その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の小学校編

進級と友情

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 雪が解け、大地を彩る色が白から緑に変わる。肌に突き刺さるような風が、優しく撫でるようになり、季節の移り変わりを実感する。

 春休みも終われば、いよいよ新学期が始まる。葉月の通う小学校も例外ではなく、今日から4年生になる。
 各階に2学年ごとの教室が並んでるので、3年生時と同じく、教室が2階にあるのは変わらない。変更があるのはクラスのメンバーだった。

 新学期最初の日は、教室の外側の壁――廊下に面したところに、そのクラスに所属する生徒の名前が書かれた紙が貼られる。自分の名前を見つけた場所が、これから1年間所属する場所になる。
 時代の変化なのか、毎年クラス替えをしていくのが最近決まったばかりだった。

「全員が、同じクラスだといいんだけど……」

 葉月と一緒に登校した親友の今井好美が、自分の名前を探しながら呟いた。彼女の言う全員とは、普段から仲良くしている面々のことだ。葉月に好美、さらには佐々木実希子と室戸柚を加えた4人が該当する。

「あ、あった。私は松組ね」

 50音順に名前が並んでるので、好美は早くも自分の名前を見つけたみたいだった。そのまま他の人の名前も探す。
 実希子の名前が同じ紙の中にあり、タ行を飛ばして柚の名前が並ぶ。和也も松組だった。

 何度見返しても、貼り紙内に並ぶ名前に変化はない。今井好美、佐々木実希子、室戸柚は確認できるのに、葉月の名前はなかった。
 それが意味する事実はただひとつ。仲良し4人組の中で、葉月だけが別のクラスになってしまった。

 好美も少なからずショックを受けてるみたいで、気まずい空気が流れる。
 そこに実希子がやってきて、明るい口調で挨拶してくる。

「おはよ。あ、そういやクラス替えだったな。2人とも、もう確認したの……か……?」

 よほど暗い顔をしていたのか、実希子の声のボリュームが小さくなった。慌てた様子で目の前の貼り紙を、他の生徒と競うように確認する。
 すぐに葉月の名前だけがないのに気づき、声を出せなくなってしまう。

 好美らと同じクラスになれないのは嫌だが、我儘を言うわけにはいかない。仲の良い子と一緒になれなかったのは、葉月ひとりだけではないはずだ。
 それに、このままだと好美らに気を遣わせてしまう。せっかくの新学期なのだから、少しでも楽しい気分で過ごしてほしかった。

「えへへ、葉月だけが別のクラスになっちゃったね。じゃあ、あっちで確認してくるね」

 なんとか笑顔を浮かべてそう告げると、足早に隣の竹組の壁へ移動する。貼られている紙の中には、やっぱり高木葉月という名前があった。
 残念だが、クラス替えがあるとわかった時から、こうなる可能性も考えていた。仕方ないよと自分で自分を慰めながら、葉月はひとりで新しい教室の中へ入った。

 見知った生徒同士が仲良く会話をする中、葉月だけがぽつんとひとりぼっち……になったりはしなかった。
 田舎の学校で全体の生徒数が少ないだけに、1学年ごとに2つの学級しか存在しない。だからこそ、3年生の時も同じクラスだった女子は何人もいる。そういった女児たちが、好美らと別々になってしまった葉月を気遣って声をかけてくれた。

 誘われてその子らと近くの席に座る。わいわいと話している間に、新しく担任になる先生がやってきた。
 きちんとした席替えをするまでは、今のままでいいということになった。仲間外れにされてる生徒もいないので、誰からも不満は上がらなかった。

 その後に体育館での始業式に臨み、多少の注意やこれからの話などを少しだけして解散になった。皆にバイバイと挨拶してから、葉月は廊下に出る。
 隣の松組ではまだ先生が話をしてるみたいだった。待ってようかとも考えたが、今日は特に遊ぶ約束をしてるわけでもない。
 いつ終わるかもわからないし、今日のところはひとりで帰った方がいいかもしれない。そんなふうに考えて、葉月はひとりだけで帰宅した。

