その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の小学校編

葉月とカレー

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「今日は調理実習でね、カレーライスを作ったんだよ」

 家族揃っての夕食時。
 恒例となりつつあるメニューの肉じゃがを春道が頬張っていると、娘の葉月がそんな報告をしてきた。

 当初は包丁さばきにかなり問題があったものの、現在では母親の和葉の積極的な助けがなくとも、ほぼひとりで普通に肉じゃがを調理できるまでになっていた。
 葉月に包丁を握らせないための方便として、免許皆伝なんて与えてしまったがために、春道は妻から相当に叱責されたのは記憶に新しい。

 とはいえ、和葉が熱心に娘を指導して、料理の腕を上達させてくれたおかげで変な心配をする必要はなくなった。
 独特すぎる調理方法も人並みのに進化し、今回の調理実習ではさぞかし活躍したに違いない。春道も父親なので、たまには娘の自慢でも聞いておこうかと耳を傾ける。

「そうなの。美味しく作れた?」

 高木和葉が優しい口調で愛娘に質問をする。ひとたび怒り出すと悪鬼羅刹も真っ青な恐ろしさを発揮するが、普通に接している限りはきっと優しい女性である。
 今夜も微笑ましげな母娘の会話をしており、春道は無理に加わろうとせず、穏やかに眺めながら食事を楽しむ。

「うんー。とっても美味しかったよ」

 基本的に好き嫌いがあまりない子なだけに、食べたものを美味しくなかったと評価するケースは極端に少ない。幼いように見えて、意外としっかりした一面も持っている。

 大人な並に気遣いができるのを誇らしいと思う反面、もう少し子供らしくしてもよいのではないかと心配する時もある。
 そんな春道の前で、なおも母娘は夕食時の会話を継続する。緊迫感は微塵もなく、テレビのホームドラマでみ観ているような感じだった。

 それぞれが夕食を終えたのを確認し、春道は愛妻に食後のコーヒーをお願いする。出会った当初なら「ご自分でどうぞ」という言葉を、冷たい視線と一緒に送られただろうが今は違う。
 笑顔で「わかりました」と応じてくれ、愛娘の葉月にも何か飲むか尋ねている。

「葉月ね、オレンジジュース」

「構わないけれど、一杯だけよ。
 それと、眠る前に、きちんと歯は磨きなさい。いいわね」

「うん、大丈夫。だって、葉月。毎日、しっかり歯磨きしてるもん」

 模範的な愛娘の回答に、目を細めて和葉が頷く。微笑ましい光景がふんだんに用意されている日常は、春道の幸せそのものだった。

「そう。よくコーヒーを飲んでいるのに、仕事が忙しいからと顔も洗わずに眠ることもある誰かさんに教えてあげたいわね」

「あ、あの、コーヒーはやっぱりいいかな、うん。それより、仕事をしないとな」

 そそくさと逃げようとする春道を「遠慮なさらないで、あなた」という言葉が、強制的に引き止める。これで逃げられなくなったも同然だった。

 娘がきちんとしているのに、父親のあなたはどうですか。
 笑顔の愛妻は、無言ながらも春道に目でそう告げていた。

 かなり旗色が悪くなってきたのもあり、話題を変えてやろうと、春道は娘の葉月へ話しかける。和葉と正面から論争をしても、勝機がないのはこれまでの夫婦生活で十二分にわかっていた。

「上達した葉月の料理の腕に皆、驚いていただろ。機会があれば、俺も食べてみたいものだな」

 迂闊に言ったが最後。愛娘の両の瞳が、待ってましたとばかりに輝く。

「うんっ! パパのお願いなら、いつでも作るよ。まだカレーライスの作り方はきちんと覚えてないけど、野菜なら切れたから。なんか変な形だったけど」

 ――ん?

