炎陽の下吹く恵風

琴里 美海

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第六話

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 暫く森の中を進んで行く。
 薄暮の館はこの森の中にある。実際に私も少し前に行った事がある。
 結構な時間歩いてから、急に炎陽ちゃんが立ち止まった。

「如何したの?」

 怪訝そうな顔をしながら何かの臭いを嗅いでいる。あぁそうか、この辺りからだったか。
 炎陽ちゃんは表情を変えないまま私を見た。

(何だこの臭い。)
「不快な臭いかい?」

 私の問い掛けに炎陽ちゃんは首を横に振った。

(嫌な臭いじゃない、寧ろ少し安心するような臭いだ。)

 成程、この子の嗅覚は相当な物だろうな。
 今この場所は森の加護が強い場所だ。丁度境目の場所で、人間に夢や現を見せて、人間達の世界に帰す為の妖術がかかっている。だから不快な物にはならない。それを五感で感じ取れるなんて、人間の中では初めて見たかもしれない。
 さて、少し説明不足だった。単刀直入に言うと、この森は生きている。植物なのだから当たり前だと思うかもしれないが、それとは少し違うんだ。

 『森』という一つの塊その物の意思がある。

 森は唯何も言わず、唯静かに其処に存在し、現世と虚世を分ける。まぁ簡単に言うと、森の中に人間の側と妖怪の側が存在していて、その境界線の役割を担っているんだ。
 先程この辺り、と言ったのは、もうじきその境界線を越えるからだ。
 私が再び歩き出すと、炎陽ちゃんは私の後ろを付いて来た。

 一歩、一歩と境界線に近付き、そしてその線を越えた瞬間、周囲の景色は一変する。

 まだ昼間だけど空は夕焼けの様な朱や橙に染まる。周辺には先程までは飛んでいなかった小さな妖しや妖怪達が飛び交う。
 炎陽ちゃんは随分と驚いた様子で辺りを見回している。

(何だよこれ。)
「此処は非の世、幽霊や妖怪、妖しの住まう、この世とは似て非なる世界。」

 って言っても、炎陽ちゃんには分からないか。

「まぁ兎に角、此処に私の知り合いがいて、その子にお風呂を貸してもらうんだ。」

 と言って炎陽ちゃんを見ると、凄まじく興味津々と言った眼差しで辺りを見ている。この子の事だからもっと警戒心剥き出しで、威嚇まがいの唸り声を上げてくると思ったけど、だけどまぁ、こっちの方が良いか。

「面白いのは分かるけれど、今はその血を洗わないと。行こう?」

 そう言って私が歩き出すと、炎陽ちゃんは辺りを見回しながら付いて来た。
 暫く歩いていると川に出た。まぁ本来のこの世、現世の川なら問題無いけど、此処はあくまで妖怪達の住む世界の川だから、不用心に近付いちゃいけない。

「って!!炎陽ちゃん!!」

 目を離した隙に、炎陽ちゃんは川に入って血を洗おうとしていた。

「何やってるの!!危ないから出て来て!!」
(煩いな!!この血痒くなるんだよ!!)
「え、そりゃまぁ妖しの血だから、当たり前と言えば当たり前……………ってそんな事言ってる場合じゃ!!!」

 そんな会話をしていると、突然炎陽ちゃんが川の中に沈んだ。

「なっ!!」

 沈んだ、と言うよりは急に後ろに引っ張られて、深い場所に引きずり込まれた感じだった。
 私は慌てて川の中に飛び込むと炎陽ちゃんの姿をすぐに見付けた。そしてそれと同時に、炎陽ちゃんに巻き付く巨大な人面の蛇がいた。

(あれは、濡れ女か?)

 流石妖怪の側、地域を越えて色々な妖怪がいる。と、そんな事を言っている場合じゃなかった。
 すぐに泳いで炎陽ちゃんの所まで行こうとすると、濡れ女は上流の方へと泳いで行ってしまった。

(ちっ。)

 流石に人間の姿形で流れに逆らっても、水辺の妖怪相手に泳ぎで勝てるとは思えない。
 私は一度陸に上がった。
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