   *

 夜になって家族全員がリビングに集まったところで、高木家の夕食が始まる。
 4月になって、日もだいぶ長くなった。午後5時を過ぎても明るかったので、外で遊ぶのが好きな葉月はそれだけでウキウキした。
 とはいえ、今日は家で宿題をするだけで終わった。

「4年生になって、最初の日の感想は?」

 茶碗にご飯をよそってくれた母親の和葉が聞いてきた。

「うんー、楽しかったよー」

 茶碗を受け取り、ダイニングテーブルの隣に座った母親へ明るい声で答える。
 以前に虐められていたせいで心配をかけてしまったので、今後はなるべくそうした事態が起きないようにしたかった。
 何か問題が発生すれば相談するのはもちろんだが、母親の前に父親の春道へ言ってしまいそうだった。

 そんなことを思っていたからか、自然と春道へ視線が向いた。
 見られてるのに気づいた父親の高木春道が、不思議そうにどうかしたのかと尋ねてきた。

「実はね……葉月だけが、別のクラスになっちゃったんだ」

「そうなのか? あれ、でもクラス替えって2年に1回とかじゃないのか?」

 春道の疑問に、和葉が答える。

「以前はそうだったみたいですが、最近では毎年に変わったみたいです。葉月が通ってる小学校も、それに倣ったみたいですね」

「そうだったのか。知らなかったよ」

 春道が苦笑しながら、人差し指で自分の頬を掻く。

「うんー。好美ちゃんとかは、皆一緒なんだけど」

 茶碗を置いて、軽くため息をつく。心配をかけては駄目とわかっていても、残念な気持ちを抑えきれなかった。

「それで元気がなかったのね。私が葉月の立場でも、少なからず落胆していたでしょう」

「そうなの。ちょっとだけ、がっかりしてたー」

 最近では、食事中にこうして会話をする機会がグっと増えた。葉月自身、テレビよりも話してるのが好きなので、毎日の家での食事はとても楽しい。

「でも、前にも同じクラスだった子が、こっちおいでって仲間に入れてくれたんだよー」

「あら、それはよかったわね」

 母親の和葉が笑顔になる。

「うんっ。新しい友達もできそうだし、明日からも楽しみかな」

 それは偽らざる本心だった。新しい友達ができるのは喜ばしいし、両親に言ったとおり楽しみでもある。
 けれど好美らと遊んでた記憶がふと蘇り、何故かわからないがとても悲しくて切ない気持ちにもなる。

「クラスも変わったし、これからは新しい友達と仲良くしないとね」

 もやもやした気持ちを振り払おうと、強引に明るい声を出す。いつまでも好美たちに頼っていてはいけない。
 葉月はそう思ったが、父親の春道の考えは違うみたいだった。

「なあ、葉月。クラスが変わったからといって、友人関係が解消されてなくなるわけじゃないんだぞ。そんな契約みたいな関係を友人と呼ぶのなら、寂しすぎるだろ」

「う、うん……それはわかってるけど……どうしても、会える時間が少なくなっちゃうし……」

 寂しさもあって、反射的に唇を尖らせてしまう。拗ねた感じになっても、両親はともに葉月を叱ったりはしなかった。特に春道は、意味ありげにニヤリとする。

「本当に仲が良い友人との関係は、会う回数が減ったくらじゃ変わらないもんさ」

 そうなのかなと言えば、すぐに和葉も春道の言葉に同意した。

「きっとすぐに、春道さんの言葉の意味がわかるわ」

「うーん……じゃあ、葉月、楽しみにしてるっ」

 両親の前ではそう言ったものの、この時はまだ意味をよく理解できていなかった。

   *

 翌日になって通学路を歩いていると、待ちあわせてはいないのに、いつもの場所に友人の好美が立っていた。
 葉月の姿を見つけるなり微笑んで、こちらに歩いてくる。

「一緒に学校へ行こう」

「えっ……う、うんっ」

 もともと葉月はひとりで登校していた。好美と仲良くなった頃から、事前に待ち合わせをしたり、互いの家へ迎えに行ったりなどをして一緒に通うようになった。
 そのうちに約束をしていなくとも、通学路の同じ場所で顔を合わせるようになった。

