その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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菜月の小学校編

一人は寂しい

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 ふわあと喜びとも驚きともつかない声を漏らしたのは、先日から仲良くなり始めた佐奈原茉優だった。彼女に頼まれ、放課後に菜月は家へ招待したのである。

 姉の葉月が小さな頃から生活をしている家であり、だいぶ老朽化が進んではいるが、常日頃から母親の和葉が懸命に掃除をしているおかげでそこまでの汚らしさはない。何より住み慣れているのに加え、周囲も似たような家が多いので変な引け目は一切感じていなかった。

 茉優が張りつくように菜月と一緒にいる機会が増えたため、最近は真と過ごす時間が減っているのが気がかりではあるが、だいぶクラスに馴染んできたのもあって彼も一人で下校できるまでには成長していた。どことなく寂しそうだったのは、まだそこまで親密な友人ができていないせいだろう。

 案内されて菜月の部屋に到着したばかりの茉優の反応が、先ほどのものだった。他人の部屋が珍しいのか、いつになく瞳をキラキラさせて室内を観察する。

「お部屋、綺麗だねぇ。菜月ちゃんが自分で掃除しているの?」

「日中にママがしてくれているみたい。夜眠る前に自分でコロコロはかけるけど」

 菜月が部屋で過ごすのは大抵が宿題をする場合などだ。食後はリビングで時間を潰す場合が多いし、ソファで本を読んだりする機会も多い。
 それらはすべて寂しがり屋な父親のためであり、長女のいなくなった寂しさを癒してあげるためでもある。恩着せがましく言うたびに、そうかと春道がニヤニヤするのは若干腹立たしいが。

「お洋服とか見ていい?」

「別に構わないけど、たいして面白くないわよ」

 隠すものもないので洋服ダンスを開ける。物珍しそうな少女の方が、ずっとデザイン的にもお洒落な服を着ているので、菜月からすれば変な感じしかしない。
 ファッションにお金を使うのであれば、貰ったお小遣いで本を新書を買いたいのが菜月である。ゲームをしたり映画を見たりもするが、やはり読書という行為が好きだった。

「ねえねえ、この服ってどこで買ったの?」

「近くのスーパーだったと思うけれど」

 胸元の小さな黒いリボンが特徴的な白のワンピース。透ける裏生地も可愛らしく、それを着て黙って座っていると、お人形さんみたいと言われる一品だった。
 茉優が着ているようなブランドものは持っておらず、両親と一緒に出掛けたスーパーなどの衣料品コーナーでたまに買ってもらう程度だ。あとは葉月が昔着ていたのを譲ってもらって着用している。

「そうなんだねぇ。今も売ってるかなぁ」

「気に入ったの?」

「うんっ。すごく可愛いよねぇ。これを着たら、茉優も菜月ちゃんみたいに可愛くなれるかな」

 可愛いを連呼して、とにかく菜月を喜ばせようとする。どう反応していいかわからないといった女の子たちの話が、多少なりとも理解できる。

「どうかしら」

「菜月ちゃんって、お洋服とかに興味ないの?」

「特にないわね。たまに両親が買ってくれるのと、姉が昔着ていたので十分だわ。着飾って喜ぶ性格でもないしね」

 普通に自分の好みを述べただけなのだが、これまで笑顔だった茉優が急にギクリとした様子で顔を蒼褪めさせた。
 あまりの変化に、菜月の方が驚いたくらいである。

 どうしたのか理由を問う前に、焦り気味に少女の口から発せられたのは「ごめんなさい」という謝罪の言葉。
 意味が分からない菜月は、目を点にするしかなかった。

「興味ないのに、茉優、お洋服の話ばかりしちゃって。本当にごめんねぇ」

 その声は今にも泣きそうなくらいに震えている。露骨に怯える少女は、菜月が構わないと返しても不安を解消できていないみたいだった。

「あっ、菜月ちゃん。本とか好きなの!?」

 本棚に置かれている新書を発見した茉優が、飛び上がるような動作で近づく。

「茉優もね、好きなんだよ。よく見る漫画は……」

 そこで言葉が止まる。無理もないと菜月はこっそりため息をつく。
 目を皿にしたところで、自分たちの身長よりも高い本棚からは漫画の本は見つけられない。祖父や戸高泰宏からプレゼントされたのも含めて、収納されているのは小説だけだからだ。