 葉月の不可思議な台詞を受けて、ほぼ同時に春道と和葉は顔を見合わせる。

 変な形に切れた野菜とは何だ。
 頭の中で考えていてもわからないので、当人に聞いてみるしかないのだが、何故か聞かない方がいいと春道の本能は警告していた。
 なかなか唇が言葉を作ってくれない春道の代わりに、和葉が愛娘へ質問する。

「ど、どうして……野菜が変な形に切れてしまったのかしら」

「うーんと……わかんない。
 カレーライスの作り方もわからなかったから、免許皆伝の方法で切ったら、そうなったの」

 和葉とともに絶句した春道は、幸せな夕食のひと時がすぐに終わるのを覚悟した。

   *

 夕食が終わったばかりにも関わらず、材料があったことから、カレーライスを少しだけ作ることになった。

 基本的には反対の立場だったが、余計な発言をすると矛先がこちらに向く。なにせ免許皆伝を与えたのは、他ならぬ春道だからだ。
 愛娘の衝撃的な告白のあと、なんともいえないジト目で見られて、嫌な汗をかいたばかりだ。君子危うきに近寄らずである。

「では、まず、材料を水洗いするわよ」

「ざぶーん」

「はい、ちょっと待ちなさい」

 自宅調理実習が開始された早々に、講師役の和葉が生徒役の愛娘にストップをかける。
 ここぞの場面ではきめ細やかな気の遣い方を見せるのに、こと料理に関しては雑そのものである。
 和葉はしっかりと料理ができるので、母親の背中を見て育てば、普通はこうならないはずなので不思議だった。

 ちなみに春道は料理をしない。ごくごく簡単なメニューならなんとかなるが、きちんとしたものとなるとまず作れなかった。
 だからこそ、愛妻の作ってくれる料理を毎日美味しく食べさせてもらっている。

「葉月、もっと食材を丁寧に扱いさない。この前、教えたでしょう」

 つい先日、和葉は料理下手な娘に肉じゃがの作り方を伝授したばかりだった。
 おかげできちんと調理できるようになったはずなのだが、これまでの流れを見ていると、とてもそうは思えない。

「えー? でも、肉じゃがとカレーライスは違うよ?」

「……そういうことですか」

 葉月の説明を受けて、和葉は頭を抱えながらも納得した様子を見せる。
 春道も大体は理解した。要は、肉じゃがの作り方とカレーライスはすべて作り方が違うと思い込んでいたのだ。ゆえに葉月は、学校での調理実習時にも本来の豪胆さを発揮した。

 融通がきかないというより、ここは素直だと褒めておくべきなのだろう。
 しかし春道が口を挟んだせいで、よからぬ展開になると困るので意図的に黙っておく。

「いい、葉月。料理の下準備というのは、どのメニューでも変わらないの。静かにお野菜などの食材を洗い、慎重かつ丁寧に切っていくのよ」

「そうなんだー。さすが、ママだね」

「ありがとう。どのくらいの大きさに切るのかわからない時は、知っている人に尋ねればいいのよ」

「パパとかー?」

「お友達を失いたくないのであれば、それだけは止めておくのが懸命ね」

 春道がリビングにいて、料理風景を見ているのを知っていながら、酷い言い方である。それだけ、免許皆伝を恨んでいるのだ。
 和葉でこの有様なら、葉月と一緒に調理実習してくれている友人たちは、もっと春道を憎んでいそうだ。何気ないひと言で、まさかこうなるとは思ってもいなかった。後悔先に立たずとは、よく言ったものである。

「じゃあ、肉じゃがの時みたいに、お野菜を洗えばいいんだねー」

「そうよ。葉月はお利口さんね」

 学校での調理実習において、退化したような印象はあったけれど、すでに肉じゃがの作り方は覚えている。余計な自己判断さえなければ、下準備なら普通にできる。
 現に葉月の手際は急激によくなり、隣で教えている和葉も安堵の表情を見せる。

「それにしても、肉じゃがとカレーが違うからってだけで、よくこんな大事になるもんだ。さすがは和葉の娘といったところか」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 いきなり背後から聞こえてきた声に驚き、春道は閉じていた目を慌てて開いた。
 料理風景を見物していた春道も安心できたので、ついつい目を閉じながら自然と呟いてしまっていたのだ。

