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五章 一
5-4(終) 妹の友達と付き合うために必要なたった一つのこと
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「あら、お帰り。ゆずちゃんに、この前の二人? いいわね、女の子にモテモテで」
「母さん、それ、あんまりシャレにならないから」
家に着くやいなや、いきなり母からの核心に近い一言を喰らった。気楽に笑う母の呑気さを羨みながら、俺達一行は足早に俺の部屋へと向かう。
「ん、なんだ、柚木に……この前の?」
部屋の前まで辿り着くと、ちょうど良く友希が部屋から廊下に顔を出し、母とほとんど同じ台詞を吐いてきた。
「おお、いたか、友希。良ければ、一緒にお部屋でお話ししよう」
「勘弁しろよ、思いっきり修羅場じゃねぇか」
流石に弟は母よりも鋭い。本人達の目の前で口にしてしまうのはどちらも同じだが。
「そう思うなら助けてくれ! ただいま修羅場クエ参加者募集中!」
「本当に募集すりゃ、いくらでも兄貴の友達が野次馬に来るだろ」
「あいつらじゃ恋愛レベルが全然足りない! 俺には友希だけが頼りなんだ!」
「俺も修羅場の経験値はほとんどねぇよ」
みっともなく縋りついてみるも、友希の反応は冷たい。って言うか、ほとんどないって事は、少しはあるのか。
「……やっぱり、とも兄が一番?」
「えっ、そうなの? だから、私みたいな美少女に手を出さないわけ?」
「それならそれで、少し興味があるかな」
仲睦まじい兄弟愛を前に、女性陣はあらぬ疑いについて語り合う始末。
「とにかく、俺はトイレに出てきただけだから」
「……くっ」
友希を味方に付けたいのは山々だが、ここでトイレまで追っていったら、俺は完全にホモになってしまう。何より、三人の目が無ければ追っていたかもしれない自分に若干引いている。
「友希の薄情者! 切れ痔になっちまえ!」
「ならねぇよ、小だよ」
別れ際にとてつもなく要らない情報を残し、友希は便所へと消えていった。
「……小だってさ」
「繰り返さなくていいわよ!」
一行に一応の報告を済ませ、いよいよ俺の部屋へと足を踏み入れる。
「随分と物が散らばっているね」
「まぁ、特に片付けてない時はこんなもんです。何か欲しいものとかありますか?」
「この部屋の中で、という事だったら、弘人くんが欲しいかな」
「せ、先輩……」
「こら、そこ! そういうのだめ!」
俺と先輩が安いロマンスを繰り広げるのを、柚木が手を振って拒む。
「そんな事言ったら、私だってひろ兄が欲しいもん!」
「良く言った、そんな柚木には床に落ちてたこのチョコをあげよう」
「それは全然欲しくないよ! なんで剥き出しで落ちてるの!?」
そんな事は俺が一番知りたい。
「なんで二人とも、そんな事を恥ずかしげなく言えるのよ……」
「えっ、なんだって? 可乃も俺の太いのが欲しいって?」
「言ってない! 敏感どころか自意識過剰も過ぎるわ!」
「そんな君には、床に落ちてたこのチョコをあげよう」
「チョコとネタを使い回してんじゃないわよ!」
文句を言いながら、可乃は俺の手からチョコを奪い取り、口に放り込み、吐き出す。
「ホコリまみれじゃない!」
「床に落ちてたって言ったじゃん」
まったく、こいつは本当にわけがわからない。
「それで、結局、どうするのよ」
少し怒鳴るような声で、勢いのままに切り出したのは、可乃だった。
「一応、水道で表面だけ洗ってくれば食えるとは思うけど」
「チョコの事じゃないわよ!」
「これからも、妹の友達と付き合う事を目指すのかどうか、そして、それを諦めるとすれば、この中の誰かと付き合うのか、だったかな?」
言葉を継いだのは、月代先輩で。
「そうですね、どうすればいいんでしょうか」
「いっそ、死んでしまえば楽になれるかもしれないよ」
「いきなり最強の逃げ道はちょっと」
小さく開いた先輩の口から、冗談であってほしい提案が一つ挙げられる。
「でも、それは結局、ひろ兄が決める事じゃないの?」
