その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の高校編

葉月の高校卒業

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 秋が過ぎれば冬が来て、寒さに耐えれば花が芽吹き出す。それは春の訪れを告げていた。

 春が導くのは新たな出会い。そして旅立ちと別れである。
 今日、市立南高校は卒業式を行う。親交のある先輩たちを見送ってきたが、今回は葉月の番だった。

 登校前からそわそわし、今日だけは自転車やバスではなく徒歩で通学する。
 尚が来るのも待って、特別に女五人だけの登校だった。

「自転車で通ると結構すぐだったけど、歩くとかなりの距離があるんだな」

 頭の後ろに両手を回してる実希子が、感慨深そうに先頭を歩く。

「そうね。三年間、きちんと通えたわね。途中、何度も挫けそうになったわ。なかなか起きてくれない友人のせいで」

 ぐっすり寝てるせいで多少の目覚ましではビクともしない。なのに目を開けると、誰よりも早く動けるのが実希子の特徴だった。

「ハハハ……。いや、好美には感謝してるぜ。結構、怒られたけど。でも、そんなのも良い思い出だよな。なんかさ……卒業、したくねえな」

 実希子の口から、本音ともとれる願望がポツリと漏れた。
 卒業の日が近づくにつれて、葉月も同じ気持ちを抱くようになっていた。

「本当に楽しかったもんね」

「ええ」柚も同意する。「入学当初はどうなるかと思ったけど」

「ご迷惑をおかけしました」

 悪戯っぽい視線を向けられた尚が、深々と柚に頭を下げた。こうしたやりとりができるようになったのも、二人の仲が良くなったからである。

 心の奥底にわだかまりは残っているかもしれないが、あとは時間に解決してもらうしかない。柚は葉月みたいに強くなりたいと言ったが、尚と親友になれた時点で十分に優しくて強い人間だった。

「晋ちゃんはごねてなかったの?
 卒業式なのに、一緒に登校できないなんて、とか」

「お世話になった和也君と一緒みたい。男の友情を確かめるのも悪くないと言ってたわ。私と似たような境遇だったのが、高校生活で救われたからね。伝えたいことがあったんじゃないのかな」

 からかい口調の柚に、真面目に返した尚はもう私立時代の友人とは一切連絡を取っていなかった。二度とあの頃には戻りたくないと、当人が縁を切ったのだ。
 向こうも私立コースから脱落した尚に、積極的に関わろうとはしなかったらしい。報復行為とかも一切なかったと前に葉月は聞いていた。

「そういえば、葉月ちゃんは去年の夏から和也君と付き合ってるのよね。今はどんな感じ?」

 小学生時代から誰よりも恋愛事に興味を示す柚が、顔全体をニヤけさせて葉月に近寄る。

「どんな感じって、これまでとあまり変わらないよ。遊びに行く時も皆と一緒が多いし。途中で二人きりにさせられるけど」

「させられるってのは人聞きが悪いな。気を遣ってやってんだよ」

「嘘だ。実希子ちゃんたち、隠れて見てるもん。あれ、凄い恥ずかしいんだよ」

「彼氏持ちの宿命だ。諦めな」

「そうよね。だから私と晋ちゃんをもっと見ていいのよ。皆に彼氏ができた時の参考とするために!」

 視線を葉月から尚に移した実希子は、疲れたように右手を小さく左右に振る。

「遠慮しとく。アタシはアタシで勝手に恋愛するさ」

 葉月を含めた周囲がどよめく。よもや実希子の口から、恋愛なんて単語が出るとは思わなかったからだ。

「どうして皆、驚いてるんだよ。尚はどうでもいいけど、葉月とかを見てたら少しは考えるだろ。なあ、好美」

「私に話を振らないでくれるかしら。確かに考えることはあるけれど……具体的にどうしたいとかはないわね」

「アタシも同じだ。柚はどうなんだ。最近、またさらにモテてるみたいじゃねえか。ラブレターの数が増えたって聞いたぞ」

 投稿すれば、机の中に手紙が入っていたりする。柚に限り、珍しいケースではなくなっていた。
 愛の言葉を並べているというより、連絡してほしいと差出人のアドレスなりが書かれているのが大半みたいだった。