「……ない、ね……え、えへへ……。
 実は茉優も、あんまり漫画って好きじゃないんだぁ」

 他者へ甘えるような舌足らずな口調で、先ほどとは正反対のことを言い出す始末。ここまでくれば菜月も少女の性格を予想できる。

 少し前に春道が、真と茉優の根本が似ていると言った意味もようやく理解した。
 要するに両者とも、周囲の評価を気にしすぎるのだ。原因はやはり嫌われたくないという思いが強いからだろう。それを恐れた真は不登校になり、茉優は必要以上に周りの顔色を窺うようになった。

 あくまでも推測でしかないが、真の方は本人も認めている。そうなれば茉優についても大体は合っているだろう。

 そこまではいい。
 菜月はまたしてもため息をつきたくなる。クラスで茉優が浮いている理由を把握できたのは上出来だが、どうすれば解決できるかまでは判明していない。
 丸ごと受け入れればいいと思っていたが、少女の性格上それだと余計に気を遣わせる可能性が高い。

「小説ってぇ、面白いよねぇ。茉優はねぇ、ええと……楽しいのが好きっ」

「……そうね。私も楽しいのは好みだわ」

 菜月が感想を肯定すると、それこそ一面に花が咲き乱れるかのような笑顔を見せる。とても嬉しそうで、とてもはしゃぐのだが、実際はさほど……というかほとんど小説に興味がないのだろう。
 話題を深く掘り下げようにもすぐに底を尽き、言葉に詰まる。上手い切り返しも見つけられず、最終的にニコニコしながらうんうん頷くという姿勢に終始する。

 表面上だけ合わせるのも可能だが、それをしても根本的な解決にはなりそうもなかった。こうなれば上手くいくかどうかはさておいて、本音をぶつけるのが一番かもしれない。

「茉優ちゃん、あまり小説を読まないわよね?」

「え? そ、そんなことないよう。
 あ、そうだ。菜月ちゃんのお勧めを教えてほしいな」

 実際に本を貸せば話題を得るために、それこそ死に物狂いで読破しそうな雰囲気さえある。何がここまで彼女を掻き立てるのかと考えれば、やはり他者――今回の場合は菜月から嫌われたくないからなのだろう。

「あのね、別に小説を読まないからといって、どうこう言ったりはしないわ。漫画が好きでもいいじゃない。私だって読むわよ。ただお小遣いで買うとなると、どうしても小説の方を優先するだけでね」

「そ、そうだよねぇ。えへへ。菜月ちゃんは優しいねぇ。茉優、憧れちゃうなぁ」

 どこをどう解釈しても、これではただの太鼓持ちだ。他者に迎合するのに注力しているせいで、元のグループの子からもなんだか変という評価をされてしまっているのに、当の本人がまったく気づいていなかった。

「……別に私のご機嫌取りをしなくていいわ。おだてられて喜ぶ性格ではないし、逆に本音をぶつけられたからといって理由なく怒るタイプでもないもの」

 暗に感情を素直に吐き出せと催促するのだが、なしのつぶてというべきか思惑通りには進まない。まだわかりやすかった真の方が楽に思えるレベルだ。
 返答に困ると、まるで防衛反応みたいに笑顔が乱用される。このままでは埒が明かないと判断した菜月は、思い切ってさらに相手の懐へ飛び込んでみる。

「ねえ、茉優ちゃん。一人ぼっちってどう思う?」

 笑顔の茉優が細い肩をビクンとさせた。

「寂しいよう」

 翳る表情が彼女の本心を垣間見せてくれたような気がした。けれどもすぐに作り直した笑顔が、どうぞと言わんばかりに菜月へ差し出される。
 人との繋がりを欲するあまりに自分を押し殺し、ただただ相手の望むがままに行動しようとする。まだ年若く人生経験がさほどない菜月であっても、その性格がいつか危険を招きそうだと想像できる。

