骨董術師は依代に唄う

玄城 克博

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Ⅱ Proficiency

2-5 決闘(偽)

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「おつかれ、随分と早いね。もう少し時間が掛かると思ったけど」
 控え目に響くノックの音。
 扉を挟んだ向かい側の来訪者が用件を告げるよりも先に、護衛団団長室の主、ニグルは肘掛椅子に深く腰を下ろしたまま労いの言葉を投げ掛けていた。
「急いで戻れとだけ言われれば、できる限り急ぐに決まっているだろう」
 扉の開く音と共に、わずかに棘のある声が飛び込んでくる。
 声の主である金髪の少女、ティアは、数刻前に戦場に居た時と同じ魔術兵装を身に纏った姿で不機嫌そうに顔を歪めていた。
「そんなに怒らないでよ。かわいい顔が台無しじゃないか」
「冗談を飛ばす余裕があるのなら、私は戦線に戻らせてもらうが」
「ああ、待った、待った。そもそも、ティアのいたB-3地区からはついさっき拠点奪還の知らせが来たから、今から行ってもすぐに戦闘はないよ」
 踵を返しかけたティアは、ニグルの言葉に一転胸を撫で下ろす。
「そうか、それは何よりだ。だが、だからと言って私が遊んでいていいという事にはならない。用件を早く伝えてくれ」
「やっぱり、ティアは少し真面目すぎるね。適度に息抜きをしないと……なんて事はもう言い飽きたし、君も聞き飽きたか」
 尖った視線を感じ、一旦言葉を切ったニグルは、しかしすぐに続きを口にする。
「でも、まぁ、今は遊んでいてもらおう。言っただろう、終戦を申し込まれたって」
「だから、それがどういう意味なのかと聞いているんだ。文字通り本当に終戦という事なら、お前は今頃パーティーの準備でもしているところだろう」
 困惑の表情を浮かべるティアに、ニグルの向けた顔もまた同じ困惑。
「そうだね。たしかに、ただこのまま戦争を終えようという申し出ではない。降伏宣言でもなければ、無論、降伏勧告でもない」
「だから、結局何なのかと――」
「簡単に言えば、国を賭けた決闘の申し込みだよ」
 痺れを切らして口を挟んだティアに被せるように、ニグルは言葉を終わらせる。
「国の代表者同士の戦いを、そのまま戦争の結果とする儀式。つい最近も、西べリアとコークスが大々的にやってただろう? 簡単に言えば、あれだよ」
 気弱に笑うニグルの前、意外な言葉にティアは少しの間固まる。
 国家を賭けた魔術師同士の一対一の決闘は、古くは数百年前から行われていたという。
 儀礼的な側面の強い方式ではあるが、戦争の両国に与える負担を考えれば、ただ一度の決闘、最悪でも一人の魔術師を失うだけで済む決闘という形で戦争に終止符を打つというやり方は、効率の面から考えれば現代でも適用に値しないでもない。
 しかし、やがて言葉の意味を飲み込んだティアは、論外というように笑った。
「馬鹿馬鹿しい、賭けのつもりか知らないが、戦況において優位なこちらがわざわざそんな提案を飲むとでも? そもそも、例の西べリアとコークスの決闘だって、結局はコークス側からケチが付いて戦争が続行されただろう」
 とは言え、負ければそこで終わりという決闘には、その分リスクもある。その上、大きすぎる取り決めが守られる確証もなく、ティアの反応は一般的なものだろう。
「まぁ、普通はそうなるよね」
 力なく笑うニグルの顔は、先程からほとんど変化がない。その事に一抹の不安を感じたティアは、恐る恐ると言った様子で再び口を開いていく。
「……まさか、その申し出を飲んだのか?」
「いや、僕だって流石にそれを独断で決めるほど勝手じゃないよ。その相談のためもあって、ティアを呼んだってところもあるし」
 ただ、と言葉が続く。
「断るなら断るで、それなりに建前を考えておかないといけないだろうね」
「それはどういう――」
 聞き返そうとしたティアの声は、その表情の変化と共に途切れる。
「――アルバトロス、か」
 表情の終点、苦虫を噛み潰したようなそれがそのまま声になった呻きに、重々しい頷きが帰ってくる。
「そう、今のこの国には大魔術師アルバトロス卿がいる。そしてそれは、すでにこの国だけでなくウルマ、そして大陸の諸国にまで伝わっている。というか、伝えたんだけど」
 顔を上げたニグルは、苦笑と呼ぶしかない笑みで続ける。
「もちろん、いくらアルバトロス卿が強大な魔術師であっても、万が一を考えて申し出を却下するのはそれほど不自然ではないし、彼から断ったと理由付けても構わない」
「ただ、転生されたアルバトロスが本当に絶対的な魔術師ではないか、あるいは自由に扱える駒でない、という印象を与える事にもなる、と」
 後を継いだ言葉に無言の肯定が返され、ティアは額に手を添える。そのまま少しの間考えるような唸り声をあげながらも、やがて顔を上げてニグルへと向き直った。
「……ニグルは、その申し出を受けるべきだと考えているのか」
「無駄な戦闘を避けられるならそれに越した事はない、とは思っているよ」
