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四章 妹
4-1 憂鬱でも腹は減る
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「時間は、少しだけ遡る」
――なんて言って、本当に時間が戻ってくれるなら、誰も苦労しない。もし俺にそんな事ができるなら、永遠に冬休みをやり直してやる。
「……やだよぉ、学校やだよぉ」
冬休みというものは、夏休みなんかに比べるとかなり短いもので。気付けば、今日と明日を残して俺の冬休みは全て過ぎ去ってしまっていた。
「……やだよぉ、やだよぉ」
隣では、柚木が俺と同じように床に突っ伏して弱々しい声を漏らしている。可愛い従妹と可愛い俺をこんなに苦しめる学校という存在を、俺は絶対に許さない。
「うぅ……ずっとここに泊まってたい。ひろ兄と離れたくないぃ」
すっかりこの家に馴染んでいる柚木だが、冬休みが終われば当然、自分の家へと帰る事になる。あくまで従妹であり、妹ではないゆえ。
「本当に、柚木が妹だったら良かったのになぁ……」
結局、俺は冬休みが終わるまでに妹の友達と付き合うという目標を叶える事はできなかった。いや、まだ冬休みは終わっていない、これからが勝負だ! と意気込むべきなのかもしれないが、学校が始まってしまう事へのショックでそんな元気はない。
「それはダメっ! ダメだよっ!」
「おぉ、びっくりした」
急に立ち上がった柚木により、こたつが大きく揺れる。
「そうか、柚木は俺の妹になんてなりたくないか……顔を合わせる度に舌打ちして、『なんでこんなのが私の兄貴なんだろう』って言ってくれないのか」
「なんかリアルだけど、それ別に嬉しくないよね!?」
「…………」
「嬉しいのっ!?」
俺の性癖を知り、柚木はまた一つ大人になった。そんな中学三年の冬休み。
「ところで、話は変わるが、俺の顔を踏んでくれないか?」
「話が変わってないよ!」
「ああ、間違った。そろそろ昼飯にしないか?」
「それ、間違えるってレベルじゃないよね!? 本音? 本音が漏れたの!?」
「…………」
「何か言い訳して!」
けなげにツッコミをがんばる柚木は、ダメ男に尽くす女のようでいじらしい。
「でも、お昼かぁ。どうする、ひろ兄?」
「出かけるのはだるいなぁ。柚木って、料理とかできなかったっけ?」
今日は母さんも友希も出かけているので、家には俺と柚木の二人しかいない。父さんはもうとっくに会社が始まってるし、いたところで昼飯の役には立たない。
「ひろ兄、私の手料理が食べたいの?」
「美味ければ、誰の料理でもウェルカムです」
「そこは私の作った料理を食べたいって言っておこうよ」
「ごめんね、俺って正直だから。でも、そういうところがひろ兄の魅力だよね。そうか? そう言われると照れるなぁ」
「脳内の私と会話しない!」
頬をぷくーっと膨らませる柚木の顔は、非常に子供っぽくてかわいらしい。
「よぉし、わかった。美味しい料理を作って、次からはひろ兄に『柚木の料理が食べたいなぁ、げへへへ』って言わせてやるんだから」
「柚木の料理が食べたいなぁ、げへへへ」
「目標を奪われた!?」
自分で言っておいてなんだが、絶対にげへへへの部分は要らないと思う。
「しかし、まさか柚木に料理ができたとは」
「むぅ、それは聞き捨てならないよ。それじゃあ、私が女子力無いみたいじゃん」
「あるのか? 女子力」
「あるよ!」
「いくつ?」
「い、いくつ? 87くらい、かな?」
「87!? すごいな、マザー・テレサレベルじゃないか」
「ま、まぁね。目が見えなくても、耳が聞こえなくても大丈夫!」
なんだか間違っている気がするが、正解がわからない為に指摘はしない。大体、間違っているというならこの会話が全体的に間違っている。
「まぁ、実際は料理って言っても、そんなにバリエーションは無いんだけど。お昼ごはんなら、和洋中のどれかから選んでもらうくらいかな」
「和洋中、ねぇ。和、かな」
