その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の高校編

文化祭の的当てでにゃんにゃんにゃん

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 好美の脅しが効いたのか、尚がかつて付き合っていたグループたちからその後のちょっかいはないみたいだった。
 柚も尚も自然体で振る舞えるようになり、高校生となった葉月は主に自分を含めた五人のグループで行動するようになっていた。
 全員が同じ部活というのもあり、放課後や休憩時間のたびに合流する。指定地とされるのは、常に葉月のところだった。

「いやー、それにしても今日は賑やかさが違うな」

 腰に手を当て、楽しそうに実希子はうんうん頷く。
 今日は日曜日だが、在校生全員が登校している。というのも、南高校の文化祭の一般公開日だからである。

 葉月たちのクラスは輪投げを担当し、実希子たちのクラスは屋台で焼きそばをやるらしかった。
 登校した朝の時点でガヤガヤしており、賑やかな雰囲気が大好きな実希子は自転車での通学中からウキウキしっぱなしだった。

「私は休みたかったわ。誰かさんの追試を手助けするために、毎日大変だったもの」

「良太監督も酷いよな。本当に練習させないんだぜ。部室で参考書と格闘させるなんてあんまりだと思わないか」

「あっさり赤点を取った実希子ちゃんが悪いんでしょ」

「それより部の方に行ってみようぜ。岩さんたちが中心となって出し物を決めたんだろ?」

 馬の耳に念仏というべきか、せっかくの好美の小言を慣れた様子で右から左に受け流す。こうなると何を言っても無駄なので、好美は大げさにため息をつく。
 中間テストの結果は実希子が大量に、尚が少しだけ赤点をとってしまった。追試が終わるまでグラウンドに出ても、部室に押し込められての勉強が監督で顧問の田沢良太から義務付けられた。

 二人の赤点選手にコーチとしてつけられたのが好美であり、そして柚だった。二人とも中間テストで学年の上位者となっていた。名前が廊下に張り出されるのではなく、上位者は直接教員から順位を告げられる仕組みだった。
 図書館での一件から本当の意味で尚と仲良くなりだしていた柚が、一生懸命に教室や部室で勉強を教えていたのが記憶に新しい。そのおかげもあって、実希子も含めてなんとか先日の追試に合格していた。

「私は実希子ちゃんに付きっきりだったから知らないけど、葉月ちゃんは何か聞いてる?」

「ううん。知らないんだ。文化祭の当日になったら、手伝ってとしか言われてないよ」

 ソフトボール部の出し物に協力するという名目で、葉月たちはそれぞれの教室の手伝いを免除されていた。
 そのため他のクラスメートが忙しく動き回る中、前庭で待ち合わせたのだ。

「何にしても、行ってみればわかるわよ」

 柚のひと言を号令代わりに、全員でグラウンドへ向かう。彼女の表情や態度は入学当初に比べてずっと明るくなった。それが葉月には嬉しかった。

   *

 グラウンドへ着くなり、主将の岩田真奈美が手を上げて葉月たちを出迎えた。

「よう、来たな」

「岩さん。アタシらは何をすればいいんだ?」

 もはや実希子は、上級生が相手でも完全にため口である。上下関係にうるさくないソフトボール部だから許される態度だった。

「ソフトボール部の出し物さ。ほら」

 真奈美がどうだとばかりに見せたのは、鬼をイメージしたと思われる全身タイツだった。腹部付近には赤丸の的が描かれている。
 詳しく説明されなくとも、その衣装を見ればソフトボール部が文化祭で何をするのかは容易に推測できた。

「的あてってやつだね。楽しそう。でもボールはどうするんですか?」

 葉月の質問に対して、真奈美はゴムボールを見せる。

「こいつさ。これならぶつけられても痛くないし、参加できるのは子供に限定するからね。的になる奴も怪我はしないだろ」

「なるほどな。で、岩さんが的になるのか?」

「それだとベタすぎるだろ。部のアピールにもならないしね。うちはまだまだ部員数が少ない。中途入部でもいいから入ってもらうために、綺麗所に頑張ってもらおうと思ってね」