 それもクラス替えによって終わると思った。正確にいえば、葉月が勝手に思い込んだ。けれど好美はいつもの場所にいた。
 別の学級になる前と変わらない笑顔で接してくれた。それが何より嬉しかった。

「昨日は残念だったね。同じクラスになれればよかったのに。実希子ちゃんも柚ちゃんも、寂しがっていたよ。ついでに仲町君も」

「実希子ちゃんや柚ちゃんはわかるけど、どうして仲町君?」

「そうよね。私も不思議なの」

 クスクス笑いながら、好美が言った。
 これまでと変わらないように雑談をしながら歩いていると、途中から珍しい人物が合流した。おはようと通学路で声をかけてきた実希子の姿に、好美が驚いて目を丸くする。

「今日は遠足でも運動会でもないわよ。一体何と間違えたの?」

「失礼なこと言うな。アタシだって、早起きくらいするよ」

 好美と実希子のやりとりにアハハと笑っていたら、今度は柚もやってきた。

「おはよう。皆、早いわね」

 上品な挨拶のあとで、自然な動作でグループに加わる。皆も当たり前のように受け入れて、4人での登校になる。話してる内容は普段とほとんど変わりないのに、妙に新鮮に感じたのが不思議だった。

   *

 新学期になって日にちが経過するたびに、新しい友人とも仲良くなる。教室の中で雑談をする生徒も増え、クラス替えをする前みたいに楽しく過ごせるようになった。

 それでも朝は特別な事情がない限り、好美と一緒に登校した。友達に新しいも古いも関係ない。最近になって、ようやく春道が教えてくれた言葉の意味がわかってきた。

 クラスが違えば、授業時間も異なる。そのため、そろばんなどを忘れた実希子が借りに来る機会が増えた。
 話があれば好美や柚も葉月のクラスに来るし、こちらから相手の教室へ行ったりもする。こまめに雑談できなくなったのは少し寂しいが、その分だけ交友の輪も広がった。

 学校が終われば、部活に入ってない葉月はすぐに帰宅する。仲良くなった同じクラスの子と遊んだりもするが、機会はさほど多くなかった。
 真っ直ぐに帰宅してもよかったが、その前に少しだけのんびりしようと、好美らとよく遊んだ公園でブランコにひとりで座る。
 今は他に利用してる人がいないので、誰かに気を遣う必要もない。ボーっとしながら前後に揺られていると、隣からキイと独特の音が聞こえた。

 2つ並んでるブランコのもうひとつに誰かが乗ったんだと理解し、隣を見る。
 すると、そこには葉月と同じようにブランコへ座っている好美がいた。

「ウフフ。葉月ちゃん、来てたんだね」

「あれ、好美ちゃん。どうしたのー?」

「なんとなく、公園でのんびりしたくなったの。葉月ちゃんは?」

「葉月も好美ちゃんと同じー。えへへ、なんだか変な感じだねー」

 そう言って2人で笑う。
 好美が自分と同じ気持ちだったとわかっただけで、とても幸せな気分になる。

「せっかくだから、葉月と……って、えっ、ええっ?」

 一緒に遊ぼうと好美を誘おうとしたら、急に葉月が乗っているブランコが後ろに引っ張られた。驚いて振り向くと、満面の笑みを浮かべた実希子が悪戯をしている最中だった。

「あ、バレた」

「そんな真似をしたら、気づかれるのは当たり前でしょう。実希子ちゃんは変わらないわよね」

 そう言ってため息をついたのは、これまたいつの間にか公園に来ていた柚だった。皆で集まろうなんて言った覚えはないのに、気がつけば全員が慣れ親しんだこの公園に集結した。
 楽しそうな笑い声が辺りに木霊す中、葉月も心からの笑顔を浮かべた。
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