 生憎と葉月は貰った経験がない。
 実希子や好美曰く、常に和也が目を光らせていた影響らしい。

「そうね。恋愛には興味があるんだけど、これといった人がいないので保留中ね。恋愛したいからといって、無理に付き合うものでもないし。気長にいくわ」

「さすがモテ女は違うね。余裕が感じられるぜ」

「実希子ちゃんだってモテるじゃない。動物園に行けば」

「……ゴリラネタもそろそろ卒業しねえか?」

 そんなことを話してるうちに、学校へ到着してしまう。残念に思うのは葉月の三年間で初めてだった。

   *

 最後の滞在となる教室では、式前から何人もの女生徒が泣いていた。仲の良い友人と抱き合ったり、思い出を語り合ったりしている。

 もちろん卒業をはしゃぐ者もいる。自動車の運転免許を取得できる年齢にもなっているため、終わったらドライブに行くなんて言ってる生徒もいた。
 ちなみに葉月は免許を取っていない。必要性をあまり感じなかったためだ。仲間内でも一人もいなかった。晋太と和也は部活引退後に取得したみたいだが。

 先輩の卒業を見送るのとは違い、式前の教室は独特の雰囲気があった。入学時とは大きく違う気持ちに、葉月は切なさを覚える。
 もうこの教室に通うことはないんだ。そう思うだけで、涙がこぼれそうだ。
 けれど葉月には心を許せる友人たちがいる。受験した県大学の合格発表は卒業式後だが、無事に受かっていれば皆でまだ同じ学校に通える。

 結局、葉月が志望したのはスポーツ科だった。勉強も嫌いではないが、体を動かす方がより好きだったというのもある。将来の就職にしても、デスクワークよりも現場に出たいと思った。

 好美は経済学部で、柚は教育学部。二人とも試験の手応えはあると言っていた。
 不安そうな尚が受けたのはスポーツ科で、合格が確実視されている実希子も同じである。

 同じ大学を受けることにした和也と晋太もスポーツ科を受験した。勉強よりも所属予定の野球部に比重を置きたいらしく、その点に関しては葉月と一緒だった。

 合否は気になるが、今日ばかりは卒業式の感傷の方が大きい。ずっとこんな日々が続けばと思っていたが、生きている限り大人になるのは避けられない。それでも大学という道に進めそうなだけ葉月は幸せだった。

 いつまでも尽きないお喋りが続く中、ドアを開けて桂子が入ってくる。着物姿で普段よりもずっと綺麗だった。

「今日で皆さんとはお別れになります。ですが、私の教え子だったという事実は変わりません。困ったことがあれば、いつでも相談してください。貴方たちの進む道に、たくさんの幸せがあることを祈っています」

 微笑んだあとで、桂子はクラス全員に廊下へ出るよう促す。

「南高校での最後の行事となります。晴れ姿を保護者も方々や在校生に披露してあげてください」

 廊下に並び、体育館へ向かって歩く。
 皆で固まってお喋りをしたり、雨が降った日の部活中に走ったりした。
 廊下一つとってもたくさんの思い出が詰まっている。それらを確認していくうちに、葉月はもう泣きそうになっていた。

   *

 卒業生の入場と共に卒業式が開始される。

 しずしずと歩く桂子は入場と共に、ステージ横の教員の待機場所へ移動する。
 一方で葉月たちはそのまま保護者や在校生の近くを通り、指定の席へ向かう。予行練習済みなので迷ったりはしなかった。

 視線を保護者席に向けると、やっぱり大好きな両親が来てくれていた。我儘を言ったのか、菜月も一緒だ。
 相変わらず葉月のイベント事になると緊張や興奮を覚えるのか、周囲の人から見えないように和葉は春道の上衣の裾を握り締めていた。

 葉月と目が合うと笑顔になり、春道のジャケットから離した手を振ってくれる。血は繋がってなくとも、ずっと育ててくれた母親に感謝と愛情の念は尽きない。
 たまに春道との取り合いに発展するが、それも母娘のコミュニケーションの一つだと葉月は思っていた。

 両親の側には友人たちの親もいる。家に遊びに行った際には、快く迎えてくれる。ソフトボール部の活動もずいぶんと助けてもらった。
 頭の中に数々の光景が浮かび上がっては胸を熱くさせる。用意された椅子が徐々に滲んで見づらくなっていく。

 座って呼吸を整えてる間にも、周囲からすすり泣きが聞こえてくる。最初に泣き出したのは誰かわからないが、釣られるようにして女子だけでなく男子でも涙を流す者が出てくる。

 やがて保護者席にも伝染する。ハンカチで目元を押さえる和葉を見て、葉月も涙が止まらなくなる。
 それでも式は進行し、卒業証書の授与がステージ上で行われる。

「今井好美」

 桂子の凛とした声が、葉月の大好きな親友の名前を読み上げる。

「はい」

 立ち上がった好美は、涙で輝く瞳を壇上へ向けたまま歩き出す。
 小学校からの付き合いで、友人付き合いを始めてもう十年になるだろうか。ほとんど喧嘩したことはなく、問題行動も多かった少女時代の葉月を見守ってくれたお姉さんというかお母さん的な存在である。