「だから……人の興味ありそうなことを真似ようとするの?」

「……だってぇ、そうすれば喜んでくれるかなってぇ。茉優、バカだから……それくらいしか、構ってもらえる方法わからないし……」

 どうしてかは知らないが、気がつけば背伸びをして菜月は自分より背の高い少女の髪の毛を優しく撫でていた。

「大丈夫よ。無理に興味を示さなくていいわ。逆に自分が知らなかったことを相手が知っているというのも、面白いものよ。だから、茉優ちゃんが好きな漫画を私に教えてくれるかしら」

「……う、うんっ! 茉優はねぇ、意外と少年漫画も見るの。パパがたまに買ったりするから」

 クッションに座り、二人でお喋りをする。たまに言葉が途切れて菜月の様子を窺ってくるも、これまでの性格を一朝一夕で直せというのが無理な話。
 少しずつでも本音で会話できるような関係になっていけばいいのだと、上目遣いで見られるたびに相手が安心するであろう笑顔を浮かべた。
 身振り手振りで話す茉優はやはりというべきかずっと笑顔だったが、それでも教室で見ていたのとは少し違う気がした。

   *

 悲しそうに帰りたくないと言っていた茉優を家まで送り届けた帰り道、春道が出してくれた車の助手席で菜月は今日のやりとりを思い出して口を開く。

「結局はパパの言った通りだったわ。一人になるのが嫌で、なんとか皆に気に入られようとしていたみたい。私にはまったく理解できないけれど」

「まあ、育った環境が違えば、性格も違うからな。だからといって、永遠に一人でいいということもない。俺も部屋にこもってゲームをしたりするのがいまだに好きだが、和葉や葉月、それに菜月たちと話すのも遊ぶのも楽しいしな」

「……私もそうだけれど。でも、自分を殺してまで作った友達に意味があるのかな」

「それを決めるのは本人ってことさ。
 菜月は茉優ちゃんと遊んでみてどうだったんだ?」

 シートの両端をなんとなしに手で掴みながら、部屋へ招いてからの時間を菜月は思い返す。基本的にお喋りをしていただけだったが、考えてみれば同年代の女子と二人であそこまで長く話したのも初めてかもしれない。

「悪くは……なかったのかな。ご機嫌取りみたいなところがちょっと鬱陶しかったけど、根は悪い子じゃないし。それに、どうにも放っておけないのよね。なんだか危なっかしくて」

 そこまで言ったところで、菜月はあっと声を上げる。問いかけるような春道の視線に対し、双眸を見開いたままで衝撃の事実を告げる。

「茉優ちゃんって、どこかはづ姉に似てるんだ! なんか憎めないっていうか……ええと、細かいところは色々違うんだけど……わかるかな」

「自分より他人を優先して、顔色を窺うか。小さい頃の葉月にもそういう一面があったな」

 予想もしていなかった明るい姉の過去に、菜月は反射的に驚く。

「はづ姉が? なんか意外……」

「人には色々な面があるってことさ。けど昔の葉月に似てるってことは、茉優ちゃんも今の葉月みたいになれる可能性があるんじゃないか?」

「……むう。そこらへんはわからないけど、やっぱり放っておけそうにないわね」

 ため息をつきながらも、今後も茉優に付き合おうと決める。そんな菜月の頭に、信号待ち中の車内で春道の手が乗せられた。

「キツい印象を他人に与えようとするわりに、菜月は意外と人情家で面倒見がいいよな。そこら辺の性格は和葉や葉月に似てる」

「何を他人事みたいに言ってるのよ。パパにもそっくりでしょ」

「そうだった。うっかり忘れてたよ、ハハっ」

 嬉しそうに笑う春道を見て、ほんの少しだけ菜月も唇の端を歪めた。
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