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ジューエン
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夕方の公園では、イベントの片付けが始まったようだ。広場にはたくさんの空のケージと、『いぬねこじょうと会』の看板が残っている。居場所のない犬や猫に、飼い主を探すためのイベントだ。
部活帰りに通りかかった健介は、片すみに猫が一匹だけ残っているのを見つけて、ふと足を止めた。数年前に飼っていた〝ジューエン〟のことを思い出したのだ。
ジューエンとの出会いはペットショップだった。健介は子犬に夢中になっていた。
「母さん、この子犬ほしい!」
ねだる健介に、母は言った。
「だれが世話すると思ってるの、母さんは忙しいんだから、ダメ。」
「ちゃんと世話するよ!」
「…じゃあ、テストね。あれをちゃんと飼えたら考えるわ。」
母は近くの水そうを指差した。そこには、さびた鉄みたいな色の地味な金魚が一匹、ヨロヨロと泳いでいた。よく見ると、尾びれの先がゆがんでいる。水そうには、『売れ残りにつき十円』と書かれていた。
仕方なくそいつを買って帰り、健介が世話をできるかどうかのテストが始まった。金魚は家族から「ジューエン」と呼ばれた。
健介は正直、ジューエンを可愛いとは思わなかった。ジューエンは触れ合えないし、一緒に散歩もできない。たった十円の金魚の世話は面倒だったけれど、死なせてしまえば不合格になって、子犬を買ってもらえない。健介はふくざつな気持ちで世話を続けた。
そうしてしばらくたったある日、健介はジューエンの夢を見た。
小さくなった健介は、水そうの中にいた。ジューエンがうれしそうに、ゆがんだ尾びれを器用に動かして、くるくる泳いでいる。
「ああうれしい、私、あなたとお話したかったの。」
ジューエンがしゃべった。そのかわいらしい声に、健介は思わず口をすべらせた。
「ジューエン、おまえ、メスだったのか。」
ジューエンは口をムッと閉じ、くるくる泳ぎをやめた。
「失礼ね、レディーに向かって。
まぁいいわ、今夜はあなたにお礼を言うために呼んだんだから。」
「お礼?」
「そうよ。」
ジューエンはゆがんだ尾びれを楽し気にゆらした。
「私ね、ペットショップにいるとき、お前は十円でも売れないかもな、なんて言われて、とっても悲しかったの。でも、健介が連れて帰ってくれて、本当に、本当にうれしかった。毎日ご飯をもらって、私は必要とされているんだ、生きてて良いんだって思えたわ。」
健介は、言葉を失ってジューエンを見つめた。
「これまで本当にありがとう。とても幸せな一生だった。もし生まれ変わっても、また健介といっしょに過ごしたいわ。そのときは売れ残りって言われる前に、早めに迎えに来てね…」
ジューエンはそれだけ言うと消えてしまった。健介はさいごまで何も言えなかった。
目が覚めて真っ先に水そうを見に行くと、いやな予感通り、ジューエンは死んでしまっていた。
ジューエンの墓を作りながら、健介は罪悪感でいっぱいだった。
テストは不合格だ。自分には動物を飼えない。ずっと世話をしていたけれど、健介はジューエンが本当にメスなのかも分からないし、本当に幸せにできた自信もない。母に怒られない程度に世話をしていただけで、ジューエンがジューエンの命を生きているのを見ようともしなかった。大切にできなかったのだ。ジューエンには健介しかいなかったのに。
それからしばらくたつが、健介はずっと生き物を飼う気になれずにいる。けれど今は、イベント会場に一匹だけ残った猫が、出会った日のジューエンに重なって、どうしても気になった。
片付け中のイベント会場に入る。残りものの猫がこちらを向いた。地味なサビ色で、尾の先が曲がっている。
なつかしさがこみ上げて、健介は思わず呼びかけた。
「ジューエン、いっしょに帰ろうか。」
そっと、子猫を抱き上げた。子猫は、「ひさしぶり、待ちくたびれたわよ」とでもいうように健介を見上げて、にゃあと鳴いた。
部活帰りに通りかかった健介は、片すみに猫が一匹だけ残っているのを見つけて、ふと足を止めた。数年前に飼っていた〝ジューエン〟のことを思い出したのだ。
ジューエンとの出会いはペットショップだった。健介は子犬に夢中になっていた。
「母さん、この子犬ほしい!」
ねだる健介に、母は言った。
「だれが世話すると思ってるの、母さんは忙しいんだから、ダメ。」
「ちゃんと世話するよ!」
「…じゃあ、テストね。あれをちゃんと飼えたら考えるわ。」
母は近くの水そうを指差した。そこには、さびた鉄みたいな色の地味な金魚が一匹、ヨロヨロと泳いでいた。よく見ると、尾びれの先がゆがんでいる。水そうには、『売れ残りにつき十円』と書かれていた。
仕方なくそいつを買って帰り、健介が世話をできるかどうかのテストが始まった。金魚は家族から「ジューエン」と呼ばれた。
健介は正直、ジューエンを可愛いとは思わなかった。ジューエンは触れ合えないし、一緒に散歩もできない。たった十円の金魚の世話は面倒だったけれど、死なせてしまえば不合格になって、子犬を買ってもらえない。健介はふくざつな気持ちで世話を続けた。
そうしてしばらくたったある日、健介はジューエンの夢を見た。
小さくなった健介は、水そうの中にいた。ジューエンがうれしそうに、ゆがんだ尾びれを器用に動かして、くるくる泳いでいる。
「ああうれしい、私、あなたとお話したかったの。」
ジューエンがしゃべった。そのかわいらしい声に、健介は思わず口をすべらせた。
「ジューエン、おまえ、メスだったのか。」
ジューエンは口をムッと閉じ、くるくる泳ぎをやめた。
「失礼ね、レディーに向かって。
まぁいいわ、今夜はあなたにお礼を言うために呼んだんだから。」
「お礼?」
「そうよ。」
ジューエンはゆがんだ尾びれを楽し気にゆらした。
「私ね、ペットショップにいるとき、お前は十円でも売れないかもな、なんて言われて、とっても悲しかったの。でも、健介が連れて帰ってくれて、本当に、本当にうれしかった。毎日ご飯をもらって、私は必要とされているんだ、生きてて良いんだって思えたわ。」
健介は、言葉を失ってジューエンを見つめた。
「これまで本当にありがとう。とても幸せな一生だった。もし生まれ変わっても、また健介といっしょに過ごしたいわ。そのときは売れ残りって言われる前に、早めに迎えに来てね…」
ジューエンはそれだけ言うと消えてしまった。健介はさいごまで何も言えなかった。
目が覚めて真っ先に水そうを見に行くと、いやな予感通り、ジューエンは死んでしまっていた。
ジューエンの墓を作りながら、健介は罪悪感でいっぱいだった。
テストは不合格だ。自分には動物を飼えない。ずっと世話をしていたけれど、健介はジューエンが本当にメスなのかも分からないし、本当に幸せにできた自信もない。母に怒られない程度に世話をしていただけで、ジューエンがジューエンの命を生きているのを見ようともしなかった。大切にできなかったのだ。ジューエンには健介しかいなかったのに。
それからしばらくたつが、健介はずっと生き物を飼う気になれずにいる。けれど今は、イベント会場に一匹だけ残った猫が、出会った日のジューエンに重なって、どうしても気になった。
片付け中のイベント会場に入る。残りものの猫がこちらを向いた。地味なサビ色で、尾の先が曲がっている。
なつかしさがこみ上げて、健介は思わず呼びかけた。
「ジューエン、いっしょに帰ろうか。」
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