朝はパンを食べたから、昼はなんとなく和食の気分。夜は洋食にしてもらおう。
「わかった、和だね。じゃあ、焼きそばでいい?」
「焼きそばは和なのか? ……ちなみに、洋と中は?」
「洋は洋風焼きそば、中は焼きそばだよ!」
「ありがちなボケですね! ってか洋風焼きそばって何?」
「味付けにソースを使うよっ」
「結局ただの焼きそばじゃねぇか!」
俺のツッコミも余所に、台所に向かった柚木は慣れた手つきで焼きそばを作り始める。
「ひろ兄、焼きそば好きだから、頑張って練習したんだ」
「焼きそばよりも柚木の方が好きだよ」
「なんで急に告白!?」
「あ、間違った。焼きそばよりも寿司の方が好きだよ」
「だから、どういう間違え方!? さっきの好きっていうのは本音なの!? むしろ、なんで今お寿司が好きだって言おうとしたの? お寿司作れって事!?」
ツッコミと料理に追われ、柚木はとても忙しそう。そんな柚木を、俺はこたつに寝っ転がったままで応援しているよ。
「もうっ、ほら、起きて。焼きそばできたよっ」
そうこうしている内にそばを焼き終えた柚木が、こたつまで皿を持ってきてくれる。こたつで食事は行儀が悪いが、今はそれを咎める者が誰もいない。
「やっぱり焼きそばはいいな。ソースの香りが食欲をそそる。そそり立つ」
「? そうだね、そそり立つよね」
良くわからないなりに俺の言葉を繰り返す柚木に、そそり立たないように耐える。
「よし、じゃあ食べるぞ。いただきます」
「どうぞどうぞ。よくよく味わって召し上がれ」
調理者である柚木さんの許可を得て、勢い良く焼きそばを啜る。
「ん、美味い! 柚木はいい屋台の焼きそば屋さんになれるな」
「その褒め方はあんまり嬉しくないけど、ありがとう!」
嬉しくなくてもお礼を言える柚木は、とってもいい子だ。後は、本音を隠す事を身に付ければ完璧なんだが。
「それはひろ兄に言われたくないなぁ」
はい、でしょうね。
今も口に出していない本音を表情だけで悟られ、正直少し怖い。
「あと、食べながらしゃべらない方がいいと思うな」
なんて事だ、実は俺はしゃべっていたのか。
新発見と焼きそばを噛み締めながら、俺は黙々ともぐもぐと食事を進めていった。
――なんて言って、本当に時間が戻ってくれるなら、誰も苦労しない。もし俺にそんな事ができるなら、永遠に冬休みをやり直してやる。
「……やだよぉ、学校やだよぉ」
冬休みというものは、夏休みなんかに比べるとかなり短いもので。気付けば、今日と明日を残して俺の冬休みは全て過ぎ去ってしまっていた。
「……やだよぉ、やだよぉ」
隣では、柚木が俺と同じように床に突っ伏して弱々しい声を漏らしている。可愛い従妹と可愛い俺をこんなに苦しめる学校という存在を、俺は絶対に許さない。
「うぅ……ずっとここに泊まってたい。ひろ兄と離れたくないぃ」
すっかりこの家に馴染んでいる柚木だが、冬休みが終われば当然、自分の家へと帰る事になる。あくまで従妹であり、妹ではないゆえ。
「本当に、柚木が妹だったら良かったのになぁ……」
結局、俺は冬休みが終わるまでに妹の友達と付き合うという目標を叶える事はできなかった。いや、まだ冬休みは終わっていない、これからが勝負だ! と意気込むべきなのかもしれないが、学校が始まってしまう事へのショックでそんな元気はない。
「それはダメっ! ダメだよっ!」
「おぉ、びっくりした」
急に立ち上がった柚木により、こたつが大きく揺れる。
「そうか、柚木は俺の妹になんてなりたくないか……顔を合わせる度に舌打ちして、『なんでこんなのが私の兄貴なんだろう』って言ってくれないのか」
「なんかリアルだけど、それ別に嬉しくないよね!?」
「…………」
「嬉しいのっ!?」
俺の性癖を知り、柚木はまた一つ大人になった。そんな中学三年の冬休み。
「ところで、話は変わるが、俺の顔を踏んでくれないか?」
「話が変わってないよ!」
「ああ、間違った。そろそろ昼飯にしないか?」
「それ、間違えるってレベルじゃないよね!? 本音? 本音が漏れたの!?」