「それはもっともだが、肝心の俺が決めかねてるから、相談してみようという事で」
「相談って、私達にするべきじゃないと思うけど……」
「それはもっともだし、もっとも過ぎて何も言い返せない」
俺は、正直なところ迷っている。
現実的に、妹のいない俺が妹の友達と付き合うなんて事ができ得るのか。第一にその問題があり、その問題は妹の友達と付き合う確固たる手段を見つけ出すか、妹の友達と付き合う事に成功するか、もしくは妹の友達と付き合う事を諦めるまで俺に付き纏い続ける。
そして、その問題が片付く前に、俺はこの場にいる三人からそれぞれ告白を受けてしまった。個々に対処し、処理されているべき問題は、しかし第一の問題の結論が出ていないために保留され、事態を非常に複雑なものにしてしまっている。
難解な事態に頭を悩ませた俺が迷走した結果、告白してきた張本人達に直接意見を求めてしまうのも、無理はないだろう。無理はないに違いない。
「あの書を眺めてみる、というのはどうなったんだい?」
「ご覧の通り、さっきから見てはいるんですけども」
俺の部屋の壁、扉から入って向かいの側には、今も『妹の友達と付き合う!』と達筆で書かれた書が飾られている。ただ、恐ろしいのは、万感の思いを込めて書いたはずのその書を眺めても、俺の中にある迷いは一向に立ち消えようとしないのだ。そう、それはまるで、妹の友達と付き合う事への情熱が消え去ってしまった事を意味しているかのようで。
「それでも、妹の友達と付き合う事を目指し続ける決心ができないと」
静かな先輩の声が、俺の内心を総括する。
「意見が欲しいっていうなら、いくらでも言ってやるわよ」
そこで、口火を切ったのは可乃だった。
「あんたが不安に思ってる通り、妹の友達と付き合うのは、現実的に無理だからやめた方がいいわ。早く諦めて、それで、わ、私と付き合いなさい!」
最後は少し照れながらも、一思いにそう言い切る。
「いいでしょ、一度は私と付き合ってたんだから。あの時は、その、色々喰い違っちゃったけど、今ならもう少し上手くやれると思うし」
顔を赤くした可乃の言葉は、意見というよりもただの告白だった。思えば、可乃からの告白だけは中途半端に終わっていて、まともな告白はこれが初めてかもしれない。
「私は、やっぱりひろ兄が好きなようにするのが一番いいと思う」
余韻を断ち切るように、続いて柚木が口を開く。
「もちろん、私と付き合ってくれれば嬉しいけど、私にとっては、ひろ兄が幸せでいてくれるのが一番だから」
ちらり、と可乃を見たのは、対抗心からか。思えば、柚木は最初から可乃を嫌っていたわけではなく、恋敵としてライバル視していたのかもしれない。
だが、それだけでなく、柚木の言葉は本心でもある。根拠はないが、そう思えた。
「そうだね、私も弘人くんの選択に任せたいかな」
最後に、柚木に賛同するように月代先輩が頷く。
「私は、自由で奔放な弘人くんが、その考え方が好きだから。誰かに決められるのではなく、弘人くん自身が出した答えを見守って、できればその中にいたいと思う」
気負いのない声で、先輩はただ意見を述べるように語る。そうするのが、俺に気負いを掛けないためだと思うのは、自惚れではないだろう。
語った言葉は三者三様。自分を選んでほしい、幸せになってほしい、好きな形のままでいてほしい。三つの思いは、差異こそあれど、優劣を見出だせるものではなくて。
「……あぁ」
そう、俺は気付いていたのかもしれない。可乃、先輩、そして柚木から、告白などされるまでもなく、彼女達からの好意に。それが恋愛の好きだと、言葉で捉えていたわけでなくとも、頭より先に第六感のようなものが理解していた。
そして、だからこそ、俺は『妹の友達と付き合う』という口実を用意し、この身に受けるには多すぎる好意を保留しようとした。三人の内、誰か一人なんて、俺には選べないから。だからと言って、告白を受けた順、なんてものに任せるわけにもいかないから。
頭が垂れる。これまでそうしてきたように、逃げてしまいたい。無意識に妹の友達と付き合いたい、なんて心にもない言い訳を考えついた時のように。
心にもない、言い訳?
