その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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菜月の小学校編

お泊り会

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 運動会に遠足と新三年生になってからの行事も恙なく終え、季節は緩やかに夏へと向かっていく。衣替えも済み、日差しもずいぶん厳しさを増しつつある。

 新しい学年とクラスにも十分に慣れ、当初は不登校やグループ内での孤立などの不安要素もあったが、それらは対象と友達になるという力業で菜月は強引に乗り切った。

 学級委員長に任命されたがゆえの責任感からの行動だったが、考えてみれば本来は菜月も独特の性格を持つと言われた少女。個性豊かな二人と妙に馬が合い、気がつけば無理せず付き合える、いわば親友とも呼べる仲になっていた。少しだけくすぐったさも伴うが、真や茉優に知り合えて良かったと心から言える。

 そんな気の許せる友人が、土日を利用して菜月の家に泊まることになった。きっかけは茉優の父親に泊まりの出張が決まったことだ。以前にもあったらしいが、その時は茉優が例のごとく一人で留守番をしていたみたいだった。

 周囲に親族もおらず、別れた妻は消息不明。本来なら泊まりの出張はなんとか勘弁してもらうらしいのだが、今回はどうにも断れない。茉優は一人で留守番をするつもりだったみたいだが、ふとした会話でそのことを知った菜月は出張の日が土日だというのもあり、遊びに誘うような感覚で泊まりに来ればいいと提案したのである。

 結果、茉優は大喜び。寮で大学生活を送る葉月の部屋が空いているのもあり、相談を受けた和葉も了承。そもそも昔から今井好美や佐々木実希子といった面々がよく泊まりに来ていたので、菜月も両親から拒否されるとは思っていなかった。

 ここまでならわりとよくある話だったのだが、対抗意識を燃やしているわけではなくとも、茉優が泊まるならばと控えめにではあったが真も宿泊を希望。小学三年生とはいえさすがに性別の差があるので難しいかと思いきや、寝る部屋を別々にすれば良いとこちらもあっさり了承された。

 となればあとはそれぞれの親に許可を求めるばかり。そうせざるを得ない事情だったとはいえ、娘を一人で残していくのが心配だった茉優の父親はどうぞよろしくお願いしますと、わざわざ高木家まで春道に頭を下げに来た。

 鈴木家は単身赴任中の父親が戻ってくるのに加え、やはり女の子ばかりのところに男の子が混ざるのは先方に迷惑をかけるのではないかと心配を表明。それを受けた春道は頷くどころか、それならばいっそご両親も泊まりに来てはと菜月も驚くウルトラCを提案。しかもそれを鈴木家が受け入れる波乱まで起きる。

 友人を一人ぼっちにさせないための気遣いが、よもやの大宴会に発展しそうな勢いに菜月が戸惑っている間に、どこからか話を聞いたらしい戸高家が参上。行きたいと宏和が駄々をこね、面白がって両親がついてきたのである。

 運動会で面識を得ていたのもあり、鈴木家と戸高家の挨拶も和やかに交わされる。どうせなら豪勢にと、夜は一階で鉄板焼きをやるみたいだった。

「……こうなったら仕方ないわね。私たちは二階へ行きましょう」

 大人の会話に混じったところで、子供は暇をするだけだ。それならば夜に遊ぶ時間を確保するため、今のうちに宿題を終えておくべきである。ただでさえ明日は休日なので、普段よりも多めに出されているのだ。

「……勉強ってさ。絶対、大人になっても役に立たないよな」

 一人だけ四年生で算数ドリルに苦戦する宏和が、負け惜しみにも似た愚痴を零す。

「確かにそういう人もいるだろうけれど、逆に必要となった場合、そこから小学生の勉強をやり直すつもりかしら。大人になったら、そんな暇があるとはとても思えないわ」

「……わ、わかってるよ。ちゃんとやるって。けどさ、その間に息抜きを……」

「息を抜かなくても、宿題が終わってから遊べばいいわ」

 叱責されて子犬みたいにシュンとする宏和を見れば、どちらが年上なのかわからなくなる。昔と比べても何ら成長していないように見えるが、このままで大丈夫なのだろうかと菜月は他人事ながら心配になる。

