その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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菜月の中学・高校編

新年と卒業と進級

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 なんとか無事に新年を迎えた高木家は、例年よりも家族が増えていた。

「母さんにいい土産話ができたな」

 菜月の前でそう笑う祖父が、一時帰宅を許されたからだ。
 今年ばかりは友人同士の初詣も遠慮し、元旦はずっと家にいるつもりだった。

「あんまり羨ましがらせちゃ駄目だよ」

 葉月がメッとすると、すっかり広くなった額を祖父があちゃーとばかりに叩いた。

 今年のお節料理は葉月と一緒に菜月が作ったが、嬉しいと言ってくれた祖父はあまり食べられていなかった。体重もさらに落ちたようで、見ているのが辛くなってくる。

 それでも菜月は内心の悲しみを決して顔には出さず、普段通りを心掛けて祖父に接していた。

「はづ姉のお世話係にさせられたのを、同情しているかもしれないわよ」

「なっちー、酷い。お姉ちゃん、泣いちゃうよ」

「そういうのは彼氏の前でだけにしてよね」

「ふふーん」

 葉月が反撃の笑みを浮かべた。
 ギクリとした菜月は、

「な、何よ」

「彼氏なら、なっちーにもいるじゃない」

「ちょっとはづ姉!?」

 ほう、と祖父が楽しそうにする。

「菜月もそういう年頃になったんだなあ。そりゃ、私も年を取るわけだ」

「そ、そういえばお祖父ちゃんとお祖母ちゃんのなれそめって聞いたことないわね」

 背後で逃げたなどとぶちぶち言っている姉は放置し、菜月は祖父に話をおねだりした。

「恥ずかしいが……たまにはいいかな。私と母さんは幼馴染だったんだ。菜月も知ってると思うけど、母さんは積極的な人でね。いつも私を引っ張って……というより振り回されてたな」

「そんなこと言ったら、あとでお祖母ちゃんに密告しちゃうよ」

 葉月が悪戯っぽく言うと、祖父はやめてくれと慌てて首を左右に振った。

「久しぶりに会うなり、怒られたら敵わん。軽く怒った時は文句を言ってくるんだが、深く怒ると溜め込んでしまうタイプでね。普段はお喋りなのに、押し黙っていられるとこっちの身が持たなくなるんだ」

「無言の抗議というやつね。
 思い出の中のお祖母ちゃんとはあまり一致しないけれど」

「菜月の前では優しいお祖母ちゃんだったからね」

「それは親父もだろ」春道が笑う。「俺が子供の頃はよく怒られたからな。怖かったぞ」

「春道さんが悪い子供だったからでしょう」

 和葉のツッコミを皮切りに、葉月や菜月も続く。

「子供時代のパパって落ち着きなさそうだもんねえ」

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのおかげで、最低限ではあるけれど真人間になれたのだから感謝すべきね」

「……俺、グレようかな」

 卵焼きを頬張りながら、わざとらしく春道がいじける。
 高木家のリビングにまた笑い声が響いた。

   *

「最近はあまり遊べなくて悪いわね」

 登下校こそ一緒にしているものの、家事やお見舞いがあるので真や茉優と遊ぶ回数は激減していた。

「仕方ないよ。今はお祖父ちゃんに優しくしてあげて」

 真の言葉に、茉優もそうそうと同意した。

「またなっちーと一緒にお見舞いに行くよぉ」

「ま、茉優ちゃん。あまり頻繁だと、逆に迷惑になっちゃうよ」

 諫める真に、菜月はいいえと首を左右に振る。

「お祖父ちゃん、私の学校生活の話を聞けて、とても喜んでいたわ。二人が迷惑でなければまたお願いしたいくらいよ」

「えへへ。茉優、頑張るよぉ」

「そ、それなら、僕もお見舞いするよ」

「よろしくお願いするわ。お祖父ちゃんも、今度は私の彼氏に高木家の家訓を教えると意気込んでいたもの」

 ニヤリと横目で見れば、途端に真が口元をひきつらせる。

「お手柔らかにお願いしますと伝えておいてくれるかな」

 放課後になれば部活にもしっかり参加する。

「無理しなくてもいいんですよ」

 事情を説明してある愛花が、グラウンドの雪かきをしながら気遣ってくれる。
 雪が降るとソフトボール部と野球部が合同で雪かきをする。単に体よく学校に使われているような気もするが、これはこれで体力がつくし、冬とはいえ外で練習できると気晴らしにもなるので葉月は苦手ではなかった。