 そう言うと真奈美は、実希子へ鬼用の全身タイツを手渡した。

「私はクラスの手伝いもあるからね。後は任せるよ。子供たちを怖がらせても困るしね」

 ハハハと笑いながら、こちらに有無を言わせず真奈美が去っていく。
 残された葉月たちは、どうしようとばかりに顔を見合わせる。

「的あてを岩さんが提案して、他の部員がそれなら実希子ちゃんに鬼役をやらせようと言ったんでしょうね。道理で私たちに当日まで情報がこないわけだわ」

「まあ、頼られた以上は仕方ねえよな」

 好美を見て笑ったあと、実希子は満面の笑みを浮かべてタイツを尚に差し出した。

「え?」

 当然のごとく尚が戸惑う。

「まさか、私がやるの?」

「鬼といえばいじめっ子の出番だろ。これで過去の悪い自分を退治してもらうんだ」

「えええっ! そういう話なの? 鬼なら実希子ちゃんが適任でしょ。腕力お化けなんだから」

「何だよ、腕力お化けって」

「そのままの意味よ。私は実希子ちゃんがやるべきだと思うな」

 軽い睨み合いに発展した二人の間に、葉月が割って入る。

「それならじゃんけんにしよう。恨みっこなしだよ」

「私も葉月ちゃんに賛成」

 柚や好美もじゃんけんに同意してくれたのもあって、五人で輪を作って誰が鬼になるのかを決める。

「最初はグー。じゃんけんぽんっ!」

 葉月の元気な声を合図にじゃんけんが行われ、二度のあいこを経て三人がチョキを出し、二人がパーを出すという結果になった。
 負けたのは実希子と尚の二人だった。さらに敗者を決めようとする前に、葉月は提案する。

「二人でやればいいんだよ。午前と午後で交代するとか。二人とも疲れた時には、私も手伝うから」

「元々はソフトボール部の出し物だしね。上級生がいないのは納得できないけど」

 好美の指摘に全員が苦笑しつつ、一応の段取りは決定した。午前中に尚が的役をして、昼休憩に入ったあとは実希子と交代する。
 生徒たちの準備も終わり、校内スピーカーでいよいよ文化祭の開始が告げられた。

   *

 悲鳴を上げて、ぺちぺちと当てられるゴムボールから尚が逃げる。ジャージの上から着こんだのもあって、鬼タイツ姿でも痛みはほぼ感じないらしい。

 参加を希望した子供に柚がゴムボールを手渡す。上手く命中させられたら、景品としてお菓子――安価なチョコレートか飴玉を一つ葉月がプレゼントする。楽しそうにはしゃぎ、お菓子に喜んでくれる子供たちの姿に心が癒されるようだった。

 実希子と好美は受付。午後からは実希子が鬼で、好美がゴムボールを手渡す。柚と尚が受付に回り、葉月はそのままプレゼントを配る役だ。
 受付といっても用紙に記入するなどはなく、単純に次はこの子といった感じで順番を整理するだけだった。

「お姉ちゃん、逃げないでよー」

「やだよー。逃げないと、当てられちゃうでしょ。悔しかったら、当ててみなよー」

 からかうような口調で子供を挑発し、投げられるゴムボールを尚が避ける。それでも時折は動きを止めて、あえてぶつけられる。ソフトボール部の的あてが早くも盛況なのは、上手い具合に彼女が難易度を調整してくれているおかげもあった。

「なかなかやるもんだな」

 実希子が呟いた感想に、柚が反応する。

「根はいい子なのよ。だから周りの環境に感化されやすいんじゃないかしら。流されやすいともいうけど、集団生活を送る上では当たり前かもしれないわね」

「加害者と被害者を両方経験した女の言葉は重みが違うな」

「でしょ? フフッ。実希子ちゃんみたいに遠慮せず、ズバっと言ってくれる人がいるのも大きいのよ。周りも変な遠慮をせずに済むし、私たちも本音が出せるしね。ありがとう」

「礼なんかいいって。けど、どうしてもって言うなら午後の――」

「――はい。次の人、どうぞー。午後からはここにいるお姉ちゃんが鬼をやるからまた来てねー」

「……やっぱ柚も的役はやりたくないのか」

 柚は真っ先に、実希子へ苦笑を返す。

「どちらかというと、あのタイツを着たくない気持ちが強いわ」

「……だな」

 二人の視線の先、健気に鬼役を頑張っている尚が着ているタイツの問題はデザインにある。頭から下を包むタイツは鬼をイメージしたのかどうかは不明だが、着衣というものがない。何故か腰みの一丁なのである。
 卑猥なデザインは何ひとつないとはいえ、体のラインがくっきりでるのもあって思春期の女学生には羞恥プレイも同然だった。