 答えをはっきりと口にはせず、だがそのまま言葉は続く。
「ウルマが結果を受け入れなくても、決闘に勝つという事はそれだけで戦況にも大きな影響を与える。西べリアとコークスの例にしても、大隊長の一人であるミアトリネスを失ったコークス側が、結局一カ月としない内に降伏したようにね」
「そういった話は二の次だろう。そもそもの話、あれで勝てるとでも思っているのか?」
 語気を荒げるティアに、ニグルは意味あり気に微笑みかける。
「どうだろうね。相手次第だけど、そうそう負ける事はないんじゃないかな」
「相手次第、はたしかにそうだろうが、それでもウルマがそんな場に出してくるような魔術師が、あのアルバトロス以下という事は考えられない」
「違うよ、ティア。問題は、相手がアルバトロス卿より強いかどうかじゃない、この国で一番強い魔術師よりも強いかどうか、だ」
 はっ、と目を見開くティアに、笑みを浮かべたままのニグルが頷く。
「だから、この問題に関しての決定は全て君に任せるよ、ティア」
「……なるほど、決闘を受けるのであれば、戦うのは私だという事か」
 目を伏せ、腰の剣の柄を手でなぞる。だがそれも一瞬、次の瞬間にはティアは再び顔を上げて問いを重ねていく。
「決闘を受けても、結果的にアルバトロスが出なければ、むしろ更にあれの有用性に疑問符が付くのではないか?」
「かもね。ただ、それもウルマとの戦争を勝利で終えられるのであれば大した問題ではない。戦がなければ、それだけアルバトロス卿の力を披露するべき機会も減って、結果的には彼がお飾りだとばれるまでの時間を稼げるかもしれないし」
「そうか、まぁそうだろうな」
 ニグルの答えに予めわかっていたように頷き、また少しだけ考え込む。
「あちらの代表者は明かされていないのか?」
「まだ、ね。ウルマの方も色々とあるのか、二日後にもう一度連絡が来るらしい。たぶん今頃は有力な魔術師を掻き集めてるんだろうけど」
「なら、まだ結論は出せないな。勝てる相手なら受けるが、そうでないならばもちろん断るに決まっている」
 結論を先延ばしにしただけにも聞こえるティアの言葉に、しかしニグルは満足気に頷く。
「じゃあ、相手によっては受けてくれるって事でいいんだね?」
「ああ、私も無駄な戦、無駄な犠牲がなくて済むならその方がいい」
 ティアの体の脇で伸ばされていた手が、強く空を掴む。
「それで、結論が出るまではお互い停戦、というわけではないのか?」
「どうも、そういうのはないみたいだね」
「なら、私はもう行こう。二日後まで戦線を空けておくわけにもいかない」
「あー、待った待った、だから駄目だって!」
 踵を返し、足早に去ろうとするティアの背を、慌てたニグルの声が追う。
「言っただろう、君に負傷や消耗をされると困る。この国で一番強い魔術師の君は、決闘のためにできるだけベストの状態を保っていてもらわないと」
「そうは言っても、私が負傷してもお前がいるだろう、ニグル。同じ等級十二、私とお前の力の差などほとんどない」
「お世辞はいいよ、ティア。同じ等級とは言え、一対一でどちらが強いかは言うまでもないし。拠点をあらかじめ用意できるのならともかく、白兵戦では速度の差で君の方が格段に上だ。……できれば、あまり自分で口にしたい事でもないけどね」
 現在、マレストリ王国を含む世界の大半で主流とされている魔術は、いわゆる五大元素魔術、世界を形作る五大元素に干渉し、それを操る魔術だ。そして、魔術師の大半は魔術の媒体となる元素を、自身の素質から一つに絞り込んでいる。
 風の元素を操るティアに対し、ニグルの操る元素は土。
 元素の間に直接の優劣は存在しないものの、その性質上、白兵戦においては速度に勝る風や火の元素に適正があり、土の元素を操る魔術師は、土人形や拠点の生成により防衛的な立ち位置を請け負うというのが現代魔術戦における常識となっていた。
「すまない、そんなつもりではなかったんだ」
 自嘲気味に笑いを零すニグルに、体ごと振り返ったティアが謝罪を口にする。
「別に謝る事じゃないよ。ただ、そういう事でティアには戦場に出るのはしばらく我慢してほしい。これは個人的な感情もあるけど、できれば執務なんかも休んでくれた方が嬉しいくらいだ。もうしばらく休んでいないだろう?」
「それは……だが、こんな時に」
「大丈夫だよ。書類仕事なんかはまだティアよりロシ君の方が慣れてるし、公式に停戦を宣言したわけではないとは言え、決闘を申し込んで来たこのタイミングで、あちらから大きく動くとも考え辛い」
 だから、と続こうとした言葉は、ティアの掲げた手によ遮られる。
「気遣いはありがたく受け取っておく。だが、できる限りの事はするさ。そうでなくては逆に心が休まらない」
 執務机の前の椅子へと腰を下ろしたティアに、ニグルの向けるのは苦笑。
「……やっぱり君は、アーチライトの妹だね」
 騎士団長室を去る寸前、呟いたニグルの声は扉の先へと消えていった。
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