いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介

文字の大きさ
22 / 35

第22話 笑顔

しおりを挟む
「透も心配性だな」

 太陽が真上に居座り出した頃、透は自宅の二階で奏に苦笑されていた。

 今日はたまたま奏が休みだったのもあり、彼女が里奈の世話を申し出てくれたのである。

 おかげで昨日に有給休暇を取っていた透は出勤でき、昼までの仕事を無事にこなせた。

「心配だったのは確かだけど、どちらかといえば戸松に追い出された」

 仕事中に事情を教えたお調子者の同僚が、昼休みに様子を見て来いと半ば強引に透を一時帰宅させたのである。

「彼もあれでいて思いやりのある一面を持っているからな。そうでなければ本物の――いや、やめておこう」

 目を伏せる奏。以前に修治が言った幼女発言を冗談とわかっていても、気にかけてしまうのだろう。

「はは。多分大丈夫だとは思うけどな。ところで里奈は?」

「問題ない。風邪薬は飲ませたし、食欲もある。病院へ行くほどではなさそうだ」

 それにしても、と奏は言葉を続ける。

「母にも困ったものだ。早く二人を透の扶養家族にしなければならないというのに」

 必要書類が準備できていない関係上、いまだ姉妹は透の扶養家族となっていなかった。

 何がどうなってるのか詳しく知っているのは綾乃だけだが、とりあえず姉妹は現在無保険の状態になっているみたいだった。

 そのため病院で診察してもらえば十割負担となる。

 だからといって具合が悪くなる一方なのであれば、黙って寝せておくわけにもいかない。出勤する前に透は病院代として奏に五万円ほど預けていた。

「それとも実は父親が生きていて、親権がそちらにあるのだろうか。なかなかわからないことだらけだな」

 ため息をついた奏は立ち上がろうとしたが、途中で動きを止める。

 何か起きたのかとよく見れば、高熱で顔を上気させている里奈が奏の服を掴んでいた。

「ママ……行かないで……私、いい子にするから……」

 うわ言のように繰り返す。

 母親ではないと否定するかと思いきや、奏は優しい笑顔で座り直し、汗で濡れた少女の髪の毛を優しく撫でだ。

「大丈夫だ。ここにいる」

 声が聞こえたのか、満足そうに頷いた里奈は手を離した。

 やがて寝息が規則正しくなってきたのを受け、静かに奏は少女のそばを立った。

「ゆっくり眠らせてやろう」

 一緒に居間へ戻った透に、奏は肩をすくめてみせた。

「私が母親に見えたらしい」

「意外に似ているのかもしれないな」

 奏は苦笑する。嫌がっているだけという感じではない。

 食卓には透が食品売り場で買ってきた菓子パンが幾つか並んでいる。そのうちの一つを彼女に手渡す。

 二人で簡単な昼食をとっていると、奏はポツリと呟くように言った。

「やはり、しっかりしているように見えても幼い少女だな」

 少女というのが里奈をさしているのは明らかだった。

「大人びた態度で周りと接していながらも、いつ破れてもおかしくない膨らみきった風船のように一杯一杯だったのだろうな。母も彼女に無理をするなと言っていたみたいだが、この状況下で素直に従えるような性格ではなかったか」

