霊聴探偵一ノ瀬さんの怪傑推理綺譚(かいけつすいりきたん)

小花衣いろは

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Episode5  Secrets of sea(海の秘密)

06

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 あのターコイズブルーの目を引く髪色は、ステージ前の人混みの中には見られなかった。とすれば、どこか人気のない場所で休んでいるのだろう。
 そうあたりを付けた理は、イベント会場とは反対方面に向かって足を進めていた。

 人もまばらになった砂浜を歩き続けていれば、ぽつんとそびえる大きな岩場のふもとに、海風で揺れるターコイズブルーを見つける。――玲衣夜は膝を抱えて座りこみ、一人海を見てぼうっとしていた。

「おい、さっさと店に戻れ」

 ――そう、声を掛けようとした理だったが……。

「っ、……」

 すんでのところで、その言葉を飲みこんだ。

 玲衣夜の雰囲気が、どこかいつもと違って見えたからだ。
 愁いを帯びた瞳は、水平線の向こう、遥か遠くを見つめている。その寂し気な横顔を見ていると、玲衣夜がどこか遠くに行ってしまいそうな――目の前で消えてしまいそうな。そんな危うさを秘めているように感じてしまって。

「……理くんじゃないか。どうしたんだい?」

 ――理は無意識に、玲衣夜の腕を掴んでいた。

「……こんな人気のないところに座りこんで、何をしてるんだ」
「ん? あぁ、少し考え事を……いや、昔のことを思い出していたんだ」

 微笑む玲衣夜の隣に同じように腰を落ちつけた理は、穏やかに押し寄せる波を見ながらぽつりとつぶやく。

「……話くらいなら、聞いてやってもいい」

 まさか理の口からそんな言葉が飛び出てくるとは思っていなかったため、玲衣夜はきょとんとした表情で押し黙る。けれど理なりに何か思うところがあって、そして多分だが――自分のことを心配してくれているのだろう、と。
 端正な横顔を見ながらそう感じた玲衣夜は、理と同じように、どこまでも続く青い海に視線を移した。

「……子どもの頃、家族で海にきたことを思い出していたんだよ。浮き輪につかまって、父に海の中で引っ張ってもらったり、弟と大きな砂山を作ったり、母と一緒に貝殻を拾ったり……とても楽しかったんだ。けれどその日……家族が交通事故に遭ってね。私以外、皆死んでしまったんだよ」
「……そう、か」

 理は短く言葉を返した。静かなさざ波の音だけが、辺りを包んでいる。

「ふふ、そんな顔をしないでおくれ。もちろん、子どもの頃は悲しかったけれど……私ももういい大人だからね。乗り越えているさ」
「……だが、どれだけ歳を重ねても、お前が悲しみ傷ついたことは事実だろう」
「……うん、そうだね」

 寂寞を孕んだ、穏やかでいて澄んだ声。耳に届いたその音に、美しい横顔に、また手を伸ばしそうになって、抱きしめたくなって――理は視線をエメラルドグリーンへと逸らした。
 海は変わらず、穏やかな波を寄せては返している。

「……確かお前の父親は、警察官だったな」
「虎さんから聞いたんだね。……あぁ、そうだよ」
「お前の父親が凄い人だったと、勇敢な警察官だったということは聞いている。お前は……父親に憧れて探偵になったのか?」
「そう…だねぇ。それも、少しはあるのかもしれないけれど……」

 そこで言葉を切った玲衣夜は、瞳の中にまた――過去を映しているような、どこか懐かしむような色を宿して、言葉を紡ぐ。

「探偵になったいちばんの理由は……私への罰(戒め)、かな」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。私には、真相を解明しなければならない……謎を解き明かさなければならない、義務があるんだ。それに……追っている男がいてね」
「追っている男?」
「あぁ。詳しくは言えないけれど……そいつを見つけるまで、探偵を止める気はないんだよ」

 追っている男。その話題に変わった瞬間、玲衣夜の雰囲気はがらりと変わった。
 その瞳に宿るのは、闘志にもよく似た何か。絶対に見つけるのだと誓いを立てた、強い意志を秘めた瞳だ。

「お前は……」

 初めて会った時も、こんな目をしていたのを思い出す。
 ――こいつは、何を考えている。その心に、何を抱えているんだ。それが分からなくて、無性にこいつのことが気になって……解き明かしてやりたいと思ったんだ。

 理は、玲衣夜と初めて出会った日のことを思い出した。

「お前は……何だい?」
「……いや、何でもない。それより、杉本くんが心配していた。そろそろ戻るぞ」

 けれど、自身の思いを吐露する気など更々ない理は、小さく頭を振って立ち上がった。
 背を向けて歩き始めれば、背後から後を追ってくる気配。理がそっと後ろを窺えば、玲衣夜は歩きながらも、依然として海を見つめていた。
 深く美しい青色を見つめるその瞳は、やはり、寂しそうに揺らいでいて――けれど玲衣夜に掛ける言葉など持ち合わせていない理は、いつもより歩幅を小さく、速度を緩めて、玲衣夜が迷わないようにと前を歩くことしかできなかったのだ。

 自分は、玲衣夜のことを何も知らないのだと――改めて気づかされた瞬間だった。

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