骨董術師は依代に唄う

玄城 克博

文字の大きさ
41 / 49
Ⅳ Cheat

4-14 破れる虚構

しおりを挟む
 細く長い指先が、机の上で踊る。不規則な舞踏は、楽しげでもあり、ただの手慰みのようでもあり、あるいは苛立ちを押し殺しているようでもあった。
 自らの指を眺めるニグル・フーリア・ケッペルの表情もまた、笑みのようにも無感情のようにも、見ようによっては不機嫌そうにすら見える。
「……ん」
 五指の行進が、扉の向こうで聞こえた足音に止まる。慌ただしさを感じさせる駆け足の音が徐々に近づき、そして離れていった。
「…………」
 前のめりになりかけた腰を戻し、指先が微かに動く。
「鍵をかけていないとは、不用心だな」
 しかし、音も無く開いた扉の先、躊躇なく部屋に足を踏み入れた白の魔術師の姿に、指先は机に落ちた。
「これは、アルバトロス卿。先の決闘、一先ずはご無事で何よりです」
「この期に及んで、余計な建前は必要ない。汝も理解しているだろう」
 アルバトロスの左手、杖を掴む手が僅かに前に出る。
「……まぁ、そうですね。貴方がここに来たという事は、そういう事になりますか」
 対するニグルも立ち上がり、アルバトロスへと向き直る。
「それでも、一応は聞いておきましょうか。私に何用でしょう、アルバトロス卿」
「何用、か。あえて一つあげるとすれば……」
 床に白磁の杖が触れ、短く音が鳴る。
「中途半端に終わった遊戯の続きをするため、とでも言おうか」
 音の終わりに、アルバトロスの右手の空間から火柱が噴出。互いに距離の無い状態からの一撃は、直立していたニグルを真中に捉える。
「好戦的ですね、アンナにでも感化されましたか?」
「ここ数日はあれと顔を合わせていない時間の方が短かった。その可能性も否定はしない」
 火の消え去った後、ほぼ無傷のニグルを前に、アルバトロスも顔色一つ変えない。
「しかし、それにしても性急に過ぎるのでは? アルバトロス卿とて、今回の事態の全貌を掴んでいるわけではないでしょう」
「それは、汝の思い違いだ」
 どこか可笑しそうな声が、ニグルの言葉を否定する。
「我の興味の矛先は、ただ自らの魔術がどこまで通用するのかについてのみ」
「……ああ、なるほど。たしかに、そういう事なら」
 ニグルの呟きが終わるよりも早く、もう一度白杖が打ち鳴らされた。
「кyк」
 唄うような響きに連動して生み出された氷の杭は、しかし突如として現れた雷に打ち消される。
「ただ、やはり性急なのは変わらない」
 ニグルの指が伸び切るよりも先に、雷はアルバトロスへ到達し、貫通していた。
 胸元を雷に貫かれたアルバトロスの姿は、しかし朧に薄れて消えていく。決闘の舞台でも見せた虚像の魔術は、同時に白の魔術師の実体を視覚的に覆い隠す。
「可視光を操作し、視覚的に欺く。方向性としては有用ですが」
 薄れて消えていったアルバトロスの虚像を予想通りというように、雷は迷いなく方向を変えると、そのまま一直線に奔っていた。
「闘技場と客席の距離ならともかく、この距離で本体の位置を完全に隠せるほど、あなたの魔術は完全ではありません」
 自らの右斜め後ろ、雷の直撃を受けて音も無く倒れたアルバトロスへと振り返り、ニグルは独り語る。
「……ニグ、ル? これは、どういう?」
 だが、その呟きに、あり得ないはずの返事が返ってきていた。
「ははっ……ティアか。まったく、いいタイミングだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...