「強引にでも休ませるべきだったか。手伝いをしてないと落ち着かなさそうだから、好きにさせてたんだがな」

「どの選択が正しかったかなんて誰にもわからないさ。少なくとも、私に透を責めるつもりはない。だからといって、倒れた彼女に体調管理がなってないと言う気もないが」

 菓子パンを食べ終えた奏が、人心地ついたと軽く息を吐いた。

「奏さんは普段、昼に何を食べてるんだ?」

「私はお弁当だ。自分で朝に作って用意する」

「そりゃ、凄い。俺にはできない芸当だ」

 心から賞賛すると、何故か奏は照れを見せた。

「そんなことはない。その気になれば誰でも作れるさ。そ、そうだ。う、羨ましいなら、その、何だ。今度、君の分も作ってやろうか?」

「え? いや、嬉しいけど、迷惑をかけるわけにはいかないので遠慮しとく」

 それまで多少は期限良さそうだった奏の表情が一変する。導火線に火がつく数秒前という感じだ。

「透と里奈はやはり血が繋がっているのかもしれないな。迷惑をかけると遠慮する性格が特にだ」

「そうかな」

「そうだ。嬉しいのなら、素直に作ってほしいとお願いしたらどうだ。謙虚な性格は美徳かもしれないが、度が過ぎると礼を失するぞ!」

「は、はいっ! お弁当を作ってほしいです!」

 反射的に透は直立不動の姿勢をとってしまう。

「よろしい」

 透の様子を面白そうに眺めていた奏が言った。どうやら機嫌を直してくれたみたいである。

 怒られずに済むと安堵が油断を招いたのか、透はうっかりと心情をこぼしてしまう。

「やれやれ。この分だと、尻に敷かれることになりそうだな」

「――っ!? そ、その言葉のい、意味は……ま、まさか……いや、しかし、異性の気持ちの理解力が欠けている鈍感男だ。何の意図も持たずに発した可能性もあるな」

 一人でぼそぼそと呟きつつも、見る見るうちに奏の表情が鼻歌を歌いそうなものに変化する。

 なんとはなしに発しただけの透は戸惑うも、そのまま伝えるとまた怒りを買う結果になりかねない。

 黙っていると、どこか浮ついた声で奏は休憩時間が終わりそうだと教えてくれた。

「さあ、午後も頑張ってきてくれ。透は主任補佐なのだからな」





 空の主役が月と星に交代すると、立花家も賑やかさを増していた。

 二階で就寝中の里奈はよく眠ったのもあり、熱はだいぶ下がったみたいだった。

 彼女も妹同様に風邪というより、疲れで発熱しただけのようだ。

 様子を見に来てくれた綾乃が奈流を銭湯に連れて行ってくれたらしく、二階で姉妹一緒に大人しくしているという話だった。

 しばらく面倒を綾乃が見てくれるとのことで、透と奏は一緒になって銭湯へ行った。

 帰り道で、湯上りの腕を真上に伸ばして奏は言う。

「透の家にお邪魔するようになって銭湯通いが増えたせいか、足を伸ばして浴槽へ浸かる気持ちよさに魅了されつつあるな」

「ハハハ。俺はとっくの昔からだよ。何だったら、奏さんも銭湯通いを習慣にするといい」

「――っ!? だ、だが、わ、わわ私には自宅があるからな。こ、困ったな」

 どうしてどもってるのだろうと首を傾げつつ、透はそうだなと返した。

「せっかく風呂のある家に住んでいるんだから、活用しないとな」

「……それは、その通り、なのだが。くう。ここで自分の家が空いているとか気のきいた台詞は言えないのか、この男は。私も交際を含めて異性との交流経験は絶対的に不足しているが、だからといってあそこまでではないぞ」

 小声でよく聞こえなかったのもあり、透は首を傾ける角度をさらに下げる。

「何か言った?」

「いや。自分の中にある期待と現実の狭間で揺れ動いていただけだ」

 透は「そうか」としか言えなかった。

 さすがに今夜は泊まらずに、深夜を過ぎる前に綾乃と奏の母娘は帰宅することになった。

 冷蔵庫には作り置きしてもらったおかゆがあるので、それを翌朝に姉妹へ食べさせるように言われる。

「里奈ちゃんや奈流ちゃんの体調に変化があるようなら、深夜でも構わないからすぐに連絡して頂戴」

 綾乃がウインクする。

 頭を下げて透がお礼を言っていると、暗がりの二階から足音がした。

 全員がそちらを向くと、里奈が明かりのついた階段を下りてくる。

「あ、あの。私、トイレに……」

 話を聞くつもりでなかったのは誰もがわかっている。そもそも立花家は玄関の真横がトイレなのだ。

 誰かを見送っている際に催せば、こうして対面するケースもあるだろう。

 里奈はトイレへ入る前に、特に奏へ深々とお礼をした。

「面倒を見て下さってありがとうございました」

「気にするな。前に言ったかもしれないが、困っている時はお互い様だ。しかし、だからといって私は透と君たちの同居へ全面的に賛成しているわけではない。むしろ反対だ」

「ちょっと、奏。何もこんな時に言わなくてもいいでしょう」

 綾乃が嗜めるも、あえて言わせてもらうと奏は突っ撥ねた。

「私や母がこうして面倒を見られるならば、まだいい。だが手助けできなかった場合はどうなる。透も含めて、そのあたりをもう一度きちんと考えてみてほしい」

「はあ……正論だけど、どうしてこう頭が固いのかしらね。私の娘は」

「母さんが柔らかすぎるんだ」

 家でも普段はこうなのだろう。徐々に奏は透たちの前でも、変に母親へ丁寧な言葉を使ったりなどの気を遣わなくなっていた。

「はいはい。それじゃ、私たちは帰るわね。透君、里奈ちゃんたちを無理させちゃ駄目よ」

 二人が帰ると、どうにも寂しさを覚える。

 なんとなくズボンのポケットに両手を突っ込み、首を軽く左右に動かしたりしてみる。

「あの、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」

「いいさ」

 里奈の謝罪に対し、透は言葉を続ける。

「迷惑をかけて、かけられるのが家族だ。そうだろ?」

 里奈がほんの微かに笑った。そこには、作り物ではない優しさがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...