 それでもなんとか日が高いうちに宿題を終えると、途端に宏和は外へ遊びに行こうぜと元気になる。

「野球やろうぜ、野球」

「四人でどうやるのよ……って、そういえば部活はどうしたの?」

 宏和は四年生になり野球部へ所属している。土日ともなれば練習があるはずだ。

「今日は休みだ。明日は午後からだから、昼飯を食ったら俺だけ学校だな。両親がどうするかは知らないぞ」

「宏和ママのことだから夕方まではいそうね」

 違いないと宏和が笑う。そうなれば真の両親も付き合いそうだし、もしかしたら出張帰りの茉優の父親も合流するかもしれない。静かな環境を好むとはいえ、誰かと過ごしたりする時間を忌み嫌っているわけではないので、それならそれで構わないと菜月は思う。

「そんなわけだから、夜まで遊んでようぜ」

 土曜日は午前中で授業が終わるため、宿題を終えた現在でも外はまだまだ明るい。加えて日も長くなっているので、午後七時くらいまでは十分に遊べるだろう。

「わかったけれど、本当に野球をやるつもりなの?」

「何だったらバドミントンでもいいぞ。ラケットは持ってきたしな」

 最初からそうするつもりだった宏和が、人数分のラケットやらグローブを取り出してニヤリと笑う。

「特に真は体育くらいでしか体を動かさないだろ。絵を描くのもいいけど、たまには健康のために運動しろって」

 実際にその通りらしく、そう言われると弱いとばかりに真が苦笑いを返す。

「茉優はバドミントンがいいな」

 慣れてきたおかげか、ここ最近は相手の機嫌ばかりを窺わなくなってきた茉優の言葉に菜月も同意する。

「ネットとかはないけれど、危なくもないしね。野球だとボール拾いも大変だし」

「それじゃ、早速公園にでも行こうぜ!」

   *

 夕方近くになって帰宅した菜月たちを迎えたのは、おかえりなさいではなく銭湯へ行くぞという春道の声だった。土塗れというほどでもないが、公園で走り回ってきただけに汗で気持ち悪いのは確かだ。

 菜月が幼い頃まで自宅近くにあった銭湯はすでに営業を終えており、今では普通の民家が建っている。昔はこの辺りでもそれなりに見かけた銭湯は、すでに市内に残り一つという現状になっていた。だからというわけでもないが、今でもそれなりに入浴客はいるらしい。父親の春道が銭湯好きなので、たまに和葉と一緒に連れられて行くこともあった。

 高木家に宿泊する人数が増えたので、自宅の風呂では手狭と判断しての銭湯利用だ。少しばかり距離があるので、春道と戸高泰宏の車に分乗しての移動となった。

「おっきいお風呂だねぇ。茉優、銭湯って初めて」

 今にも走り出しかねないほどに興奮する茉優を、保護者の大人女性三名が微笑ましげに見守る。少女が暴走したとしても、菜月一人で何とかする必要がないのは大きな安心感を与えてくれる。

「入る前に体をきちんと洗うの。あと向かって右側のお風呂は多少水で埋めてもいいけど、左側はやめておきなさい」

 茉優が「どうして?」と首を傾げる。

「熱いお湯が好きなお客さんもいるからよ。両方が温かったら困るでしょう」

 菜月の回答に少女も納得する。だが新たな疑問も生まれたみたいだった。

「銭湯で右側のお風呂は温くしてもいいってこと?」

「そうとは限らないわ。浴槽が二つ以上の銭湯もあるでしょうしね。単純にここでの暗黙のルールではないけれど、自然とそうする人が多いってだけよ。だから絶対にそうしなければいけないというわけでもないと思うわ」

