その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の小学・中学校編

葉月はママ似

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 暑かった夏が通り過ぎ、半袖では肌寒い季節がやってきた。日の当たる場所に立っていても肌に汗が浮かんだりせず、心地よさを覚える。
 そんな秋の日曜日に、春道たちは抱っこできるようになった菜月を連れて、家族水入らずで自宅近くの公園へピクニックに来た。

 幸いにして、好天に恵まれた。
 穏やかな天候の下で、日陰となる大きな木の下に家から持ってきたブルーシートを敷く。ベビーカーを押していた和葉が、ブルーシートの端に座る。
 横に置いたベビーカーの様子を、すぐ確認できるようにするためだ。中には菜月がいるので、配慮するのは当然だった。

「いい天気だねー」

 そう言って葉月は、母親である和葉の隣に座る。ベビーベッドとは丁度逆のポジションだ。その隣に春道が座れば、高木家の長女は丁度両親に左右から挟まれる形になる。

「本当にいい天気ね。こうしてると、葉月が小さかった頃を思い出すわ」

 遠出はできなかったが、暇を見つけてはこの公園で日向ぼっこをしたらしかった。田舎だけに緑のある公園は多いが、これもまた田舎であるだけに利用者は意外と少なかったりする。だからこそ、家族連れでもゆっくりとできる。
 他に遊んでる子供たちもいない。葉月の話では、子供たちがよく利用するのは遊具がたくさんある公園の方みたいだった。

「葉月も赤ちゃんだった頃、ママとピクニックしてたんだねー」

「ええ、そうよ。このベビーカーも葉月が使ったものなの」

「そうなんだー」

 和葉がそう言うと、葉月が目を輝かせた。妹の菜月とお揃いなのが、嬉しかったようだ。

 公園まで歩いてきたので、春道は母娘の会話を聞きながら休んでいた。しかし休憩の時間は長く続かない。
 仕事で部屋に引きこもりがちな春道と違って、普段から元気いっぱいの娘が背負ってきたリュックの中から、バドミントンの道具を取り出した。
 すぐにでも春道とやりたがるだろうが、帰るまでずっと付き合わせられたらさすがに体力が持たない。

「菜月なら俺が見てるから、葉月と一緒に遊んできてやれよ。こういう機会も久しぶりだろ?」

 愛娘から誘われる前に、妻へ提案した。
 葉月が持ってきたバドミントングッズも、和葉が昔に買い与えたものだ。当時を思い出して、懐かしくなるのは当たり前だった。

「そうですね。家の中を動き回ってはいますが、最近はスポーツをしていませんからね。運動不足を解消するためにも、少しだけ葉月の相手をしてきます」

 最初から軽くではあっても、身体を動かすつもりだったのは服装からも明らかだ。動きやすそうなストレッチジーンズと袖の長いシャツという恰好で、早速愛娘の相手を務める。
 当の葉月は学校でも使っている体育着だった。ファッション性よりも、快適に運動できる服を選択した結果だろう。かくいう春道もジャージ姿だったりする。

「ママとバドミントンするのも、久しぶりだねー」

「そうね。ママは菜月の世話もあるし、葉月はお友達と遊ぶ機会が多くなったものね」

 春道が同居する前は、和葉の仕事が休みならよく一緒に遊んだみたいだった。
 当時の葉月はクラスで虐めを受けていただけに、友人と行動を共にする機会は極端に少なかった。本音をいえばもっと母親に遊んでもらいたかっただろうが、仕事の邪魔にならないよう懸命に我慢していた可能性が高い。

 実際に春道が初めて会った時の葉月は、無邪気そうにしていても周囲の顔色を窺う傾向が強かった。
 けれど今ではそれらのストレスから解放され、実に年齢に相応しい姿を見せてくれる。

 大はしゃぎでバドミントン用のラケットを振り、和葉とラリーを楽しむ。昔取った杵柄というわけでもないだろうが、ともに慣れてる様子が伝わってくる。
 ふと気になってベビーカーにいる菜月を見ると、気持ちよさそうにすやすや眠っていた。和葉によると、葉月が赤ちゃんだった頃よりも夜泣きは少ないらしかった。おかげできちんと睡眠時間もとれていると、つい先日教えてもらったばかりだ。