「……なーんて事は、まったくないね!」
なんて事は、全く全然これっぽっちもなかった。
少し考えてみれば、俺は柚木からの好意を家族へのそれとしか思っていなかったし、先輩からは後輩としてかわいがられているだけだと思っていたし、可乃に至っては、勘違いで付き合って別れたクラスメイトとしか思っていなかった。大体、誰に告白されたとしても、何なら三人同時に告白されたとしても、俺なら上手い事三人と付き合う方法を探すはずで、あえて保留する口実を考えたりはしない。
そもそも、言い訳にしても、『妹の友達と付き合う』なんてのは無理がありすぎる。妹のいない俺がそんな無茶苦茶な事を言い出すとすれば、無茶苦茶を知りつつ、それを上回る願望を妹の友達に抱いているから以外ではあり得ない。
そう、俺はいまだ、三人の思いを踏み越えてまでも、妹の友達と付き合いたいのだ。
俺にその事を気付かせてくれたのは、思いの象徴である自筆の書ではなく、床に転がった一冊の本。思いの源泉であるエロ漫画の表紙だった。
「うわっ、何、急に?」
自分への叱咤が声に出ていたようだが、今はそんな事はどうでもいい。
「すまない、可乃、先輩、柚木」
謝罪。その意味を、あえて説明はしない。
「俺はっ! 妹の友達とっ! 付き合うっ!!」
全身全霊で叫びながら、壁に掛けられた書を引き裂く。
そう、思いは文字などではなく、俺の内にこそあるべきものだ。というわけで、小さくばらばらに散った書を口に放り込もうとしたが、寸前で思い直してやめる。流石に墨汁と和紙を喰うのは気持ち悪い。
「……うん、今の君は輝いてるよ、弘人くん」
「ありがとうございます、先輩!」
眩しげに、あるいは寂しげに目を細める先輩へと、全力の笑みを返す。
「もう、ひろ兄はバカなんだから」
「バカで結構だとも! ……いや、やっぱりバカはちょっと嫌だ!」
「ばーか。ひろ兄のばーか」
呆れたように、それでも柚木は笑ってくれる。
「……なんで急に開き直ってるの? 大体、妹の友達と付き合えないから、って話だったのに」
「シャラップ! ここはなんだかんだ祝福するノリだろうが!」
「ノリとか知らないわよ!」
しかし、自称ノリとか知らない可乃は野暮なツッコミで流れを切る。こいつはなんでもツッコめばいいわけじゃないって事がわかってない。
「おーい、何叫んでんだ、兄貴」
「友希! ちょうどいい! こっちに来い!」
「いや、なんだよ、おいっ」
間が悪いところで扉をノックして来た友希を、ここであえて部屋に入れる。大団円までの道筋は整った。
「友希、妹の友達と付き合うために必要なものはなんだ?」
「妹だろ」
「違う!」
予想通りの正論を、しかし真っ向から叩き潰す。
「妹の友達と付き合うために必要なたった一つのもの、それは――」
俺にはわからない。本当にこれから妹の友達と付き合う事ができるのか、可乃の、先輩の、柚木の思いを踏み越えてまで妹の友達と付き合うべきなのか。三人の内の一番を選ぶ事すらできない俺には、愛が何なのかすらわからない。
それでも、これだけはわかっている。
「妹の友達と付き合いたいと思う心だ!」
そう、エロ漫画の最後の一コマを指さし、そこに書かれた真理を叫んだ。
「母さん、それ、あんまりシャレにならないから」
家に着くやいなや、いきなり母からの核心に近い一言を喰らった。気楽に笑う母の呑気さを羨みながら、俺達一行は足早に俺の部屋へと向かう。
「ん、なんだ、柚木に……この前の?」
部屋の前まで辿り着くと、ちょうど良く友希が部屋から廊下に顔を出し、母とほとんど同じ台詞を吐いてきた。
「おお、いたか、友希。良ければ、一緒にお部屋でお話ししよう」