 だからこそ、暑かろうと全身がより締めつけられようと、ジャージの上からタイツを着たいという尚の願いを全員が受け入れたのである。

   *

 昼が近づくにつれ、的あてを希望する子供たちの数も一段落しつつあった。

「結構な人気だな。これはもしかしたら、尚が目当てってのもあるんじゃないか?」

「変なおだて方をしても駄目よ。午後は実希子ちゃんの番」

「ちっ。やっぱり騙されねえか」

 諦めたようにため息をつく実希子を皆で笑っていると、悲鳴に似た声が近くで上がった。

「ママ?」

 声の主を見つけたのは尚だ。

「文化祭を見に来たの?」

 シックなブラウンのスーツに身を包んだ尚の母親が、膝下までのタイトスカートから覗く黒ストッキングの足を動かす。ヒールの音が鳴り、眼前まで歩み寄った尚の肩に両手を置く。

「どうしてこんな恰好をしているの。さては虐めを受けているのね。許せません。ママが校長先生に言ってきてあげます!」

 両目を吊り上げた尚の母親が、周囲にいた葉月たちに敵意のこもった視線をぶつける。

「よってたかって尚を笑い者にするなんて最低ね。仕返しのつもり!?」

「違います。これはソフトボール部の出し物なんです」

「そんな言い訳は通じないわ! 金輪際、尚には近づかないで!」

 葉月が説明するも、激昂している尚の母親は言葉通りに受け取ってくれない。
 激しい気性なのは、指導室で対面した際に十分わかっている。だからこそ冷静な対処を心がけているのだが、なかなかまともな話し合いにならなかった。
 実希子がイラつきだしたところで、変な誤解をされている尚本人が口を開いた。

「やめて、ママ。これは私も望んでやっているの。虐められてるわけじゃないわ。それに虐めてたのはどちらかといえば私。家で事情は話したでしょ」

「で、でも……」

「皆は、こんな私でも受け入れてくれた大切な友達なの。口汚く罵るのはやめて。といっても以前の姿があるから、私が言っても説得力ないか」

 申し訳なさそうな笑みを一瞬だけ作り、尚は言葉を続ける。

「だから断言できるの。過去の私は間違っていた。そして、ママも間違っていたわ。私のことを信じてくれるのは嬉しいけど、悪いことをしたと思ったら叱ってくれないと」

「尚……」

 涙ぐんだ尚の母親がハンカチで目元を押さえた。ハンカチをハンドバッグにしまい、真っ直ぐに柚と葉月を見て深々と頭を下げた。

「この間はごめんなさい。貴女たちの話も聞かず、悪者にしてしまったわ。娘の言う通り、私が間違っていたのね」

「え、いえ、その……」

 葉月がしどろもどろになっていると、顔を上げた尚の母親が微笑んだ。先ほどまでの怒りっぷりが嘘みたいである。

「娘に言われて目が覚めたわ。中学時代は周囲も身なりのよいご家族ばかりで肩肘ばかり張っていたけど、それもきっと間違いだったのね。ウフフ」

 何かを思い出しているのか、とても愉快そうだった。ひとしきり笑って気持ちの整理をつけたのか、尚の母親は改めて葉月たちに娘をお願いしますと頼んだ。

「いつの間にか娘は成長していたわ。この分なら――」

「――あ、晋ちゃん!」

「探したよ、尚たーん」

 感動的な場面に終始するかと思いきや、野球部のユニフォーム姿の柳井晋太がやってきた。どうやら恋人である尚を探していたようだ。

「見てよ、これ。恰好いいだろ。尚たんに見せたかったんだ」

「もう超恰好いい。晋ちゃんが世界で一番素敵よ。尚たん、メロメロになっちゃうにゃん♪」

 瞬間的に尚の母親が硬直する。葉月たちからすればいつも通りのバカップル全開な光景だったのだが、彼女には違ったらしかった。
 錆びた音が聞こえそうな動きで顔の位置を葉月たちに戻した尚の母親が、どこか壊れたような笑みを浮かべる。

「あなた。私達の娘は……成長しすぎて、手の届かないところでいってしまったみたいよ。ああ、この場合はみたいにゃん♪ がいいのかしら。私も母親だし」

 ブツブツと呟き続ける母親を尻目に、尚と晋太のバカップルはひたすらにゃんにゃんじゃれ合っていた。
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