骨董術師は依代に唄う

玄城 克博

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Ⅳ Cheat

4-1 不知

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 吹き抜けるような、寒々しさを伴った風の音。そう聞こえるのは、既に日の沈んで数刻も経った後の濃密な暗闇のせいか、あるいは、その風がどこまでも冷酷な刃であるが故か。
 体の内側から、いや、自らの体そのものである風の音が、他に例えようのない独特な感覚となってティアの中に響き渡る。
 一人、また一人と倒れていく兵の中、強さを増しながら吹き荒れる風に掻き消されるように、肉塊の倒れる音、鉄の衝突し弾ける音、断末魔の悲鳴はどこか遠く聞こえる。
「―――め、――れ――」
 斜め後ろからの絶叫は、言葉として理解する前に斬り伏せる。あるいは、元より理解し得るだけの体裁など保っていなかったのかもしれないが。
 自らの位置を知らしめるかのような声を上げながらの突進など、戦場においては愚行でしかない。そんな行為に及ぶのは理性を失った狂兵くらいで、だとすればその口から出た声など意味を成していない方がむしろ自然ですらある。
 そして、そんな狂兵が然程珍しくないくらい、E-4戦線において、ウルマ帝国軍は今まさに壊滅一歩手前の状態に陥っていた。
 現代魔術戦において、高位の魔術師は個人単位で戦況を左右し得る。現存する中で最高位である等級十五ともなれば、一人で国を滅ぼす事も可能と言われるほどであり、それより数字では三つ格の落ちる等級十二のティアも、局地戦程度であれば個人で戦況を大きく傾けるだけの力を持つ。
 ニグルに決闘の棄却を告げてからの五日間、ティアはその日数と同じ五つの戦場を勝利へと導いていた。そして、このE-4戦線もまた、ウルマ第十七武器庫の破壊及び備品の回収という結果をもって、マレストリ王国側の勝利で終わろうとしている。
「…………」
 変成術を解除し、剣を鞘に収める。文字通り、風と化していた間は存在しなかった肉の重さを全身に感じ、それに加えて術の負担が鉛のようにのしかかって来る。
「ご苦労様です、団長。後は我々に任せてお休みになってください」
 若い騎士団員からの労いの言葉を受けても、ティアの表情は緩みもしない。
「ああ、後は任せよう。私は次の戦場に移らせてもらう」
「そんな、いくら団長でも無茶です!」
「問題は無い。負傷の一つもないのだから、まだ……」
 引き止めようとする団員をかわそうとして、ティアは自らの脇腹に血が滲んでいる事に気付いた。
 変成術によって肉体を風へと変えても、それが根本的にはティアの体である事に変わりはない。風の性質ゆえ、単純な物理攻撃はすり抜けても、魔術や対魔術性を帯びた刀剣の類を受ければ、身体を構成する元素への損傷は免れない。
「この程度の負傷ならば、移動中に治癒してもらえば負担にはならない」
 斃れた敵兵の服を破った布で応急処置をして、再び足を進める。
「仮に負傷が軽くとも、体力や魔力の消耗が激しいはずです!」
「そんなものも、移動中に休めばいい。多少消耗していようと、まだ戦力として使えないほどではないだろう」
「ですが……」
 団員はなおも言葉を続けようとするが、ティアは構わず先に行ってしまっていた。
「一旦、戻った方がいいですよ、団長」
「……なんだ、お前まで。今の私はそんなに疲れて見えるか、ロシ」
 背後から掛けられた聞き慣れた声に振り向くと、そこには予想通りの涼やかな笑みを浮かべる青年がいた。
「言われてみれば、たしかに。隈なんて作って、せっかくの美貌が台無しだ」
「耳が腐るような世辞はいい」
「あれ、これもお気に召しませんか。おっかしいなぁ」
 首を捻るロシを横目に、ティアの足は止まらない。
「仮に疲弊していたとしても、それは皆も同じ事。私だけ休むつもりはない」
「そう言われると色々言いたくなりますけど、とりあえず、僕は休みを取るようにと言いに来たわけではないですよ」
 すぐ隣に着いてくるロシの表情は、苦笑。
「だが、お前は戻った方がいいと……」
「まぁ、そうですね。むしろ、戻らなくていいんですか?」
「待て、何を言いたいのかわからない」
 疑問に埋め尽くされたティアの表情を見て、ロシも頭を傾ける。
「明日のアルバトロス卿の決闘の事ですよ。今から数えると十時間後くらいですか。てっきり、団長はその場に居合わせるつもりだと思ってましたけど、違いましたか?」
「決闘? そんな、棄却したはず……いや、そうか、だが」
「団長?」
 騎士団長と副団長、互いに現在の地位になってからの交流は長くないものの、その以前からも親交のあったロシは、ティアの一瞬の表情の変化を見逃さなかった。
「なんでもない。ただ、少し忘れていただけだ」
 しかし、ティアの方は次の瞬間には表情を整え、問いを受け流す。
「そうだな、行こうか。流石に、私には関係無いと言える事でもない」
 物言いたげなロシを背に、ティアは進行方向を変えて歩き出した。
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