「勘弁しろよ、思いっきり修羅場じゃねぇか」
流石に弟は母よりも鋭い。本人達の目の前で口にしてしまうのはどちらも同じだが。
「そう思うなら助けてくれ! ただいま修羅場クエ参加者募集中!」
「本当に募集すりゃ、いくらでも兄貴の友達が野次馬に来るだろ」
「あいつらじゃ恋愛レベルが全然足りない! 俺には友希だけが頼りなんだ!」
「俺も修羅場の経験値はほとんどねぇよ」
みっともなく縋りついてみるも、友希の反応は冷たい。って言うか、ほとんどないって事は、少しはあるのか。
「……やっぱり、とも兄が一番?」
「えっ、そうなの? だから、私みたいな美少女に手を出さないわけ?」
「それならそれで、少し興味があるかな」
仲睦まじい兄弟愛を前に、女性陣はあらぬ疑いについて語り合う始末。
「とにかく、俺はトイレに出てきただけだから」
「……くっ」
友希を味方に付けたいのは山々だが、ここでトイレまで追っていったら、俺は完全にホモになってしまう。何より、三人の目が無ければ追っていたかもしれない自分に若干引いている。
「友希の薄情者! 切れ痔になっちまえ!」
「ならねぇよ、小だよ」
別れ際にとてつもなく要らない情報を残し、友希は便所へと消えていった。
「……小だってさ」
「繰り返さなくていいわよ!」
一行に一応の報告を済ませ、いよいよ俺の部屋へと足を踏み入れる。
「随分と物が散らばっているね」
「まぁ、特に片付けてない時はこんなもんです。何か欲しいものとかありますか?」
「この部屋の中で、という事だったら、弘人くんが欲しいかな」
「せ、先輩……」
「こら、そこ! そういうのだめ!」
俺と先輩が安いロマンスを繰り広げるのを、柚木が手を振って拒む。
「そんな事言ったら、私だってひろ兄が欲しいもん!」
「良く言った、そんな柚木には床に落ちてたこのチョコをあげよう」
「それは全然欲しくないよ! なんで剥き出しで落ちてるの!?」
そんな事は俺が一番知りたい。
「なんで二人とも、そんな事を恥ずかしげなく言えるのよ……」
「えっ、なんだって? 可乃も俺の太いのが欲しいって?」
「言ってない! 敏感どころか自意識過剰も過ぎるわ!」
「そんな君には、床に落ちてたこのチョコをあげよう」
「チョコとネタを使い回してんじゃないわよ!」
文句を言いながら、可乃は俺の手からチョコを奪い取り、口に放り込み、吐き出す。
「ホコリまみれじゃない!」
「床に落ちてたって言ったじゃん」
まったく、こいつは本当にわけがわからない。
「それで、結局、どうするのよ」
少し怒鳴るような声で、勢いのままに切り出したのは、可乃だった。
「一応、水道で表面だけ洗ってくれば食えるとは思うけど」
「チョコの事じゃないわよ!」
「これからも、妹の友達と付き合う事を目指すのかどうか、そして、それを諦めるとすれば、この中の誰かと付き合うのか、だったかな?」
言葉を継いだのは、月代先輩で。
「そうですね、どうすればいいんでしょうか」
「いっそ、死んでしまえば楽になれるかもしれないよ」
「いきなり最強の逃げ道はちょっと」
小さく開いた先輩の口から、冗談であってほしい提案が一つ挙げられる。
「でも、それは結局、ひろ兄が決める事じゃないの?」
「それはもっともだが、肝心の俺が決めかねてるから、相談してみようという事で」
「相談って、私達にするべきじゃないと思うけど……」
「それはもっともだし、もっとも過ぎて何も言い返せない」
俺は、正直なところ迷っている。
現実的に、妹のいない俺が妹の友達と付き合うなんて事ができ得るのか。第一にその問題があり、その問題は妹の友達と付き合う確固たる手段を見つけ出すか、妹の友達と付き合う事に成功するか、もしくは妹の友達と付き合う事を諦めるまで俺に付き纏い続ける。