 しばらくバドミントンを遊んでいた母娘だったが、最初に音を上げたのはやはり和葉だった。葉月が小さかった頃はまだ若かったが、現在はすでに三十歳間近。今年の誕生日がくれば春道と同い年になる。

 当人は肌の手入れなどは最低限にしかしてないみたいだが、それでも年齢よりは若く見られる場合がほとんどだ。だが外見とは違って、体力は確実に衰えていく。
 厳しい練習に励んでいるアスリートならまだしも、春道たちは運動不足な一般人なのだ。普通に中年と呼ばれる状態へ近づきつつあった。

 肩で息をする和葉が休憩させてほしいと頼んだら、葉月はもう終わりなのかと言いたげに唇を尖らせた。体力が減少する一方の両親とは違い、成長期の愛娘はどんどん体力が増える。
 全身を使った遊びでは、もうすぐ負けるケースも多くなる。それも成長の一種だと思えば、悔しさよりも嬉しさが上回る。

 そんなことを考えて感傷に浸っていたら、和葉が小走りで駆け寄ってきた。

「次は春道さんの番ですよ。葉月の相手をお願いしますね」

 そう言って、右手に持っていたラケットを差し出してくる。
 少し離れた芝生の上では、新たな相手を求めて葉月が目を輝かせている。普段は仕事ばかりで、体がなまってるのは確かだ。
 この機会に、和葉と同様に多少は運動不足を解消させておくか。
 ラケットを右手で受け取った春道は、左手で腰をトントン叩きながら葉月のもとへ向かう。

「今度はパパとだねー。えへへ、楽しみー」

 嬉しそうに張り切る葉月の姿に、春道は苦笑する。

「お手柔らかに頼むよ」

 シャトルを持っていた葉月から、ラリーがスタートする。ネットがあるわけでもないので、バドミントンといってもラリーを楽しむだけだ。

 春道もいい大人なので、小学生の娘を相手に、隙を突いてスマッシュを叩きこむような真似はしない。
 拗ねらせる目的で多少はやってみたかったりもするが、いざ実行したら妻の和葉から大目玉を食らうのはほぼ確実だ。
 おとなしくファミリー感溢れるバドミントンを堪能する。

 特有の乾いた音を発生させてシャトルを打ちあっていると、散歩中とおぼしき老齢の女性が近くを通りかかった。
 何かの拍子にラケットやシャトルがぶつかったりすると危険なので、春道はシャトルを手に持って強制的にラリーを一時中断させる。愛娘も、春道の行動の意味をすぐに理解してくれた。

「あらあら、邪魔をしてしまったかしら」

 穏やかな声で、老齢の女性が話しかけてきた。年齢は70代か、それより上といった感じだ。表情や服装から、品の良さがわかる。

「いえ、大丈夫ですよ。丁度、少し休憩したかったですしね」

 春道が笑顔で応対する。

「ウフフ。子供は元気だものねぇ。先ほどは、お母さんと一緒に遊んでいたかしら」

「ええ。妻が休んでる間は、私の番です」

 春道が偶然に通りかかった老齢の女性との会話を続けていると、内容が気になったらしい葉月がトコトコと歩み寄ってきた。

「こんにちは」

 昼下がりの公園中に、葉月の元気な挨拶が響いた。

「はい、こんにちは。しっかりとした娘さんですね」

「ありがとうございます。元気に育ってくれてるので、親としても嬉しい限りです」

「そうでしょうとも。子供は元気なのが一番ですものね。あちらには、赤ちゃんもいるのね」

 女性が視線を向けた先には、ブルシートで休みながら菜月の様子を見ている和葉がいた。見られてるのに気づくと、ゆっくり立ち上がって丁寧に頭を下げる。
 老齢の女性も和葉に軽く頭を下げて挨拶したあとで、春道たちへ向き直る。

