妹の友達と付き合うために必要なたった一つのこと

玄城 克博

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二章 彼女

2-1 自宅と従妹と先輩と弟と元カノ

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「ただいまー、そしてさよなら」

 玄関を抜け、挨拶もそこそこに二階の自分の部屋に向かう。

「あっ、帰って来た、弘人? ちょっと買い物に行って欲しいんだけど」

 しかし、リビングから飛んできた母親の声に足止めされてしまう。無視してしまってもいいが、そうなると部屋まで来るだろうから仕方なく言葉を返す。

「友希に行かせてやってくれ。体がなまってしょうがないって愚痴ってたし」

「友希は、今彼女さんが部屋に来てるから。友希に運動させたいなら、尚更あんたは外に出てた方がいいでしょ――」

 のっそりと顔を出した母は、しかし俺を含む玄関の様子を目にして言葉を止めた。

「いや、いくら思春期でも昼間っから家族のいる家でおっ始めはしないだろ」

「そ、そうね。軽い冗談よ、冗談」

「と、言う事で、友希に買い物に行かせるついでに外で運動してきてもらおう。別に父さんと母さんが代わりに外で運動してきてくれても、と言うか俺はその方が嬉しいけど」

「あらやだ、何言ってるのかしらこの子ったら、あははは」

 変に上擦った声で笑った、と思った次の瞬間には母は笑い終わっていた。

「それで、そちらの子達は弘人のお友達? それともゆずちゃんのお友達?」

 どこか恐る恐る、といった様子で、母は月代先輩と可乃に視線を移す。第一印象の下ネタを誤魔化したいのだろうが、どうやっても手遅れだ。

「俺のお友達。うん、誰が何と言おうと俺のお友達だから、もう部屋に行くから」

「あっ、ちょっと、引っ張らないでよっ」

 また先程と同じ流れになっては困るので、可乃の手を引いて階段へと向かう。柚木はすぐ後に着いて来て、先輩は母に一言挨拶と礼をした後にそれに続く。

「オラァッ、入れっ!」

 部屋の前に辿り着き、掴んだままの腕で可乃を部屋に放り込む。

「っ、なんで怒鳴るのよっ!」

「母さんにはああ言ったが、友希の性欲はハンパじゃないからなっ! 本当におっ始めてる可能性もないではないし、牽制かけてやろうかな、と。オラァッ!」

「意味わかんないし、なんで私に向かって叫ぶのよっ!」

 実のところ、俺としては可乃には少し恨みがある。せっかく三人で仲良くしていたところに、こいつが現れたせいで少し変な感じになってしまった。

「オイこら、聞こえてんぞ、兄貴。優子も来てんだから、変な事言うのやめろっつうの」

 腰を下ろす間もなく、俺の声に反応した友希が部屋の扉を開けて顔を出した。聞こえるように言ってやっているのだから当たり前だ。

「知ってるか、友希。恋の炎は危機を乗り越える度に強くなるらしい。という事で、この俺があえて君たちにとっての危機となってやろう。さぁ、こんな兄心を存分に受け取れ」

「わざわざんな事しなくても、兄貴は存在だけで十分障害になってるわ」

「そんなに褒めても――」

「欠片も褒めてねぇよ」

 兄弟の仲睦まじい会話は、いとも簡単に断ち切られてしまう。そんなに女が大事か。

「これが噂に聞く弟くんか。どうも、月代花火といいます。お兄さんにはいつもお世話になっています」

 しかし、友希が立ち去るよりも早く、隣から先輩の言葉が投げられた。

「えっと、こちらこそ? 月代さんっていうと、兄貴の先輩でしたっけ?」

「そういう事になるね。柊くんが家で私の話をしてくれているとは、少し嬉しいな」

 月代先輩は俺の先輩ではあるが、高校からの先輩であるため、俺達と違う高校に通っている弟との接点はない。お互いに俺から聞いた話だけが、初対面の二人を繋ぐ架け橋だ。