そして、その問題が片付く前に、俺はこの場にいる三人からそれぞれ告白を受けてしまった。個々に対処し、処理されているべき問題は、しかし第一の問題の結論が出ていないために保留され、事態を非常に複雑なものにしてしまっている。
難解な事態に頭を悩ませた俺が迷走した結果、告白してきた張本人達に直接意見を求めてしまうのも、無理はないだろう。無理はないに違いない。
「あの書を眺めてみる、というのはどうなったんだい?」
「ご覧の通り、さっきから見てはいるんですけども」
俺の部屋の壁、扉から入って向かいの側には、今も『妹の友達と付き合う!』と達筆で書かれた書が飾られている。ただ、恐ろしいのは、万感の思いを込めて書いたはずのその書を眺めても、俺の中にある迷いは一向に立ち消えようとしないのだ。そう、それはまるで、妹の友達と付き合う事への情熱が消え去ってしまった事を意味しているかのようで。
「それでも、妹の友達と付き合う事を目指し続ける決心ができないと」
静かな先輩の声が、俺の内心を総括する。
「意見が欲しいっていうなら、いくらでも言ってやるわよ」
そこで、口火を切ったのは可乃だった。
「あんたが不安に思ってる通り、妹の友達と付き合うのは、現実的に無理だからやめた方がいいわ。早く諦めて、それで、わ、私と付き合いなさい!」
最後は少し照れながらも、一思いにそう言い切る。
「いいでしょ、一度は私と付き合ってたんだから。あの時は、その、色々喰い違っちゃったけど、今ならもう少し上手くやれると思うし」
顔を赤くした可乃の言葉は、意見というよりもただの告白だった。思えば、可乃からの告白だけは中途半端に終わっていて、まともな告白はこれが初めてかもしれない。
「私は、やっぱりひろ兄が好きなようにするのが一番いいと思う」
余韻を断ち切るように、続いて柚木が口を開く。
「もちろん、私と付き合ってくれれば嬉しいけど、私にとっては、ひろ兄が幸せでいてくれるのが一番だから」
ちらり、と可乃を見たのは、対抗心からか。思えば、柚木は最初から可乃を嫌っていたわけではなく、恋敵としてライバル視していたのかもしれない。
だが、それだけでなく、柚木の言葉は本心でもある。根拠はないが、そう思えた。
「そうだね、私も弘人くんの選択に任せたいかな」
最後に、柚木に賛同するように月代先輩が頷く。
「私は、自由で奔放な弘人くんが、その考え方が好きだから。誰かに決められるのではなく、弘人くん自身が出した答えを見守って、できればその中にいたいと思う」
気負いのない声で、先輩はただ意見を述べるように語る。そうするのが、俺に気負いを掛けないためだと思うのは、自惚れではないだろう。
語った言葉は三者三様。自分を選んでほしい、幸せになってほしい、好きな形のままでいてほしい。三つの思いは、差異こそあれど、優劣を見出だせるものではなくて。
「……あぁ」
そう、俺は気付いていたのかもしれない。可乃、先輩、そして柚木から、告白などされるまでもなく、彼女達からの好意に。それが恋愛の好きだと、言葉で捉えていたわけでなくとも、頭より先に第六感のようなものが理解していた。
そして、だからこそ、俺は『妹の友達と付き合う』という口実を用意し、この身に受けるには多すぎる好意を保留しようとした。三人の内、誰か一人なんて、俺には選べないから。だからと言って、告白を受けた順、なんてものに任せるわけにもいかないから。
頭が垂れる。これまでそうしてきたように、逃げてしまいたい。無意識に妹の友達と付き合いたい、なんて心にもない言い訳を考えついた時のように。
心にもない、言い訳?