「綺麗な奥様ね。大切になさらないと、罰が当たりますよ」

「もちろんです」

 春道が笑顔で頷く。
 老齢の女性も微笑んだあと、改めて葉月の顔を見た。きょとんとして首を傾げる葉月の顔を軽く覗き込む。

「娘さんは、お母さん似かしらね」

   *

 女性の発した何気ないひと言に、葉月は大喜びで瞳を輝かせる。これまで何度も血の繋がりを気にしてきた少女だけに、他人から母親に似てると言われたのが何より嬉しいのだ。
 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、何度も老齢の女性に確認する。

「葉月、本当にママに似てるのー?」

「ええ。目元なんか、よく似てるわ。きっと、お父さんもそう思ってるはずよ」

 女性にそう言われた葉月が、意見を求めるように春道を見てきた。せっかくなので、思ってることをはっきり言葉にしようと決める。

「そうですね。娘は妻に似てくれたので、きっと将来は美人になると思います」

「あらあら、自慢されてしまったわね。でも、少し失礼ですよ。娘さんは今でも、十分に美人ですからね」

「ハハハ。そのとおりです。発言を訂正させてもらいます」

 春道と老齢の女性が笑い合うのを、葉月は楽しそうに黙って見つめる。公園へ来た当初からにこにこしてはいたが、さらに満面の笑みを浮かべるようになった。

「ウフフ。仲の良いご家族と少しでも会話ができて、元気を貰えました。怪我をしないように、楽しんでくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 老齢の女性に「バイバーイ」と手を振ったあと、葉月は春道へ抱きつくように密着してきた。

「聞いた!? 葉月ね、ママに似てるんだってー」

「ああ、聞いたよ。でも、ショックだな」

 そこまで言ってから、やや大げさに春道はため息をつく。

「和葉に似てて喜ぶってことは、俺に似てなくて安心してるってことだもんな」

 わざとがっかりしながら言ってやると、途端に葉月が慌てだした。

「ち、違うよっ! パパにだって似てるもんっ!」

 ラケットを持つ手を上下にブンブン動かしながら、必死に慰めてくれる。
 もう少しだけからかおうかと思ったが、あまりに愛らしい仕草にたまらず笑みをこぼしてしまう。

「ハハハ、わかってるよ」

「むーっ! やっぱりパパの悪いところランキングの一位は、性格が悪いところだよーっ」

「そんなに怒るなよ。今度、ママに内緒で葉月の好きなプリンを買ってやるからさ」

 先ほどまでハムスターみたいに頬を膨らせていた愛娘が、その言葉だけでにこやかさを取り戻す。
 何度も本当か念を押してきたうえで、それなら許してあげると言ってくれた。

「フフフ。ずいぶんと楽しそうですね」

 じゃれあう春道と葉月の側に、和葉もベビーカーを押してやってきた。

「先ほどの女性は、お知り合いですか?」

「いや、知らない人だ。散歩中に話しかけてくれただけみたいだな」

 春道が事情を説明する。
 そうですかと頷いた和葉に、葉月が抱きつく。愛娘の急な行動に、和葉が驚きを見せる。

「葉月? 一体、どうしたのですか?」

「えへへー。葉月ね、ママに似てるんだってー」

 葉月の言葉を受けて、どういうことなのかと和葉は目で春道に聞いてくる。

「先ほどの女性に、葉月は母親似だから美人になると言われたんだよ」

「ああ、なるほど」

 納得したように頷いたあと、和葉はその場にしゃがみ込んで、小さな少女を両手でぎゅっと抱きしめた。

「当たり前です。葉月は、私の娘なのですから」

「うんっ。葉月、パパとママの娘だよっ」

 仲良く抱き合う母娘の側に春道もしゃがんで、葉月の頭にポンと乗せた。

「菜月のお姉ちゃんでもあるしな」

「そうだよっ! 早く、菜月とも一緒に遊びたいなー」

 心からの笑顔で、葉月はそう言った。
 血の繋がりがないということで、これからも難題が降り注いでくるかもしれない。けれど、絶対に乗り越えられると春道は信じる。
目の前にある極上の笑顔が、そのための勇気と力を与えてくれる。
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