「あ、あれ……和葉さん。どうしてここに?」

「カレーを作っているうちに、お友達へ電話して、家へご招待したらと葉月に提案したのです。学校ではご迷惑をかけてしまったでしょうから」

 確かに夜もさほど深くないため、子供たちを呼んでも問題はない。帰りには春道が責任を持って、全員を送り届ければいいだけだ。
 葉月も母親の提案に賛同したらしく、リビングにある電話機でいつの間にか電話をかけていた。

「ところで……先ほどの発言の真意をお聞かせ願えますか?」

「ええと、その……和葉は今日も綺麗だね」

「あら、嬉しいです……。
 と照れて、誤魔化されるとでも思いましたか?
 あなたは私を、融通のきかない女と思っていたのでしょうね」

「いや、それは、あの、その」

 愛娘の葉月が大喜びで友人宅へ電話をかけている間、春道はしどろもどろになりながら、妻への弁解をし続けた。

   *

「まったく……カレーが焦げてしまっていたら、どう責任をとってくださるつもりだったのですか」

 春道を詰問しすぎていたせいで、カレーが危うく調理されすぎるところだった。
 葉月は友人へ電話をしており、和葉も春道を責めていた。したがってその時間帯に、カレーを注意深く観察している人間は皆無だったのである。

 カレーの匂いが香ばしくなりすぎたおかげで、かろうじて難を逃れることができた。現在では和葉の力によって、問題のないところまで回復している。

 そうこうしているうちに、葉月の友達がひとり、またひとりと高木家へやってきた。
 お邪魔しますと丁寧に挨拶をする友達を、葉月がきちんと出迎える。キッチンから届いてくる香りを話の題材にして、仲良く会話を楽しむ。

 葉月が呼んだのは、女の子が三人と男の子が一人だった。全員に見覚えがあり、男の子は以前、春道に何事か言ってきてた子供だった。確か、仲町和也君といったはずだ。

 女性陣が和やかに会話を楽しんでいる中、ひとり取り残された感じのある和也が、所在なさげに立ち尽くしている。放置するのもかわいそうなので、春道はリビングに来て椅子に座るよう勧めた。

「ありがとうございます」

 助かったとばかりに椅子へ座った男の子は、それでもちらちらと暇さえあれば葉月たちの方を見ていた。

「学校では、葉月が迷惑をかけていないかな」

「あ、いえ……俺、じゃなくて、僕こそ、前はすみませんでした」

 和也は去年、葉月をいじめていた経験がある。春道がそれを知って、授業参観の日に直接話しかけて解決をした。
 以来、いじめ行為はなくなり、逆に葉月の味方になってくれているみたいだった。昔の過ちをきちんと謝罪できているのなら、あとは未来が大事になる。

「葉月が気にしてないのであれば、いいさ。
 それよりも……どうして男の子は、君がひとりなんだろうね」

「あ……多分、高木……さんが呼んだのは、調理実習の班のメンバーです」

 ここで春道は、和也に班決めの際のやりとりを教えてもらった。和葉の意図を察し、迷惑をかけたであろう面々を優先的に招待したのだ。
 女性は女性で、葉月がきちんとカレーを作ったのを驚くと同時に称賛している。好美という少女が、時折、春道を見ながら「暗黒魔道士」と言うのだけは謎だったが、とにもかくにも皆喜んでくれている。

「じゃあ、カレーもできたし、皆で食べましょうか」

 葉月はすでに夕食を済ませたものの、他の子供たちはまだみたいだった。全員で美味しくカレーを食べ、その後は仲の良いお話タイムの始まりとなる。
 その頃には和也も他の女子たちと普通に会話できるようになっており、仲間外れなく楽しいひと時を過ごせた。

 お開きになったあとは、和葉が後片づけをしてるうちに、春道と葉月が車で他の子たちを自宅まで送り届ける。

 こうして今日も楽しく過ごせて、一日が終わった。
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