「佐々木実希子」

「はい」

 自分をアタシと呼んで元気一杯の少女。葉月が虐められている時から、何かと気にかけてくれていた。時に突っ走りすぎたりするが、誰よりも優れた行動力が難局を打破してくれたのは一度や二度ではなかった。
 特にソフトボール部では抜群の存在感を発揮し、彼女が南高校をインターハイの舞台へ導いたと言っても過言ではない。

「高木葉月」

「はい」

 自分の番になって、葉月は立ち上がる。スカートのポケットに入れていたハンカチで涙を拭き、顔がくしゃくしゃにならないよう堪えようとする。
 それでも壇上で校長から卒業証書を受け取った時には、お礼すら言えないほどしゃくりあげてしまった。

「卒業、おめでとう」

 かけられた言葉にただ頷き、葉月は席に戻る。

「仲町和也」

「はい」

 しっかりと立ち上がった姿は凛々しく、泣いてもいなかった。
 野球部をやめて髪の毛を伸ばした和也はさらに恰好良くなり、女生徒からの人気も高いみたいだった。
 小学校途中から葉月と交際するまで数多くの告白をされたらしいが、一度も応じなかったという。それは彼をずっと好きでいた室戸柚からのでも同じだった。

 そんな和也と葉月は、高校三年生の夏に交際を始めた。
 大人から見ればまだおままごとのような付き合いかもしれないが、無理に背伸びをせず、ゆっくりと一緒に歩んで行ければいいと思っている。

「御手洗尚」

「はい」

 尚も泣いていた。
 入学当初は柚を虐め、葉月と対立した。その際に関係は険悪となったが、根性を鍛え直すと岩田真奈美や高山美由紀が彼女を半強制的にソフトボール部へ入部させてから状況は一変した。

 体育会系の部活に入部したからといって誰もが上手くいくわけではないが、葉月たちと尚の関係は想像以上に好転してくれた。
 もっとも孤独になりかけたところで親密になれた柳井晋太の存在の方が、彼女には大きかったかもしれない。

「室戸柚」

「はい」

 小学校の頃は葉月を虐め、中学校では尚たちに虐められ、高校では再び同じ学校へ通うことになった葉月たちによって虐めから解放された。
 加害者と被害者の立場を経験したことから、少しでも虐めを減らしたいと教師になる夢を持った。今もブレてはおらず、しっかりと目標に定めている。

 葉月たちの中では一番のお洒落で美的センスもある。男子からの交際の申し出も多いみたいだが、登校中に話していた通り決まった相手は作っていなかった。
 好美をお母さんとするのなら、柚はグループ内のお姉さん的存在だった。
 恋愛事に関してアドバイスをくれたり、ファッションのことを教えてくれたりした。最近では葉月の妹の菜月と仲が良かったりする。

「柳井晋太」

「はい」

 中学の頃から葉月といざこざがあったが、彼も尚との出会いがきっかけで良い方に変化した。
 野球部へ入部させた和也のおかげもあり、最近では葉月とも良き友人になっている。彼や柚、それに尚との件を経て、人間関係は勇気と努力で好転させられると勉強した。

 三年F組全員の名前を読み上げた桂子が最後に締めて一礼する。
 一人一人の名前を読み上げて壇上で証書を渡す形式をとっているため、ここだけでもかなりの時間が使われた。

 だからといってだるそうにしたりする生徒や保護者は誰もいない。
 卒業式を終えれば、この学校から旅立っていく自分と仲間の晴れ舞台を邪魔したがるはずがなかった。

   *

 教室に戻り、皆で写真を撮る。中央には桂子がいる。普段の厳しさはなく、皆に優しい笑顔で接してくれる。その目には微かな雫が宿っていた。

「卒業……しちゃったね」

 誰にともなく葉月は呟く。
 そばにはいつもの仲間たちと彼氏の和也、それに晋太もいた。

 誰もが自然と窓の外に目を向ける。慣れ親しんだ学校――教室の中から見える光景を目に焼き付けようとするかのように。
 これで見納めかと思えば、何気なく見ていた風景でさえも貴重に思えるから不思議だった。

「帰ろっか」

 右手に卒業証書を持った葉月は、笑顔で仲間達に声をかけた。

「じゃあ、いつものカラオケボックスに寄ってくか」

 実希子の提案に全員が賛成する。
 教室から出た直後、皆が示し合わせたように振り返る。そこはもう自分たちの所属する場所ではない。一抹の寂しさを覚えつつも、感謝の気持ちを素直に告げる。

「ありがとう」

 校門から出る際にも同じ言葉を告げる。
 葉月の高校生活はこれで終わりとなったが、人生はまだまだ続いていく。

 別れがあれば出会いもある。

 これから待ち受けているだろう様々な出来事を想像し、葉月は細めた目を校舎から前へ向けた。
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