「……なーんて事は、まったくないね!」
なんて事は、全く全然これっぽっちもなかった。
少し考えてみれば、俺は柚木からの好意を家族へのそれとしか思っていなかったし、先輩からは後輩としてかわいがられているだけだと思っていたし、可乃に至っては、勘違いで付き合って別れたクラスメイトとしか思っていなかった。大体、誰に告白されたとしても、何なら三人同時に告白されたとしても、俺なら上手い事三人と付き合う方法を探すはずで、あえて保留する口実を考えたりはしない。
そもそも、言い訳にしても、『妹の友達と付き合う』なんてのは無理がありすぎる。妹のいない俺がそんな無茶苦茶な事を言い出すとすれば、無茶苦茶を知りつつ、それを上回る願望を妹の友達に抱いているから以外ではあり得ない。
そう、俺はいまだ、三人の思いを踏み越えてまでも、妹の友達と付き合いたいのだ。
俺にその事を気付かせてくれたのは、思いの象徴である自筆の書ではなく、床に転がった一冊の本。思いの源泉であるエロ漫画の表紙だった。
「うわっ、何、急に?」
自分への叱咤が声に出ていたようだが、今はそんな事はどうでもいい。
「すまない、可乃、先輩、柚木」
謝罪。その意味を、あえて説明はしない。
「俺はっ! 妹の友達とっ! 付き合うっ!!」
全身全霊で叫びながら、壁に掛けられた書を引き裂く。
そう、思いは文字などではなく、俺の内にこそあるべきものだ。というわけで、小さくばらばらに散った書を口に放り込もうとしたが、寸前で思い直してやめる。流石に墨汁と和紙を喰うのは気持ち悪い。
「……うん、今の君は輝いてるよ、弘人くん」
「ありがとうございます、先輩!」
眩しげに、あるいは寂しげに目を細める先輩へと、全力の笑みを返す。
「もう、ひろ兄はバカなんだから」
「バカで結構だとも! ……いや、やっぱりバカはちょっと嫌だ!」
「ばーか。ひろ兄のばーか」
呆れたように、それでも柚木は笑ってくれる。
「……なんで急に開き直ってるの? 大体、妹の友達と付き合えないから、って話だったのに」
「シャラップ! ここはなんだかんだ祝福するノリだろうが!」
「ノリとか知らないわよ!」
しかし、自称ノリとか知らない可乃は野暮なツッコミで流れを切る。こいつはなんでもツッコめばいいわけじゃないって事がわかってない。
「おーい、何叫んでんだ、兄貴」
「友希! ちょうどいい! こっちに来い!」
「いや、なんだよ、おいっ」
間が悪いところで扉をノックして来た友希を、ここであえて部屋に入れる。大団円までの道筋は整った。
「友希、妹の友達と付き合うために必要なものはなんだ?」
「妹だろ」
「違う!」
予想通りの正論を、しかし真っ向から叩き潰す。
「妹の友達と付き合うために必要なたった一つのもの、それは――」
俺にはわからない。本当にこれから妹の友達と付き合う事ができるのか、可乃の、先輩の、柚木の思いを踏み越えてまで妹の友達と付き合うべきなのか。三人の内の一番を選ぶ事すらできない俺には、愛が何なのかすらわからない。
それでも、これだけはわかっている。
「妹の友達と付き合いたいと思う心だ!」
そう、エロ漫画の最後の一コマを指さし、そこに書かれた真理を叫んだ。
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