「…………」
「何か言い訳して!」
けなげにツッコミをがんばる柚木は、ダメ男に尽くす女のようでいじらしい。
「でも、お昼かぁ。どうする、ひろ兄?」
「出かけるのはだるいなぁ。柚木って、料理とかできなかったっけ?」
今日は母さんも友希も出かけているので、家には俺と柚木の二人しかいない。父さんはもうとっくに会社が始まってるし、いたところで昼飯の役には立たない。
「ひろ兄、私の手料理が食べたいの?」
「美味ければ、誰の料理でもウェルカムです」
「そこは私の作った料理を食べたいって言っておこうよ」
「ごめんね、俺って正直だから。でも、そういうところがひろ兄の魅力だよね。そうか? そう言われると照れるなぁ」
「脳内の私と会話しない!」
頬をぷくーっと膨らませる柚木の顔は、非常に子供っぽくてかわいらしい。
「よぉし、わかった。美味しい料理を作って、次からはひろ兄に『柚木の料理が食べたいなぁ、げへへへ』って言わせてやるんだから」
「柚木の料理が食べたいなぁ、げへへへ」
「目標を奪われた!?」
自分で言っておいてなんだが、絶対にげへへへの部分は要らないと思う。
「しかし、まさか柚木に料理ができたとは」
「むぅ、それは聞き捨てならないよ。それじゃあ、私が女子力無いみたいじゃん」
「あるのか? 女子力」
「あるよ!」
「いくつ?」
「い、いくつ? 87くらい、かな?」
「87!? すごいな、マザー・テレサレベルじゃないか」
「ま、まぁね。目が見えなくても、耳が聞こえなくても大丈夫!」
なんだか間違っている気がするが、正解がわからない為に指摘はしない。大体、間違っているというならこの会話が全体的に間違っている。
「まぁ、実際は料理って言っても、そんなにバリエーションは無いんだけど。お昼ごはんなら、和洋中のどれかから選んでもらうくらいかな」
「和洋中、ねぇ。和、かな」
朝はパンを食べたから、昼はなんとなく和食の気分。夜は洋食にしてもらおう。
「わかった、和だね。じゃあ、焼きそばでいい?」
「焼きそばは和なのか? ……ちなみに、洋と中は?」
「洋は洋風焼きそば、中は焼きそばだよ!」
「ありがちなボケですね! ってか洋風焼きそばって何?」
「味付けにソースを使うよっ」
「結局ただの焼きそばじゃねぇか!」
俺のツッコミも余所に、台所に向かった柚木は慣れた手つきで焼きそばを作り始める。
「ひろ兄、焼きそば好きだから、頑張って練習したんだ」
「焼きそばよりも柚木の方が好きだよ」
「なんで急に告白!?」
「あ、間違った。焼きそばよりも寿司の方が好きだよ」
「だから、どういう間違え方!? さっきの好きっていうのは本音なの!? むしろ、なんで今お寿司が好きだって言おうとしたの? お寿司作れって事!?」
ツッコミと料理に追われ、柚木はとても忙しそう。そんな柚木を、俺はこたつに寝っ転がったままで応援しているよ。
「もうっ、ほら、起きて。焼きそばできたよっ」
そうこうしている内にそばを焼き終えた柚木が、こたつまで皿を持ってきてくれる。こたつで食事は行儀が悪いが、今はそれを咎める者が誰もいない。
「やっぱり焼きそばはいいな。ソースの香りが食欲をそそる。そそり立つ」
「? そうだね、そそり立つよね」
良くわからないなりに俺の言葉を繰り返す柚木に、そそり立たないように耐える。
「よし、じゃあ食べるぞ。いただきます」
「どうぞどうぞ。よくよく味わって召し上がれ」
調理者である柚木さんの許可を得て、勢い良く焼きそばを啜る。
「ん、美味い! 柚木はいい屋台の焼きそば屋さんになれるな」
「その褒め方はあんまり嬉しくないけど、ありがとう!」
嬉しくなくてもお礼を言える柚木は、とってもいい子だ。後は、本音を隠す事を身に付ければ完璧なんだが。
「それはひろ兄に言われたくないなぁ」
はい、でしょうね。
今も口に出していない本音を表情だけで悟られ、正直少し怖い。
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