ジューエン

桃田桃々子

文字の大きさ
1 / 1

ジューエン

しおりを挟む
 夕方の公園では、イベントの片付けが始まったようだ。広場にはたくさんの空のケージと、『いぬねこじょうと会』の看板が残っている。居場所のない犬や猫に、飼い主を探すためのイベントだ。

 部活帰りに通りかかった健介は、片すみに猫が一匹だけ残っているのを見つけて、ふと足を止めた。数年前に飼っていた〝ジューエン〟のことを思い出したのだ。


 ジューエンとの出会いはペットショップだった。健介は子犬に夢中になっていた。

「母さん、この子犬ほしい!」

 ねだる健介に、母は言った。

「だれが世話すると思ってるの、母さんは忙しいんだから、ダメ。」
「ちゃんと世話するよ!」
「…じゃあ、テストね。あれをちゃんと飼えたら考えるわ。」

 母は近くの水そうを指差した。そこには、さびた鉄みたいな色の地味な金魚が一匹、ヨロヨロと泳いでいた。よく見ると、尾びれの先がゆがんでいる。水そうには、『売れ残りにつき十円』と書かれていた。

 仕方なくそいつを買って帰り、健介が世話をできるかどうかのテストが始まった。金魚は家族から「ジューエン」と呼ばれた。

 健介は正直、ジューエンを可愛いとは思わなかった。ジューエンは触れ合えないし、一緒に散歩もできない。たった十円の金魚の世話は面倒だったけれど、死なせてしまえば不合格になって、子犬を買ってもらえない。健介はふくざつな気持ちで世話を続けた。

 そうしてしばらくたったある日、健介はジューエンの夢を見た。

 小さくなった健介は、水そうの中にいた。ジューエンがうれしそうに、ゆがんだ尾びれを器用に動かして、くるくる泳いでいる。

「ああうれしい、私、あなたとお話したかったの。」

 ジューエンがしゃべった。そのかわいらしい声に、健介は思わず口をすべらせた。

「ジューエン、おまえ、メスだったのか。」

 ジューエンは口をムッと閉じ、くるくる泳ぎをやめた。
「失礼ね、レディーに向かって。
 まぁいいわ、今夜はあなたにお礼を言うために呼んだんだから。」
「お礼?」
「そうよ。」

 ジューエンはゆがんだ尾びれを楽し気にゆらした。

「私ね、ペットショップにいるとき、お前は十円でも売れないかもな、なんて言われて、とっても悲しかったの。でも、健介が連れて帰ってくれて、本当に、本当にうれしかった。毎日ご飯をもらって、私は必要とされているんだ、生きてて良いんだって思えたわ。」

 健介は、言葉を失ってジューエンを見つめた。

「これまで本当にありがとう。とても幸せな一生だった。もし生まれ変わっても、また健介といっしょに過ごしたいわ。そのときは売れ残りって言われる前に、早めに迎えに来てね…」

 ジューエンはそれだけ言うと消えてしまった。健介はさいごまで何も言えなかった。

 目が覚めて真っ先に水そうを見に行くと、いやな予感通り、ジューエンは死んでしまっていた。

 ジューエンの墓を作りながら、健介は罪悪感でいっぱいだった。

 テストは不合格だ。自分には動物を飼えない。ずっと世話をしていたけれど、健介はジューエンが本当にメスなのかも分からないし、本当に幸せにできた自信もない。母に怒られない程度に世話をしていただけで、ジューエンがジューエンの命を生きているのを見ようともしなかった。大切にできなかったのだ。ジューエンには健介しかいなかったのに。


 それからしばらくたつが、健介はずっと生き物を飼う気になれずにいる。けれど今は、イベント会場に一匹だけ残った猫が、出会った日のジューエンに重なって、どうしても気になった。

 片付け中のイベント会場に入る。残りものの猫がこちらを向いた。地味なサビ色で、尾の先が曲がっている。
 なつかしさがこみ上げて、健介は思わず呼びかけた。

「ジューエン、いっしょに帰ろうか。」

 そっと、子猫を抱き上げた。子猫は、「ひさしぶり、待ちくたびれたわよ」とでもいうように健介を見上げて、にゃあと鳴いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です* 最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

ナナの初めてのお料理

いぬぬっこ
児童書・童話
ナナは七歳の女の子。 ある日、ナナはお母さんが仕事から帰ってくるのを待っていました。 けれど、お母さんが帰ってくる前に、ナナのお腹はペコペコになってしまいました。 もう我慢できそうにありません。 だというのに、冷蔵庫の中には、すぐ食べれるものがありません。 ーーそうだ、お母さんのマネをして、自分で作ろう! ナナは、初めて自分一人で料理をすることを決めたのでした。 これは、ある日のナナのお留守番の様子です。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

【完結】誰かの親切をあなたは覚えていますか?

なか
児童書・童話
私を作ってくれた 私らしくしてくれた あの優しい彼らを 忘れないためにこの作品を

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

処理中です...