「私が部活を休んだりすると、逆に気遣わせてしまうわ。そうなったら、迷惑をかけたくないから実家に戻ると言い出しかねないもの」

「どんな時でも他人を思いやれる素敵なお祖父様なんですね」

「何なら、あとで愛花ちゃんもお見舞いに来てくれる?」

「いいんですか?」

「人数が多いほど喜ぶわ。長時間は無理だけれど」

 数日後には本当に愛花だけでなく、涼子に明美、さらには恭介までも菜月たちに加わり、大所帯で祖父のお見舞いをした。
 その日の祖父は本当に楽しそうで、菜月はこんなお願いにも笑顔で応じてくれた友人たちの存在を何よりもありがたく思った。

   *

 もっとお祖父ちゃんと一緒に暮らしたい――。
 一時帰宅した正月以降は症状も安定し、自宅療養を許可されてから一ヶ月以上が経過した。

 陽だまりのように暖かな祖父との触れ合いは心地良かったし、最近は食事量も増えて手の施しようのない病人というのは何かの間違いではないかと思うようにもなっていた。

 しかし――。

「宏和、卒業おめでとう」

「……ああ」

 祝いの花束を受け取った宏和の表情には、砂粒ほどの晴れやかさもなかった。

「お祖父さん……また入院したんだってな。
 和葉さんから聞いたってお袋が言ってた」

「……ええ。しばらくは調子良かったのだけれどね」

 一緒に落ち込みかけたところで、菜月は顔を上げて従兄弟の背中を力強く叩いた。

「私の家のことはどうでもいいのよ。今日は宏和が主役の日でしょう」

「そうは言うけど、卒業っつってもまだ高校があるしな」

「スポーツ推薦だっけ? よかったわね、得意なことがあって」

 菜月がからかうと、すかさず宏和がむくれた。

「あのな。俺を舐めるなよ。普通に受験したって――受かってねえな。昔から、野球しかしてこなかったし。野球取ったら何も残んねえな」

 自嘲する宏和に、得意の鼻ピンをする。

「だったら、いっそ極めなさい。実希子ちゃんみたいに、凡人では届かないところまで飛ぶの」

「簡単に言ってくれんなよ。でも、面白そうではあるな」

「そう言うと思ったわ。強豪校の誘いを蹴って、地元の高校を選ぶ男だもの」

「そっちの方が恰好いいだろ!」

「ええ。とても恰好いい阿呆だわ」

「そうだろ、そうだろ! ハッハッハ! ……褒められたんだよな?」

 真顔で確認してくる宏和に苦笑してから、菜月は校舎の出入口を見る。
 胸の前で花束を抱え、どのタイミングで菜月と宏和がいる前庭に乱入しようかと、緊張でガチガチになっている愛花がいた。

「宏和はいつまでも宏和でいなさい。きっと来年は同じ南高校に追いかける女の子だっているのだから」

 そう言うと、露骨に宏和が狼狽した。

「お、おい。真という彼氏がありながら、お前……い、いや、しかし……」

「何を勘違いしているのよ。確かに私も南高校を受験するでしょうけれど、宏和にご執心なのは彼女でしょう。
 いい加減に、気持ちに気付いてないとは言わせないわよ」

 宏和は決して鈍い人間ではない。普段はおふざけキャラを演じてこそいるが、周りをよく見ていて、必要なところでは必ずフォローしてくれる。
 それでいて自信満々な態度を崩さず、基本的には常に前向きだ。愛花でなくとも、意外と彼に好意を寄せている女子は多かったりする。

「……わかってるよ。けど、さ。まだ他の女に目を向ける余裕はないんだ。ちゃんとそう言ったこともあるんだが……」

「え!? 言ったの!?」

「ああ。けど、自分が見てるだけだからと笑顔で返されちゃな。好きでいる気持ちを俺が否定できるわけもねえし……ま、なるようになるって」

 今度は宏和が菜月の背中をポンポンと叩いた。

「それに嶺岸が良い奴だってのは十分に知ってる。菜月の友達に、中途半端な真似はしないから安心してくれ」

「その点だけは信頼しているわ。裏切ったら三日三晩泣かせるけれど」

 にっこり笑って、菜月は自分よりずいぶんと背が高くなった従兄弟を見上げる。
 昔は背丈も変わらなかったのに、いつの間にか差がついていく。それが大人になるということで、感慨深さとは別に例えようのない寂しさも覚える。

