんな事太陽にとっては如何でも良い事だ。唯空にあって、光を放つ存在。私はこの子を見た時、どうにも不思議な事にそう感じたんだ。この子は太陽だと。
(炎陽、そう、女の子に随分と強そうな名前を付けるのね。)
「え!!?」
私は慌ててその子を見た。いやごめん、正直凄い男の子っぽいから、そんな名前付けてしまった。
すぐに取り消そうとしたけど、凄く満足そうなしていた顔をしていた。あ、良いんだ、それで。まぁ本人が気に入ったんならそれで良いか。
「えぇと、取り敢えず、宜しくね炎陽ちゃん。」
そう言うと気安く呼ぶなと怒られた。
それにしても、あんなにも人を嫌っていた早瀬が、如何して人間の女の子を拾ったんだろうか。この子は早瀬にとってとても特殊な何かがあるんだろうか。
兎に角、暫くお世話になろう。
外に連れ出されて私はすぐに早瀬に質問をした。
「早瀬、あの子は一体如何言う事だ。」
(勿論、私の子供の一人よ。)
早瀬には確かに子供がいる。だけどもう既に独り立ちをしているのが殆どだった筈だ。だけど何と言うかその。
「あの子は人間じゃないのか?」
あの姿形に気配、それは間違い無く人間の物だった。
(何年か前に森で拾ったのよ。)
如何して森で、と質問しようとして声が出なかった。そんな質問無意味だ。何故なら私はあの子の姿をしかと見たのだから。漆黒の髪にまるで炭を擦り付けたような黒い肌。明らかにこの国の人間とは思えない風体をしていて、人間達があの子を受け入れる訳が無い。
私は色々な言葉をぶつけたくなったが、それ等全てを飲み込んで、早瀬に冗談を言ってみた。
「だけど、森の中でも相当な人間嫌いの早瀬が、如何して殺さずに我が子として育てているんだい?」
私がそう問い掛けると、早瀬は暫く黙った。
(確かに人間は嫌い、だけどね、生まれて間もない幼子には何の罪も無いの。)
そう言って再び黙った。
そんなに長い時間話していた訳では無いが、あの子が心配になって外に出て来た。相変わらず私に警戒している様子だった。
(恵風、あの子は自分が人間だと思っていないの。このままで良いとは思っていないけれど、今はまだあの子に真実を言う様な事はしないで。)
そう言って早瀬はあの子の所へと歩いて行った。
二人は何かを話すと、あの子は随分と驚いた顔をして、それから早瀬は私を見た。
(暫く私達の家に居なさいな、下手に動き回って人間に見付かってまた怪我をしたくないでしょう。)
成程、確かにほとぼりが冷めるまでは、大人しくしていた方が身の為。いや、この森の生き物達の為だろうか。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
私は再び早瀬の寝床に入ると、あの子はずっと早瀬の後ろに隠れたままだった。うん、警戒と言うか、嫌われているのだろうか。まぁ仕方ない、心の声を聞く限り、この子も相当な人間嫌いだ、人間の姿形をしている私に心を開かないのは、至極当然な事だろう。
「あぁそうだ、なぁ早瀬、この子の名前は何と言うんだい?」
(名前、そう言えば付けていなかったわね。)
それを聞いて私は小さく、え、と声を漏らした。まさか、いやまぁ確かに早瀬はそう言う奴だ。事実、彼女は自分の子供達に名前を付けていなかった。いやまぁ子供達に名前はあったが、それは彼女の夫が付けていた物で、更に言うなら早瀬と言う彼女の名前も、元々は私が付けた物だ。
早瀬はあの子の服を噛んで自分の前に連れ出すと、私はその子の前でしゃがんだ。両手を地面に付け、凄まじい形相で睨んで威嚇してくる。うん、確かに人間らしくはないし、自分が人間とも思っていなさそうだ。
(また名前を考えてくれるの?)
「この森に居る動物達にだって、名前はあるだろう?」
(勿論よ。)
それでも名前に執着が無い早瀬は、いやはや何と言うか、やはり『森の長』と言う大役には打って付けなのかもしれない。
(ほら、今から恵風が貴方の名前を考えてくれるんだから、そう威嚇しない。)
(母さん…………)
その子は酷く不満そうだったが、唸り声を上げるのは止めてくれた。
それにしても凄い姿だなぁ。一見した見た目は先程も言ったが、実に黒い。それに獣の様に一切手入れされていない髪の毛は、随分と統一性の無い方向ばかりを向いている。せめて今手元に櫛があるのなら、私は今すぐにこの子の髪を解かしてあげると言うのに。それにもう少し服らしい服を着せてあげたいところだ。
(貴方、今お節介な事ばかりを考えていたでしょう。)
うん、流石早瀬、私の友人だ。私が考えている事を読心術が無くとも読んでしまうのだから。
だが、そろそろ真剣に名前を考えてあげよう。名前というのは実に大切な物だから。あぁそう言えば今は夏だった。そうだなぁ、夏にちなんだ名前を考えようか。
森の長の子供で、恐らく森の動物達にとってもこの子は特別だろう。そう、特別と言えば何だろうか。
「…………炎陽。」
(炎陽、とは如何言う意味なの?)
「太陽だよ、夏の太陽。空に悠然と浮かぶ命の源。生きとし生ける物達に力を与える存在さ。」
太陽は大切だ。確かに夏の日照りは相当厳しい物かもしれない。だけれど考えてほしい、冬ならば無ければ生き物は皆凍えてしまうだろう。だがそんな事太陽にとっては如何でも良い事だ。唯空にあって、光を放つ存在。私はこの子を見た時、どうにも不思議な事にそう感じたんだ。この子は太陽だと。
(炎陽、そう、女の子に随分と強そうな名前を付けるのね。)
「え!!?」
私は慌ててその子を見た。いやごめん、正直凄い男の子っぽいから、そんな名前付けてしまった。
すぐに取り消そうとしたけど、凄く満足そうなしていた顔をしていた。あ、良いんだ、それで。まぁ本人が気に入ったんならそれで良いか。
「えぇと、取り敢えず、宜しくね炎陽ちゃん。」
そう言うと気安く呼ぶなと怒られた。
それにしても、あんなにも人を嫌っていた早瀬が、如何して人間の女の子を拾ったんだろうか。この子は早瀬にとってとても特殊な何かがあるんだろうか。
兎に角、暫くお世話になろう。
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