「ふうん。銭湯ってなんだか面白いね」

「フフ。喜んでもらえて良かったわ。それじゃそこに椅子があるから、適当なところに座りましょう。茉優ちゃんの背中を流してあげるわ」

 和葉に言われて大喜びの茉優が、やはりというべきか菜月の隣に腰を下ろす。

「なら私は菜月ちゃんの背中を流させてもらおうかな。真ちゃんも大きくなって、もう一緒にお風呂には入れないしね」

 女湯の会話がしっかり聞こえているのか、宏和にからかわれたらしい真がいかにも恥ずかしがってますという声で「お母さん!」と叫んでいた。

   *

「ほら、肉を食え、肉を」

 焼肉のタレの入った小皿へ強引に肉を入れようとする宏和の後頭部を、菜月がペシンと叩く。彼の親前ではあるのだが、本気の取っ組み合いでもない限り注意もされない。そして従兄の性格上、女性に暴力を振るうのは考えられなかった。

「何すんだよ!」

「それは真君の台詞でしょう。人にはペースというものがあるのだから、変な世話は焼かないの」

「わかるけどよ、真はすぐ遠慮するからな。多少は強引な方がいいんだよ」

 叩かれても胸を張って主張する宏和に、真の母親の香織がクスっとする。

「普段から真ちゃんと仲良くしてくれているのよね。宏和君、ありがとう」

「いやあ。兄貴分なら当然ですよ」

「……いつから兄貴分になったのよ」

 悪戯好きは面倒見が良い……のかどうかは不明だが、意外にも幼少時と違って小学校も高学年に差し掛かろうとしている宏和は周囲の人望もあるみたいだった。
 幼稚な面もあるが、明らかに裏表がなさそうな言動と行動が好かれているのかもしれない。そしてそれは菜月が認めている彼の数少ない長所でもあった。すぐに調子に乗りやすい欠点があるので、本人に教えるつもりは毛頭ないが。

「茉優ちゃんもたくさん食べてね。おかわりもあるから」

「ありがとうございますっ」

 笑顔で和葉にお礼を言う茉優。結構高木家で夕食を一緒しているので、比較的対応も慣れたものである。感謝しながらも心苦しく思っている彼女の父親が事あるごとに食費だとお金を渡そうとするらしいが、いずれも和葉は子供の分が一人になっても二人になっても変わりませんからと丁重にお断りしているみたいだった。

 そもそも昨年まで葉月という長女がいたので負担という負担にはなっておらず、なおかつ娘が一人増えたような感じで密かに喜んでいるのを菜月は知っていた。要するに娘たちのみならず、両親も立派なお人よしなのである。

「よっし。飯も食ったし、遊ぼうぜ。おじさん、なんかテーブルない?」

 リビングの隅に和葉が用意した四角いテーブルに布を敷き、何をするのかと思って見ている菜月の前で宏和は布袋を取り出す。

「食後にやろうと思って、持ってきといたんだよ」

 そう言って宏和がテーブルに広げたのはドンジャラの牌だった。アニメキャラクターの顔が表示されており、同じのを集めたりなどで役を作って遊ぶのだ。

「ドンジャラって……私はいいけれど、真君や茉優ちゃんは知ってる?」

 菜月の問いかけに二人が揃って首を左右に振る。

「ルールは簡単だから、遊びながら覚えればいいさ」

 見た感じで面白そうと思ったのか、四人でテーブルについて牌を重ねていく。

「ドンジャラか。ずいぶんと懐かしいな。俺の子供の頃はよく遊んだけど、今でもあるんだな」

 興味を覚えて覗き込む春道に、自信満々に宏和がサムズアップする。

「小さい頃から正月にはこれだったんだ。親父に鍛えられた俺の一人勝ちだよ!」

「あ、宏和。それで私、ドンジャラ」

「ええっ!? 始まったばかりだろ!」

 菜月のいきなりの先制攻撃から始まったドンジャラは、予想通りというべきか見事なまでに宏和の一人負けで幕を閉じることになる。
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