「宏和、卒業おめでとう」

 改めて祝福してから、菜月は手を振って愛花を呼んだ。

   *

 新たな――けれど最後になる教室。菜月の視界には、立ち上がってクラスメートから拍手を受ける愛花が映っている。

 担任は三年間変わらず、となれば恒例の学級委員長を決めるホームルームが行われるのは必須。
 そこで当然のように立候補した愛花が、満場一致で当選したのである。

「副委員長には高木菜月さんを指名します!」

 口元に手を当てるお嬢様ポーズは、昨年よりも一割ほど胸の反らし方が増したバージョンアップ番だ。

「お引き受けするわ。こうなると思っていたしね」

 諦観する菜月に、教室中から笑いが起こる。
 三年生ともなれば、クラス替えをしても大半が顔見知りだ。人となりもわかっているので、係を決める時などに揉めたりすることは滅多にない。

「これでボクたちのクラスは安心だな」

 調子よく言ったのは涼子だ。隣には明美もいる。
 菜月の隣には真が座っていて、後ろに茉優と恭介が仲良く並んでいる。誰が選んだのか不明だが、三年時のクラス替えでは見事に全員が同じクラスになった。

「お任せください。不肖、この嶺岸愛花。必ずやこの学級に栄光をもたらしてみせます!」

 成長するにつれて、外見だけはよりお嬢様っぽくなっている愛花が高らかに宣言した。彼女の性格上、てっきり生徒会長に立候補するものと思っていたが、昨年の候補者を決める際には手を上げなかった。

 あとで理由を聞いた菜月に、愛花は笑顔で「最後の大会に集中したいからです」と言った。生徒会長になればその仕事で部活に出られなくなることもある。彼女はそれを嫌ったのだ。

「茉優もお手伝いするからねぇ」

 背後から声をかけられ、菜月は笑顔で親友にお礼を言う。真や恭介も協力を申し出てくれたし、頼めば涼子や明美も手伝ってくれるだろう。
 学級委員長であれば幾らでも部活とは両立可能だ。実際に昨年までも愛花はそうしてきた。

「菜月さんは委員長にならなくてよかったんですか?」

 休み時間になるなり、愛花が聞いてきた。

「一年の時に言ったと思うけれど、別に執着はしていないのよ。いつも推薦される形で務めてきただけだもの。やりたい人がいるのであれば、その人に任せるのに何の問題もないわ」

 安心させるように説明してから、

「それにしても愛花ちゃんも変わったわよね」

 と菜月は親友に言った。

「私が……ですか?」

「一年の時であれば、自分が委員長に相応しかったと勝ち誇っていたもの。真っ先に私を気遣ってくれるなんて、想像もしていなかったわ」

「菜月さん……」

 一瞬だけ涙ぐみそうになった愛花だったが、すぐ真顔に戻る。

「それって、わたしが血も涙もない人間みたいではありませんか。やはり菜月さんとは一晩かけて、こんこんとお話する必要がありそうです」

「それならいつか、私の家でお泊り会でもしましょうか」

 菜月が提案すると、後ろの席で茉優が諸手を上げて賛成した。

「小学生の頃はよくやってたよねぇ。懐かしいねぇ」

「そ、そうなんですか? で、でしたら、さ、参加させてもらいたい……です」

「もちろんボクも行くからな」

「じゃあ、あたしも」

 愛花のみならず、涼子や明美も参戦を表明する。

「まっきーも昔みたいに参加するよねぇ?」

「ぼ、僕!? ええと、それは、その……もう中学生だし……」

「泊まる部屋を分ければ問題ないでしょう。話を聞けば、どうせ宏和あたりもくるでしょうし」

 菜月の言葉を聞いた愛花の顔が、瞬時に赤くなる。

「と、戸高先輩も来るんですか!? ど、どうしよう……い、今から可愛い服を見繕っておかないと……!」

 まだ日時も決まっていないのに気合を入れまくる愛花を、トリマキーズがからかう。相変わらずの仲の良さにほんわかしていると、遠慮気味に恭介が手を上げた。

「真君も参加するなら、俺もいいかな?
 あ、いや。迷惑だったら別にいいけど……」

「構わないと思うわよ」

 しばらく先の話になると皆わかっているだろうが、誰もその点には触れない。あれこれと想像しては純粋に盛り上がる。
 そうしてるうちに、いつの間にか菜月は久しぶりに心の底から笑っていた。
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