いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介

文字の大きさ
29 / 35

第29話 拒否

しおりを挟む
 激情に任せて冷静さを手放せば、簡単にやり込められる危険性が高い。

 気に食わない相手であろうとも、こうしたやりとりの経験値は律子が圧倒的に上なのは明らかだ。

「私は借金を返済してもらえればそれでよかったのだけど、親戚の中には血が繋がってない男に預けるのは危険だと言い張る人もいるのよ。このままだときっと役所とか警察に通報しかねないわ。そうなると里奈ちゃんたちだけでなく、貴方も色々と困るわよね。社会的信用が落ちれば働き場所も失うでしょうし」

 ここで透は相手の目的を理解する。姉妹の身を案じる風を装いながら、新たに金銭を引っ張ろうとしているのだ。

「今のはまるで脅しみたいに聞こえましたけど?」

「人聞きの悪いことを言わないで頂戴。さっきのは忠告よ。心優しい私が取り返しのつかない事態になる前に、助けてあげようと言ってるの」

「高額な金銭と引き換えにですか?」

「誤解してもらっては困るわ。私が貰うのではないの。貴方の支払いによって二人を養える財力があると証明してもらいたいだけ。それと実際に会って話をすれば、貴方の誠実な人柄を厄介な親戚にきちんと説明できるわ」

 遠回しな言い方をしているが、神崎の要求は明白だった。

 要するに姉妹を引き取ったままでいたいなら、親戚の説得料という名目で新たに金を支払えというのである。

 それも今度は代理を立てず、透一人で来いという条件付きだ。

 他人を介さないようにして、搾り取れるだけ取ろうとしている。

 守銭奴と罵ってやりたいが、神崎は何のダメージも受けないだろう。むしろ褒め言葉だと笑うかもしれない。

 透が支払いを断れば、あらゆる理由をつけて姉妹と引き離そうとするはずだ。そうでなければ脅しにはならない。

「金額は五百万円。手持ちがなければ、その程度は借金でも何でもして用意できるでしょ。回答期限は今よ」

「ふざけるな!」

「あら、心外ね。私は本気よ。さあ、どうするの?」

 考える暇を与えず、混乱させてとりあえずの返答をさせようとする。

 もしかしたら電話の内容を録音している可能性もある。

 言質をとって、後で第三者が介入しようとも五百万円だけは支払わせる。狙いは透けて見えるのに一蹴できない。

 姉妹を手放せば透は損をしないが、二人の泣き顔を思えばそんな決断はできなかった。

 何より、亡くなった父に怒られるような気がした。

 自分より他人を優先して損をする性格。亡き父による透の考察は当たっていた。

「私も暇でなくてね。あと五秒で電話を切らせてもらうわ」

 仕方ない。五百万円の借金くらい、一人でなんとかしてみせる。透は覚悟を決めた。

「わか――」

 そこまで発したところで、脳裏にこれまでに行ってきた姉妹とのやりとりが蘇る。

 人間は一人では生きていけない。誰かを助け、そして助けられている。一人で抱え込むより、素直に助けてと言えばいい。

 幸いにも、それを許してくれる人間が身近にいる。

 父親が残してくれたお金とは違う財産。考えてみれば姉妹もそうなのかもしれない。

 こんな状況だというのに、透の口元に笑みが浮かぶ。

「それで、どうなの? 答えを言いかけていたみたいだけど」

 返事を急かす神崎に、透はきっぱりと告げる。

「わかったとは言えませんね。一人で決められる問題ではありませんので、あとでこちらから連絡します」

 相手の言葉を待たずに電話を切る。脅しを実行に移されるかもしれないが、その時はその時だ。





 夜になって、透は自宅に綾乃と奏の母娘に来てもらった。

 皆で銭湯へ出かけたあとに、姉妹も含めて居間で円になって話す。

 電話の内容をすべて伝えると姉妹は泣きそうな顔になり、母娘は憤った。特に綾乃は見たことがないほど、怒りで顔を紅潮させた。

「汚い真似をしてくれるわね。ここまで舐められると思わなかったわ」

 吐き捨てるように言うと、なんとか笑みを作って透の顔を見る。

「よく話に乗らなかったわね。応じていたら介入したくても当事者同士の問題で押し切られて、面倒な事態になるところだったわ。もしそうなっても、私が透君や里奈ちゃんたちを見捨てるなんてありえないけどね」

 今にも神崎へ喧嘩を売りそうな母親を宥めるでもなく、奏も同様の意思を示した。

「まったくだ。そのような下劣な女に、最初から話し合いなど無意味だったのだ。応じて支払ったとしても、今後も手を変え品を変え金を要求してくるに決まっている」

「俺もそう思う。だから綾乃さんと奏さんに相談したい。それと、当事者であるお前たちにも聞いてもらいたかった。事実はきちんと伝えなきゃな」

 隠しても、何かの拍子に聞かれてしまう可能性はある。現にこれまでも何回か似たような事態に遭遇している。

 一番最悪なのは事情を知った姉妹が責任を感じ、誰にも言わずに神崎のところへ戻ることだ。そうさせないためにも、透は先手を打ったのである。

「話を聞いていてわかったと思うが、お前たちは俺の妹だ。何も心配する必要はない。黙って出て行ったりしたら、お仕置きするからな」

「お、お姉ちゃん。奈流、おしおきはいやー」

「……そうね。迷惑をおかけしますが、お願いします」

 里奈が神崎と話をしても、まず間違いなく判断能力に乏しい子供の意見は聞けないと言われて終わりだ。

 乗り掛かった舟ではないが、せっかくの縁をなんとか守りたい。

 そんな透の意思を、綾乃は尊重してくれる。

「それなら作戦を練らないとね。明日の朝一番で、私が知り合いと一緒に神崎氏と話をするわ。透君の代理人という形にしていいかしら」

「お願いします。俺に出来ることがあれば、言ってくれれば手伝います」

「その時は頼むわね。まずは皆で食事をして、これからのための英気を養いましょう」

 両手を上げて賛成したのは奈流だ。

「たまごかけごはんがいいー。サンマのかんづめと、サラダー」

 サラダは袋入りで百円のもので、味付けサンマの缶詰も百円を切る。卵も日曜日などの特売日に姉妹が買ってきたりしている。

 三人で食べても三百円に届かないというおかず代の安さである。

 立花家では意外と定番なのだが、透は二人の大人の女性――特に奏からジト目を向けられるはめになる。

「無理を言うつもりはないが、食事の内容はもっと考えるべきだ。手抜きの極みではないか」

「いや、その……ごもっともです」小さくなる透。

「フォローしてあげたいところだけど、これは少し問題よね。二人を預かる学校の長としても心配だわ。だから奏、早く透君と結婚してしまいなさいな」

 母親からのいきなりすぎる勧めに、奏は顔から湯気を上げそうなくらいに慌てる。

「わ、私たちはまだ交際してもいない! 結婚なんてできるわけがないだろう!」

「そうなの? せっかく必殺のTフロントを貸してあげたんだから、有効活用しなさいな。透君くらいの年齢の男性なら一撃よ。作っちゃえばこっちの勝ちだから」

「それが小学校を預かる者の発言か! 母さんは少し黙っててくれ!」

 賑やかさを増す居間。綾乃と奏のやりとりも最近では恒例になりつつあるので、心配は誰もせずに笑う。

 緩く流れる時間はとても幸せで、ずっと続くのを願ったが、透の祈りは届かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...