「それで、前から是非聞きたかったんだが、弟くんがペニスに真珠を仕込んでいるという話は本当なのかな? 後学のためにも、できれば詳しく聞いておきたいのだけれど」

「一から十まで嘘です。っつうか、兄貴は何話してんだよ」

「えっ、いや、先輩には話した事なかったと思うけど。先輩、誰から聞きました?」

「あれ、柊くんとはこの話をしなかったかい? 記憶が正しければたしか、柊くんの話題になった時に、クラスメイトの一人が言っていたような」

「話広まり過ぎじゃね!? なんで上級生の中で回ってんだよ!」

 本当に奇怪な話もあるものだ。人の繋がりというものも中々に侮れない。

「とりあえず、兄貴の話は話半分に聞いといてください。俺もそうしてるんで」

「私も普段はそうしてるんだけど、この話は柊くんから聞いたものではなかったからね。まぁ、今後は気を付けるよ」

 あまり聞きたくなかったやりとりを最後に、二人の会話が終わる。

「じゃあ、俺はもう戻るけど、あんまり余計な事言うなよ」

「あっ、ちょっと待って。弟くん、私は? 弘人は私の話してた事ある?」

「……えっと、誰ですか?」

 しかし、部屋を出ようとした友希を、今度は可乃が呼び止める。流石にそろそろ彼女の元に戻りたいのか、それともタイミングが微妙だったのか、友希は軽く苛立っていた。

「あれ、知らない? なんでっ? 弘人から一回も聞いた事ないの?」

「ほらっ、とも兄も知らないんだから、やっぱり嘘だったんじゃん!」

「いや、だから名前を言ってもらわないと知ってるかどうかも……」

「嘘じゃないわよっ、大体、なんで私がそんな嘘付かないといけないのよっ!」

「そんなの、ひろ兄の事が好きだからでしょ? 残念でした、神社でも言ってたけど、ひろ兄は妹の友達にしか興味ないからっ!」

「なっ、弘人の事なんて好きじゃないわよっ! ……そこまでは」

「そこまでは、って言った! 今、そこまでは、って言った!」

 友希の呟きは、柚木と可乃の言葉の応酬に掻き消されて届かない。しかし、さっき会ったばかりでこれとは、この二人は見事に相性が悪いらしい。

「それは、だって、一応は初めて付き合った相手って事になるんだし、少しくらい気になるわよっ! 何、悪い? 悪いの!?」

「はぁっ!? 兄貴と付き合った!? あんた頭いかれてんのか!?」

 そして、沈静化していた話がまたも引きずり出されてしまった。さらに、友希が普段から俺の事をどう思っているのかがわかってしまった。

「そうだ、友希。こいつは頭がいかれてるし、ついでに若干俺はいかってる」

「ああ、悪い、兄貴。驚きすぎて本音が出てたわ」

「それなら仕方ないか」

「それでいいのかい?」

「いいんですよ、先輩。一言謝ってくれれば、俺は弟が何を言おうが黙ってペニスに真珠を入れていようが許します」

「俺はまだその話については許してねぇけどな」

 比較的冷静な俺と友希、月代先輩が言葉を交わす間も、興奮した柚木と可乃は睨み合いを続けている。

「大体、ひろ兄が付き合ってないって言ってるんだから、それは付き合ってないって事じゃないの!? 一人の思い込みじゃ恋人にはなれないんだよっ!」

「っ……、弘人、私達付き合ってたわよね!? あれは嘘じゃなかったでしょ!?」

 柚木に追い詰められた可乃が、縋るような声で俺へと問うてくる。

「まぁ、付き合いはしたな、一応」

「ひろ兄っ!? さっきは嘘だって言ってたじゃん!」

 返した言葉には、今度は柚木が悲鳴を上げる。

「いや、あれは初めての相手がどうこう、って話だし。可乃と付き合ったのは一応本当だよ、五分だけだけど」

「「「えっ、五分?」」」

 そして、続いた補足には可乃を除いた三人が揃えて間の抜けた声を漏らした。

 だから可乃についての話はしたくなかったのだ。

 だって、張本人である俺から見ても、どうしようもなくしょうもない話なのだから。
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